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最終日

浮遊霊が行き着く不思議な山カフェ⑭

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 目元と口元を同じくらい綻ばせたミマが、握っていた藤沢の手をゆっくり解く。
 膝の上に手を戻した後に、藤沢に向かって深い一礼をした。
 二人の中で、これ以上の愛を語り合うことは、必要ないと判断したのだろうか。
 恵那の願いも虚しく、ミマはこれから成仏してしまうみたいだ。
 目が一秒ごとに赤くなっていく藤沢とミマを見ながら、恵那とリュウは運命の残酷さを改めて実感していた。いよいよ、タイムリミットらしい。

「椋野、私どうすれば良いの?」

「この、アロマディフューザーから発生している蒸気を、思いっきり嗅いでほしい。それすれば、ミマは成仏されるから」

「わかった。このアロマの香りも、ジャスミンよね」

「……いつか、こんな日が来るとは思っていた。この日のために、俺はジャスミンのハーブを大切に育て続けたんだ。愛するミマが、いつ現れてもおかしくないように。いや、来てくれるように……毎日ジャスミンのアロマを焚いていた」

「椋野らしいね。最後は包まれるような気分で、あの世に行けそう。ありがとう……」

「あっ! ちょ、ちょっと待ってください!」

 ニコッと笑って、ついにこの世から消えようとするミマ。
 テーブル中央のアロマディフューザーから発生している清らかな香りに顔を近づけようとした時、リュウが空気を読まずにミマの動きを静止させるような大きい声を出した。
 ミマは驚きながらも、テーブル中央に近づけていた顔を離して、元の定位置に座り直す。
 流れがぶった斬られたことに腹を立てた恵那は、鋭い口調でリュウを問い詰めた。

「リュウ、何よいきなり! せっかくミマさんが決心ついたところだったのに!」

「違うんだ。もしかしたら間違ってるかもしれないけど、どうしてもミマさんに聞いておかないといけなくて」

「私に? 何が聞きたいの?」

「あ、あの……五年前くらいに、車に轢かれそうになった中学生くらいの男女を、救ったなんて記憶はありませんか?」

 脈絡のない急な質問に、恵那はまたしても怒りが込み上げてくる。
 だけど、その質問の意図が段々わかってくると、すぐに聞きたい欲の方が強くなった。
 おそらく、リュウがした質問は、恵那が関わっている話だから。
 中一の時、妹の加奈子の試合を見た後に精神錯乱状態になって、本気で自殺しようと思った瞬間があると、前もリュウと話した。
 その時に、恵那を助けようとしてくれたリュウも含めて、救ってくれた女性がいたと、リュウから聞いたことがある。
 リュウはその女性が、ミマだと言いたいみたいだ。思い当たる節もあるみたいだし、信憑性は高いと、恵那は直感した。
 ミマは、質問を全て聞いた後に、クスッと笑って、返答をしないまま、ジャスミンの香りを嗅いでしまった。
 その行動に誰よりも驚いたのは、ミマとリュウのやり取りを静観して聞いていた、藤沢だった。

「え!? ちょっと、ミマ!?」

「椋野ありがとう! ずっとずっと、愛してるから! そして、若い二人も、今を強く生きるのよ! 命を大切にね!」

「ミマー!」

 蒸気と体が一体となって、空気と同化していく、ミマ。
 天に昇っていくその蒸気を掴もうと、藤沢は立ち上がって目一杯手を伸ばした。
 ミマの名前を叫び続けながら、蒸気を手中に収めようとしたところで、当然のようにフワッと躱されてしまう。
 完全に成仏された時、藤沢は魂が抜けたように、再び椅子に腰を落とした。
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