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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
41.代償と対価1
しおりを挟むえっ。えっ、なに。
下の方にフレッシュゾンビ軍団が見えてるって事は、俺天井にはりついてんの。
いや、俺って言うかヨグトさんが天井を走ってるってこと!?
暗殺者一族だという“根無し草”の鼠人族と言われるのだから、きっと色々なワザを持っているんだろうとは思っていたが、まさか天井走りなんて予想してないぞ。
気配を悟られず人に近付く術は理解できるが、天井走りになると最早忍術だ。
いや、もしかしてこれがヨグトさんの“特殊技能”なのか。
それで……って、そんなことを考えてる場合じゃない。
このままだと、どこかに連れ去られてしまう。クラウディアちゃんとも離れちゃったし、これじゃ【教導】の思うツボだ。なんとかして逃げ出さないと。
「ぐぉおおお離せ離せヨグトさん離してくださいぃいいい!!」
「ツカサさん、暴れないでください。ここから落ちたら死んでしまいます……」
「死ぬようなとこを走らないでくださいぃい!! なんでこんなことするんですか!」
ジタバタ動くが、しかし暴れないでと言うワリにヨグトさんの腕はびくともしない。
ブラック達より筋肉がついていなさそうなのに、どうしてこんなに力強いのか。これが獣人の筋力の神髄と言う物なのか。いやもうそんなのどうでもいいから、なんとかしてヨグトさんから逃げないと……!
「……私は、どれほど反感を持っていても、あの人達の命令を絶対に聞かなければならない。……そのせいで、貴方には酷い事をしてしまった……だが、もう後戻りはできないんです」
「そんなの俺には関係ないですよ! 反感があるなら俺の事を誤って落下させたって全然構わないですから! 落として! 頼むから!!」
「無茶を言わないでくれ……! それに……貴方は……貴方が、必要なんだ……! あの【教導】が言うには、これほど早く回復する貴方なら……」
「……?」
俺なら、なんだというんだ。
というか「回復するなら」って、俺を何かに利用しようと言うのか。
……確かに、ヨグトさんからすれば、剣を貫通させるほど深く刺した俺がこんな風にジタバタ元気にしているのは不可解だろう。
それもこれも、俺の【黒曜の使者】の能力と……その……ぶ、ブラックと、えっちしたおかげなんだけど……う、うぐぐ……ともかく、そんなに早く全快してたらそりゃまあ、確かに「何か使えるかも」と思うかもしれないよな……。
回復薬だって、基本的に造血も出来ないし、一日二日で全快して元気になるほどの薬となると、一介の冒険者がおいそれと使えるようなモノではなくなる。
なんにせよ、俺の生命力がちょっとおかしいってのを【教導】は見抜いたのだろう。
…………ブラックに治して貰ったのは、ちょっと早計だったかもしれない。
相手は、異様な事を考える存在だ。もしかしたら、その思考で俺を何かおかしな事に利用しようとしているのかもしれない。
冒険者達を、何らかの方法であんな風に生けるゾンビにしたように。
そんなことされてたまるか。これ以上のお荷物になるなんてまっぴらごめんだ。
アクティーの所にも行けてないのに、連れ去られてたまるかっ!
仕方ない、あんまりこういうことはやりたくなかったけど……。
ヨグトさんが俺を離してくれないなら、実力行使するだけだ!
「ッ、ツカサさん!?」
「うおぉおおお!」
男らしく気合いを入れながら、ヨグトさんの一瞬の隙をつき体を前のめりにした。
今まで暴れていた俺が、ヨグトさんの腕を軸にして半回転するような動きをしたのは予想外だったのか、ヨグトさんは俺の体を慌てて固定する。
だが、時すでに遅し。
俺は鉄棒で体を折り曲げ、足を宙に上げた状態になっている。ヨグトさんは、俺の太腿あたりをギュッと固定していた。こんな状態では、簡単に持ち上げられまい。
それを見越し、俺はヨグトさんの背中の方へ体を近づけ、ローブの中でピンと立ち細く膨らんでいる個所を――――思い切り掴んで、引っ張った!
