異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣

30.幸せなけもの

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   ◆



「…………ツカサ、寝たか……」

 敷き布などを替え、体を綺麗にする手伝いをしてやわい体を横たえさせ数分。
 長くつまらない話と性欲をぶつけられたツカサは、よほど疲れてしまっていたようで、すぐに寝息をたてはじめた。

 申し訳ない。
 そう思うが、それと同時にあどけない寝顔に嬉しさがこみ上げてくる。

 ――――陰鬱いんうつおぞましく、軽蔑けいべつされかねない自分の過去。

 ほこたかいと自称する男がさけんでわめく姿など、みっともなくてみたくない。
 恥ずかしい、と、誰かは言うだろう。

 クロウ自身、そう思う。きっとこれが他の誰かなら、自分は無慈悲に「鬱陶うっとうしいな」としか思わなかったに違いない。本当の自分は、そのような冷たく利己的な男だ。

 そんな男だったから、どうにかがろうと手を尽した。
 仲間のために命をけ、親のためほこりをたもとうとし、王族のために勝手な自己犠牲をおのれして「く」ろうとしたのだ。

 だが、その理由も結局「自分が一番大事で、可哀相だったから」に他ならない。
 ああそうだ。

 クロウクルワッハという男は、誰よりも自分が可哀相で仕方がなかった。
 だから、ああまでして「ほこたかき心を持つ武人」になろうとしていたのだ。

 「努力すればきっと誰かが振り向いてくれる」などと、おのれの頑張りを自分勝手に高く評価して、それはむくわれるはずだと利己的に考え、希望などという願望でしかない思いを勝手に抱いて空回からまわってきた。
 それも冷静に見れば、他人から受ける「えき」を求めていたからに過ぎない。

 結局は、ただ「自分が幸せになりたいから」でしかなかったのだ。

 ……それのどこが“優しいひと”だというのだろう?

(だが……ツカサは、オレを無条件で評価してくれる。いつも優しい、強い、格好いいと、オレの事を心の底からいつわりなく愛してくれるんだ。……それは、きっと『オレが努力したから』ではない)

 ――――努力すれば、きっと誰かがめてくれる。
 そんな世迷言よまいごとは周囲の人物に恵まれているからだ、とクロウは改めて思う。

 現に、ツカサは“それほどのお人好し”だから、クロウがどんな無茶をしても、頑張がんばりを認めて最大限いたわってくれる。欲しいものを、惜しげなくくれるのだ。
 これがツカサでなく、好き嫌いのはっきりした「そりの合わない人物」だったら、どれほどクロウが努力をしても「当然だ」とか「だから何?」としか言われないだろう。

 人は所詮しょせん、利己的なものだ。
 心の底を言えば、誰もが他人の努力などどうでもいい。
 結局、表面上の「自分に利益が有るか」でしか判断できないのだ。

 今、ツカサの事を愛する自分ですら、めれば「ツカサが自分の際限ない欲望を受けるうつわに最適だから」という利益を受けるがゆえに動いているのかも知れない。
 否定はしないが、自分ですらそう思う部分がある。
 ヒトという種族は、おしなべてそのような自己中心的な考えを持つものなのだ。

 最初から、それが分かっていれば……あれほどまでに無様ぶざまな姿を見せて、馬鹿な事ばかりをしなかっただろう。
 必死になって「い人、められる人」であろうとした自分が、一番滑稽こっけいだった。

(そんなことすら、オレは今まで気が付けなかった。……いや、たぶん、父上や母上の優しさが忘れられず、そういう幻想を今まで抱いていただけだったんだろうな)

 人は優しいはず。
 こちらが欲望のない好意を見せれば、相手も理解してくれるはず。

 そんな甘い考えなど、通用するはずも無かったのに。

「…………だが、居たんだな。そういう都合のいい……甘い、甘すぎるヒトが」

 彼のひたいにかかる、黒い髪を指で撫でる。
 その指を拒否する事も無く安らかに眠っているツカサは、起きている時以上に幼い印象を受けた。……そう思ってしまうほど、彼の寝顔は純粋無垢そのもので。
 ツカサの寝顔を見ると、クロウはほおゆるめずにはいられなかった。

(お前に出会うまでは……あんなに無様ぶざまな男だったのにな……)

 ――――馬鹿な、おろかな人生を歩んできた。底抜けに愚鈍ぐどんな男だった。

 おのれの価値など、残った部下達を自由にしてやるほかない。
 奴隷として無心に土を掘っていてもずっと、そんな考えが抜けなかった。

 ああ、いつ、自分は死ねるんだろう?
 ほこりのない獣人など生きている価値も無いと言うのに。

 ……あれほど無価値で無様ぶざまな姿になったというのに、まだ自分勝手にそんなことを思っていた恥知らずの獣。そんなものが、誰に愛されると言うのだろう。

 そう思っていたのに、ツカサはクロウの努力を何一つ否定しなかった。
 いじけたように奴隷に身をやつし、そのくせ怒りに任せて爆発したおろかなこの身を抱きしめ、いつも……自分の身など気にせず、心をくだいてくれた。

 クロウが泣けばなぐさめてくれる。
 怒れば必死に追いかけてくれる。

 愛してほしいとみっともなくすがれば……見返りもなく、抱きしめてくれる。

 それがどれほどのものか、ツカサは知っているのだろうか?

 どれほど価値があり、どれほど得難えがたいものなのか、わかっているのだろうか?

 いや、きっと誰も完全には理解できないだろう。
 「愛」とは、そういうものなのだ。

 利己的なヒトが、唯一全てを理解し得ぬ「益」を必要としない感情。
 クロウがずっと追い求め、永遠に得られないと思っていた遠い昔の希望。
 そう。希望にるほどの……絶対的な、感情。

 ……価値などつけられないほどの尊い感情が、ヒトの「愛」だ。
 今まで生きてきて出会えなかったものをはかることなど、賢者でも難しい。それほど、他人からの無償の愛は得難えがたいものだった。

 だが、いま。
 百年を生きても出会うことが難しいだろう「愛」をくれる存在が、今ここにいる。


 この腕の中に、堕ちてきてくれた。


(ああ、嬉しい。……嬉しい…………)

 噛み締めるように心の中で感情をにじませ、クロウはツカサのひたい口付くちづける。
 ひたいに、やわらかなほおに、何度も何度も触れてツカサの熱を確かめた。

(お前がいるから、オレは……利己的な獣にならないでいられる。……お前がオレの“優しさ”を無条件で信じてくれるから…………オレは……ほこたかい獣であろうと、おのれの本性を抑え込もうとすることが、できるのだろうな……)

 今もまだ、ツノは引っ込んでいない。
 この状態の毛髪ではひもで結ぶことも難しいので、後ろに流している。
 だが、今はおぞましい姿をしている事に後ろめたさは無かった。

 ツカサが、こんな王族とも思えない姿を“魔王のようだ”とめてくれたから。

 ……ツカサが、受け入れて、しずめようと体を張ってくれたから。

(もし、お前が幼い頃からそばにいてくれたのなら……オレは、この“魔王”を恐れずにさらし、誰も死なせないいくさを出来たのかも知れないな……)

 ――――過去を話したと言っても、まだ話せていないことはる。

 だが、あせる必要はないだろうとクロウは思った。

「…………オレは、お前のために全てをささげる。だから……ツカサも、オレのために“愛”をささげ続けてくれ」

 【銹地しょうちのグリモア】に誓ったように、ツカサを【黒曜の使者】として守り続ける。
 だがそれだけではなく、ツカサの“第二のオス”としてもツカサを愛し守りたい。その永遠を受ける価値が、今の自分には存在する。

 ツカサが、その「価値」を与えてくれた。

(だからオレは……強くなる。きっと……いつか、ブラックを完膚なきまでに殺せるようになるくらいに)

 道のりは遠いが、それでも湧き出てきた「希望」は、昔と違って手が届きそうだ。
 そう思うと、クロウは笑みを浮かべずにはいられなかった。

 ――――と、不意に扉を叩く音が聞こえる。

(……こちらは、望まない訪問者だな)

