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ロミオの純情

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「本当にすまない!」

 美雨を投げ飛ばした男の人、眞木まき鷹司たかし先輩は、美雨に向かって、深々と頭を下げる。

 眞木先輩は九条先輩のルームメイトで、部屋に帰ってきたところを、美雨と鉢合わせしたのだ。

「眞木先輩、僕は大丈夫ですから!」
 先輩に頭を下げられた美雨は、恐縮する。

「いきなり投げ飛ばすなんて、ひどいよね。美雨、大丈夫だった?」
 九条先輩は、美雨を自分の膝の上に抱き寄せると、美雨の頭を “いいコ、いいコ” と撫でた。

「先輩…… 」
 眞木先輩の目の前で、先輩の膝の上に座る格好になった美雨は顔を赤らめて下を向く。

「いや、本当に申し訳ない」

 眞木先輩は頭を掻くと、何か閃いたように、「そうだ!」と言って部屋の奥に行き、紙袋を手に戻って来た。

「お詫びに、美雨ちゃんに、これあげる」

 そう言って、紙袋を手渡す。

 受け取った美雨が紙袋の中を覗いてみると、チョコレートにクッキー、キャンディにグミ、ポテトチップスと、お菓子が沢山入っていた。

「いいんですか?!」

 美雨は飛び跳ねそうなくらいに嬉しそうな顔をする。

「ああ、これで足りなければ、まだまだあるから言ってくれ」
 美雨の笑顔に安心した眞木先輩も、顔をほころばせて椅子に腰掛ける。

「美雨、遠慮せずにもらっておきなさい。鷹司の実家はリンベルだから」

 先輩の言葉に美雨は驚く。

「え?あのリンベルですか?! 」

「ああ、そうだ」
 鷹司は笑顔で頷く。

 リンベルは国内有数のお菓子メーカーで、

 り♪ り♪ リンベル♪ あなたと過ごす♪ 素敵な時間♪ リンベル~♪

 のキャッチーなチョコレートのCM曲は誰もが聞いたことがあった。

 美雨はさっそく紙袋の中から『恋人の夜』とパッケージに書かれたチョコレートを取り出し、銀色の包み紙を剥がすと、パクンと口に入れる。

 それはマイルドなミルクチョコレートで、思わず
「美味しい!」
 と声に出すと、

「それ、今度うちで出す新商品なんだ。気に入ってもらえて良かった」

 鷹司はニッコリと笑う。

「それで、何でいきなり美雨を投げ飛ばしたの?」
 嬉しそうにチョコレートを頬張る美雨を眺めながら、先輩が鷹司に尋ねる。

「いや、最近この部屋の周辺を彷徨うろつく輩がいるような気がしてな。俺はてっきり九条、お前のファンだと思っていたんだが」

「うーん。心当たりは無いなぁ。もしかしたら、この間、告白してきた子かなぁ……」

 ついウッカリ美雨の前で失言をした先輩は、しまった!とでも言うようにハッとする。

「美雨!僕は絶対によそ見なんかしないからね!」

 ガバッと美雨の顔を覗き込むと、美雨は先輩の話など耳に入れずに、口のまわりをベタベタにしながら、夢中でリンベルの甘くて美味しいチョコレートにかぶりついていた。

「美雨…… 」半ば呆れたように先輩は呟く。

 その様子を見ていた鷹司は、腹を抱えてクックックッと笑う。

 先輩は鷹司をキッと睨みつけ

「鷹司!うちの美雨をこれ以上食い意地の張った子にしないでくれる? 大体、部屋のまわりを彷徨く不審者は、鷹司、お前のファンかもしれないだろう」

 そう不満をぶつける。

 実際、鷹司のファンである可能性も高かった。モデルのような長身の九条と並ぶ、スラリとした背の高さに、キリッとした俳優のように凛々しい顔つき。合気道部の主将をやっているだけに、その真っ直ぐで誠実な性格から、同学年や後輩からの信頼も厚く、学院内では九条と人気を二分していた。

