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二日目

決して一人じゃない⑤

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「……そうだな。もう心の準備はできている。どうすればいいのかな?」

「テーブル中央のアロマディフューザーから蒸気が出ていますね。その蒸気を、思いっきり嗅いでください」

「これか。この部屋中に感じるフローラルの香りは、ここから発していたんだな。これを嗅いだら、私は成仏してしまうのか?」

「……はい。もう、姿形も消えてしまうでしょう」

 藤沢が躊躇なく説明するその内容は、恵那には惨さを感じるほどのレベルであった。
 姿形が消えるなんて、想像もしたくない。
 それでも、目の前にいるのは浮遊霊なわけだから、それが最善の成仏方法だ。
 鮫島という浮遊霊が消えることに、可哀想という同情は要らないのかもしれない。

「これで私も、立派な死人か。ここに来る前までは、頭が上手く働かずに、光が導く方に進むしかなかったけど……まさかこんな不思議な山カフェに行き着くとはな」

「この山カフェは、迷える死者が辿り着く光ですから」

「……うむ。藤沢君と言ったかな? 君とは死ぬ前に会いたかったな。そうすれば、自分を取り戻すことができたかもしれないのに。まあ、この自殺を受け入れるしかないけども」

「死ぬ前に……ですか。そうですね、私も死ぬ前にお会いしたかったです。鮫島様は死んでも、決して一人じゃありません。忘れないでください」

「ははは、そうだな。いやぁ、本当に……ありがとう」

 感謝と共に、鮫島は蒸気に顔を近づけた。
 浮遊霊の顔に蒸気が反応して、湯気の量がどんどん倍増していく。
 顔だけではなく、体全体を包むほどの蒸気が鮫島を覆っていくと、ポコポコという音も鳴り出した。
 音が鳴り止み、蒸気の量が一定に戻ると、そこに存在した鮫島の姿が見えなくなっている。
 静かになった部屋で、先に口を開いたのは、藤沢の方だった。

「悲しいな……誰かに踏みにじられた人生なんて」

「でも、藤沢さんの言ってること、間違いじゃないと思います。鮫島様はきっと、卑屈になり過ぎたんですよ」

「ああ。まあ、その発端であるアホ上司がいなかったら、こんなことになってなかったんだけどな」

「元凶はそこですからね。その点を考えると、鮫島様は無念でしたね……」

 テーブルの上に置かれている空のティーカップと、クッキーが入っていた皿をキッチンに運ぶ藤沢。
 恵那は疲労感に襲われたのか、椅子に座り込んでしまった。
 ずっと立ちっぱなしでいたツケが、ここで回ってきたみたいだ。

「なーんだよ、一丁前に疲れたのか?」

「すいません。何か、浮遊霊のことを考えてると、頭が重くなってきちゃって」

「まあ……休んどけ」

 椅子に座りながら、天井を見つめて考え事をする恵那。
 頭に思い浮かぶのは、恵那の家族のこと。
 鮫島の話を聞いていたら、とても他人事のようには思えない気がした。
 恵那もまた、家族の中で居場所を見失っている人間だから。
 自分のことと置き換えるように重い頭を動かしていると、水道をキュッと止めた藤沢が、恵那の隣まで歩いてきた。
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