異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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麗憶高原イデラゴエリ、賢者が遺すは虚像の糸編

23.束の間の優しい夢

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   ◆



 ――――ああ、なんだか頭がふわふわしている。

 とても眠いように思うのに、目を閉じたくなるまぶたの重さが無い。うっすら開いたままの目で、周囲を見ているような、微睡まどろんだ感覚。
 まるで自分の体がお湯の中に浮かんでいるような、布団の中にいるままふわふわと浮かんでいるような――――そんな、不思議な心地だった。

 ……俺、なんだっけ……何をしてるんだっけ……?

 なんというか……記憶が、ない。
 「自分が存在している」ことは分かるけど、何者かを考えると意識がかすむ。

 だけど……どうしてだろう。
 自分が今見て、ふわふわと浮かんでいる場所がどこかはわかる。

 確かここは……お寺……違うけど、お寺の形をしている建物……。
 でも、どうしてか俺が「知っている」と感じる建物と様子が違う。なんだか、記憶よりも真新しい感じを覚えた。

 ああ、えっと……俺は、お寺の前で浮かんでるんだ……。
 でもどうしてだろう。何でこんなところに?

 考えていると――――お寺の中から声が聞こえて来た。

「いつもすみません、リュウヘイさん」

 おだやかで優しい大人の女性の声が耳に届く。
 その声に導かれるように高度を下げ、たたみに両手をつくように入り込むと……そこには、仏像の前で手を合わせる女性がいた。

 ――――背筋がピンと伸びていて、綺麗に正座をしている。

 後ろから見た姿はとても華奢きゃしゃで、肩につかない程度ていどの毛先が内巻きにカールした稲穂色の髪が目を引く。落ち着いた暗めの色の金髪にも見えるけど、見た目的には茶髪がさらに色素を薄めたような、日本人にも無理のない色の髪だった。

 でも、綺麗だと思う。
 背は……この世界の人よりずっと小柄だ。俺の世界から来た女性なら、そう見えても変じゃないだろう。……という事は、彼女は日本人なのだろうか。
 そんなことを思っていると、板敷きの外廊下を通って大柄な男性が入ってきた。

「いえ……それより、不便はありませんか。さすがに寺ってのは初めてなもんで……キチンと造れたかどうか、今でも不安なんですが」

 あ……。
 この人は、完全に日本人だ。顔立ちがこっちの世界の人みたいに“外国人風”の顔じゃない。少し薄めの顔立ちで、黒髪の短髪……プロレスラーみたいな体格だ。

 こちらの世界の住人じゃない人なのに、充分じゅうぶんこっちでも渡り合える感じの筋肉。
 この人は……もしかして、彼女の恋人か何かなんだろうか。

 ぷかぷかと浮かびながらそんな事を考えていると、正座をしていた女の人は合わせていた手をき、リュウヘイと呼ばれた男性に顔を向けた。
 ――――仏様のように、優しく目を閉じて微笑んだ顔を。

「何も不足ありません。……わたくしの方こそ、これほどの素晴らしい仏閣を作って頂いただけでなく……ご本尊を用意していただいて、本当に感謝しているんです」

 おっとりとして、心が落ち着く不思議な声。
 口調からすでに上品さを感じる女性に、リュウヘイという男の人は近付いて、距離を少しとった所に座った。

「いえ……俺が出来ることは、こんなことしかないので……。ヒナコさんの台所も、俺の勘違かんちがいで何度も作り直して迷惑かけましたし……」
「ふふっ、そんなに謙遜けんそんなさらないで。リュウヘイさんが頑張って下さったおかげで、私があちらの世界で使っていた台所と同じ使い勝手のものを用意して頂けたんですから。……これで、しばらくは……皆様を待つことが出来ます」

 優しく笑うヒナコという女性。
 だが、その笑みはすぐに消えて、リュウヘイと共に心配そうな表情を浮かべる。
 彼女達の表情は、自分達ではない誰かを心配しているような顔だった。

「……ヒナコさん……ヒカル達は、どうしたでしょうね。こんなワケの分からない世界に連れてこられて、ワケのわからん連中に追い回されて……。俺は……」

 よどんで、リュウヘイはこぶしにぎうつむく。
 そんな気配をさっしたのか、ヒナコは綺麗な手をそっとリュウヘイの拳にかさねた。

「貴方達は、わたくしやカオリさん達を守って下さいました。……リュウヘイさんが居て下さらなかったら、きっと……ダイチさんのようになっていました。あの人達は、わたくし達に対して……明確に、害そうとしていたんです。貴方が罪に問われると言うなら、それはわたくし達も問われねばいけない罪なのですよ。……ですから、どうか一人で背負せおわないで」

 その言葉に――――リュウヘイは顔をあげ、ヒナコの悲しく微笑む表情を見ながら、彼女の小さく細い手におのれの大きく武骨な手を合わせた。
 まるで、恋人のように。

「……ありがとう、ヒナコさん……。貴方が一緒に居てくれたから、俺は今ここで……ちゃんと、生きていられる……」

 涙じりの声に、ヒナコは笑みを優しくゆるめて、リュウヘイの手をさすった。

「わたくしこそ、ありがとうリュウヘイさん。……わたくしは、貴方がいてくれたから……この場所で待とうと思う決心がつきました。ですから……きっと、みなさんを連れて、ここへ帰って来てくださいね。わたくしは、いつまでも待っていますから」

 そのヒナコの手に、リュウヘイは少し遠慮がちにおのれの大きな手を合わせ――やがて深く、指を絡めてお互いの手をつなぎあう。
 見ている方がもどかしくなるほど初々ういういしい彼らの行動は、たっぷり数分見つめ合う時間を置いて……それから、照れたようなぎこちなさで、お互いを抱きしめた。

「たくさん……たくさん、食糧を置いて行きます。ここの領主にも話はつけてるので、何か困ったことが有ったら彼らを頼って下さい。……絶対に、すぐ帰ります。だから、どうか……危ない事……一人で、俺達を探しに出るような事だけは、絶対……絶対に、しないでください……っ。俺は、ヒナコさんを失ったら生きて行けない……!」

 のどめて必死に声をおさえつつ、苦しそうにリュウヘイは言葉を吐きだす。
 その言葉に、ヒナコは焦点しょうてん覚束おぼつかない瞳をうっすらと見せ、今確かに自分を抱きしめている大きな男の顔の方へ瞳を向けると、安心させるように頭を彼の首に寄せた。

「安心してください。貴方が心配しないように待っていますから。……それに……これでも、以前ほど不自由はしていないんですよ? ……こちらに来てから、を持ったからでしょうか。皆様みなさまの色や、色んな物の輪郭りんかくが分かるようになってきたんです。……キラキラした、きっと……きっとこれが、太陽の色なんだろうなってわかる色が、この世界を包んでいる……。その光がある限り、わたくしは大丈夫です」

 太陽のような、キラキラとした光。
 それは、この世界の生物すべてが有する【大地の気】なのだろうか。

 確か……キュウマ、が、かつてその光の名前は「アニマ」と呼んだと言っていた。
 生命の源という意味を持つらしい言葉の光は、まさに彼女の言うとおりの色だ。

 キラキラと輝く、黄金の色。
 盲目の彼女がどうしてその光を察知できるのか理解できなかったが、それでも、今目の前にいる大切な“リュウヘイ”を安心させたくてそう言った事は理解できた。

 二人は、間違いなく想い合っている。
 この異世界にさらわれて来た彼らは、様々な事を経験し結ばれたのだろう。

 だが、そんな二人の会話には、不穏ふおんな言葉ばかりが散りばめられていた。

 ――――彼らはすでに、という人間を失っている。
 ――――そして、彼らを“害する者”が現れ、リュウヘイが罪深いをした。

 ……それが何をしめすかは、同じ日本人である俺ならなんとなくわかる。

 俺とは、事情が違うだろうけど。
 でもリュウヘイという男も、俺と一緒で……誰かを、殺してしまったんだろう。

 そしてその事を、今でも罪深い事だと思って苦しんでいるんだ。……きっと、優しい人だったんだろうな。だから、このヒナコって女性も……心細いだろうに、一人でこの遺跡に残る事を決心したのかも知れない。

 リュウヘイ……好きな人が、少しでも安心できるように。

「ヒナコさん……必ず……必ず、貴方のもとへ帰ります」
「ええ。待っています。みなさんのためのお部屋をきれいに掃除して、台所でお料理を作って、ずっと……私はここで、待っていますから……」

 リュウヘイの言葉に、ヒナコは震えそうな声をせいして安心させる言葉を返す。
 自分は一人でも大丈夫だ、と、彼との別れに泣きそうになる声をこらえるように。

 それが、今の彼女に出来る精一杯のことだったのだろう。

 ――――だけど……もう、ここには二人ともいないんだっけ……。

 彼女が立っていただろう台所は、もう無い。
 帰って来る人達を待っていただろう部屋にも、彼女が一生懸命掃除していた頃の面影は残っていないのだろう。

 自然と脳裏に浮かんでくる「知らないはずの風景」に、俺は泣きそうになった。

 ああ。そうか。
 この遺跡は上から下まで全部、彼女達のためのシェルター……「帰る家」だったんだな。あの民家みたいに作られた階層も、隠されていたこのお寺も、リュウヘイさんがみんなの……ヒナコさんのために、一生懸命造ったものだったんだ。

