上 下
31 / 38
王宮 恋する獣人 編

30:脅迫犯

しおりを挟む
なんだかんだ腕組み効果はかなり大きいように思えた。

 これまでじっと見つめているだけだったメイドや衛兵たちがはっとしたような顔をし、足早に去って行くのだ。

(これも親密度がかなり上がって見えるってこと?)

 それも、周りからすれば正視するのが辛くなるほどに……。

(っていうか、私たち、どんだけバカップルに見えてるわけ!?)

 それを考えると、とんでもなく恥ずかしい。

 そもそも公衆の面前で恋人同士がこれみよがしに腕を組みながら闊歩する。これだけでも周囲からすれば、十分すぎるほど「もういいから」というものではないのだろうか……。

(……まあ、そんな経験ないから、想像だけなんだけど)

 誰へともなく言い訳を胸の内でつぶやく。

「今日は天気が良いな。どこかでお茶でもしようか」

「……どうでもいいわ」

「おいおい、恋人同士なのにそんな顔をしたらだめだろ。もっとこの時間を楽しもう」

 アスコットは爽やかな笑顔をたたえながら言った。

「……あんたは私をからかうのがそんなに楽しい?」

「まさか。僕はそんな意地の悪い趣味はないよ」

「どの口でそんなことを言うんだよ」

 さっきの口づけからかい事件のことがあるから、イングリットとしてはじっとりとした眼差しを向けざるをえなかった。

「イングリット、きみ、案外、根に持つタイプだね」

「あんなことされたら大概の女は私みたいになると思うけど」

「そうか、それなら、覚えておこう」

「そーよ。だいたい、あんた、キャラかわりすぎじゃない?」

「キャラ?」

「最初あったときはもっと、まともだと思ったっていうこと」

「僕は十分、紳士だと思うけどね」

 本当にそういう発言のいちいちが冗談なのかどうなのかわかりにくい。

「猫かぶってたわけ?」

「ひどいな。僕はこれでも十分すぎるくらい気をつかってるんだけど」

「……もういい」

 どうにもアスコットの毒気のない笑顔を見ていると、怒る気が薄れる。

 意地になって怒っているこっちがバカみたいに思えてくるのだ。

 と、回廊の向かい側から侍女たちの集団が現れることに気づく。

「――あら、凄くお似合いね」

 シェイリーンがおつきのものたちをぞろぞろつれていたのだ。

「殿下……」

 アスコットが背を伸ばす。

「殿下、こんにちわ」

「ふふ、二人ともすごくお似合いね。あら、腕まで組んじゃって」

 シェイリーンは口元を手で覆いながら、愉しげに言った。

「そこまで二人の仲が進展していたとは思わなかったわ」

「殿下、これは演技ですので。あくまで」

「イングリットなにも殿下にあらためて言わなくてもいいだろう」

「大事なことは何度も言うんだよ」

「……とまあ、イングリットはなぜか、ご機嫌ななめで」

 アスコットは聞き分けの無い子どもでも世話をしているとでもいいたげに、肩をすくめる。

 シェイリーンがいなければ、足を思いっきり踏みつけてやるところだ。

「イングリット、何か粗相があれ遠慮無くば言ってね」

「はい、今のところは大丈夫……です」

「でも」

「殿下、何か」

 ビシッと指を突きつけられる。

「イングリット、あなた、男が抜け切れてないわよ」

「そ、そうでしょうか……?」

 いきなりの指摘にドキッとした。

「ちょっと歩いてみて」

「は、はあ」

 イングリットとアスコットは顔を見合わせつつも、試しにその場を軽く歩く。

「やっぱり」

 シェイリーンはダメダメと首を横に振った。

「大股だし、胸をそんなに張ってたら威嚇してるみたいじゃない。貞淑な女性はそんな風には絶対に歩かないものなんだから」

(貞淑な、女性……)

 おそらくイングリットの極北にある存在だ。

「もう一度、やり直しなさい」

 合格をあげるまで許さないと言わんばかりに、シェイリーンは腕を組んでイングリットを見つめる。

(やるしかないっか)

 指摘された場所を直すため、歩幅を小さくし、胸もなるべく張らないよう気をつける。

「どうして猫背になるの?」

「あ、すいません。つい……胸のところを意識したら……」

「もう一度」

 かなりスパルタだ。

「えっと、こうでしょうか」

「足の踏み出しが力みすぎよ。もっとリラックスして。笑顔も忘れないでね」

「は、はい」

 しかしどこかを直すとまたさっき指摘された欠点が現れ、まるでモグラたたきの要領でうまくいかない。

 シェイリーンもさすがに呆れてしまったらしい。

「もう。そんなんじゃぜんぜんだめ。遠目から見たら、武官がそろって歩いているようにしか見えないわ」

「申しわけございません……」

 しかしシェイリーンはさすがに王族。怒るだけではなく、にこりと微笑んだ。

「いいわ。また時間を設けてそのあたりを特訓しましょう。きっとドレスを着ていないことも影響してるのかもしれないし。
これから少しずつでも覚えていけばいいと思うの。だって、そんなに綺麗な髪をしているんですもの。
あなたにはドレスが似合う女性になって欲しいわ。そうしたらその髪はもっと映えるに違いないから」

