異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編

20.あなたにあいにきた1

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   ◆



「――――あれ?」

 ふと気が付くと、またあたりが真っ暗で。
 いつの間に寝ていたんだろうかと起き上がると、少し重い布団がずるりと落ちる。
 すぐ横で寒がるようなうなごえが聞えたので振り返ると、そこには昨晩のように熟睡するブラックが寝転がっていた。

「…………いつの間に寝ちゃったんだっけ……」

 頭を掻きながら、今までの事を思い出す。
 ……えーと……確か夕方まではしっかり起きてたよな。ブラックがあ、あんなことを言うもんだから、何と言うか……俺もちょっとほだされちゃって、お望み通り今日は部屋でゴロゴロしたり、ちょっとしたキッチンがあったのでメシ作ったり……藍鉄あいてつのお世話とか色々やっているうちに、夕方になっちゃったんだっけ。

 ブラックが、い、いちゃいちゃしたいとか言うから、その……キッチンで背後から抱き着かれたまま話をしてたり、ロクショウやペコリア達とたわむれながら話してたり、最終的にベッドの上で二人寝転がってなんかこう……えっちな感じじゃなくて乳繰ちちくり合ったりとか……。

 …………い、いや、ヘンな意味じゃないからな!?

 ふっ普通の、ホントごく普通に恋人がこういうコトするよな~って感じの……!
 だから、その…………正直、言うと……すごく良かった……です……。

 ………………。
 だ……だってしょうがないじゃん!!

 俺だって、たまには……ぶ、ブラックと、恋人らしい事したい、もん……。
 ……う、うう、気色悪いのはわかってるけど、でも、でもさ、す、好きなヤツと一日中、他愛ない話をしながら過ごすのとか……いいなって、ずっと、思ってたし……。

 それが、オッサン相手になるとは思わなかったけどさあ!!
 でも、やっぱり好きだし……別にいつものが不満ってわけじゃないけど、こんな風にずっと一緒に居る平和な一日だってあっても良いじゃないかっ!

 ううううチクショウ、俺は誰に弁解してるんだ。
 でも思い返すと、何かもう恥ずかしくなって仕方ない。

 俺にとっては凄く嬉しい事だったはずなのに、なんでこう思うんだろう。思い返してみたらドキドキし始めるからなのかな。それとも、普通の恋人がするようなことを俺が喜んでやってるのが似合わないと思っちゃうからなのか?

 嬉しいのに、思い出すともだえそうになるのなんて変だ。
 ブラックとはいつも一緒に居るのに、こんな、えっちなことなんてしてない今日の思い出の方が、ドキドキしちまうなんて。

 ……本当は……なんでそうなるのか、わかってるん、だけどさ。
 でも、恥ずかしいんだよ。

 ただ一緒に居て、隣でブラックが無邪気に笑ってくれてることが……自分が思っている以上に嬉しくてドキドキするんだってことを、俺が実感してしまうのが。

 そんなことで嬉しく思ってしまうくらい、俺は……ブラックの事が……

 好き……なんだって。

「――~~~~……うぅう……」

 ああもう、こんなことを改めて考えるなんてどうかしてる。
 くそっ、この顔が悪いんだ。隣でアホみたいな顔でくちを開けてよだれたらしながら寝てやがるこのオッサンのアホ面が!

 ええいこのっ、鼻まんでやる。

「はひぇふえ……ふぇふぇ……つかひゃくぅん……」
「だ、だからそういう寝言を言うなっつうのに……!」

 起きないくせにこっちを動揺させることばっかり言うんだからこの。
 この高い鼻が憎い。

「くそう、のどかわいちまったじゃねーか……」

 一人でドキドキしてもだえてバカらしい。ちょっと冷静になったら、今度は自分の言動が恥ずかしくなってきた。水を一杯飲んだらもう寝よう。
 そう思って、俺はベッドから降りた。
 今日も月明かりが眩しいので、足元の心配はない。靴を適当にいて、俺はベッドの横でスヤスヤ眠るロクショウ達を見た。

 ロクとペコリア達は、宿の人に用意して貰った「小さなモンスターが寝る用のかご」の中でくっついて安眠している。
 ネコや小型犬が寝るかごっぽいけど、やっぱりこういう高級宿だとペットあつかいのモンスターを連れてくる貴族の人もいるんだろうか。まあなんにせよありがたい。
 ここにカメラが有ったら激写しているところだが、今は目に焼き付けておこう。

 そっと頭を撫でてやると、俺は部屋を出た。
 この部屋の小さなキッチンは、お貴族様が泊まる部屋だと言うのに設備が充実している。どうやら使用人が軽食を作って主人に持っていくためのものらしいが、こんな高い階にまで水道を通しているのか蛇口じゃぐちがあるし、なんとコンロまで存在する。

 この世界のコンロと言えば普通はかまどなのだが、貴族やレストランのような場所などでは、こういう高級な曜具ようぐがあるんだよな。
 勿論もちろん、俺の世界の物のように高機能ではないし、炎の調節もおおざっぱなんだけど、それでもやはり優れものには違いなかった。

 うーん、文明の利器ってのの偉大さを改めて感じるぞ。

「こっちの世界じゃ、曜術がなけりゃ火を起こすのも苦労するからなぁ……」

 まあ、魔法の世界らしく【種火石たねびいし】だとかの炎属性の鉱石もあるんだけどな。
 そんなことを思いつつ、水を飲んで再びベッドへ戻ろうとする。と。

 コンコンと言う奇妙な音が窓から聞こえた。

「っ……ぇ……!?」

 な、なになになに、何で、何で窓からコツコツ聞こえんの!?
 ままままさかおおおおばおばおばっ……。

 ……い、いや、待て待て落ち着け。落ち着くんだ俺。
 こんな世界だ、フクロウとかの鳥さんが偶然部屋の窓をつついただけって可能性も有るじゃないか。こ、こんな夜中に窓を叩く音なんて、鳥か気のせいか……

「ア゛……ぁ……」
「ギャーーーーー!!」

 声こえ声こえええええ!!
 声がっ、声が聞こえたあああああ!!