 だから、なんだか普通の遺跡とは違う感じがしたんだな。
 俺の世界の、普通の家の間取りみたいな……せまい感じがしたんだ。

 そっか……。
 みんなを待つために、この遺跡は存在していたのか。

 …………でも、この遺跡に……彼らの仲間は帰って来られたのかな。
 追われていた彼らは、無事に暮らすことが出来たんだろうか。

 そうだったら幸せなハッピーエンドだけど――――
 今じゃもう、知るすべがない。

 ヒナコさんは、待っていた人達と再会できたのかな。
 こんな所にひとりぼっちで残って、どれくらい待っていたのかな。

 会えたん、だよな。
 きっと、二人は幸せになったんだよな?

 そうだったら、どれほど嬉しい事だろう。
 でも……――

 見つめあう二人の姿を見ている俺は、何故かずっと涙を流していた。









「――――――……ぁ……」
「あっ!! ツカサ君どうしたの、悪い夢でも見たの!? だったら僕が最高に幸せになるお目覚めのキスを……」
「だーっ! 目の前で薄汚ねえモン見せんなクソが!!」

 あれ、なんだこの物凄い罵倒ばとうは。
 というか俺は今まで何を。確か……凄く、悲しいような光景を見ていた気がするんだが……なんか体が重いな……。

 ……あ、そうか、あれって夢だったのか……。
 そうかそうか。
 じゃあ、俺の目の前に迫ってきているボンヤリ赤いモノは現実……

「ってうあっ、やっ、ちょっやめっ顔近っ……」

 ま、待て待て待て、ボーっとして体がうまく動かない。
 っていうか、何でブラックが目の前に……。

「寝起きのツカサ君可愛い~っ! どしたの、ツカサ君なんで泣いてたのう? 僕に話してみてよ、あっそうだなんならなぐさめてあげようか! ここはすずしいから裸で温めあってイチャイチャしながらゆっくり話をき」
「やめろ変質者!! ……ゴホン。ともかくツカサ、お前また“誰かの過去”を夢見たようだな。今回は誰だったんだ?」

 もうあと数センチでブラックと顔が衝突しそうだったが、横からとんでもなく乱暴な声が飛んできて接近が止まる。あ、危ない……あと少しで何かされるところだった。
 ボーっとしてたから、全然体が動かなかったんだよな……って、今の声は誰だ?

「ん……キュウマ? なんでキュウマがここに?」
「ああ……ちょっとこのクソオヤジに呼び出されてな。ついでに、面倒臭いが点字の翻訳をやってやったんだよ。感謝しろよ」

 なんかいつもより口が悪いな。
 いや普段のキュウマの口調が優しいとは決して言わないんだが、今回は凄く機嫌が悪そうだ。……もしかして、俺が目覚める前から分身を置いてるから、そのせいで神パワーが消耗しょうもうしてて具合が悪いんだろうか。

 だとしたら、おちおちボーッとしてられないな。
 早く起き上がって話をしようと体を動かしたら、ブラックが強引に俺を起き上がらせて胡坐あぐらの上に乗っけてしまった。お、おい、キュウマの前なんですけど!?

「ちょっ、ブラック、離せって……!」
「やだ。この駄眼鏡スケベ神は、目を離すとすぐツカサ君にベタベタ触るからね。ちゃんとこうして守っておかないと!」
「あーあーもうそれで良いから黙れクソヒゲ。……で、ツカサ……何か、不可解な夢を見たんだろ。何だったか覚えてるか?」

 問われて、俺は恥ずかしい格好ながらもうなずく。
 今回は何とか覚えているみたいだ。獣人族の幽霊・クラウディアちゃんの過去を夢に見た時と同じような感じだな。

 どうやら、人の顔や言っていることがハッキリわかる夢なら、俺も夢の内容を覚えていられるらしい。でも、今回の事も……本当に過去の事かどうかは分からない。
 それをまず伝えてから、俺は今見た夢の事を話した。

「……リュウヘイにヒナコ? それって、あの書斎にあった備忘録びぼうろくしるされている奴らの名前じゃないか」

 俺の話を聞いたブラックは、先ほどのふざけた態度が嘘のように真剣な顔をして眉根を寄せる。そういわれると……確かに、そうだ。
 何故夢の中で思い出せなかったのか不思議だが、確かにその二つの名前は今日書斎で教えて貰った名前達の中にあったじゃないか。
 リュウヘイ、ダイチ、ヒカルに、ヒナコ、カオリ、レイナ。

