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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
59.しばしの別れに手を振って
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「――そうですか。【銹地の書】はクロウクルワッハさんが取り込んだのですね」
円座を組むための華美な絨毯の上。
中央に置かれた台座に嵌る水晶玉のような物は、内部から光を放ち薄暗い部屋に小さく半透明になった人の形を透写している。
この水晶玉……【偽像球】と呼ばれる道具は、曜気が込められた特別な物だ。
持つ者は限られると言われるほどに精巧な作りをしていて、人族の大陸でも特別な施設や貴族でなければ持つことは難しい。それくらい高価な物で、本来ならば獣人の大陸になど存在しない逸品だった。
けれどそれは今、胡坐をかき真正面に座る巨大な熊の王と、その王座を継ぐ息子――そして二人の王妃に囲われている。
彼らは皆、その光に浮かび上がる小さな人物――――
【世界協定】裁定員の一人である、シアン・アズール=オブ=セル=ウァンティアに体を向け、神妙な面持ちで話を続けていた。
そうして出てきた結論のようなシアンの声に、熊の王……ドービエルが頷く。
「はい。……申し訳ない水麗候……本来ならば、魔導書のままで貴方がたの所へと持っていくはずだったのに、我が国の事情でこんなことになってしまって」
言いながら、反省を表すかのように熊の耳を垂れるドービエルに対し、シアンは微苦笑を浮かべて「いいえ」と小さく手を振った。
「お気になさらないで。……そうなるだろうと予測はしていました。もしも、あの【銹地の書】が次に適合者を選ぶなら……きっと、クロウクルワッハさんだろうと」
「な……っ。ですが、あの魔導書は人族にしか反応しないのでは」
驚くドービエルに、シアンは「そんな事は無い」と首を振る。
そう。そもそも、人種など本来なら関係なかったのだ。
元来【黒曜の使者】が守護者として従えるはずだった存在。それ以外の意味がない“守護者”なら、姿形など関係ない。
だからこそ、ツカサの近くに居て、なおかつ、膨大な土の曜気を操る素質を元から持っていた特異な存在――――クロウクルワッハが【銹地】に選ばれることは、ほぼ確定的な事だった。とはいえ、シアンも今回の旅で一気に適合すると思っていなかったので、これに驚いたのは事実なのだが。
シアンは心を落ち着けたまま、動揺するドービエル達に返答した。
「アレは、逸脱した力を持つ曜術師にのみ反応します。逆に言えば、その素質がある者であれば種族を問わないのです。例えば、神族である私のように」
「おお……そういえば、確かに……」
「それに……ツカサ君と一緒に居ることでクロウクルワッハさんは成長し、極大曜術にも似た術を操れるようになりました。……まあ、ツカサ君がいてこそではありましたが、それでも素養は育まれていた。それが、今回花開いたのではないかと」
曜術を操る素質は、生まれながらの器量による。
術師になれるものとなれないものの差が出るのはそのためだ。
だが、ツカサの傍に居ればそれはただの「定説」と化す。
彼の能力は、曜術師本人の力量を越えた力を発揮させる。
しかも、その効能はほんの一部だ。
シアンが感じた事や予想した考えによれば、ツカサにはそれ以上の力がある。
ゆえに、この状況でクロウクルワッハが【銹地】になった事は喜ばしい事だった。
「なるほど……。そうか、やはりあの子は私達の息子を育ててくれたんですね。武力だけでなく……心の方も」
「……フン」
微笑む三人の親に、カウルノスは面白くなさそうな鼻息を漏らす。
だがその表情は「憎い」というより「拗ねている」ようで、どうやら彼は一気に成長した弟に対して、可愛らしい嫉妬をしているようだった。
何歳になっても、兄弟と言うのは愛らしい嫉妬をしてしまうものなのだ。
己にも心当たりがある。シアンはその微笑ましさに久しぶりの笑みを浮かべると、再びドービエルに視線を戻した。
