異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
911 / 928
七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編

  泉に出づるは妖しの姿2

しおりを挟む
 
 
『実はね、私……あれからどんどん力が強くなってきたの』
「えっ、っていうと……色んな泉に移動できるくらい……とか?」

 今だって、実際に離れた場所まで来ることが出来てるよな。
 これもその「強くなった」の恩恵なのではなかろうか。
 すぐに答えると、アグネスさんはくすぐったそうに笑って体を動かした。

 ひかえめに言っても間違いなくかわいい。

『うふふっ、そうね。確かに、私の泉からつながる水場には移動できるようになったんだけど……今回は、ちょっと特殊なの。泉に居たら、急に“とっても幸せな気持ち”が伝わってきて……それが、何故かツカサくんの気持ちだって分かったのね? だからつい会いたいな~って思ったら、なんと飛んでこられちゃったの!』
「し……しあわせなきもち……?」

 ちょ、ちょっと待って。なんですかそれは。
 アグネスさん何を感じ取ったってことなんですか。

 恐る恐る聞くと、彼女はたわわな胸をきゅっと強調するように腕ではさみつつ、両手をほおえて恥ずかしそうな嬉しそうな顔で体を揺らした。

『そう! すっごく幸せな気持ちよ! ホントは私もまだ自分の領域にしか移動できないはずだったんだけど……でもぉ、あれだけ幸せそうな愛する気持ちが水から伝わってきたら、私としてはつい反応しちゃ……』
「ワーッ!! わーっ! わああああ! いいですそこ良いですぅうう! とにかく俺の気配に引っ張られて来てくれたのはわかりましたあああ」

 やめてやめて頼むからもうそれ以上言わないでっ!!
 違うんですそうじゃないんです俺は別にそんなっ。

「ふ、ふへへ……ツカサ君てばそんなに僕の事を……!?」
「違うー!!」

 やめろ、また抱きしめてこようとするな。
 俺は何も考えてない何も考えてない水に沈ませてくれもう誰の顔も見れない。

 っていうか俺の感情ってなに、水に溶けるの!?
 それとも水の波動とかナントカでアグネスさんに伝わっちゃったの!?

 なんでそれで遠く離れた泉のアグネスさんが俺の気持ちを分かっちゃうんだ。もしかして、俺って泉に入ると感情が垂れ流しになっちゃうのか?
 だとしたら俺もう二度とライクネスやアコールの水辺に入れないんだどおおお。

『あらぁ、もしかしてお邪魔しちゃったかしら……』
「いや、今回に限っては許そう」
「お前が許してんじゃねーよ!! あっ、いやっ、アグネスさんを許さないとかじゃないですからね!」

 アグネスさんが傷つかないかとあわてて釈明しゃくめいすると、彼女は再び嬉しそうにクスクスと笑ってくれた。う、うう、グラマラス美女なのに笑い方が無邪気な女の子みたいで心がキュンキュンするぅ……。

『ふふっ……相変わらず仲が良さそうで良かった! でも驚かせちゃってごめんね、ここに来られたのは、きっと私とツカサくんが“えん”でつながってるからだと思うわ。だから今回のは特別だと思うの。今度も出来るかは分からないけど……もし出来たら、おうかがいをして出てくるから安心してね』
「確かにちょっと驚いたけど、会えて嬉しいのは俺達もですよ。だから謝る事なんて何もないんで、安心してくださいね! なっ、ブラック」
「僕は別に……」
「お前ちょっと黙ってて」
「ツカサ君が問いかけて来たのにぃ」

 アンタがロクでもない返答をするからだろうがっ。
 ったく……本当に興味がない相手に対してはこんなんなんだから……。

「それよりアグネスさん、力が強くなったってどういうことです?」
『あっ、そうそう。それなのよ! あの後、ツカサくん達が偉い人に街道の事を報告してくれたでしょ? そしたらね、道路を整備したり小屋を管理してくれる人が来てくれたの。それでね、昔みたいな賑わいは無理だけど……その代わり、国が保護する土地? って言うのにしてくれて、自然を楽しむ観光地として整備をしてくれるってお話になったの!』
「えっ……そんなことに……!」

 俺達の世界で言う国立公園みたいな物だろうか?
 確かにあの山は大事な水源でもあるし、なにより滅多に現れない【元素妖精】が泉に棲みついているのだ。保護しないなんてありえないって感じだったんだろうな。

 これも、アコール卿国きょうこく国主卿こくしゅきょう……つまりローレンスさんがはからってくれたって事なんだろうか。ううむ、いよいよ足を向けて寝られなくなってきたぞ。

『それでね、私と仲良くなってくれる人が増えるたびに……なんていうか……こう、ちからが湧いてくるっていうか……今までより、周囲の事が色々分かるようになったの。だから、ツカサくんの所にも偶然出てこられたんだと思う』

 それは……どういうことだろう。
 急にパワーがあふれて来たなんてことないよな。

 どういうことだろうかとブラックの方を振り返ると、難しい顔をして腕を組んでいたが、一応の推測を俺に答えてくれた。

「妖精ってのは僕達人族や他の“ヒト”である種族と違って、個体ごとに特徴や性質もバラバラだから、一概には言えないけど……この泉妖精の場合は、多くの人族に認知されるか、もしくは他人の生気を吸ってちからを得ているんじゃないかな」
「せ、生気?」
「たぶん、ごく少量だろうけどね。でも、この妖精は人族に名前を貰ったんだ。そのせいで、人族に依存した性質になってしまったんだろう」

