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第二章 盗賊団フライハイト
自由の海へ
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二人は無言のまま、広く短い廊下を歩く。
床からはレバーのような棒が一本つき出ていて、それを横目で見ながら、リディアはファルシードの後に続いた。
「さっきのが団長の部屋。舵棒のある廊下をまっすぐ行くと、甲板に出る」
ファルシードは淡々と説明をしながら、光の元へと出ていく。
彼を追いかけていくと、ぎらぎらとした真夏の太陽が刺さり、リディアは目を細めた。
まぶしさにようやく慣れはじめたリディアは、恐る恐るまぶたを開けていく。
見慣れた景色とは違う、新たな世界に息を飲んだ。
見上げれば高く澄んだスカイブルーの空が、船の周りにはどこまでも深いコバルトブルーの海が一面に広がっている。
遮るもののない景色を見ていると心も身体も、なぜか大きく広がったように感じた。
「う、わぁー! すごい、全部海だぁ……」
駆けだしてしまいそうになる足を、リディアは必死に押さえつけ、無邪気に笑う。
海面に光が反射し、きらきらと輝く。
海鳥の声に波の音、団員たちの笑い声や風の音が、四重奏のように響き、リディアの心を躍らせた。
限られた景色の中で生きてきた彼女は、こんな世界などもちろん見たことはない。
初めての経験に、リディアはわき上がる興奮を抑えられずにいた。
一方で、そんな彼女を見るファルシードの瞳は、ずいぶんと冷めたようなものだった。
「当たり前だ。島を出てどんだけたったと思ってる。次、行くぞ」
甲板を歩きはじめたファルシードを、リディアは慌てて追いかけていく。
「すごい、広いなぁ」
彼の背中を見失わないように注意しながら、リディアは甲板を見渡した。
脱出用の小舟があったり、対怪物用にか、いくつもの大砲が備えられている。
甲板で過ごす団員たちは武器の手入れをしたり、賭け事をしたり、釣りをしたりとそれぞれ自由に過ごしているように見えた。
空を仰げば、白く巨大なマストが風を受けてふくらみ、数羽の海鳥が鳴きながら舞い踊るかのように飛んでいる。
噂みたいな金の船じゃないけど大きいし、道を覚えるのは大変そうだ――とリディアは苦笑いを浮かべた。
船首甲板の方向へと進んだファルシードは足を止め、リディアもそれにならう。
彼の視線の先を見ると、足元に人一人が通れるほどの穴が開いており、階段が続いていた。
ファルシードがそこに足をかけようとした瞬間、後ろから大声が飛びこんできた。
「ねぇ、ちょっと、キャプテン!」
その声にリディアとファルシードが同時に振り返ると、肩で息をするバドがいた。
ファルシードに至急の用事でもあったのだろうか。
いまにも座り込んでしまいそうなほど、呼吸は乱れており、見るからに慌てた様子だ。
「何があった」
ファルシードは、顔を険しくさせて尋ねる。
だが、息も絶え絶えなバドは、リディアの予想から大幅にかけ離れた言葉を口にした。
「どうしたも、こうしたもない、っスよ! たったいま団、長から聞いたんスけど、あのキャプテン、が女を作ったって。で、しかもそれが、さらってきた祈りの巫女だっていうじゃないっスか!」
祈りの巫女、という言葉にリディアの胸はつきりと痛み、視線を落としていく。
新しい場所で生きていきたいと思いながらも『使命を果たさなければならない』という義務感がどこまでも心につきまとっていたのだ。
うつむくリディアを横目で見つめてきたファルシードは、小さく息を吐いた。
「ああ。俺がもらうことにした。コイツもまんざらじゃなさそうだしな」
ファルシードから送られてくる視線に、リディアは慌ててうなずく。
肯定を示す態度にバドは驚いたようで、大きく目を見開いていた。
「や、やっぱり本当に付き合ってるんだ……! 俺、もうびっくりっスよ。ここ最近で一番のビッグニュース! んで、彼女サンのお名前は?」
「リディア・ハーシェル、っていうの」
「リディアっていうんスね。ふむふむ、名前のほうも可愛いっスね~」
「えぇと、ありがとう」
可愛いと言われて照れ笑いをするリディアを、バドはぼんやりと見つめてくる。
次第に彼の頬は赤らんでいき、きゅうんと身体を縮こませて、悶絶する様子を見せた。
「あーもう! 何でキャプテンのなんだよぉ~」
その言葉と態度の意味がわからずに、リディアは首をかしげていく。
それとほぼ同時に後ろのほうから、甘みのある穏やかな声が聞こえた。