「彼がグリモアとして認められたのは、私達にとっても僥倖です。……あの本の力は、扱い方を間違えると“災厄”になってしまう。だからこそ、ツカサ君という抑止力がある今、彼を大事に思う者が枠を埋めることで未来の危機を防ぐことが出来る。……とは言え、貴方達の大切な家族を、明日の命も知れない……人族に従属する存在にしてしまったのは、申し訳ないことなのだけど」
シアンにとっての懸念は、クロウクルワッハが【グリモア】になったことではない。
獣人達が、力による決闘を経ずに、力なき人族への従属を強いられる屈辱を認められるかという事だった。
ツカサは【黒曜の使者】であるが、彼自身の腕力は一般的女性にも及ばない。
そんな、年頃の子供より脆弱な存在に傅くことを、彼らが許してくれるのか。
だが、ドービエル達はシアンの心配を杞憂だと笑い、いやいやと手を軽く振った。
「とんでもない。彼は充分に力ある少年ですよ。なにせ……我が息子二人の喧嘩を諌め、ルードルドーナすら救ってくれた。愛しこそすれ、不満などありませんよ」
「そうそう。出来れば、クロウクルワッハだけでなく、このバカ息子とルードの嫁にもなって欲しいくらいです。美味そうだし気立ても良いし、あんないい子は獣人のメスでも滅多に見つかりませんって」
「ホントよねえ」
ドービエルの言葉に続き、二人の王妃も笑いながら言う。
冗談に聞こえそうだが、彼女達は本気だろう。獣人には幾つかの婚姻形態があるとの話だったので、元々一妻多夫を重んじる血族でない者がそれを選んでも、なんら問題は無いらしい。それに、武力至上主義であるがゆえに、群れに良い効果を齎す者であれば他種族でも即座に嫁に迎える。
ここも、獣人ならではの柔軟さだろう。
都会では貴族以外一夫一妻が基本の人族大陸とは、やはり考え方が違う。
とはいえ、こんな話を聞いたらブラックが怒り狂いそうなのだが、それはともかく。
「貴方がたの広いお心に感謝します……。【銹地の書】のことですが、土の曜術師は本来ならば膨大な気を扱う事に慣れておりません。ですから、クロウクルワッハさんも少し習練が必要になると思います。恐らくこのまま人族の大陸に向かうと、周囲の気を無尽蔵に集めて、土地に影響が出てしまう……ですから、しばらくベーマスで指導者と共に、曜術の修行をして貰いたいと思っているのですが……」
「それは願ってもない事です」
「今度こそ……みんなで、家族として過ごしたかった所ですから」
「ええ。この子達にとっても、良い事だと思いますわ」
そう言い、王妃二人は互いの顔を見て笑いあうと、少し居心地が悪そうにしているカウルノスを見て忍び笑いの声を漏らした。
――――どうやら、心配は無用だったようだ。
「では、よろしくお願いします。……今後、息子さんには強大な敵と戦うための協力をお願いするかもしれません。もしかしたら、今回のように……敵と呼ぶことも憚られる、戦っても誇りを見出せない者を相手にするかもしれない。その時は、皆様にご心労をおかけするかと思いますが……」
「ああ……。気遣って頂いて、ありがとうございます。……ですが、それは心得ておること。今回我々は、初めて“生き死にを伴わぬ悪意に満ちた戦”を経験しました。……似たような戦は知っておりましたが……ここまで醜悪な物は、初めてだった」
「…………」
短いが、それでも重い沈黙が流れる。
しかしその沈黙を破ったのは、今しがた悪意について語ったドービエルだった。
「しかし、だからこそ……あの子には、自分が心底好いたメスを守れるオスになって欲しいと私は考えています。きっとそれは……我が妻スーリアも願っていたこと。もし今後、ツカサ君が災難に見舞われるというのなら、引き留める私どもの方が悪者になってしまう。……我々親は、自分の子供を信じて見送ってやるのが役目ですよ」
優しい目をした王は、そう静かに呟いて笑う。
エスレーンと呼ばれる幼げな風貌の王妃も、全くだと頬に手を当て頷いていた。
「そうね。クロウクルワッハも、ルードも、もう子供じゃないんだもの……」
「まったく、時が経つのは早いねえ。私達にとっては、いつまでも子供なのにさ。なあカウルノス」
「ぐ……は、母上、やめてください……。私も、人族で言えば中年期なので……」
マハと言う王妃にからかうように言われ、難しそうな厳めしい顔をして頬を赤くするカウルノスは、確かに中年の容姿だ。
しかし、神族ほどではないにしろ数百年を生きる獣人族にとっては、容姿が中年に近付いても若年とさして変化はないのだろう。