「ギュウッ!?」
牛!?
いや違う、今のヨグトさんは大きなネズミみたいなものだから、チュウと鳴いたつもりで、声が太く濁ったんだ。尻尾を引っ張られたら、どんな動物だって驚くからな。
でも、人の形なのに獣の声が出せるのがホントに不思議――――
「ってうわぁあっ!」
「しまった……!」
急に体が浮いたと思った瞬間、体が一気に重力に引っ張られた。
ヨグトさんは焦って俺に手を伸ばそうとするが、よほど動揺しているのか、寸での所で届かない。反射的に尻尾を手放していてよかった。
そんなことを思いつつも、俺は空中でなんとか地面を向いた。
「うっ……」
この状態から、木の曜術を使ってなんとか着地できるだろうか。
いや、やるしかない。まだ人の急所を引っ張ったのにドキドキしてるが、心をすぐに落ち着ければ大丈夫なはず。はず……だけど、どんどん地面が迫ってくる……っ。
「ツカサ!!」
「うえぇっ!?」
ななななななにっ。なんか急に横から声が聞こえたんですが!?
ここは空中なのにどうして……と思ったら、また体が誰かにガシッと掴まれた。何が起こっているのか分からず一瞬頭が真っ白になったが、視界の天地が急にまともに戻り、自分の背中と膝裏をしっかり抱える手に気が付いて、俺は自分がまたもや人に抱えられている事を悟った。
しかもこれは、お、お姫様抱っこ……。
誰がこんな抱え方を、と、思って顔を見やると……そこには、今しがた俺を拉致するつもりだったヨグトさんによく似た耳を持つ青年の顔が見えた。
「ナルラトさん!」
「大丈夫やツカサ! っ……ぁ……」
「?」
「ちょ……ちょっと、こっちば見らんでくれ……」
俺を抱えたまま地面に軽く着地したナルラトさんは、何故か真っ赤になった顔を別の方向に逸らす。なんでそんな赤くなってるんだ。
この前だって俺の事を助けてくれたのに、まさかまだ表舞台で堂々と人を助ける事に慣れてなくて赤面してるのか。なんて奥ゆかしい……。
「ナルラトさん、大丈夫……アンタはヒーローだよ……」
「あぇ? ひーろー?」
なんやそいは、と方言丸出しのナニソレをされてしまったが、ナルラトさんの方言的に「アンタが大将」と言った方が分かりやすかっただろうか。でも婆ちゃんの家の古いCDで聞いた歌だから通じない……いや異世界人だし通じるわけないじゃん。
……ってそんな事を考えている場合ではない!
とにかく今はナルラトさんに頼んで、ブラック達の所に戻らねば。
「ナルラトさん、頼む! 早くブラック達のところに――――」
「その人を渡せ、ナルラト!!」
俺の声に、ヨグトさんの声が被る。
刹那、視界が大きくぶれた。
――いや、ぶれたのではない。
ナルラトさんが、ヨグトさんの攻撃を最小限の動きで避けたんだ。
でもあまりに早すぎて、頭がぐわんぐわんする。視界と思考がナルラトさんの速さに付いていけなくて、酔ったような妙な感覚に襲われていた。
しかし、二人の鍔迫り合いは既に始まっていてもう止まらない。
「ツカサはどこにも連れていかせん!! 師匠こそ、なんでこんな事ばしよっとや! こがん……こがんことせんでも、もうおい達は生き行けるやろうが!」
「だから……ッ! 言っただろう、私は果たさねばならんことがあるのだと!!」
ナルラトさんの素が出た訛り言葉もすべて理解しているのに、それでもヨグトさんは弟子の言葉を否定し、俺を奪おうと手を伸ばしてくる。
それを左右に素早く躱して後退しながら、ナルラトさんは悔しげに喉奥で唸った。
どうしても分かり合えない事に、強く悔やんでいる。
その姿を見て、俺はどうにか二人が和解できないかと思ってしまったが、今の状況では平行線をたどるだけだろう。
でも、お互いに戦いたくて戦ってるんじゃないのに。