 そう彼女に髪を褒められると、恥ずかしくて口元をもごもご動かしてしまう。

「しょ、精進をつづけます……っ」

「――そういう言葉遣いが、体育会系という感じだけどね」

 アスコットは優しく笑う。

「ところで、殿下はこれからどちらへ……?」

「お兄様のところよ。今頃、暇をもてあましているだろうと思ったから。イングリットががんばっているって伝えておくわね」

「はい」

 そうしてシェイリーン一行が去って行くのを、イングリットたちは頭を下げて見送った。

「ふぅ……」

「疲れたか? まあ、馴れないことをしたんだからしょうがない」

「歩幅に、胸……そんなに変?」

 自分ではぜんぜん分からなかった。マクヴェスからも指摘されなかったのは、男性だからだろうか。

「あまり意識しないほうがいい。さっきなんて、手と足が同時に出ていたからな。あれでは女性らしさ以前のものだから」

「え、嘘……あー……殿下たちの前で、恥ずかしい……っ」

 アスコットが吹き出す。

「まったく、きみは本当に表情がよく変わるな。見ていて飽きない」

「それ、褒めてる?」

「もちろん」

 カップルになるのも大変だなとしみじみ思ってしまう。

                     ■■

 それから王宮内をたっぷり散策し、日が暮れる。

 いつもはマクヴェスの部屋の前までアスコットがエスコートしてくれるのだが、今回は、シェイリーンから急ぎの使者が現れたので、彼とは一足早く別れていた。

 イングリットが迷う彼をいかせたのだった。

 アスコットと歩き回ったおかげか、何とか道は覚えられていたから一人で大丈夫だった。

 夕暮れのなか、イングリットは回廊を進んでいく。

(足幅は小さく、胸は張り切りすぎず……)

 口の中でつぶやきながら、実戦してみるが。

「とぅああっ!?」

 淑女はほど遠い上擦り声と共に、足がもつれて転げそうになってしまうのを間一髪のところで踏みとどまる。

(やっぱり馴れないことはよそう……)

 と、廊下に長い影が差していることに気づいて、思わず足を止める。

 柱から侍女姿の女性が姿を現す。

 偶然というのではなく、イングリッを待ち受けていたのは明らかだった。

「何か?」

 できるかぎり、いつものトーンで話しかける。

「あなたって相当、鈍いのね。頭も身体も」

 イングリットは怪訝に眉をひそめた。

「さっきの歩き方も男そのものだったものね。シェイリーン殿下はああ仰っていたけれど、あなたのような人がここに出入りしていること事態、ありえないわ」

「あなた、もしかしてシェイリーン殿下付の……?」

「ええ……。あなたは、本当にどうしようもない。私はしっかりあなたに、警告をしてあげたのにそれに一切、耳を傾けなかったわよね?」

 警告――ずいぶんと押しつけがましい言い方だ。

「そう、きみが脅迫犯だったのか」

 イングリットはそう強調して言いながら、周囲に目をやるが人の気配はなかった。

「無駄よ。今の時間帯は誰もが忙しく立ち働いてるの。助けは来ないわ」

 つまりそういう時間帯を狙ったのか。

 女性はあらためてイングリットの姿をまじまじと眺めると、鼻で笑う。

「あなたみたいなオトコオンナがアスコット様の恋人? そんなの認めないわっ!」

 急に女性は感情を爆発させる。

「どうして私ではなく、あんたみたいなメスがッ……許せない……!」

 言うや、女性はナイフを取り出した。

 ペーパーナイフよりも一回りは大ぶりで、刺されればそなりの痛みを覚悟しなければならないであろう代物だ。

「……落ち着いて」

「大丈夫、こんなところで刺したりしない。ただ、私につきあってもらうッ」

 女性の目は完全に瞳孔が開いてしまっている。

「……わかった」

 イングリットはあっさりとと両手を挙げた。

「ふん、殿下の護衛をつとめているか抵抗するとは思ったけど……あんがい、見かけだおしなのね」

「…………」

 もちろん心からあきらめたわけではない。

 今回の脅迫をくわだてたやつが目の前の侍女ひとりかどうか、確かめる必要があると思ったのだ。

 もし脅迫犯がこの女性一人であれば、あとで隙を見て腕をねじあげるなりなんなりして制圧すればいい。

「さあ、私にしばらくつきあってもらうわ。オトコオンナさん」

 女性がイングリットの背後に回ると、背中にナイフをつきつけ、進むよう命じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

処理中です...