「うーん、俺も心当たりの人物はいないなぁ」
 鷹司が呟くと、
 先輩も、「うーん」と頭を捻る。

「そうだ、」と話題を変えるように鷹司が美雨に声をかける。

「美雨ちゃん、一年生はもうすぐ林間学校なんだっけ?」

 美雨は食べきったチョコレートの包み紙を折り畳みながら、
「はい!」
 と元気に返事をする。

『林間学校』と聞いて、美雨を抱きかかえていた先輩はビクンと肩を震わせる。

 "林間学校" それは先輩の最近の悩みのタネだった。

 一日も美雨から目を離したくないのに、二泊三日も、僕の手元から離れるだなんて!

 苦しさで胸がギュッと痛む。

 しかも、あの餓えた一年生達の群れに、この純粋無垢な美雨を放り込まなくてはならない。

 あぁ、なんという試練なんだろうか!

 昼間はまだいい。問題は夜だ。
 大浴場で皆で入る、入浴の時間だ。

 美雨の、真っ白で、ボーンチャイナのように滑らかで愛らしい肌と、薔薇のように真っ赤で淫らな二つの突起が、形の良いペニスが、大勢の獣たちの目に晒されるなんて、本当に本当に、我慢がならない!

 先輩は拳をぎゅっと固く握りしめる。

 だいたい、美雨は自覚がないのが、いけない。

 影で美雨は「学院のビスクドール」と呼ばれていて、美雨の容姿を愛でる愛好会のような非公認の組織まであるのに、美雨本人は、全くそんな事に気がついてないのだ。それどころか、自分を名もない平凡な学生と思っている。

 美雨のあまりの無防備さには、常にやきもきさせられてしまう。もし、出来るならば、薔薇の檻でも作って、永久に美雨をそこに閉じ込めておきたいとすら思ってしまう。

 ともかく、むやみに人前に美雨の裸を晒すのだけは、絶対に避けたい。

「ねぇ、美雨。皆と一緒にお風呂に入っちゃだめだよ」

 美雨の口元についたチョコレートを指先で拭ってやりながら、平静を装って先輩は優しく諭す。

「え?なんで?」

 意味が分からなくて、美雨はキョトンとする。当然だ。

「なんでも、だ」

「でも、皆と入らない理由なんて無いし…… 」

「そんなの、生理中とでも言えばいいだろう!」

 思わず大きな声を出した先輩に、

「う、うわー…… 九条……」
「先輩…… 」

 明らかに、 "ドン引き"  といった美雨と鷹司の視線が先輩に突き刺さる。

「み、美雨!今のは冗談だからね」
 先輩は珍しく慌てた表情を見せる。

「美雨ちゃん、その変態野郎から離れて」
 鷹司が笑いながら美雨に手を差し伸べる。

「先輩…… 」
 どう反応して良いか分からずに、困惑する美雨。
 必死で失言を取り繕おうとする先輩。

 この三竦みのような状態は暫く続いたが、やがて、先輩にかかってきた電話で打ち破られる。

「分かった。今、行く」
 電話を切った先輩は美雨を抱えて立ち上がると、美雨の額にチュッとキスをして、
「鷹司、美雨を寮まで送ってあげて」
 そうお願いして、名残惜しそうにしながら部屋を出て行った。

 夏休みが終わった後の先輩は、普段の勉強の他に、作曲などの音楽活動、生徒会の仕事にと常に忙しそうだった。

 (今日も二人で過ごす時間はほとんど無かったな……)
 夏休みの時のように、一日中ほぼ二人きりで過ごす時間はめっきりと減ってしまい、
 そんな先輩に、ほんの少しだけ、美雨は寂しさを感じていた。

「じゃあ、美雨ちゃん行こうか」

 鷹司は菓子が入った紙袋を持って立ち上がる。
 慌てて美雨は紙袋は自分で持つと言ったが、鷹司は譲らなかった。




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