その感覚は、シアンとしても何となく理解できる感覚だった。
「親からすれば、子供はいつまでも子供」……そんな、少し自虐を含んだ言葉も。
「……本当に、絆の強いご家族で見ていて羨ましくなるわ」
「おや……水麗候、貴方も立派なご子息をお持ちでは……」
「……私のせいで、仲違いをしてしまいまして……。だから、普段以上に羨んでしまうのかもしれません」
辛気臭い事を言ってしまって申し訳ない、と頭を下げる偽像に、ドービエルは暫し沈黙してシアンの姿を見つめていたが――――威厳のある声で、返した。
「私には踏み込んだことは言えませんが……。我々も、この子達の思いを全て理解し受け入れてやれた……とは、言えません。今でも失敗ばかりだ。……だから、どうか己を追い詰めないように。……子供とて、一人のヒトだ。それを忘れずに対話する事が、道を開くこともあるかもしれません」
「……水麗候、何か悩ましい事が在ったらご相談くださいね」
「私達も、お心を落ち着かせるお手伝いをいたしますわ」
たとえ近しい存在に話せなくても、遠くの協力者に話せる事は有る。
何より彼らは、優しく義理堅い熊の一族だ。
シアンはそんな彼らの真剣な目を見て、少し涙目になりながら微笑んだ。
「ありがとうございます……」
もし、今のこの結末が無ければ、シアンは彼らに労われることもなかっただろう。
これが【グリモア】と【黒曜の使者】が齎す世界の異変の枝葉だとしても、今はこの小さな変化と思いやりを得られたことに感謝をしたかった。
きっと、縁という物はこうやって当事者以外の者も繋いでいくものなのだ。
ツカサ達が死力を尽し人を守ることで、またこうして誰かが強く結ばれていく。その縁こそが、一番尊いものなのかもしれない。
だとしたら、と、シアンは心の中で強く願った。
――――だとしたら、どうか……
――――どうか、私の三人目の息子を、救う縁に結びついてほしい。
どれほど繕おうが微かに疲れの色が見える老女の顔は、その悲痛な思いを裏側に貼り付けて、ただただ今の暖かい繋がりに感謝を述べるばかりだった。
宴が終わって、数日が経過した。
その間に俺達にも色々とあって……決意も新たに、ようやく人族の大陸へと戻る船に乗ることになった。乗船する港は勿論、最初に降りた【デリエ・ダルヤーエ】だ。
人族達の居留地【ゼリバン・グェン】があるこの港は、やはり今日も騒がしい。いや、サービニア号が到着するから、こんなにお祭り騒ぎなのかな。
どうやら俺達が解放した冒険者や傭兵たちも乗って帰るらしく、居留地は普段以上に人でごった返して騒ぎが起きまくっているようだった。
まあ俺達もそのうちの一人ではあるんだが、でも今回は違うぞ。
なんと、王族や有名な商人などが待機するための小さくも豪華な待合室に通して貰ったのだ。椅子もあるし屋根もある場所で待機できるなんて、この暑い陽気の港では物凄くありがたい。
見送りに来てくれた人達にも負担がかからないし、ホント持つべきものは位の高い人のコネだよな……この世界では特に……。
そんな世知辛い事実にちょっと悲しくなってしまったが、これからもっと悲しいことが有るのだ。俺は首を振ると、俺達が座る席に向かい合って座る“お見送り勢”を見渡すように視線を動かした。
別れを惜しんでくれる人達が、港まで駆けつけてくれた。それは嬉しい。
嬉しいんだけど……ちょっと要人が集まりすぎてて怖いんですよね……。
だってさ、ナルラトさんは良いけど、そんなホイホイ外出して良いのかよって地位のデハイアさんだけでなく、カウルノスにドービエル爺ちゃんまでいるし……それに何故か、俺達と全く親しくないハズの“海征神牛王”ことチャラ牛王がいるし……。
こんな、抜け出しちゃマズい人ばかり集まっていいんだろうか。
いやまあ、みんな強いから獣人世界での地位が高いんだけど、お仕事とかありますよね。しかも今復興の真っ最中だし、俺達に時間を割いていいんだろうか。
いや、見送ってくれるのは嬉しいんだけど……こうして位の高い人に集まられると、逆に恐縮してしまうというか何と言うか……。
それに、爺ちゃん達が出てきてるって事は、アンノーネさんやマハさん達に王宮の仕事を頼んでるんだろうし、なんか申し訳ない。
あとチャラ牛王の目的が判らなくて怖い。
この人俺達とほぼ関係ねーじゃん。ちょっかいかけてきただけじゃん!!