「あ、いたいた。キャプテン」
リディアが振り返ると、そこには長いオレンジ色の髪を後ろにくくった、たれ目の優男がいた。
「どうした、カルロ」
駆け寄ってくる男にファルシードが呼びかけると、カルロは妖しげな微笑みを浮かべていく。
そして、バドを引きはがして、リディアの前へとしゃがみこんだ。
「彼女、僕にも見せて下さいよ」
カルロは柔らかい笑顔を浮かべながら、リディアをじぃっと見つめてくる。
その甘いマスクと、飴玉のようにとろんとしたオレンジ色の瞳に、リディアは思わずしり込みしてしまう。
見つめることに飽いたのか、カルロは立ち上がり、ファルシードに視線を送ってにやりと笑った。
「キャプテンがこんな素朴な子を好きになるなんて、意外です。数年前までは、もっと趣味違ってましたよね。しかも、一目ぼれなんでしょう? なーんかしっくりこないんですよねぇ」
「余計な詮索はしなくていい」
「はいはい、わかりました」
ぴしゃりとファルシードに牽制されたカルロは、つまらないといったような顔で笑った。
「ところで、ケヴィンはどうした?」
ファルシードがあたりを見渡しながら尋ねると、カルロは呆れた様子で肩をすくめた。
「休憩時間潰して、倉庫でトレーニングですよ。飽きもせずに」
「そうか。お前たちはもう行け。俺はコイツを案内して回る」
ファルシードが払う動作をすると、バドは不満げに口をとがらせた。
「えー、案内なら俺も一緒にしたいっス。リディアもそっちのほうがいいっしょ?」
「え、あの……」
正直なところ、ファルシードと二人きりというのは息がつまりそうになるし、バドがいてくれた方が気楽のような気もする――とリディアは思う。
返す言葉に詰まっていると、ファルシードがバドを、不愉快そうに睨みつけた。
「いいから、さっさと行け」
「だってぇー、俺もリディアと話したいしぃ」
バドは両方の人差し指をツンツンとぶつけながら、とがった口をまたさらにとがらせる。
バドの態度にファルシードは深く息をついていく。
いらついているともとれる態度にリディアは内心ハラハラしていたが、カルロがその局面を打開した。
「こら、わがままもいい加減にしないと。キャプテン怒らせたら怖いんですから。ほら、行きますよ」
「痛ェ! おい、耳ひっぱんなっての」
カルロに耳をつままれたバドは、引きずられるように連れていかれたのだった。
床からはレバーのような棒が一本つき出ていて、それを横目で見ながら、リディアはファルシードの後に続いた。
「さっきのが団長の部屋。舵棒のある廊下をまっすぐ行くと、甲板に出る」
ファルシードは淡々と説明をしながら、光の元へと出ていく。
彼を追いかけていくと、ぎらぎらとした真夏の太陽が刺さり、リディアは目を細めた。
まぶしさにようやく慣れはじめたリディアは、恐る恐るまぶたを開けていく。
見慣れた景色とは違う、新たな世界に息を飲んだ。
見上げれば高く澄んだスカイブルーの空が、船の周りにはどこまでも深いコバルトブルーの海が一面に広がっている。
遮るもののない景色を見ていると心も身体も、なぜか大きく広がったように感じた。
「う、わぁー! すごい、全部海だぁ……」
駆けだしてしまいそうになる足を、リディアは必死に押さえつけ、無邪気に笑う。
海面に光が反射し、きらきらと輝く。
海鳥の声に波の音、団員たちの笑い声や風の音が、四重奏のように響き、リディアの心を躍らせた。
限られた景色の中で生きてきた彼女は、こんな世界などもちろん見たことはない。
初めての経験に、リディアはわき上がる興奮を抑えられずにいた。
一方で、そんな彼女を見るファルシードの瞳は、ずいぶんと冷めたようなものだった。
「当たり前だ。島を出てどんだけたったと思ってる。次、行くぞ」
甲板を歩きはじめたファルシードを、リディアは慌てて追いかけていく。
「すごい、広いなぁ」
彼の背中を見失わないように注意しながら、リディアは甲板を見渡した。
脱出用の小舟があったり、対怪物用にか、いくつもの大砲が備えられている。
甲板で過ごす団員たちは武器の手入れをしたり、賭け事をしたり、釣りをしたりとそれぞれ自由に過ごしているように見えた。
空を仰げば、白く巨大なマストが風を受けてふくらみ、数羽の海鳥が鳴きながら舞い踊るかのように飛んでいる。
噂みたいな金の船じゃないけど大きいし、道を覚えるのは大変そうだ――とリディアは苦笑いを浮かべた。
船首甲板の方向へと進んだファルシードは足を止め、リディアもそれにならう。
彼の視線の先を見ると、足元に人一人が通れるほどの穴が開いており、階段が続いていた。