 あ、そっか……この世界にも、チートもの小説で良く見る“名付け”でパワーアップが可能になる感じのがあるんだよな。
 ということは、アグネスさんは黒髪の女の子に名付けてもらったことで、成長するにも人族の力が必要不可欠になってしまったというわけか。

 でも、人とのえんが出来た事で、知り合った俺達の所に飛んでこられるくらいちからが増したのだから、いたかゆしってトコだな。
 人に依存しているからこそ、俺達を感じ取って移動してきてくれたんだし。

『人から何かを吸い取った覚えはないけど……でもみんなのおかげで私がこうやって元気にしていられるのは凄く分かるわ!』

 なるほど、じゃああながち間違いでもないのか。
 そう納得していると、不意にアグネスさんがたずねてきた。

『ところで……ツカサくん達はここで何をしてたの?』
「ナニって、そりゃツカサ君のくちで」
「そっちじゃねーよ!! い、いや実は……」

 ――――と、俺はアグネスさんに今までの事を簡単に説明した。
 不可解な術か、もしくは特殊な能力で人を眠らせてしまう人がいて、その人のちからで眠らないようにするために、今まで材料を集めていたのだと。

 すると、アグネスさんは小さく首をかしげた。

『人を眠らせちゃう能力かぁ……。なんだか人族じゃなくて妖精みたいね』
「はは、確かに……」
『うーん……でも、自覚がないんじゃお話も難しいものねえ……あっ、じゃあ……私もツカサくんのために少しお手伝いしちゃおうかな』
「お手伝い……ですか?」

 なんだろう。
 綺麗な水をくれる、とかかな?

 アグネスさんを見やると、相手は「安心して」と言わんばかりに優しく微笑み、その人を魅了する笑顔のままで両手を空へ向けた。
 まるで、空から落ちてくる雨を待っているかのようなポーズだ。

 そのまま、アグネスさんは目を閉じた。
 すると、彼女の体が淡く水色に光り始め――――

 かかげた両手の中央、何もない空中に、渦を巻いて水が現れ始めた。

 その渦巻く水は、色が無いはずの普通のものではなく、アグネスさんが放っている光と同じような色に染まっている。
 目が覚めるような、明るい水色だ。

 水色、というのに現実の水のように透明ではないソレを球体におさめると、ようやくアグネスさんは目を開けた。

「それは……なんだ?」

 問いかけるブラックに、アグネスさんはニコッと明るく笑ってみせる。

『これはね、ツカサくん達のために作った特製の【水牢すいろう】というものよ』
「す、すいろう?」

 あれ、なんか字面的にちょっと怖い物じゃないですか。
 どうしてそんなものを……と思っていると、ブラックが「なるほど」と呟いた。

「妖精の【水牢すいろう】の中に入ってさえいれば、他のあらゆる能力の干渉かんしょうを受けない……と言うワケだな。それで眠らないようにするわけか」

 えっ、妖精さんのちからってそういうこともできるんですか。
 というかそういう事も知ってんのかよお前、本当凄いなオイ。

 素直に感心してしまうが、それが本当なら俺も笛を吹かずに済みそうだ。
 焼刃やきばの薬より、実際の妖精さんが作ってくれたモノの方がよっぽど信用できるというモノである。まあ、一応薬は作っておくけどさ。

『どこまで通用するかわからないけど、この【水牢すいろう】は入ったまま移動できるようにしておいたから……たぶん、大丈夫だと思うわ。でも、強いちからには効かないかも知れないし、強い術とか……聖水とかに当たるとたぶん消えちゃうから、気を付けてね。それに初めて作ったモノだから、耐久性も無いかもしれなくて……』
「いやいや、充分じゅうぶんですよ! そんな凄い物を……ありがとうございます……!」

 もしかしたらコレで、ブラックが眠らずにいられるかも知れない。
 予想だにしなかった凄い物をくれたアグネスさんにお礼を言うと、相手は再びくすぐったそうに笑った。

『いいのよ。だって、私の方こそ感謝してるんだもの! ……私、ツカサくんとえんが出来て、またいっぱい人に会う事が出来るようになったし……こんなに動けるようになったのよ。貴方達には、感謝してもしきれないわ。だから、私にも手伝えることが有ったらいつでも言ってね』

 私が手を伸ばせる限りの水辺みずべがあれば、きっと助けに行くから。
 そう迷いなく伝えてくれるアグネスさんに、俺は強くうなずいた。

 変な再会になっちゃったけど、でも、元気なアグネスさんを見られて嬉しかったし、彼女が幸せそうで本当に良かった。
 アグネスさんは「えんつなががった」と言っていたけど……そのおかげで、こうして俺達も助けられているんだと思うと、なんだか心が温かくなるな。

 えんってのは、ひょんなことからまた人を引き合わせるんだ。
 そうやって再会することで、また深いえんが結ばれていくのかな。

 願わくば、こうしてまた色んな人と出会えると嬉しい。
 ……ヌエさんとも、そういう「えん」にれたらいいんだけど……。

 そんな事を思いながら、俺は彼女から【水牢すいろう】を大事に受け取ったのだった。












  
しおりを挟む
感想 1,019

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...