はぁはぁ……まあでも、俺達を見送るために来てくれたのは素直にありがたい。
このメンバーだって、きっと獣人なりの礼儀として地位の高い人が選ばれたのかも知れないし。とはいえチャラ牛王は絶対勝手についてきたんだろうけど。
「お? なんだツカサ。俺と離れることになって寂しいのか? 可愛い奴だな」
「思ってないですうううううう!!」
だーっ、触れるなイケメンっ!! 憎しみで陰キャが加速する!!
慌てて逃れると、左右から腕が伸びてくる。ブラックとクロウが牽制してくれたのだ。
いやあやっぱり持つべきものは仲間ですなあと安堵していると、チャラ牛王はフンと面白くなさそうに鼻息を吹き、腕を組んで見せた。
「まったく……ちょっとくらい味見しても減るもんじゃなかろうに」
「ま、まあまあ、海征神牛王陛下そのへんでご勘弁ください……。いやそれにしても、随分と世話になってしまったな。こんな状況で大した礼も出来ずに申し訳ないが……落ち着いたら、改めて何か褒賞を用意するよ」
「いやいや、もう充分ですって! だから気にしないで」
チャラ牛王を嗜めつつ、ドービエル爺ちゃんが俺達を労う。
だけど俺は、もう充分ご褒美を貰ったので、まったく気にしていなかった。
なにせ俺のバッグには、この国でしかお目にかかれない植物の情報を記した図鑑の写しが入っているのだ。コレを貰っただけでもかなりのご褒美と言える。
それに、ブラックの為にいくつかお酒も貰ったのだ。
甘い酒は苦手だとブラックは言っていたけど、酒である物なら甘くても嫌いではないみたいで、それは素直に受け取っていた。なので、これもご褒美だろう。
それ以上の物は身の丈に合わないし、俺達からすればこれで充分だ。
しかし、そんなこちらの満足が爺ちゃん達には謙虚にみえたらしくて、「ホントに良いのかな?」と言わんばかりに耳をぴるぴる動かして困っていたみたいだった。
ぐ……だ、だから、何でこう、ケモミミがオッサンにも生えてるんだ。
可愛いと思っちゃいけないのに、やっぱり可愛く思えてくるのがつらい。
ゴホン。と、ともかく。
この一週間……色々とあって、俺としては思い残すことは無いのだ。
なにより、“根無し草”の鼠人族の故郷に行って、やっとラトテップさんのお墓参りが出来たしな。クロウとも話をして、また改めて絆も深まったし。
それにこの獣人大陸には、もう【アルスノートリア】の影など無い。
あとは船に乗って帰るだけなので、何にも心配はいらなかった。
……いや、それは嘘だな。正直、少し心配していることは有る。
その心配事の一つ……隣に座ったクロウを見て、俺は再度問いかけた。
「……それよりクロウ、ホントに一人で残って大丈夫? やっぱ俺達も残って、【銹地の書】の訓練はブラックに手伝ってもらった方が良いんじゃ……」
そう。
なんとこの熊さん……というかクロウは、土の曜術と【銹地の書】を使いこなすために、数週間ほどベーマスで修業をすると言い出したのだ。
……いや、発案者はシアンさんなんだけどさ。
【銹地の書】を受け取った時、クロウは【グリモア】に成ったにもかかわらず、結局は【アルスノートリア】に押し負けてしまった。それを重く見たクロウの生真面目な報告に、シアンさんが「じゃあこうしましょう」と段取りを整えてくれたのだ。
曰く、クロウが押し負けたのは、グリモアに慣れていないうえに、今までちゃんと土の曜術の基礎を先人に習っていなかったから。