ファルシードがそこに足をかけようとした瞬間、後ろから大声が飛びこんできた。
「ねぇ、ちょっと、キャプテン!」
その声にリディアとファルシードが同時に振り返ると、肩で息をするバドがいた。
ファルシードに至急の用事でもあったのだろうか。
いまにも座り込んでしまいそうなほど、呼吸は乱れており、見るからに慌てた様子だ。
「何があった」
ファルシードは、顔を険しくさせて尋ねる。
だが、息も絶え絶えなバドは、リディアの予想から大幅にかけ離れた言葉を口にした。
「どうしたも、こうしたもない、っスよ! たったいま団、長から聞いたんスけど、あのキャプテン、が女を作ったって。で、しかもそれが、さらってきた祈りの巫女だっていうじゃないっスか!」
祈りの巫女、という言葉にリディアの胸はつきりと痛み、視線を落としていく。
新しい場所で生きていきたいと思いながらも『使命を果たさなければならない』という義務感がどこまでも心につきまとっていたのだ。
うつむくリディアを横目で見つめてきたファルシードは、小さく息を吐いた。
「ああ。俺がもらうことにした。コイツもまんざらじゃなさそうだしな」
ファルシードから送られてくる視線に、リディアは慌ててうなずく。
肯定を示す態度にバドは驚いたようで、大きく目を見開いていた。
「や、やっぱり本当に付き合ってるんだ……! 俺、もうびっくりっスよ。ここ最近で一番のビッグニュース! んで、彼女サンのお名前は?」
「リディア・ハーシェル、っていうの」
「リディアっていうんスね。ふむふむ、名前のほうも可愛いっスね~」
「えぇと、ありがとう」
可愛いと言われて照れ笑いをするリディアを、バドはぼんやりと見つめてくる。
次第に彼の頬は赤らんでいき、きゅうんと身体を縮こませて、悶絶する様子を見せた。
「あーもう! 何でキャプテンのなんだよぉ~」
その言葉と態度の意味がわからずに、リディアは首をかしげていく。
それとほぼ同時に後ろのほうから、甘みのある穏やかな声が聞こえた。
「あ、いたいた。キャプテン」
リディアが振り返ると、そこには長いオレンジ色の髪を後ろにくくった、たれ目の優男がいた。
「どうした、カルロ」
駆け寄ってくる男にファルシードが呼びかけると、カルロは妖しげな微笑みを浮かべていく。
そして、バドを引きはがして、リディアの前へとしゃがみこんだ。
「彼女、僕にも見せて下さいよ」
カルロは柔らかい笑顔を浮かべながら、リディアをじぃっと見つめてくる。
その甘いマスクと、飴玉のようにとろんとしたオレンジ色の瞳に、リディアは思わずしり込みしてしまう。
見つめることに飽いたのか、カルロは立ち上がり、ファルシードに視線を送ってにやりと笑った。
「キャプテンがこんな素朴な子を好きになるなんて、意外です。数年前までは、もっと趣味違ってましたよね。しかも、一目ぼれなんでしょう? なーんかしっくりこないんですよねぇ」
「余計な詮索はしなくていい」
「はいはい、わかりました」
ぴしゃりとファルシードに牽制されたカルロは、つまらないといったような顔で笑った。
「ところで、ケヴィンはどうした?」
ファルシードがあたりを見渡しながら尋ねると、カルロは呆れた様子で肩をすくめた。
「休憩時間潰して、倉庫でトレーニングですよ。飽きもせずに」
「そうか。お前たちはもう行け。俺はコイツを案内して回る」
ファルシードが払う動作をすると、バドは不満げに口をとがらせた。
「えー、案内なら俺も一緒にしたいっス。リディアもそっちのほうがいいっしょ?」
「え、あの……」
正直なところ、ファルシードと二人きりというのは息がつまりそうになるし、バドがいてくれた方が気楽のような気もする――とリディアは思う。
返す言葉に詰まっていると、ファルシードがバドを、不愉快そうに睨みつけた。
「いいから、さっさと行け」
「だってぇー、俺もリディアと話したいしぃ」
バドは両方の人差し指をツンツンとぶつけながら、とがった口をまたさらにとがらせる。
バドの態度にファルシードは深く息をついていく。
いらついているともとれる態度にリディアは内心ハラハラしていたが、カルロがその局面を打開した。
「こら、わがままもいい加減にしないと。キャプテン怒らせたら怖いんですから。ほら、行きますよ」
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カルロに耳をつままれたバドは、引きずられるように連れていかれたのだった。
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