異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編

8.さあ、かつての話をしようじゃないか1

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「単刀直入に言うが、何故僕達にあんなものを見せたんだ。過去の【グリモア】のことなんて、僕とツカサ君には関係ないはずだろ」

 ずっと考えていたせいで鬱憤うっぷんがたまっていたのか、ブラックは早く話を終わらせたいとでも言うかのような不機嫌な声で問いかける。
 しかしローレンスさんはニコニコと笑みを浮かべたまま、ブラックの失礼な態度にも怒らず俺達をじっと見つめていた。

 ……そ、そんなに見つめられるとちょっと怖いですローレンスさん……。
 なんで笑顔なのに視線をビシビシ感じるんだろう……。

「ははは、何故知ってるのか、じゃなくて、何故見せたのかを聞いてくるとは……どうやら、あの遺跡の話は君達を少々こまらせてしまったようだね。いや、申し訳ない」

 一国の王様だと言うのに、簡単に頭を下げるローレンスさん。
 だけどブラックはそんな相手に警戒心をゆるめることなく目を細めた。

「心にもないことを……」
「いやいや、申し訳ない気持ちは本当さ。……だけどね」

 そこで一度区切って、ローレンスさんは紅茶を一口ひとくちふくむ。
 まるで回答を先延ばしにするかのような態度にブラックの片眉がピクリと動いたが、相手は全くあせる事も無くカップを置いた。

 そうして、おだやかな色の瞳でこちらを見つめる。
 笑みのない、真剣な表情に変わった顔と共に。

「現状、そうやってあわれんでもいられなくなった。君達には早急に【アルスノートリア】を排除し、いびつであろうが一刻も早く【七人のグリモア】を完成して貰わねばならない。なんとしてでも」

 きびしい表情ではない。おだやかなままの、真剣な表情。
 だけど、その「いつもの顔なのにいつもとは違う顔」が、緊張感を強めていく。

 ローレンスさんのそんな表情に、ブラックは問いを返した。

「話が見えないな。こっちの質問とどう関係があるんだ」

 「早くしろ」というあせりは理解できる。
 しかしその言葉は答えとはがたいだろう。現にブラックは「答えになっていない」と冷静な言葉でなじっている。ローレンスさんだってそれはわかっているだろう。

 それなのに何故、先に自分の方の事情をんできたのか。
 あまり難しい話が得意ではない俺ですら違和感を感じる言葉の応酬に、ローレンスさんは表情を少しゆるめると、姿勢を楽にして長い脚を組んだ。

「まあ、そうあせらないで。……君達の質問には、今言った事情がおおいに絡んでいる。その話を理解するために、まずこちらの重大事件を聞いてほしいんだ」

 大きな衝撃は最初に受けておいた方が良いだろう、とこちらを見る相手に、俺達は顔を見合わせたが……その「大きなショックを受ける話」を聞いておいた方が良いのだろうと結論付けて、二人で覚悟を決め再びローレンスさんを見やった。

 そんなこちらの態度を好いたらしいと思ったのか、相手は満足げに微笑む。
 しかし、大きなショックを受ける重大事件とはなんなのか。
 俺達の疑問を予測していたかのように、ローレンスさんは話し始めた。

「君達が獣人大陸ベーマスへ向かって少しした後、我が国である重大な盗難事件が発覚した。……いまだに手口も判然としないが、それでも誰も知らぬ間に奪い去られたようでね。まあ、我が【ゾリオン城】も、そんなに警備が薄いわけじゃないんだが……どういうことか、さっぱり消えてしまったんだよ」
「…………」
「ソレは、我が国の根幹をつかさどっているわけではない。奪われたとて、万緑ばんりょくみやこたる国はかたむく事も無いのだが……それでも、奪われると少々こまったことになる。だからね。我々は今も探しているんだ」
「……で、それがどう僕達に関係あるんだ」

 のらりくらりと核心を避けるように話すローレンスさんに、ブラックがしびれを切らす。
 相当一緒に居たくないんだろうなと思ったけど、ここで俺まで口を出したら余計に話がとっちらかると思い、ぐっとくちつぐんだ。

 そんな俺達を見比べて、ローレンスさんは面白そうな微笑を浮かべると両掌りょうてのひらを俺達にパッと見せるように開いた。

「いや、君達そのものに関係はないね! ……だが……【グリモア】と【黒曜の使者】ならば、話は別だ」
「……?」
「奪われたのはね、我が城に安置されていた【聖女の光球】なんだよ」
「なっ……!?」

 ブラックの声が、驚きでのどから押し出される。
 だが、俺は今一いまいちピンとこなかった。

 ……その【聖女の光球】とはなんだろうか。
 ブラックは知っているのか?