本で学習していても、同属性に習うのと習わないとでは、やっぱり制御する力の理解も違ってくるらしい。だから、クロウは修行をすべきだという話になったのだ。
…………まあ、確かに、クロウの懸念も分かる。
それに、ブラックが言っていた「人族の大陸は曜気が豊富だから、ふとした事で術が暴走するかもしれない」という危険性を排除すべきなのも尤もなんだけどさ。
けど、考えてみればついこの前再会したのに、また暫しの別れだなんて悲しい。
俺の中ではもう、三人と一匹旅が当たり前になってたんだよな。
だから、少し寂しいなんて女々しく思ってしまうのだ。
でも仕方ないよな。爛れた関係の前に、俺達は仲間なんだしさ。
大事なメンバーが再び離脱するんだから、そりゃ寂しくないわけがない。
しかし、クロウも男らしく覚悟を決めているようで、見送りに来てくれはするものの、やっぱり俺達と一緒に人族の大陸に戻る気はないみたいだった。
まあ家族と仲直り出来たんだし、気持ち良く送り出してやりたい気持ちがあるんだが……でもやっぱり、別れは寂しい。
それに、ボコボコにされて反省させたとはいえ、自称ライバルの緑狼こと“嵐天角狼族”は懲りてないし、王国再建中のゴタゴタに乗じて下剋上しようとする悪い奴もいるみたいだし……。
寂しいのと心配で心が落ち着かない、と、隣に座るクロウを見上げると、相手は俺の顔を見て少し嬉しそうな雰囲気を見せた。
「心配してくれるのか。嬉しいぞツカサ。だが、こういうのは【グリモア】よりも同属性の曜術師に教えを乞う方が良いと水麗候が言っていたからな。やらねばなるまい」
「うん……」
「……それに、オレは今まで、感覚的なもので曜術を使っていた。人族の大陸で迷惑をかけんためにも、修行は必要だろう」
「うん……」
ごもっともすぎる言葉に頷くしか出来ない。
そんな俺を見て、クロウは微笑みながら頭をポンポンと軽く撫でてきた。
「なに、数週間程度だ。人族の大陸で無意識な迷惑をかけない程度になったら、すぐにツカサの所に帰ってくる。約束だ」
「おい当たり前のように僕を無視すんな殺すぞクソ熊」
わあっ、人が話してる途中でいきなり体を引っ張るんじゃないっ。
なんでお前らはそう別れの時まで喧嘩しようとするんだ。仲良く喧嘩しなの領域に達してるのかアンタらは。
っていうか親御さんの前で殺すぞとか言うな、とブラックを嗜めようとすると――――外から、船の到着を継げる汽笛が聞こえて来た。
「おお、船が到着したようだな」
「さー行こうかツカサ君。さっさとこんな国からオサラバだよっ」
「こんな国って言うな! せめて挨拶させんか!!」
俺を抱えて素早く休憩所を出ようとするブラックのおでこにチョップを食らわせ、俺は慌てて体裁を整えると改めて見送るクロウ達に向き直った。
「じゃあ、みなさんこれで。……お世話になりました」
そう言うと、クロウ達は微笑んだり苦笑したり、みんなで様々な笑みを浮かべる。
「手伝って貰ったのは俺達の方なのだがな」
「まったくだ」
カウルノスとドービエル爺ちゃんが、仲良さ気に苦笑する。
そうして、カウルノスが俺を笑みの残る目で見てきた。
「……ツカサ、改めて礼を言うぞ。お前達のおかげで俺は……王というものが何か、少し理解できた気がする。これからは、父上のように優しく……そして、俺なりに良き政を出来る王を目指そうと思う。……兄弟や、家臣たちと共に」
カウルノスに続いて、デハイアさんが俺達に近付こうと歩み出る。
そうして、俺の頭を撫でてきた。
「妹……いや、ツカサよ。何かあればいつでもメイガナーダ家を頼ると良い。我々は、お前達に最大の敬意と感謝を持って永久の協力を誓おう。……我が愛しの妹スーリアと、甥のクロウクルワッハの誇りを守ってくれて、感謝する。お前も、今後ずっと俺の愛しい妹だ。クロウクルワッハやそこの人族に嫌気がさしたら逃げてくると良い」
最大の愛を以って、お前の味方をし守ってやろう。
そう言いながら、デハイアさんは笑った。
ブラックよりも年上っぽい武骨で野性的な顔立ちだけど、その笑顔は自分の妹を守ろうとするような優しいお兄ちゃんの笑顔に見える。
……正直、妹呼ばわりは勘弁してほしいけど……まあ、いいかな。
デハイアさんだけが言ってることだし、クロウの伯父さんなら構わない。
それに味方してくれる強い熊さんならいう事は無かろう。きっと、これからはクロウの事も大事にしてくれるだろうしな。
そう思い頷く俺に、デハイアさんは嬉しそうな色を表情に滲ませて離れた。
後に残ったのは、チャラ牛王とナルラトさんだ。
ナルラトさんは、少し頬を赤らめて泣きそうな顔をしていたけど……そんな自分の顔をごしごしと腕で擦って、俺達を見やった。
「きっとまた、人族の大陸で再会するだろうから、別れの言葉は言わない」
「うん」
「…………ツカサ、俺も……師匠の後を追おうと思う。シーバ達と協力して、逃げた残党達の行方を探すことにする。そんなことしか、おい……俺には、出来んけど……お前達のために、必ず役に立ってみせるけん」
少し泣きそうな声。
きっと感情を抑えているんだろう。途中から素の方言っぽい口調になっていて、もう何かを堪えているだろうことが丸わかりだった。
きっと、ナルラトさんは俺のしたことに報いようとしてくれているんだろう。
でも、無理はして欲しくない。
俺がしたことは、自分の贖罪でもあるし……自己満足だ。
結局は、ラトテップさんの墓に参る事で自分の心を軽くしているに過ぎない。
だからそこまで気を張らないでほしい。
ナルラトさんにはもう……これ以上、悲しんでほしくないんだから。
そう思い、俺は自分から進んでナルラトさんに近付くと、その手を握った。
「っ……! つ、ツカサ……」
「俺達待ってるから。どうか、無事で……絶対に、無茶はしないでくれよ」
きっと、ナルラトさんは俺が止めても動いてしまうだろう。
なら、俺が無事を願っていることを、危ない事をしないでほしいと思っていることを忘れないで欲しい。そう思って強く手を握ると、ナルラトさんは頬を赤らめたまま、鼻をずるりと啜って深く頷いてくれた。
「ふっ……お前は本当に人たらしよな、ツカサ」
「う……」
わ、忘れてた。チャラ牛王が残ってたんだった。
正直、あまり深く関わって無いので何を言ったらいいのだろうかと思っていると――相手は、俺が瞬きする間にもうすぐそばに近付いていて。
そうして、ぼそりと耳打ちをした。
「やはり、お前が“価値”を生んだな」
「え……」
価値を生む。
たしか、前にもそんな事をチャラ牛王から言われた気がする。
思わず視線だけ向けると、相手はニヤリと笑って耳打ちを続けた。
「ツカサ。お前のその純粋さは、人を救い価値を齎すが……同時に、その純粋さは、人を狂わせる凶器にもなる。お前はそういう力を持った“境界”の存在だ。その事を、努々忘れることの無いようにな」
――――……境界の、存在……?
