愛に触れて

よんど

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𝐓𝐫𝐮𝐞 𝐋𝐨𝐯𝐞 𝟓

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どうしてこんな所に、と疑問に思って、洗面所が此処の部屋から近い事に気が付く。部屋に帰ろうとした間際、気になる会話が聞こえてしまったという感じなのだろうか。視線の先の麗二様は後退りする様にドアの所から離れた途端、タタタッと駆けて行った。話の続きが気になる、先ずは彼を追いかけなければ、と思った私は慌てて彼の後を追いかけた。





『麗二様、いらっしゃいますよね。ドアを開けて下さい』


お願いします、と締まり切った扉をノックし続ける。しかし、扉の向こうの彼は鍵を完全に締めて一切の応答を見せない。そして、少しの間が空いてようやく『もう嫌だ…』と悲痛な声が漏れてきた。


『学校も家も、何処にいても苦しい。嫌な大人ばかりだ。琥珀を引き離した父さんはまだ許せないけど……父さんが居なくなって一人ぼっちになるのはもっと嫌だ』

『ーーー………』


掛ける言葉も見つからなかった。
スッと手を下ろし、無言で足元を眺める。彼の心を支えてあげたいなんて思ったとしても、私はその時、結局彼に何の言葉も与える事が出来なかった。なんて情けない。
そして、静かになった扉の前で、私は何も言わずに壁に凭れ掛かる様に座り込んだ。麗二様は、その日を境に必要最低限部屋から出る事を避ける様になった。


________
___


「……何、で」

聞いた話は想像を超えるものだった。
開いた口が塞がらなくなった僕は、縺れるような声が喉の奥から僅かに漏れ出た。白雪さんは気まずそうに視線を逸らすと「気分を悪くさせる話をしてしまいましたね」と寂しそうに呟く。


「不甲斐ないばかりです。麗二様の一番側に居たのは私だったのにも関わらず…」

「……!白雪さんが自分を責める必要は無いです。白雪さんが居なかったら、麗二はもっと苦しんでいたと…」


麗二の寂しそうな背中が目の前に浮かび、泣きそうになる。何も知らずに自分の運命を受け入れて日々普通に過ごしている間、麗二は色んな重荷に耐えていたんだ。グッと泣くのを堪えながら俯くと、白雪さんは一息吐いて静かに続ける。


「当主を継ぐにしろ、継がないにしろ、麗二様は勉強の方では大変優秀なお方で、その他の事も難なく励んでおりました。でも……私が気付けなかっただけで、心は不完全のままだったのかもしれません。その為、その次の日から学校に行く事を止めて、家に、自分の部屋に……自分だけの殻に篭もる様になりました」


自分の殻にーー…自分だけの世界に浸っていた麗二。
彼に何もしてあげられなかったと、自分の思いを伝える白雪さんが、僕につられて少しだけいつものポーカーフェイスが崩れ始めている事に気が付く。


「秋人様が亡くなり、一人ぼっちになった麗二様は益々引き篭もる様になり、現状は悪化していくばかりでした。ですが、不幸中の幸いを述べますと、次期当主は麗二様にする様にと、秋人様が遺言を残して下さっていたのです」

「……!」

「お陰で、瀬名竜巻は当主の座を諦めざるを得なくなりました。ですが、恐らく今でも座を狙っていると思われます。そして、貴方の事もーー……」


ジッと、怖い言葉と共に鋭い視線を向けられ、ビクッとなる。白雪さんは溜息を一つ零すと、再びカップを手にし、一口喉に通す。そして、ふぅ…と息を吐く様に「あの日、私は藁にもすがる思いで貴方に声を掛けました」と思い返す様に告げる。


「誰の命令でも無い。私は常に従順で有りましたが、初めて自分の意思で動きました。……麗二様の引き篭もりを直すキッカケをつくる為に。彼を変えられるのは、他でも無い、琥珀様、ただ一人だけですから」

「……僕は、変えられたでしょうか。麗二の事…」


麗二の、縋り付く様な視線や言動。今ならそれら全ての行動の意味がよく分かる。麗二はずっと助けて欲しかったんだと。離れてしまっていたが、またこうして出会えた。


「……変えて下さりました。真っ直ぐな言葉を下さる琥珀様が、麗二様に影響を与えていたのは目に見えていました。貴方と居る時の麗二様は…見た事が無いくらい、柔らかい笑みを浮かべていました」

「!」
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