2 / 30
2 前世
しおりを挟む
気を失ったフリーデは十八年間、自分が生きてきたこの世界が、物語の中だということを思い出した。
タイトルは『凍月の刃』。
主人公は皇帝の私生児、ユーリ・ソウマ・ケーニッヒ。
彼がグリシール家に引き取られるところからはじまる物語。
実子のいなかった先帝が崩御し、その弟、ユーリの叔父にあたる、ヴォルムスが皇位を継承した。
ヴォルムスはユーリの存在を知り、消そうとする。
ユーリは叔父の魔の手から逃れながら臣下を少しずつ増やしていき、最終的にヴォルムスを討ち取り、皇帝に即位する。
臣下の一人には、ギュスターブもいる。
しかし彼は物語の中盤、ユーリを庇って討たれる。
では、ギュスターブの妻、フリーデはどうか……。
物語の序盤も序盤にユーリの存在にショックを受けて出奔した彼女は、実家のある王都へ逃げる。
父は突然戻って来た娘に驚き、呆れる。そこでフリーデは涙ながらに、事情を説明。
するとヴォルムスに即金だった父親がすぐにそのことを報告する。
ヴォルムスはユーリが兄の子だと確信し、甥の殺害を画策する。
フリーデは北部までの道案内、そしてユーリを殺す手はずを整えるために利用されるだけ利用され、最終的には始末されて、証拠隠滅に谷底へ落とされてしまう。
おまけにフリーデの死は刺客の口から語られることになる。
つまりダイジェストで死んだことにされるのだ。
刺客はユーリを狙い、ギュスターブに殺される。
――まさか……死ぬ直前まで読んでいた物語の中の登場人物、それもさっさと殺される端役に転生しちゃうとか。同情できるところはあるにしても、何の罪のない子どもを売ったフリーデに!
転生前の人生では、歩きスマホをした挙げ句、トラックにはねられて死亡。享年、二十八。
前世のことを思い出したとはいえ、十八年間、フリーデとして生きてきた記憶だってちゃんとある。
だから、フリーデが離婚を決めたことは理解できる。
むしろ、同情しまくり……。
ノルラント侯爵家の長女に生まれたフリーデは八歳で、当時、十五歳のギュスターブに嫁いだ。若くして隣国との領土紛争で数々の武勲を上げたギュスターブがその褒美に、と先帝に願ったのだ。
相手は伯爵とはいえ、長い歴史を持つノルラント侯爵家に比べ、グリシール伯爵家はギュスターブの祖父の代に男爵位を得て貴族に列した新参。
釣り合い考えれば到底ありえない結婚だが、ギュスターブを気にいっていた皇帝は婚姻を認めた。
明らかな格下の家との婚姻に両親は不満だったが、フリーデは若き英雄に嫁げることに密かに胸を高鳴らせていた。
それはギュスターブが、幼い頃から寝物語に聞いた英雄そのもののように思えたから。
お姫様と英雄の結婚は、子どものフリーデにとって憧れだった。
しかしその結婚生活は思い描いたものとは全く違って、空虚そのもの。
嫁いだのが八歳の時だから初夜を迎えられないのはしょうがないにしても、夫は一年のほとんどを戦場で過ごし、ようやく帰ってきたと思えば、またすぐ次の戦場へ。
フリーデが必死に夫婦として過ごそうと努力をしても、言葉を交わす暇もない。
こうして十年間という歳月があっという間に過ぎ去った。
意図していないにもかかわらず、白い結婚になってしまった。
使用人たちからは帝都から北部くんだりまで嫁いできたにもかかわらず、夫に袖にされる哀れな奥方と同情され、唯一心を許していた乳母には先立たれた。
この状況で、離婚を考えないほうがどうかしてる。
十年間もよく耐えたと思う。しかし前世の記憶を取り戻した今、すぐに離婚というのはためらってしまう。
ギュスターブのことなんてどうでもいい。
心配なのはユーリだ。彼が歩むであろう茨の道を思うと、胸が締め付けられる。
今ここで家を出奔すれば、ユーリを見捨てたことにもなる。
もちろん彼は主人公。いくつもの試練を乗り越えつつ、傷だらけになりながらも、最終的には栄光を手にする。
しかしその過程で多くの出会い以上の喪失と裏切りを経験し、皇位に手をかけた時には、その心は冷たく凍り付き、容赦のないリアリストになっている。
優れた為政者だが、決して人に心を許さない。
物語の筋書きを知るフリーデが守れば、彼の心を守ることができるかもしれない。
どのみちギュスターブは離婚を承諾しないのだから、ユーリが立派に育つまでしっかり後見しつつ、独立するためにお金を貯めたほうがいい。
フリーデは義理の母と妹にさんざんいじめられ、厄介払いとばかりに北部へ嫁がされてきた身なのだから、王都に戻ったところで居場所などあるはずもない。