それって、どういう……。
「あーはいはいさようなら! ツカサ君もう行くよっ、チンタラ挨拶してたせいで、あと少しで出港しちゃうじゃないか!」
「わっ、わあ急に抱き上げるなってば!!」
今のチャラ牛王の行動にキレたのか、ブラックが俺を小脇に抱えやがった。
お姫様抱っこよりはマシだけど、これもこれで恥ずかしいからやめろ!
ああもう、爺ちゃん達が苦笑いしてこっち見てるだろうがー!!
「ツカサ!」
どんどん遠くなっていく待合室から、クロウが飛び出てくる。
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視界が、浮き上がる。
ブラックが船の入口からではなく、その場で飛んで一気に巨大な船の甲板へ乗ろうとしてジャンプしたんだ。きっと脚力強化の【ラピッド】を唱えたに違いない。
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だけど、もう寂しさは感じなくて。
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「クローウ!! 俺達待ってるからなー!! みんなお元気でー!!」
「…………」
「ほらブラックも手ぇ振って!」
ぶんぶんと大きく手を振ってみんなに別れを告げる俺に、ブラックはイヤそうな顔を隠しもせずに見せるが、俺も負けじとブラックの片腕を強引に動かす。
すると、ようやくブラックは手を振り始めた。
……めっちゃ小さいけど、まあよし。
「どうせイヤっつっても戻ってくるんだから、こんなことしなくたっていいじゃないか」
そんなことをぶつくさ言いつつ、ブラックはぶすくれる。
だけど、俺にはそれが心底嫌がっている発言には聞こえなかった。
「まったく、素直じゃないんだから」
「……ツカサ君、僕キミのそういうとこちょっとヤダ」
そう?
俺は、アンタのそういう不器用なとこ、結構好きだよ。
だって、文句を言いながらもクロウが戻ってくることを疑いもしないじゃん。
それに前より素直に「やだ」って言うようになったのも、少し嬉しい。……まあ、そう言うと絶対調子に乗るから言ってやらないけどね。
ぶーたれて頬を膨らませる子供っぽいブラックの顔に笑いつつ、俺は徐々に小さくなっていくクロウ達に手を振った。
――俺達が見えなくなるまで見送ってくれる、誇り高い獣人達。
きっといつかまた、会う時が来るだろう。
ブラックが無意識にそう確信しているように、俺もまたベーマスを旅できると思おう。クロウだって、きっとすぐに会いに来てくれる。そう信じれば、もう寂しくない。
「また、会えると良いな。今度はゆっくり冒険するためとかでさ」
そう言うと、ブラックは適当に振っていた手を下げて、緩く苦笑し肩を竦めた。
「……まあ、珍しい物も色々あったし……たまに旅するならいいかもね」
そう。本当に色々あった。
色んな人と出会って、別れて、新たな約束をして。
その出会いに、偽りが入り込むような事はない。
きっとドービエル爺ちゃんやカウルノス達なら、出会いも別れも捻じ曲げずに、真っ正直に進んで行ってくれるのだろう。
だから俺達は笑って別れを言える。
アクティーとクラウディアちゃんを襲った悲劇は、カウルノス達がいる限り、もう二度と引き起こされることはないだろう。
「もう、港が見えなくなっちゃったな」
クロウ達の姿も、今は海の向こう側だ。
でも、俯くような気持ちは無い。
……次に来るときは、きっともっとアルクーダは栄えているだろう。
カウルノス達がどんな風に迎えてくれるのか、楽しみだな。
そう思うと嬉しくなって、俺は彼らが見えなくなるまで手を振り続けたのだった。
→
※いつもイイネとエールありがとうございます!
めちゃんこ嬉しいです!(*´ω`*)チカラニナル…!
途中で切れずにめっちゃ長くなっちゃってスマヌ
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