 希望と絶望は紙一重だと誰かが書物にしるしていた気がするが、今まさにその心境になっている。しかし、今は不思議と逃げる気持ちはない。
 クロウはツカサの髪を撫でて立ち上がると、素直に部屋の外に出た。

「…………こっち来い」

 部屋の前で不機嫌そうな顔をして待っていたのは、今殺す算段を立てていた群れのおさだ。こちらの不穏ふおんな計画を知ってか知らずか、ブラックはクロウを家の外……人目ひとめに付かない、夜の窪地くぼちへと連れ出した。

 なるほど、ここなら暴れても迷惑が掛からない。
 妙な所に感心するクロウを余所よそに、ブラックは崖の壁に背中を預けて腕を組んだ。

「で? お前は殺されたいのか?」
「……そんな殺気のこもった顔をするな。起きたらツカサがおびえるぞ」
「黙れクソ熊、ツカサ君に危うく挿入しそうになりやがって……」
「ムゥ。だが我慢したぞ。三発もツカサに出してしまったが」
「それが我慢してねえんだよこの駄熊が!!」

 と、思い切りほおを殴られる。
 予備動作のない唐突な拳だったが、本性をさらした上にツカサから極上の栄養を補給したクロウでは、その衝撃を受ける事も容易たやすい。

 ただ、それはそれとして、万力の力で殴られればきちんと痛いのだが。
 今のクロウでなければ、恐らく頬骨ほおぼねが簡単に砕けていたところだ。

「痛いぞブラック」
「じゃかしいわ横恋慕熊が! クソッ、手加減できずに殺しそうだ」
「そうするとツカサが泣くな。それに、また【銹地しょうちのグリモア】を探すことになるぞ。……オレ以外の者がグリモアになったら、ツカサをめぐって面倒な事になりそうだ」
「あ゛ーッムカツクううう!! テメェ急に強くなったからってわけ知り顔で態度デカくしてんじゃねーぞゴルァ!!」

 いつもの殴る蹴るでは通用しないせいで、ブラックは非常に苛立いらだっているようだ。
 さもありなん、お互いの力を考えても、これ以上は殺し合いになる。
 ……ツカサに対して“過ぎた真似”をした時にしか、ブラックはこのような暴行をしてこないのだが……それも改めて考えると、随分ずいぶん優しい行動のように思えた。

 何だかんだで、怒っていても冷静なのだろう。
 そんな「ツカサ以外には理性を捨てきれない」相手に、改めて親近感がいた。

 ムカついているのは本当だろうが、だからといってやりすぎて自分の「益」をそこなう事をブラックは出来ないのだ。……まあ、だからこそクロウもこうして際限なくツカサに甘えて“二番目のオス”という地位を得たのだが。
 お互い、ズルい大人だなと思うと苦笑がにじんだ。

「……おい、笑ってんじゃねーぞクソ熊」
「笑うだろう。その横恋慕相手を殺したいのに、手加減して殴ってくるのだから」
「チッ……お前のためじゃねえんだよ毎回」
わかっている。お互い、ツカサのためだ」

 ――――そう言いあうが、そうでもないことを自分達は知っている。

 ツカサのため、ではない。

 「ツカサの心を自分から逃したくないため」だ。

 仲がいい、品行方正、優しい、礼儀正しい、冷静博識剛腕英雄的。
 そんなもの、並べ立てられ褒められても何も嬉しくはない。

 もう。
 ……もう、だめなのだ。

 それだけじゃなく、
 「ツカサが笑って褒めてくれないと」ダメなのだ。

 いい歳をしたむさ苦しい男が、そんなことを言えるはずもない。
 相手が恋敵なら、特に。

 しかしクロウもブラックも、相手が何を思っているかは分かっていた。察しが良いと言うのもあるだろうが……そもそも、自分達は似ているからかもしれない。

 利己的で、欲深く、そのくせ自己じこ憐憫れんびんから抜け切れない怪物。
 たった一人で満足できるくせに、際限なく極上の愛を欲しがる異常者。
 そんな哀れでどうしようもないおのれの中の「ばけもの」を、愛しているものに全て受け入れて欲しいと願ってしまう、ひとならざるもの。