 やっぱりこれおばオバおばけっ、おばっ……!

「うァ゛っ」

 やだやだ怖いオバケの声とか勘弁かんべんして下さい!
 もうオバケの声なんて聴きたくなくて耳をふさごうとした。と、その瞬間。
 ずるっという音がして、どすんという大きな音が外から聞こえた。

 ……どすん……?

 そのあまりにもオバケらしからぬ音に、俺は思わず呆気あっけにとられる。
 最初は何が起こったのかも分からなかったが、ハッと気が付いてダイニングの窓のカーテンを開けて下を覗いた。
 すると、そこには……月明かりに照らされたやけにデカい人影が、地面に転がっている姿があったのだ。

「な、なんだ、人か……」

 いや人でもヤバいと思うんだが、それでもオバケよりマシだ。
 肉体が有るんだから、それなら対処できるワケだし。

 ついホッとしてしまったが……よくよく考えたら今の状況で人間だった方がヤバイかも。ドスンって落ちちゃったんだぞ。この高さから落ちたら、どんな頑丈な人でも怪我だけじゃ済まないんじゃないのか。
 もしかしたら、打ちどころが悪くて死んじゃうかも……。

「うわっ……え、えらいこっちゃ……!」

 俺は一気に血の気が引き、慌てて部屋を出ると急いで事故現場に向かった。
 何が目的かは分からないけど、とにかくこっちに気付いて貰おうとノックしていたみたいだし、泥棒などとは違うと思う。

 だから、どうして俺達の部屋にやって来たのか話を聞かなくては。

 そんな理屈を頭の中で正当化させながら、俺は階段を駆け下りて転びそうになりながらも、なんとか体勢をたもって裏口から外に出た。
 例の人影が落ちた場所は裏庭方面で、石畳いしだたみでは無かったから……ワンチャン無事で居てくれるかもしれない。

 そう思いつつ、目的地を見やると――――

 大きな影が、もぞりと動いた。
 その“大きな影”の正体を知ろうと近寄って、俺はアッと声をあげた。

「あ……アンタ、ヌエさん!?」

 その声に、のっそりと起き上がるかなり大柄な影……いや、黒衣の男。
 目深まぶかにフードをかぶり、白い大きなマスクでくちを隠した相手は、自分に何が起こったのか分からないのか数秒黙っていたが、俺に気付くと「あっ」と声を上げた。

「る……ェ、ヌぅエ……っカさ、キぃタ」

 もごもごとマスクを動かして、何度かそう言う。
 単語だけの会話だったけど……なんとなく、ヌエさんが「俺の所に来た」と言いたいのだけは理解できた。多分、俺に会いに来たんだ。

 でも……ヌエさんのことは、夢だったはず……。
 俺ってば、また変な夢を見ているんだろうか。

「っ、う……つ、ぁさ」
「あ……ご、ごめん。あの……怪我は? どこか痛い所は無いですか?」

 でも、これが夢だったとしてもヌエさんが落ちたのには変わりがない。
 夢だろうが現実だろうが、怪我をしていたら早く治療しないと。

 そう思って相手の体を確かめようとすると、ヌエさんはそでの中で手をパタパタ動かして、自分が元気であることをしめしてきた。
 ほ……ホントかな……。

「本当に大丈夫? 痛い所はないんですね?」
「う゛」

 昨日よりは、コミュニケーションが出来ている気がする。
 けど、登場の仕方があまりに奇抜すぎて、いまだに現実感がない。

 …………いや、これがもし現実なら、ブラックを起こして一緒に来て貰えば良いのではないだろうか。その方が、この人の正体とかつかめそうだし……。
 なんてことを考えてると、急に視界に影が掛かった。

 うわっ、ちょっ、な、なんスか急に顔を近付けてきてっ。

「ぬ、ヌエさん?」
「……うルル……ん、ン゛……ん、ぇい……」

 何かを言おうとしている。
 だけどうまく言葉を発せないようで、少し焦っているような感じがするな。

 しかし根気よくっていると……相手の腹から「ぐう」という音が鳴った。

「あは……とりあえず、ごはん食べません? 今日は肉を食べさせてあげますから」

 そう言うと、相手は背筋を伸ばして体を揺らし始めた。

「ぃ、ク……っ! に、ク……!」

 どうやら肉という単語だけは何とか発音できるし理解も出来るらしい。
 ……やっぱりどこぞの山奥の狩猟民族の人なのだろうか。

 そこんトコをはっきりさせるためにも、やっぱりこの人はブラックに会わせた方が良い気がする。悪い人じゃなさそうだし……再びこまって俺を探しに来たのなら、また放り出すのも可哀相だもんな。

 夢か現実かは、この人にご飯をあげてブラックに会わせてから考えよう。

 そう思い、俺はヌエさんを連れて部屋に戻る事にした。













 
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