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7 クリルの街

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 太陽が中天よりやや西にかかりはじめた頃、街が見えてくる。街の入り口にはアーチ状の門があり、

『ようこそクリルへ』と書かれていた。



 街の出入り口には騎士団の団員が2人、立っている。



 彼らはシュヴァルツを見ると背筋を伸ばす。



「副団長、お疲れ様です!」

「異常は?」

「ありません!」

「引き続き、職務に励め」

「はっ」



 シュヴァルツたちに話しかけられた兵士たちは昂奮に目を輝かせ、「マジか。副団長に話しかけられるとか!」「くうう! やっぱ格好いい!」と昂奮に染まった声をあげていた。



「……慕われているんですね」

「どうでもいい」

「そ、そうなんですね……。ところで、この街を守るのも騎士団のお役目なんですね」

「ここは魔術師の街だからな」



 街の目抜き通りは大賑わいで、家族連れや商人、荷馬車が頻繁に行き交い、活気に溢れている。



「つまり、ここにいる人たちは全員、魔術師?」

「基本的には。他の街からの商人や、魔術師を家族から出したことで故郷を追われた人もここには住んでいる」



 シュヴァルツは馬を止めると、片腕でアリッサを抱いたまま、器用に下りた。



 シュヴァルツは馬を店前の横木に繋ぎとめる。



 店のディスプレイにはマネキンがカラフルで艶やかなドレスをまとい、ポーズを取っている。女性服の専門店のようだ。



 その時、近くを通りがかった三人組の女性たちが「あの人、めっちゃイケてない?」「かっこいい!」「声かけてみる?」と囁いている声が聞こえてくる。



 ――シュヴァルツ様、すごい人気。



 たしかにシュヴァルツほどの美形ならば、興奮する気持ちも分かる。



 話しかけてこないまでも、道行く女性たちが一緒にいる男性のことなど気にもせず、シュヴァルツを見ていたりもする。



 先程の三人組の一人が「あの、これから私たちと遊びませんか?」と聞いてくる。シュヴァルツはその女性に、鋭い一瞥をやった。



「何だ?」

「ひい!」



 女性は顔を青ざめさせ、その場に尻もちをつく。



「あの、大丈夫ですか……」

「構うな、行くぞ」



 腰が抜けた女性を友人たちが一生懸命、立ち上がらせていた。



 シュヴァルツはアリッサの腕を引き、半ば強引に店に入る。



 ドアに取り付けられていたベルガチリリン、と綺麗な音をたてた。



「うわ……」



 まるで王宮の一室のように華やかで、高級感のある店内。



 飾りのついた姿見やラグ、壁を飾る装飾にいたるまでこの店のオーナーのこだわりが感じられる。



 かといって敷居の高さばかりが強調されているわけでもなく、ゆったりとしたソファーセットやテーブルは居心地の良さを演出している。



 ――シュヴァルツ様もこんなお洒落なお店知っているのね。シュヴァルツ様は美形だし、色んな女性に服を贈ったりしてるのかな……。



「外で女性たちが騒がしいと思ったら、あなただったのね」



 奧から女性が笑顔で出てくる。



 大きな羽根飾りのついた帽子を斜めにかぶり、鮮やかなミントグリーンのドレスを着こなす女性。キメの細かい色白の顔に、毛先のカールした赤毛が一筋垂れている様が艶めかしい。



 ――すごく綺麗な人……。



「久しぶりだな」

「本当に。あなたにはもっと顔をだして欲しいものだわ。シュヴァルツ」

 ――シュヴァルツ様を呼び捨て!?

 シュヴァルツは呼び捨てにされても特に気分を害した様子もない。

 二人はとても親しそうだった。

 女性嫌いのはずのシュヴァルツは特に気にした様子もなく普通に接している。


 ――もしかして二人って……。



 店前で見せた鋭さや敵意は今のシュヴァルツからは感じないどころか、リラックスしているように見える。



 女性の華やかさよりも、そのことが気になってしまう。



「それで、今日は何のご用? 服の修繕?」

「ドレスを何着か仕立ててくれ」

「女装?」

「その趣味はない。こいつ……アリッサの、だ」



 妖艶な雰囲気をたたえた女性からにこりと微笑まれると、同じ女であるにもかかわらず、ドキッとしてしまう。



「はじめまして、アリッサと申します」

「私はこの店のオーナーのキャサリンよ。どうぞよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします……っ」

「ふふ、可愛らしい人。あなた、シュヴァルツのいい人?」

「そ、そんなことはありません……!」



 アリッサは赤面してしまう。



 キャサリンはそんなアリッサを微笑ましげに眺める。



「余計なことは言ってないで、仕事をしろ」



 シュヴァルツが小さく舌打ちをする。



「まあ怖い」



 応接セットに案内されると、カタログを見せられる。



「今流行のドレスはこれね。共布で縁を飾って、フリルはたっぷり。それからキルティング生地を使ったり……。色は緑」

「私、ファッションには疎くて……」



 屋敷では使用人よりもひどい扱いだった。一週間も同じ服で過ごすことを強制されたこともあった。



 そんなアリッサの目には、手書きで描かれた様々な色と装飾で彩られたドレスのデザインはどれもこれもお姫様が着るような素敵なものに見えた。



 母が生きていた頃は毎シーズンごとにたくさんのドレスをプレゼントしてもらえた。



 ドレスに対してだけでなく、優しくしてもらっていた頃の記憶が不意によみがえり、胸が熱くなってしまう。



「どうぞ」



 キャサリンがレースをあしらったハンカチを差し出してくれる。



「え?」

「涙」



 キャサリンがささやく。



 はっとして目に触れると、知らない間に涙がにじんでいた。



「ありがとうございます。でも大丈夫です。ハンカチが汚れてしまいますから……」



 袖で拭こうとするのを、キャサリンにやんわりと止められた。



「駄目よ。せっかく綺麗な肌なんですもの。目を擦ったら傷ついちゃう」



 キャサリンは優しく目尻に浮いた涙を拭ってくれる。



「す、すみません……」

「気にしないで。この街には色々と事情を抱えた人がいるから。それじゃ、ドレスのデザインは任せてくれる? あなたにぴったり合うものを仕立てるわね」



 サイズを測り、これから仕立てるドレスを七着ほど購入することになる。



 もちろんアリッサは一着作ってくれるだけでも十分だったのだが、シュヴァルツは話を聞いてくれず、さっさと支払いを終えてしまう。



「できたら、騎士団寮まで届けてくれ」

「了解。アリッサちゃん、またねっ」

「はい、ありがとうございました」



 頭を下げ、店を後にする。



「シュヴァルツ様、あの、代金なんですが……」



 今のアリッサにはその代金を返す宛てがない。



「お前の面倒は俺が見ると団長に約束した。気にするな」

「そうは言っても……」

「この話は終わりだ」



 シュヴァルツは眉間に皺を刻み、苛立った顔をみせると腕を伸ばしてくる。



 アリッサは手をその手を握り、再び抱かれるように馬に乗った。
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