タイトルは『凍月の刃』。
主人公は皇帝の私生児、ユーリ・ソウマ・ケーニッヒ。
彼がグリシール家に引き取られるところからはじまる物語。
実子のいなかった先帝が崩御し、その弟、ユーリの叔父にあたる、ヴォルムスが皇位を継承した。
ヴォルムスはユーリの存在を知り、消そうとする。
ユーリは叔父の魔の手から逃れながら臣下を少しずつ増やしていき、最終的にヴォルムスを討ち取り、皇帝に即位する。
臣下の一人には、ギュスターブもいる。
しかし彼は物語の中盤、ユーリを庇って討たれる。
では、ギュスターブの妻、フリーデはどうか……。
物語の序盤も序盤にユーリの存在にショックを受けて出奔した彼女は、実家のある王都へ逃げる。
父は突然戻って来た娘に驚き、呆れる。そこでフリーデは涙ながらに、事情を説明。
するとヴォルムスに即金だった父親がすぐにそのことを報告する。
ヴォルムスはユーリが兄の子だと確信し、甥の殺害を画策する。
フリーデは北部までの道案内、そしてユーリを殺す手はずを整えるために利用されるだけ利用され、最終的には始末されて、証拠隠滅に谷底へ落とされてしまう。
おまけにフリーデの死は刺客の口から語られることになる。
つまりダイジェストで死んだことにされるのだ。
刺客はユーリを狙い、ギュスターブに殺される。
――まさか……死ぬ直前まで読んでいた物語の中の登場人物、それもさっさと殺される端役に転生しちゃうとか。同情できるところはあるにしても、何の罪のない子どもを売ったフリーデに!
転生前の人生では、歩きスマホをした挙げ句、トラックにはねられて死亡。享年、二十八。
前世のことを思い出したとはいえ、十八年間、フリーデとして生きてきた記憶だってちゃんとある。
だから、フリーデが離婚を決めたことは理解できる。
むしろ、同情しまくり……。
ノルラント侯爵家の長女に生まれたフリーデは八歳で、当時、十五歳のギュスターブに嫁いだ。若くして隣国との領土紛争で数々の武勲を上げたギュスターブがその褒美に、と先帝に願ったのだ。
相手は伯爵とはいえ、長い歴史を持つノルラント侯爵家に比べ、グリシール伯爵家はギュスターブの祖父の代に男爵位を得て貴族に列した新参。
釣り合い考えれば到底ありえない結婚だが、ギュスターブを気にいっていた皇帝は婚姻を認めた。
明らかな格下の家との婚姻に両親は不満だったが、フリーデは若き英雄に嫁げることに密かに胸を高鳴らせていた。
それはギュスターブが、幼い頃から寝物語に聞いた英雄そのもののように思えたから。
お姫様と英雄の結婚は、子どものフリーデにとって憧れだった。
しかしその結婚生活は思い描いたものとは全く違って、空虚そのもの。
嫁いだのが八歳の時だから初夜を迎えられないのはしょうがないにしても、夫は一年のほとんどを戦場で過ごし、ようやく帰ってきたと思えば、またすぐ次の戦場へ。
フリーデが必死に夫婦として過ごそうと努力をしても、言葉を交わす暇もない。
こうして十年間という歳月があっという間に過ぎ去った。
意図していないにもかかわらず、白い結婚になってしまった。
使用人たちからは帝都から北部くんだりまで嫁いできたにもかかわらず、夫に袖にされる哀れな奥方と同情され、唯一心を許していた乳母には先立たれた。
この状況で、離婚を考えないほうがどうかしてる。
十年間もよく耐えたと思う。しかし前世の記憶を取り戻した今、すぐに離婚というのはためらってしまう。
ギュスターブのことなんてどうでもいい。
心配なのはユーリだ。彼が歩むであろう茨の道を思うと、胸が締め付けられる。
今ここで家を出奔すれば、ユーリを見捨てたことにもなる。
もちろん彼は主人公。いくつもの試練を乗り越えつつ、傷だらけになりながらも、最終的には栄光を手にする。
しかしその過程で多くの出会い以上の喪失と裏切りを経験し、皇位に手をかけた時には、その心は冷たく凍り付き、容赦のないリアリストになっている。
優れた為政者だが、決して人に心を許さない。
物語の筋書きを知るフリーデが守れば、彼の心を守ることができるかもしれない。
どのみちギュスターブは離婚を承諾しないのだから、ユーリが立派に育つまでしっかり後見しつつ、独立するためにお金を貯めたほうがいい。
フリーデは義理の母と妹にさんざんいじめられ、厄介払いとばかりに北部へ嫁がされてきた身なのだから、王都に戻ったところで居場所などあるはずもない。
308
お気に入りに追加
3,094
あなたにおすすめの小説
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