 ブラックがクロウを殺したいと思うのと同様に、クロウもブラックを殺したい。
 だがそう出来ないのもまた、ツカサをおもうがゆえだ。

 …………そんな自分達を捕まえて、無邪気に「可愛い所がある」、「仲がいい」と言ってのけるツカサは、本当に特異だと思う。

 “ばけもの”を愛したって、返って来るのは人の身にあまる執着だけなのに。

「フッ……」
「笑うな気色悪い。一体なんだ」
「ああ、いや……いがみ合うフリをするのも楽じゃないなと思ってな」
「…………」

 別に仲がいいつもりもないが、お互い手を出せないのにこうしてにらうのも、時間の無駄だろう。クロウはブラックを友だと思っているが、遠慮する気はない。
 こんな不毛な事をしているのは、ただただ時間の無駄でおかしかった。

 そんな空気に対してついれてしまった失笑だったが、ブラックもそう思っていたのか、あからさまに機嫌の悪い舌打ちをして溜息を吐いた。

「まったく、厄介やっかいな奴を引きこんじまった……」
「そうか? だがオレはよく働くぞ。【銹地しょうち】として認められたが、オレは今でも“二番目のオス”だ。お前のさくには協力するし、ツカサを命がけで守ろう。パーティーの仲間としての役割も今まで以上に果たすつもりだ」
「ケッ、どうだか」

 ブラックはうたがっているようだが、これは心から思っている事だ。
 例え自分が他の【グリモア】達に対抗できる能力をさずかっても、争わずにツカサを守る事を優先しようと心に決めていた。

 他は、それに付随する拘束力のゆるい「おやくそく」に過ぎないが。

 そんなクロウの顔をうたがわしげに凝視ぎょうしながら、ブラックはボソリと問いかけてきた。

「……お前、あの【銹地しょうち】を手に入れた時、何があった」
「ン? ああ……そう言えば詳しく聞かせたわけではなかったな。あの時は、ツカサを通して【銹地しょうち】が問いかけて来たんだ。『力を望むなら、【黒曜の使者】に永久の忠誠を誓え』と……」

 そう言うと、ブラックが片眉を上げてみょうな反応をしめした。
 まるで「聞いていない」とでも言いたげだが……あの【グリモア】というものは、大体が同じような事を言うのではないのか。

 相手の態度に、自然と眉間にしわが寄る。
 ブラックはこちらの表情に気が付いたのか、表情を抑えてまた問いかけてきた。

「……“欲望の誓い”は無かったのか?」
「あったぞ。『黒曜の使者を守り求める思いの力』だろう? ……ただ、そんな綺麗な思いでもなかったので、本音を洗いざらいぶちまけたが」

 何だか、会話が少し噛み合っていないような感覚を覚える。
 まるでブラックは【グリモア】に違う事を言われたような……――――

(……そう言えば、これまでの【グリモア】はツカサが存在しない状態で選ばれていたのだったな。……となると……ツカサを通じての会話は、本来なら存在していない物だったのか? それとも……オレが獣人だから、異質な事が起こった……?)

 だとしたら、ちが異なる事で何らかの齟齬そごが起こり得るのではないか。
 少し心配になったクロウは、その違いを教えて貰おうとうっすくちを開いたのだが――何かを言う前に、ブラックが言葉をさえぎった。

「…………お前は、ツカサ君を守れと……そう言われたんだな?」
「あ、ああ。恐らくは【グリモア】自身に。アレは『記憶したことを話しているだけ』のような物言いだったが、要するにアレだろう。月と太陽の神殿で遭遇した、不可解な存在のようなものだと思う」
「……そうか」

 やはり、意味深な反応だ。
 問い詰めた方が良いだろうかと思い始めたクロウに、その動きを察した相手は再び鋭い眼光を浴びせてけわしい顔をした。

 これは、完全な拒否の姿勢だ。

「ブラック。この魔導書に関する話は、お互い知っておいた方が良いのではないか」
「……いや、今は知らない方が良いだろう。シアンにも言うなよ」
「何故だ」
「もし仮にどちらかの“ち”が不完全だとしたら、新たな不安をかかえる事になる。特に……僕らが不完全だった場合、僕はともかく他のヤツらの精神に影響が出かねないからな。シアンも不安定な状態だ、少なくとも【アルスノートリア】の件が落着するまでは、誰にも言わない方が良い」

