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第三話 遠山蘭子の冬

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 フッと口元が緩む表情も、年齢以上の余裕を感じさせる。
 私の方がひと回りも年上なのに、同年代の男の人と思える雰囲気だ。
 元井さんになら……話してもいいかも。
「目を瞑りながら話しますね。私のこれまでを」
「かしこまりました。足裏に刺激を与えながら、しっかりと聞かせていただきます」
 こうなったら、向き合うしかない。頭の中の、消えないあの人と。
 元井さんに話すことによって、毒が抜かれる。そのために、できるだけ全部を話すことにした。
 私とあの人の、どうしようもない物語……。

* * *

 北浦ミノル……そのペンネームを聞いてピンとくる者は、当時誰もいなかった。
 今時珍しい、本名をそのままペンネームに使っており、唯一『ミノル』だけはカタカナ表記にしていた。本当は漢字で『稔』と書く。
 出会いは私が大学を出て新卒で入社した、インテリアメーカーの会社。そこの一つ上の先輩。
 新卒で入社して右も左もわからない私でもわかるほど、彼は仕事ができなかった。
 営業職なのにコミュニケーション能力が致命的に欠落していて、それでいてパソコンもてんでダメ。私は一年目から、彼に同情の目を向けていた。
 だけど、彼には一個だけ優れた才能があった。それは文才だ。
 営業報告書や議事録は素晴らしく読みやすい。本来堅苦しく整理されるはずの文章なのに、彼が作ると自然と頭に入る内容になっていた。
 私は一年目から、仕事の内容がわからなくても、彼の作る文章を読むのが好きだった。
 共通システムの中にある、共有ボックスに更新されているファイルを開いては閉じる。そして彼が書いているものだけは一つ残らず読み漁る。一年目なんて特にやることがないので、最初は暇つぶしのために読んでいたのだけど、いつからか彼の文章を読むのが楽しみになっていた。
「遠山さん、仕事熱心だね。営業報告書なんて読んじゃって」
 ある時私に話をかけてきた課長。私は秘密がバレたように思えてしまって、反射的に画面を閉じてしまった。
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