完結 穀潰しと言われたので家を出ます
音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。
「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」
遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。
こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。
その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
奪ったのではありません、お姉様が捨てたのです
佐崎咲
恋愛
『ローラは私のものを奪ってばかり――もう私のものはすべてローラに譲ります。ここに私の居場所はない。どうか探さないでください』
ある日そう書かれた手紙を置いて義姉クリスティーナは消えた。
高い魔力を持ち、聖女となった義姉は王太子レガート殿下の婚約者となり、その立場から学院でも生徒会副会長を務めていた。
一見して清廉で有能、真面目に見える義姉。何も知らない人が手紙を読めば、元平民でふわふわにこにこのお花畑に見える私ローラがすべて奪ったのだと文字通りに受け止めるだろう。
だが実情は違う。『真面目』が必ずしも人々に恩恵を与えるものではなく、かつ、義姉のは真面目というよりも別の言葉のほうが正確に言い表せる。
だから。
国の守りを固めていた聖女がいなくなり、次期王太子妃がいなくなり、生徒会副会長がいなくなれば騒然となる――はずであるが、そうはならなかった。
義姉の本性をわかっていて備えないわけがないのだ。
この国は姉がいなくても揺らぐことなどない。
――こんなはずじゃなかった? いえいえ。当然の帰結ですわ、お義姉様。
あとはレガート殿下の婚約者だけれど、そこは私に手伝えることはない。
だから役割を終えたら平民に戻ろうと思っていたのに、レガート殿下は私よりもさらに万全に準備を整えていたようで――
私が王太子の婚約者?
いやいやそれはさすがに元平民には荷が重い。
しかし義姉がやらかした手前断ることもできず、王太子なのに鍛えすぎなレガート殿下は武骨ながらもやさしい寵愛を私に注いでくるように。
さらには母の形見の指輪をはめてからというもの、やけにリアルな夢を見るようになり、そこで会う殿下は野獣み溢れるほどに溺愛してくる。
武骨ってなんぞ?
甘すぎて耐えられる気がしないんですけど。
====================
小説家になろう様にも掲載しています。
※無断転載・複写はお断りいたします。
感想はありがたく読ませていただいておりますが、どう返したらいいか悩んでいるうちに返信が追い付かなくなってしまいました。
その分更新頑張りますので、ご承知おきいただければと思います。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。
春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。
新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。
___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。
ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。
しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。
常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
【完結】ゆるだる転生者の平穏なお嫁さん生活
福の島
BL
家でゴロゴロしてたら、姉と弟と異世界転生なんてよくある話なのか…?
しかも家ごと敷地までも……
まぁ異世界転生したらしたで…それなりに保護とかしてもらえるらしいし…いっか……
……?
…この世界って男同士で結婚しても良いの…?
緩〜い元男子高生が、ちょっとだけ頑張ったりする話。
人口、男7割女3割。
特段描写はありませんが男性妊娠等もある世界です。
1万字前後の短編予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる