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その日の夜に週末の日にちと、午後九時という時刻、そして特急の名前がメールで送信されてきた。メールにはもしものことがあるといけないから内容は覚えて、メールは削除してくれとあった。言われた通り、内容を覚えてすぐに削除した。
しかし一度は涼介の言葉にうなずいたものの、眠っている母親の顔を見ていると、胸の奥がモヤモヤした。もし自分が涼介といなくなったら、母親は一人きりになってしまう。
景の為に離婚し、昼も夜も働いてくれている母親。その母を裏切ることになる。
母親宛の手紙を書いては破り、また書くことを繰り返した。
涼介からのメールは日に何度も届いた。日常的なことと、「早くお前に会いたい」――そういう内容だった。それはまるで何かのおまじないのようだと思えた。
「僕も会いたいよ」――景はそう送りながら、苦しみの渦中にいた。
カレンダーを見るたび、涼介の思いに答えたい自分と、母親を守りたい自分とが鬩ぎ合った。どちらかを取るということは、その一方を切り捨てるということだった。
景は苦しみ続け、当日を迎えた。ほとんど眠ることもままならず朝を迎えた。
いつものように母親と朝食を取り、見送った。
荷造りはしていた。旅行バッグに着替えやお金、日用品をあらかた詰め込んだ。本は数冊。部屋にあるものはどれもこれも思い入れがあるものだったけれど、全てを持ち出すことなど無理だった。母親は日付が変わる頃に帰ってくるだろう。
そしてそこに自分はいない。この部屋で、母親が息子がいなくなったことに呆然とする姿が想像できてしまう。自分は今、とんでもないことをしようとしているのではないか。景は恐怖に似たものに駆られ震えた。そして暴れ回る感情をどうすることも出来ずにその場で泣き崩れた。
眠れなかったこともあり、泣き疲れた景はいつの間にか眠っていた。起きると夕方だった。西日が部屋を真っ赤に染めていた。
ぐずぐずしている間に、日が沈んだ。星が、月が出た。
時間が迫っている。景は旅行バックを肩に提げ、部屋を出た。
会社帰りの会社員とは正反対の方へ足を向けた。しかし煌々とした駅の明かりの下、乗降者が行き交う改札を前に、足が竦んだ。距離は数メートル。にもかかわらず、足が動かせない。頭の中では涼介と母親の顔が何度も交錯した。
「っ」
景は駅舎に背中を向けて走っていた。
何人かのサラリーマンと当たって文句を言われたが、そんなことにもほとんど気を回せなかった。自宅に戻り、旅行バックを放り出すとベッドに潜り込んだ。頭まで布団をかぶり、ずっと震えていた。
約束の時間を一時間過ぎ、床に転がったスマフォを見る。しかし手に取ることは出来なかった。今頃、涼介からメールが入っているかもしれない……。
どうした? 連絡をくれ。待ってるから――きっとそうだ。
怖くて見る事ができず、「涼介、ごめん、ごめん、ごめん……っ」とずっとそう胸の中で言い続けた。
そしてその日が終わり、次の日。スマフォを恐る恐る手に取り、画面を見た。メールも何も無かった。何度も迷った。何度も迷い、苦しみに悶えながら電話を入れた。しかし聞こえて来たのは、『現在、この電話番号は使われておりません……』という機械音声だった。
(涼介……)
目の前が真っ暗になった。彼にとって、自分は裏切り者なのだ。自分で約束を破っておいて、当然されてしかるべき行為に景は打ちのめされた。
メールなど送ることも出来なかった。
お前には失望した、裏切り者――涼介がそんなことを言うような人間じゃ無いと分かっていても、でも、と景は自分がしでかした事の重大さに、何も出来なかった。
しかし一度は涼介の言葉にうなずいたものの、眠っている母親の顔を見ていると、胸の奥がモヤモヤした。もし自分が涼介といなくなったら、母親は一人きりになってしまう。
景の為に離婚し、昼も夜も働いてくれている母親。その母を裏切ることになる。
母親宛の手紙を書いては破り、また書くことを繰り返した。
涼介からのメールは日に何度も届いた。日常的なことと、「早くお前に会いたい」――そういう内容だった。それはまるで何かのおまじないのようだと思えた。
「僕も会いたいよ」――景はそう送りながら、苦しみの渦中にいた。
カレンダーを見るたび、涼介の思いに答えたい自分と、母親を守りたい自分とが鬩ぎ合った。どちらかを取るということは、その一方を切り捨てるということだった。
景は苦しみ続け、当日を迎えた。ほとんど眠ることもままならず朝を迎えた。
いつものように母親と朝食を取り、見送った。
荷造りはしていた。旅行バッグに着替えやお金、日用品をあらかた詰め込んだ。本は数冊。部屋にあるものはどれもこれも思い入れがあるものだったけれど、全てを持ち出すことなど無理だった。母親は日付が変わる頃に帰ってくるだろう。
そしてそこに自分はいない。この部屋で、母親が息子がいなくなったことに呆然とする姿が想像できてしまう。自分は今、とんでもないことをしようとしているのではないか。景は恐怖に似たものに駆られ震えた。そして暴れ回る感情をどうすることも出来ずにその場で泣き崩れた。
眠れなかったこともあり、泣き疲れた景はいつの間にか眠っていた。起きると夕方だった。西日が部屋を真っ赤に染めていた。
ぐずぐずしている間に、日が沈んだ。星が、月が出た。
時間が迫っている。景は旅行バックを肩に提げ、部屋を出た。
会社帰りの会社員とは正反対の方へ足を向けた。しかし煌々とした駅の明かりの下、乗降者が行き交う改札を前に、足が竦んだ。距離は数メートル。にもかかわらず、足が動かせない。頭の中では涼介と母親の顔が何度も交錯した。
「っ」
景は駅舎に背中を向けて走っていた。
何人かのサラリーマンと当たって文句を言われたが、そんなことにもほとんど気を回せなかった。自宅に戻り、旅行バックを放り出すとベッドに潜り込んだ。頭まで布団をかぶり、ずっと震えていた。
約束の時間を一時間過ぎ、床に転がったスマフォを見る。しかし手に取ることは出来なかった。今頃、涼介からメールが入っているかもしれない……。
どうした? 連絡をくれ。待ってるから――きっとそうだ。
怖くて見る事ができず、「涼介、ごめん、ごめん、ごめん……っ」とずっとそう胸の中で言い続けた。
そしてその日が終わり、次の日。スマフォを恐る恐る手に取り、画面を見た。メールも何も無かった。何度も迷った。何度も迷い、苦しみに悶えながら電話を入れた。しかし聞こえて来たのは、『現在、この電話番号は使われておりません……』という機械音声だった。
(涼介……)
目の前が真っ暗になった。彼にとって、自分は裏切り者なのだ。自分で約束を破っておいて、当然されてしかるべき行為に景は打ちのめされた。
メールなど送ることも出来なかった。
お前には失望した、裏切り者――涼介がそんなことを言うような人間じゃ無いと分かっていても、でも、と景は自分がしでかした事の重大さに、何も出来なかった。
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