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第六章 悪女

皇太后との対決

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 その日の正午。旬果が昼餉を取っていると後宮より遣いが現れた。
 劉皇太后が会いたい、と言っているというのだ。
 これは予想の範囲内である。

 あらかじめ、瑛景より言われていたのだ。きっと劉皇太后が姉上を召すだろう――と。
 すでに朝議の件を群臣の誰かが皇太后に注進しているはず。
 止める際には皇帝に非があるという言い方は避けるはずだから、原因は旬果にあるという旨が皇太后には伝えられたはずだ。

「行くわ」
 旬果は席を立った。

                        ※※※※※

 そして後宮に、旬果は向かった。
 いつか皇太后と、初めて対面した時と同じ場所である。
 だがいつかの時とは違い、皇太后の取り巻きは女官だけではない。
 皇后候補である劉麗と、康慧星の二人も傍にいたのだ。

(全く。三下具合が凄いわね)
 旬果は胸の内でそう思う。
 対する旬果は一人である。だが見くびられまいと、悠然と歩く。
 そして皇太后の前で深々と拝礼する。
「王旬果。お召しにより、ただいま参上つかまつりました」
 その瞬間、
「あなた、一体何様なの!」
 感情的な罵声が響く。

 旬果はそっと面を上げた。今、声を上げたのは劉麗である。
 旬果は凪いだ湖面のような静かな眼差しを向けた。
「劉麗様、慧星様。お加減はいかがでございますか?」
 慧星が吠える。
「お黙りなさい! 姦婦! あなたは一体何の理由あって、陛下とご一緒に朝議に出て、差し出がましい口を叩きましたの!?」

 だが二人の少女の甲高い怒声は、凛とした声に押さえられた。
「二人とも、静かに。呼び出したのは私です」
 後宮の王とも言うべき、皇太后の言葉に二人は恐縮する。
「皇后陛下。ありがとうございます」

 旬果が言えば、皇太后はその切れ長の眼差しに鋭い敵意を見せた。
「お黙りなさい!」
 空気が、ぴりぴりと震えるような一喝。
「旬果。お前は皇后ではないのよ。いえ、たとえ皇后といえども御政道に口を挟むのは、差し出がましいにも程がある!」
「しかし、陛下にお許しを頂いたのでございます。そのお陰で、罪人を処罰するというお許しが――」
 劉皇太后はさすがに、一癖も二癖もある後宮を支配してあるだけある。
 劉麗や慧星のように怒りを表情に露わにはしない。だが、その冷たい眼差しに煮え滾った憤怒があるのは、間違いない。
「陛下を惑わすは罪。女人は後ろに控え、陛下の御身を安んずることだけを考えればよろしい。政に口を出すのは、後宮の者の仕事ではないっ!」
「洪周は私たちを殺さんとしたのです。にもかかわらず、たかが追放だけなんて……私は嫌ですっ!」
「洪家は名門なのよ。お前は村娘ゆえ分からないかもしれないが、貴顕には貴顕に対する処置、というものがあるのよ」
「では陛下が、過ったと?」
「そなたが要らぬ差し出口を叩いたが故に、陛下の明晰な決断に曇りが生じたのです。そんなことも分からないのですかっ」

 旬果はやれやれと言わんばかりに、芝居がかった大きな仕草で肩をすくめる。
「畏《おそ》れながら皇太后陛下に申し上げます。律(刑法)によりますれば、いかような身分に問わず、陛下に対する逆意は死罪にございます。皇后候補たる私どもを殺さんと計るは、明確な陛下にたいする叛心で……」
「知らいでかっ!」
 旬果の悪びれぬ物言いに、皇太后は扇を閉じ、旬果に突きつけた。
「痴《し》れ者。速やかに都より去りなさい。お前を皇后候補からも外します!」
「畏れながら、後宮の主人は皇帝陛下でございます。たとえ皇太后陛下といえども、皇帝陛下のお許しなく、そのような処分は下せぬはず……」

 劉麗が声を上げる。
「皇太后様になんという口をっ! この無礼者を捕らえなさい!」
 劉麗が女官や宦官をけしかける。
 しかし旬果は女官たちを睨み付ければ、女官たちは「ひっ」と声を上擦らせて、後退った。
「よくよく考えて行動するのね。私に乱暴を働けば、陛下がどのように思われるか……。陛下は私の為に、洪兄妹の死罪を決めて下さったのよ」

 劉麗はますます激昂《げきこう》する。
「何をしているの! 役立たず!」
 劉麗は自ら飛びかかろうとしたが、
「おやめなさい!」

 劉皇太后が制止し、旬果を睨んだ。
「下がりなさい、下郎! 顔も見たくないっ!」
「失礼いたします」
 旬果は頭を下げ、来たときと同じように、悠々とその場を後にした。

                         ※※※※※

 白鹿殿に戻ると、泰風たちが駆けつけてきた。
 旬果は疲れた笑いをこぼす。
「まあ、よくもこれだけ嫌われたと思ったわ。あともう少しで、女官たちに取り押さえられる所だったんだから」
 泰風は言う。
「陛下には……」
「話さない。こうなることは分かっていたし」
 菜鈴が言う。
「誰からも悪女呼ばわりされているんですから、吹っ切れたらよろしいのに」
「私は悪女を装っているのであって、悪女じゃないの。好きでこんなことしてないの」
 泰風が言う。
「旬果様は後宮の女どもとは違うんだ。お心が綺麗で、瑛国の為にお立ちあそばされて……」
 そこまで言われてしまうと、さすがにこそばゆい。
「ちょ、ちょっと。そこまでのものじゃないから!」

 菜鈴は苦笑して、肩をすくめた。
「はいはい。仲のよろしいことで」
「ちょっと菜鈴!」
 旬果は頬を染め、照れ隠しにお茶をすすった。
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