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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣
9.過去の感情
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「……母上が亡くなった後、戦はすぐに決着した。あの惨たらしい死は父上とマハ様を怒り狂わせ、結果的に敵を殲滅したのだ。二人が滅多に見せない怒りで蹂躙した猿達の街は、無残に打ち捨てられたオスの猿族の兵士達と、糧にもならないと粉々にされて土にも還れぬ消し炭にされた総大将しか残らなかったらしい」
――――その一晩で終わった最終決戦の顛末は、さまざまな獣人達に流布され、結果的に【武神獣王国・アルクーダ】は「怒らせてはならない国」として恐れられる事になり、強者に仲間の報復を果たした一族として一目置かれることになったという。
だけど、クロウやデハイアさん……爺ちゃん達にすれば、そんなことなんてどうでも良い話だっただろう。
大事な人を失った悲しみと怒りに比べたら、死後に認められることの空しさなんて伝えようもない。
……生きていてくれれば、名誉なんてどうでもよかった。
それは“誇り”を最も大事にする獣人族だって同じことだろう。
立場上、その賞賛を突っぱねる事も出来ない爺ちゃんやマハさんも、苦しんでいたんだろうな。……守るべき弱い存在を守れなかったという、深い後悔で。
「……獣人族は、お葬式……いや、人族みたいな弔いはしないんだっけ」
ポツリと呟いた俺に、背後でクロウが頷く気配がする。
数秒間を置いた後、静かに答えてくれた。
「…………母上だけは、王宮の庭で眠っている」
「え……」
「今だから理解できたが……母上の体には、死後も体内に土の曜気が残っていて、浅ましい死肉漁りや、モンスターが嗅ぎつけて食い荒らす可能性が在った。……どうやら、メスの曜気というものは人族獣人に限らず美味いものらしい。……だからか、父上は人族の学者と相談して王宮の庭園に埋めたんだろう」
その理由は、なんとなく解る。
彼らが「大地に還る」という死に方を重要視しているなら、スーリアさんの体はまず間違いなく、大地に還った時にその土地の栄養になる。
それに……爺ちゃんは、どうしてもスーリアさんの死を「無駄死に」にしたくなかったんだろう。だから、庭園に眠らせることで、その地に還って緑を潤した……と、そんな事を想いたかったのかもしれない。
例え我が子を立派に守って死んだとしても、獣人の感覚からすれば「戦って死に、喰われもせず放置されたのなら、その死に価値は無かった」ということになる。
スーリアさんは誇り高い獣人だったのに、猿族はそれを認めず放置した。
侮辱でしかないその行為であっても、周囲の獣人は「無駄な死」と思ってしまう。
クロウも、気に病んでしまうと思ったんだろう。
だからこそ、爺ちゃん達は……でも……。
「……その時のクロウは、どう思ってたんだ?」
どうしても気になってしまったことが、口から零れ出る。
今の話は、俺の方が切なくなるくらいスーリアさんへの愛を感じられる話だった。
これが人族の話だってんなら、そのまますんなり受け入れられただろう。
だけどこれは獣人の話だ。クロウが教えてくれた幼い頃の悲劇を思い返すと、どうやら周囲はクロウに対して理解しがたい感情を持っていたようで……そこが、どうにも気になっちまったんだよな。
……デハイアさんは、クロウを憎んでいた。
それが“あの時”から始まっていたのだとすれば……クロウが王族達の中であんな風に見られてきた理由は、よほど根深いものだったということが見えてくる。
幼い子供に憎悪を向けるような種族……というと言い方が悪いのかもしれないが、強さを尊ぶ獣人達にとって、クロウの態度は、たぶん……。
「ツカサは……どんな時でも、オレの気持ちを尊重してくれるんだな」
「い、いや、それは買いかぶりだって。でも、俺からすればさ、小さい子がそういう事になったら……なんていうか……悲しくて寂しいんじゃないかなって思うんだよ。どんなに頑張っても、心の中の悲しみはスグには消せないだろ。だから……」
どんなに堪えていても、悲しんで傷付いていたのではないか。
そう言おうとする前に――――背後から強く抱き寄せられ、横から俺の頬にばさりとクロウの髪が触れてきた。
…………肩に、吐息がかかっている。
顔を埋めるクロウの熊耳が、俺の顔のすぐそばで動く気配があった。
「ツカサ……」
ただ、名前を呼ばれる。
苦しそうな切なそうな呟きに、なんて答えたらいいのかと迷ったけど。
結局、俺は何も言わずに頭を撫でてやるくらいしか出来なかった。
「……俺には、遠慮しないで良いから」
クロウがこんなに優しいのは、クロウの性格があってのことだ。
獣人だって、俺達人間と同じように、優しい部分もあれば残酷な部分もある。種族が違うから心が強い、なんてことは無いんだろう。
だったら寂しい悲しい気持ちだって同じはずだ。
そんな俺の考えを肯定するかのように、クロウは再びぽつりと話し始めた。
「…………あの時は、母上がもう二度と戻ってこないという事を理解……いや、受け入れられなくて、泣くことも出来なかった。いや、涙は出たが、心から悼んで嘆くという行為が出来ていなかったんだと思う。……信じたくなかったんだ。いつも一緒にいて、この先もずっと一緒だと思っていた母上が死んだことを」
当然だと思う。
大きすぎる喪失というのは、簡単には受け入れられないものだ。
ましてや小さな子供なら、理解力も高いのなら、一層理解を拒否してしまうだろう。
大事な存在がある日唐突に奪われた衝撃は、小さな子には重すぎる。
大人だって耐え切れない悲しみなんだ。
その時の幼いクロウが誰よりもショックを受けていたのは当然の事だっただろう。
けれど……周囲は、クロウがその悲しみを受け入れる時間すら、満足に与えてくれなかったようだ。
「だが、母上が死んだことは事実だ。それを王族の誰もが嘆き悲しみ……王宮では、母上の死を悼み、大地に還すための祈りが捧げられた。子供であるオレも、急いで迎えに来てくれた父上とマハ様と一緒に、その祈りに参加したが……あの時ほど、消えてなくなりたいと思った事は無かったと思う」
続けて語られたクロウの過去は、聞いている俺もつらくなるような話だった。
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