 二人の顔を交互に見比べると、ローレンスさんが説明してくれた。

「ツカサ君、以前君に初代国主卿こくしゅきょうの【緑国歴程りょっこくれきてい】の話をしただろう? あの時、災厄の悪魔だと呼ばれた令嬢【アマイア】の真実を君には話したと思うが……その話は覚えているかな」
「あ……はい……」

 【狂い咲きの園】とも呼ばれるほどに花が咲き植物があふれるアコール卿国きょうこくの首都【ゾリオンヘリア】――――そこには、古い伝承を元にした歌劇が存在した。

 初代国主卿こくしゅきょうズーゼン・レイ・アコールと、異邦人である【黒髪の乙女】の悲恋。
 そして、彼らの愛を引き裂いた炎の悪魔【アマイア】という令嬢の物語。

 この三人を中心とした歌や劇は、長い時を経ても変わらず国民に愛されている。
 だがその物語は長く伝えられる間に変容し「間違った真実」になってしまった。

 ――――その本当の話を語るのが【緑国歴程りょっこくれきてい】と呼ばれる本。
 ズーゼンが克明こくめいしるし、どうかこの国の王だけでも知っておいてほしいという願いを込めた、切なる独白の書だ。

 【緑国歴程りょっこくれきてい】には、ズーゼン、黒髪の乙女、アマイアの三人がたがいを思い、一人の男を二人で支えて行こうと誓い合った姿が描かれていた。
 だがそれだけでなく、言い伝えの真実……ある時突然アマイアの能力が暴走し、それによって黒髪の乙女は死に、望まぬ暴走で苦しんでいたアマイアも封じられた……という事実がしるされていたんだっけ。

 …………今更いまさらくつがえせようもない、悲しい真実だった。

 今でも、ズーゼンの苦しみがにじんだあの文章を覚えている。
 だけど……その中には【聖女の光球】なんて単語は無かったよな。

 どういうことだと眉根を寄せると、ローレンスさんは言葉を続けた。

「あの中で、アマイアが封じられたとあっただろう。それが、【聖女の光球】として城の地下に眠っていたんだよ」
「えっ……!? じゃっ、じゃあアレにアマイアさんが!?」
「正確には、彼女の魂……かな。【黒髪の乙女】の力がアマイアの魂の暴走をおさえているから、緑色に光っていたんだ」
「おい……そんな危ないモン盗まれたって、僕らどころの話じゃないだろ!」

 何を悠長にしているんだとブラックは立ち上がるが、本来あわてるべきローレンスさんは動じていない。それどころか、また紅茶をたしなんでいる。
 その様子に、ブラックの顔には青筋が……ああ、こっちもえらいこっちゃ。

「まあ落ち着きなさい。アレは、あのままではどうしようもないよ。黒髪の乙女の力が、アマイアをおさえ……いや、守っている。【グリモア】ですら、解放は出来ないだろう」
「何故分かる!!」
「分かるさ。何故なら黒髪の乙女は……君達【グリモア】を越えるほどの【人外の力】を持っていたんだからね」
「――――ッ……!?」

 ブラックが、初めてひるむ。
 いや、ひるんだんじゃない。これは、ある予測をして硬直したんだ。

 そして俺も……不思議な事に、一瞬でローレンスさんの言っていることを理解することが出来た。いや、相手が言った通り「俺達に関係すること」だからこそ、うたがいようもなく確信できたのかも知れない。

 そして、そのせいで……嫌な予測が、積み木で城を組むように次々積み上がっていく。俺達が今この場所に呼び出された意味を、嫌でも感じ始めていた。

 だって。
 “世界の頂点に並び立つ力”である【グリモア】を越える力なんて。

 そんなの……――――

「ああ、やはり君達は賢くて好ましいね。……そう。だからこそ、私は君達をわざわざ【イデラゴエリ】の遺跡に呼び、【ライクネス王国】まで足を運ばせて、一対一……いや一対二で話しているのさ。


 【聖女の光球】を創り出した、“木属性”の【黒曜の使者】の話をするために」












 
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