 あの夢の中ではすでくなっていたらしい「ダイチ」という人の名前も、確かに備忘録びぼうろくの中に存在していた。備忘録びぼうろくしるした人の名前は分からなかったけど……七人のうち六人の名前は判明しているんだ。
 その中で三人合致がっちしているのなら、彼女達があの備忘録びぼうろくを書いた人の“仲間”なのは間違いないだろう。……いや、まあ、夢の内容が確かだったら、の話だけど。

 ……だって、さすがに今日のは正夢だって証拠がなさすぎるんだもん。

 情報のほとんどは俺の想像と言われても仕方のないものだし、ここに本当に誰かが住んでいたっていうあかしだって見つかっていない。
 この“お寺”の中も、人の痕跡がほとんど見つからないのだ。

 さすがに、信じてとは言えなかった。

 だけどキュウマは俺の話をあきれず聞いてくれているようで……夢の中の出来事を聞いているあいだ、一度もくちはさむことなく難しげに眉を歪めていた。
 そうして聞き終わると、あごを指でさすり「ふむ」と声をらす。

「確かに、その夢だけだと判別はつかないが……この本が有れば話は別だな」

 そう言いながらたたみの上に置いたのは、あの点字の本だ。
 ブラックが渡してたのか。そういえば、翻訳して貰ってたんだよな……キュウマって点字の本も読めたのか。アッチの世界だとボランティア委員とかやってたのかな?

 ともかく、内容を解明してくれたのはありがたい。
 ブラックも……やっぱり、この点字の本は気になってたから、キュウマをわざわざ呼び出して依頼してくれてたんだな。
 そんな話が早いブラックの顔を見上げると、相手はこちらが何を言いたいのか分かったのか、肯定するかのようにこっくりとうなずいた。

「内容が分かったんだな」

 問うブラックに、キュウマは言葉も無く同じように頭を縦に動かす。
 だけど、なんだか嬉しくなさそうだった。
 ……そんな顔をするって事は……あまり良くない内容なんだろうか。

 あの不穏ふおんな後味が残る夢を見た後だと不安になってしまい、思わずキュウマの顔をじっと見つめてしまう。だがキュウマは俺達に見つめられてもひるまず、落ち着いた声で返答した。

「……内容は、決して愉快ゆかいなものではないが……これは、俺達が知っておくべき内容だろう。この本を残した“彼女”達のためにも」

 その“彼女”という単語に、俺の頭の中に夢の中の女性が浮かび上がる。
 ……こんな世界でも冷静さと優しさを失わず、好きな人を支えるために「この場所で待ち続ける」と約束していた……俺と同じ、日本人の女性。

 だが、愉快ゆかいな内容ではないというキュウマの言葉が不安を掻き立てる。
 まさかという思いで、無意識に背筋が寒くなった。

 …………正直、聞きたくない。

 だけど、あの人達のことが書かれているのなら……知りたい。

 罪を犯してしまった恋人達が、あの後どうなったのか。もしくは……何がどうなって、あのような場面に至ったのか。
 キュウマが俺の夢を「過去の出来事」だと確信する何かが本の中にあると言うのなら、どうかその内容は不穏では無いものであってほしいが……それが叶わないだろう事は、何となく察していた。

「それは……ヒナコさんが書いたものなんだよな?」

 念を押すように問いかけると、キュウマは再度肯定する。
 最早もはや、その事に関してはうたが余地よちも無かった。

 たたみの上に置いた薄い本の表紙に、キュウマが手を置く。
 そうして、ぽつりと呟いた。

「この本の序文には……こう書かれている。きっと彼女は、この遺跡の【鍵】を知っている“同郷の誰か”に、この本を読んでほしくて書いたんだろうな。……自分達七人じゃない、いつか来るだろう……誰かに」

 前口上まえこうじょうのような言葉を付け加えて、キュウマは内容を語り出した。
 こんな言葉で始まる、不穏でしかない内容を。



 ――――――いつか誰かが、この本を読んでくれることを願っています。

 だけどそれは、私達と同じように地獄に堕ちた可哀相な人を望む、とても酷い行為かも知れません。いえ、きっとそう望むこと自体が間違いなのでしょう。
 けれどもし、この場所に辿たどいたあなたが、私達のように逃げ回り誰かからのがれようとしているなら……この本を、読んでください。

 私情にまみれた駄文かも知れませんが、助けになる事もあるかも知れません。
 少しでも、あなたの手助けになる事を祈っています。

 ……どうか、
 私達の失敗が、貴方のかてになりますように。













 
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