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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
大地司るものの対決2
しおりを挟む「ツカサ、術は使うな!」
「えっ……で、でもこんな……」
「オレ一人でやれる! お前は絶対に【黒曜の使者】の力を使うんじゃない!」
強くそう言われて、俺は出かかった言葉が引っ込んでしまう。
確かに、今使おうとしたけど……でも、ほんの少し、クロウを助けるために使うのもダメだって言うのかよ。あの妙なヒトダマが追いかけてきてるっていうのに。
やらなきゃ、お前が怪我しちまうだろうが。
焦りから怒ったようになって、ついそう言いそうになるが――それこそクロウに迷惑をかける事になるのだと思いとどまって、ぐっと堪える。
そうだ。
俺は、ここ最近【黒曜の使者】を使うと体が妙な事になる。
以前の……その……え、えっちなのとか、気絶するのとかとは違う、術を発動する時にどうしてか痛みが湧いてくるようになったんだ。
それが、異様に伸びてきてもう肩にまで到達した“光の蔦”のせいなのか、それとも他に要因があるのかはわからない。だけど……ソレをブラックとクロウが見ていて、余程辛そうに見えたのなら……二人が俺を止めるのは理解できる。
今の状態は、ただの気絶とは違う。
明確に俺の中で良くない変化が起こっている。
そのまま術を発動すれば何が起こるか分からないし、ただでさえ今回は連続で術を発動させたり曜気を与えたりしているんだから、クロウが詰めるのも当然だ。
俺だって、クロウやブラックがそんな状態になったら絶対にやめさせる。
……まあ、ブラック達の場合は普段がデタラメに強いので、もしそうなったら「本当にヤバい状況」だろうってこともあるけど……。でも、大事なヤツがそんな状態でいう事を聞かずにバカスカ術を使うってのも、それはただの無神経だよな。
なにより、そうやって忠告を聞かずに無茶をやられるのって……俺の事がそんなに頼りなく見えるのかって、ショックを受けるし。
俺だって男だ。その気持ちは痛いほどわかる。
自分の力を信じて貰えないっていうのは、人が思うよりずっとつらいことなんだ。
…………クロウが怪我したり、色んな人が巻き込まれるのは嫌だけど。
でも、俺を止めて「自分の力だけで戦う」覚悟を、クロウは決めているんだ。
その覚悟を受け止めて見守るのも、仲間としての役目だろう。
俺は、クロウが弱いなんて思っていない。それどころか、ブラックと唯一張り合える立派な男だと素直に信じている。だから、ここは引き下がろう。
――――クロウの必死な声を、大きな声すぎてじんじんする耳で受け止めて、俺は覚悟を決めるように喉をぐっと一度締めてから、出来るだけ力強い言葉を返した。
「……わかった。俺は、クロウの全部の力を信じる! でも、俺の力が必要だったら、すぐに言ってくれよ! 俺だってアンタの仲間なんだから!!」
強風に負けないように、それでもクロウの耳に届くように叫ぶように伝える。
そんな俺の声に、クロウの耳がびくんと大きく震えて熊の毛をざわつかせた。
なんだかよく解らないけど、驚いた……のかな?
判然としないながらもそう思っていると、クロウは頭をこちらの方へ向けて、何故かどことなく嬉しそうな熊の顔で黒い鼻頭をぴすんと動かした。
「ツカサが傍にいてくれれば……オレは、なんだって出来る!」
力強く、しかしどこか弾むような声に、俺が目を丸くしたと、同時。
クロウは一気に速度を上げて背後から追尾してくる火の玉を引き離そうした――のだとばかり思っていたのだが、俺の予想を大きく裏切りクロウは少し距離が出来た事を確認するなり、急ブレーキをかけてその場で反転した。
「――ッ!?」
大型トラックを超える巨体だというのに、その動きはあまりにも素早い。
大きな足が砂地にめり込み動いた事で、えぐられた砂地が盛大に砂を噴き上げてその場にまき散らした。
が、こっちはそれどころじゃない。
止まり切れずに若干の横滑りをしたことで、俺は大いに振り回されて足が軽く浮き上がる。体を遠心力に持っていかれそうになって、思わず痛がりそうなほどにギュッとクロウの毛を束で強く掴んでしまう。
だが巨体にとってはちっぽけな痛みだったのか、反転して火の玉と真正面から向き合ったクロウは、何やらグルグルと唸り始めた。だが、普通の唸り方とは違う。
近付いてくる火の玉を見据えると、クロウは唸っていた口を開き、大きく吠えた。
――――また、空気を震わせる咆哮。
だが俺は、声ではなく別のものに気を取られていた。
……さっきの唸り声は、詠唱だったんだ。その証拠に向かってくる火の玉と俺達の間にある砂が蠢き、また形を変えて跳び起きた。
今度は、細くて竹槍みたいな出で立ち。
だがそれらはただ立っているだけではなく、いきなりタコの足のように蠢くと、待ってましたと言わんばかりに火の玉をすべて刺して貫いたのだ。
その衝撃に、炎の球がはじけて消える。
なんだったのか正体が分からないけど……でも、物理攻撃は有効なようだ。
クロウの今の攻撃は、さしずめ砂の槍と言った所だろうか。
だけど、今までこんな風に土の曜術を使う事なんてなかったのに……きっと、蔓や蔦を動かすのとは比べ物にならない労力のはずだ。
クロウは、どこからこんなに多くの土の曜気を放出しているのだろう。
……心配で仕方ないけど……でも、決めたんだ。
しっかり見届けなければ。
「グルルルルル……」
火の玉を受けきったクロウは、再びアクティーの方を向く。
少し距離が開いてしまったけど、唸る彼女の声が消えるほどの位置ではない。
けど、どうしてまだそこに居たのだろう。
アクティーの背後にあるすり鉢状に窪んだアリジゴクは、もう動いていない。つまり彼女が遠回りしたり飛び越えたって、なんの問題もなかったはずだ。
なのにわざわざ立ち止まって俺達に相対しているなんて……なにか変だ。
アクティー……いや、アクティーを操っているアイツらは、何を考えているのか。
唸り続ける相手に、改めて緊張感が増していく。
次は何をするつもりなのか。そう思っていた俺達に、アクティーは姿勢を低くして腰を高く上げると、つるりとした黒光りする尻尾をピンと立てた。
一見して服従を示すようなポーズだけど、またアクティーの周囲には、紫色とも灰色ともつかない“まだらの光”が現れ、彼女を囲うような半円の帯になった。
その形は、まるで虹のように端と端を砂地に埋めている。アクティーの体をまたいだ光は、何の意味があるのか。相手の動きを注視する俺達に――――彼女は、唸りを続けていた口をついに開いた。刹那。
その“まだらの光”の帯から、無数の「動物の鼻」が浮かび上がってきた。
「なっ……!?」
あまりにも予想外の光景に、言葉が閊える。
だけど「鼻」だけじゃない。俺が驚いている間に、帯から浮き出てきたそれらは、鼻を突き出して「鼻筋」を見せ、どんどん抜け出てくる。
どれも“まだらの光”が輪郭を持っただけの姿だったけど、でも、光の帯から次々に抜け出て来たのは……嫌な予感を覚える、数十体の獣だった。
「…………あまり趣味が良いとは言えないな」
クロウが鼻の付け根に強く皺を寄せながら、唸るように言う。
だけど、否定できない。
……だって、俺達の目の前にいる“まだらの光の獣”達は…………
どの獣も、あの【アジト】で見た“ツギハギの人形の元になった獣人達”に、よく似ていたのだから。
「あれ、まさか……本当に魂かなにかなのか……」
思えば、アクティーは【魂守族】という不可解な名前を持つ種族だった。
アヌビスのように死者を司る一族だったとすれば、あの“まだらの光”の獣達は未だに囚われている獣人の魂達ということになる。
だとしたら、あまりにも残酷だ。
アクティーがそんな事をするなんて思えないけど、でも……。
「安心しろツカサ、アレらには意思がない。恐らくは元々の獣人どもを記憶して作った、形のある幻のようなものだ。ブラックが使う【幻術】と似たような物だろう」
「ほ、ほんとに……!?」
「ああ。……なんとなく、獣の肌で感じる感覚だが」
そう言うほど、クロウはブラックの【幻術】と似た感覚を覚えているのか。
だったら、彼らは魂と言うわけではないのかもしれない。それだけは救いだ。
「ォオ゛オ゛ォオ゛オ゛!!」
アクティーが号令をかけるように、獣達に吠える。
すると、奇妙な光で形作られた獣達は一斉に牙を剥き俺達に向かってくる。
獅子、猿、狼、兎、犬……多種多様な獣が、巨大な姿で殺意がこもった表情を俺達に見せてくる。魂ではないと聞いて安心したけど、でもやっぱりこれは嫌だ。
体だけじゃなく、生きていた時の姿まで利用されている。
アクティーが獣人達の姿を記憶したのは、命令されたからか……それとも、もっと他の理由があっての事だろうとは思う。
でも、その姿をこんな風に使うなんて耐え切れない。
死者に鞭打つような所業は、もうたくさんだ。
こんなの……こんなの、いくらアクティーでも許せないよ……!!
「ツカサ、目を瞑れ! 砂風でコイツらを一掃する!!」
「っ……! 頼む……!」
そう。こんなものは、早く消し去った方が良い。
クロウの力強い声に俺は懇願するような声を返し、目を閉じようとした。だが。
「アォオオオオオオ!!」
アクティーが天を仰いで遠吠えを響かせたと、同時。
“まだらの光”の獣が一匹、彼女の方へ飛び出した。それに合わせて、アクティーは白煙をまき散らし素早く人の姿へ変化する。
そうして、俺達と光の獣が睨み合っているにもかかわらず、その光の獣に乗って、再び戦場の方へ駆け出したではないか。
「待て!!」
俺とクロウが同時に言うが、待つようなら彼女はとっくに正気に戻っている。
ヤバい。このままじゃ、更に何が起こるかわからないぞ。
思わずぐっと歯を噛み締めた俺に、クロウが姿勢を少し低くしながら呟いた。
「ツカサ、目を瞑っていろ。コイツらを再び大地に還して、すぐに追いかける……!」
冷静な言葉だけど、その声音にうっすらと焦りが浮かんでいる。
……土の曜術だけじゃなく、死者の輪郭すら操る能力を持つアクティー。
彼女が何故戦場へ向かっているのか分からないけど、こんな能力を見た以上は、ここで悠長に敵の相手をしている場合じゃない。
アクティーが望まなくても、きっと、あの男達はこの力を悪用する。
どんな悪用をするのかなんて考えたくもないけど……もしアクティーが戦場へ到着してしまったら、よくないことが起こる。
誰も死なないようにと必死に抗っていた彼女の思いが、無駄になってしまう。
どうすべきなのか。
そう考えながら、クロウの言葉通りギュッと目を瞑った。
――――と。
『おにいちゃん、私の力を使って』
轟音が鼓膜を震わせる中で、俺の体の中から静かで綺麗な声が聞こえた。
→
※ツイッタックスで言ってた通り遅くなりました…また朝…!
(;´Д`)なんか体調不良気味です…すみませぬ
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