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5章 慣れ親しんだ味 ~家庭で食べるワカメと豆腐のみそ汁~
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「私は、恵まれた人間だったのね」
柔らかく笑う斎藤を見て、アキはホッとできた。これまで泣いたり、険しい顔をしたりと、余裕がなくなったように見えたから。
でも、もう違うみたいだ。
人間だった時の記憶が、見えているのだから。
ネトは自分の存在を掴んだ斎藤に、ラストスパートとなる言葉をかけた。
「最後の最後まで、愛されていたよ。倉持さんという男の人にね」
斎藤は無言で微笑んだ。倉持の姿を思い出したのか、みそ汁の表面を見ながらにこやかに笑っている。
ネトは続けて聞く。少し話しづらそうにしながらも、自分の仕事を全うするしかない。
「斎藤さん……そろそろ時間だ」
「……そうね」
夜は長いとはいえ、もうそろそろみそ汁が冷たくなってくる時間だ。
ネトは最初に作った家庭的なみそ汁をもう一度斎藤に渡した。直前まで温めていたため、湯気が上がっている。
そのみそ汁を見ながら、斎藤はまた笑う。
「本当は、このシンプルなみそ汁の方をたくさん作ってあげたのにね」
「……倉持さんにか?」
「ええ。彼は一度作った、ジャガイモのみそ汁の方が記憶にあるみたいだけど」
斎藤の中で思い出があるのは、この家庭的なみそ汁の方。
倉持はスペシャルなみそ汁の方が記憶に残っていたみたいだ。それが斎藤にとって、面白かったのだろう。
斎藤は「私はシンプルなのが好きなの」と言って汁椀を持ち上げた。
「もう、冥土に行くんだな?」
「役割は果たしたし、それに、彼を独りにさせたくないからね」
みそ汁の表面を見て、また微笑んだ。
涙の跡は、すっかり乾いていた。
きっと、倉持との楽しい映像が流れているんだと、アキは勝手にそう思った。
それを飲んだ後に、斎藤の体が煙に包まれていく。
「二人共、ありがとう。人間だった時の記憶を取り戻せて、本当に良かった」
天に昇っていく斎藤を、アキは椅子から立って見届けた。
ネトも「倉持さんによろしくな」と返す。
「伝えておく! ようやく、これから彼たちに会えるのね!」
柔らかく笑う斎藤を見て、アキはホッとできた。これまで泣いたり、険しい顔をしたりと、余裕がなくなったように見えたから。
でも、もう違うみたいだ。
人間だった時の記憶が、見えているのだから。
ネトは自分の存在を掴んだ斎藤に、ラストスパートとなる言葉をかけた。
「最後の最後まで、愛されていたよ。倉持さんという男の人にね」
斎藤は無言で微笑んだ。倉持の姿を思い出したのか、みそ汁の表面を見ながらにこやかに笑っている。
ネトは続けて聞く。少し話しづらそうにしながらも、自分の仕事を全うするしかない。
「斎藤さん……そろそろ時間だ」
「……そうね」
夜は長いとはいえ、もうそろそろみそ汁が冷たくなってくる時間だ。
ネトは最初に作った家庭的なみそ汁をもう一度斎藤に渡した。直前まで温めていたため、湯気が上がっている。
そのみそ汁を見ながら、斎藤はまた笑う。
「本当は、このシンプルなみそ汁の方をたくさん作ってあげたのにね」
「……倉持さんにか?」
「ええ。彼は一度作った、ジャガイモのみそ汁の方が記憶にあるみたいだけど」
斎藤の中で思い出があるのは、この家庭的なみそ汁の方。
倉持はスペシャルなみそ汁の方が記憶に残っていたみたいだ。それが斎藤にとって、面白かったのだろう。
斎藤は「私はシンプルなのが好きなの」と言って汁椀を持ち上げた。
「もう、冥土に行くんだな?」
「役割は果たしたし、それに、彼を独りにさせたくないからね」
みそ汁の表面を見て、また微笑んだ。
涙の跡は、すっかり乾いていた。
きっと、倉持との楽しい映像が流れているんだと、アキは勝手にそう思った。
それを飲んだ後に、斎藤の体が煙に包まれていく。
「二人共、ありがとう。人間だった時の記憶を取り戻せて、本当に良かった」
天に昇っていく斎藤を、アキは椅子から立って見届けた。
ネトも「倉持さんによろしくな」と返す。
「伝えておく! ようやく、これから彼たちに会えるのね!」
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