 確かに、現状「新たな弱み」が発生するのは避けた方が良い。
 例えクロウの方が正しい継承だったとしても、現状のグリモア達が圧倒的な能力を有している事に変わりはない。その威力は、【グリモア】に成りたてのクロウではかなわないだろう。そうでなくても、神獣の獣人族など誰も追いつけぬ強さなのだ。

 そんな強さにヒビを入れる不確定な情報をもたらしても、不利にしかならないだろう。
 今現在、厄介やっかいな敵と交戦しているなら尚更なおさら

「確かに……そうだな。オレの方も、まだ安定して力が使えるわけではない。お前達の能力に何も違和感がないのであれば、変化を感じるのはオレの方だろう。鍛練を積みながら、お前達との違いがどこにあるのか探ってみる」
「……そうだな。そこは、お前に任せる」

 素直な、ブラックの言葉。
 意外な発言をすんなりらした相手に、クロウは思わず目を丸くしてしまった。

「…………」
「おい、なんだ。……何だオイこの、驚いてんじゃねえぞ駄熊!!」
「すまん、素直にまかせてくれるなんて思ってなかったのでつい」
「やっぱ死ねお前。ツカサ君強姦未遂みすい罪で死ね」

 視線が痛い。これは本気で殺意が湧いている目だ。
 両手を見せて「降参です」と示しながら、クロウは「ヌゥ……」とうなった。

「と、ともかく……何かわかったら知らせる」
「当たり前だクソが。っていうかもうお前ツカサ君に触れるなよ。僕が許すまで、接触禁止だからな!! 永遠に地べた這いずりまわって精液舐めてろクソ駄熊が!」
「ヌゥ。ツカサが知ったら悲しむぞ」
「うるせえ。本当は八つ裂きにしても足りないのに我慢してやってんだこっちは……明日ツカサ君が起きたら絶対に引き剥がすからな……」

 ああ、間違いなく本当の殺気だ。
 しかしさした反省の気持ちも無く、クロウは分かったとうなずいた。

「オレは、ツカサにたくさん甘やかして貰った。これでしばらくは満たされる。……しかし、ツカサを怒るのは筋違いだぞブラック」
「お前に言われないでもわかってるっての。……ツカサ君は……お前や僕みたいなのにトコトン弱いんだ。付け込めば、あれくらいのことは強引にやれる。だからこそお前がムカツクんだよクソ熊ああもう本当殺してえ」
「血管がはちきれそうだぞブラック」

 さすがに目の前で鮮血をまき散らされたくない。
 ついあごを引いて忌避きひしてしまったが、しかしまあ“えっち”の事以外に関しては、特に怒っている様子もなさそうなので、クロウとしては安堵あんどした。

(……本当は、扉の横でずっと聞き耳を立てていたんだもんな。全ては聞こえずとも、オレの過去の事は大体ブラックも知ったんだろう)

 それでもなお「同情の余地よちなし」と殺しにかかるのがブラックらしい。
 だがそれでこそ、後腐れない「悪友」でいられる。

「なんだテメェ、ニヤニヤしやがって」
「いや、なんでもない」

 自分に「益」を見出しているから、許そうと考える稀有な同類。
 自分に「益」がなくても愛してくれる、稀有な愛しいメス。
 ふたつ手に入ったうえに、身内にも認められ、新しい力まで転がり込んできた。

 ……自分は、なんて幸せ者なのだろう。
 きっと、数年前までの自分に伝えても「そんなない恥知らずな夢を語るな」と憤慨ふんがいするだけだったに違いない。

 だが今、自分はここにいる。
 愛しい者の手を借りて、ここに。

(オレは、もう二度と……過去におびえて、情けない姿を見せたりはしない)


 ふと、空が白み始めた事に気付く。
 見上げた東の空は、自分の瞳と同じ夕陽ゆうひ色のようなあかつきに染まっていた。












 
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