せめて、どうにかしてヨグトさんが「しなきゃいけない」と言う理由を知れたら、二人が戦わなくても済むのではないかと思うが――――
俺が動く前に、上空から二つの影が俺達に被ってきた。
「――――ッ!!」
その影を認識した瞬間、俺は何故か異様なほど強い悪寒を感じて
――――反射的に、ナルラトさんを自分から遠ざけるように突き放していた。
「なっ……ツカサ……!?」
一気に、ナルラトさんから体が離れて宙に浮く。
だがそれを認識したと同時にすぐに体が地面に叩きつけられて、今まで自分達が居た場所に、地面をえぐるような嫌な音と共に二対の足が突き刺さった。
「あー。外したなぁ」
「外したなぁ。ネズミの頭から潰すつもりだったのに」
普通の、常人の足。
それなのに、二人の……仮面の男達が勢いよく踏んだ地面には、深く大きな亀裂が走っている。どう考えても人間が落ちてきただけの衝撃とは思えなかった。
なのに、仮面の男達は怪我もなく平然として、残念そうに声を漏らしている。
…………明らかに、おかしい。普通じゃない。
【教導】もおかしいが、この二人はそれ以上に……なにか、ヤバい気がする。
なんというか、虫を無邪気に殺す子供のような、自覚のない残虐性を感じる。それだけじゃなく、悪意を悪意と思っていないような……そんな、薄ら寒さ。
いつかどこかで感じた事のあるような恐ろしい雰囲気を、二人は持っている。
……簡単に接するだけじゃ気が付かなかったけど、本当はこいつらが一番ヤバいのかもしれない。だとしたら、ナルラトさんが危険だ。
こういうヤツは、俺みたいなザコより強いヤツに興味を示す。
漫画や小説で腐るほどみたから、俺は詳しいんだ。
それに、三対二の状態じゃ不利過ぎる。しかも俺じゃ絶対戦力にならないし。
実質三対一ではナルラトさんでも抑えきれない。
絶対に、こんな状況じゃ危ない……!
「ったく、おいドブネズミ。さっさとこのメスをアイツの所に連れてけよ」
「そうだよドブネズミ。じゃないと実験できないだろ?」
アイツ?
誰のことを言ってるんだ。この場所に居ない人間のことか?
でも、コイツらの仲間と言ったらもう、アクティーくらいしか……。
…………まさか……俺を連れて行こうとしたのは、アクティーに対して何かをするためなのか。回復力を見込んで、アクティーを回復させるため……?
「お前ら何を……ッ」
「あのっ!! お、俺を……アク……いや、クラウディアのところに連れて行くつもりだったのか……!?」
そう言うと、ナルラトさんの動きが止まる。
仮面の男達は、鼻から下だけ露出した仮面で、ほうと口を動かす。
「分かるんだ? 案外賢いな」
「確かに賢いな。ネズミ程度には」
色々イラッとするが、今は我慢だ。
さっきのヨグトさんの言葉と、仮面の男達の言葉を合わせると……恐らく、こいつらは、俺の何かを利用してアクティーを回復させるつもりなのだろう。
だとしたら……連れて行かれる方が得策なのか。
でも、それだと何をされるかも不明だ。ブラック達に心配させてしまう。
せめてブラック達が自由に動けるように考えないと。
そう思って、俺は……覚悟を決め、仮面の男達を見上げた。
「もしアンタ達が、俺を使ってクラウディアを回復させるつもりなら……ここにあの人を連れてこなきゃ、回復なんて無理だぞ」
「ハァ? 何言ってんの」
「ハァ? なんだそれ」
似たような言葉を吐きながら、思い切り俺を見下してくる男達。
だが、俺はひるまずにハッタリを続けた。
「俺が回復したのは、ブラック達と一緒に居たからだ。他人を回復させる方法も知っているけど、それもあいつらがいないと出来ない。攫っても、いい結果は出ないぞ」
デタラメな事を言っているようだが、これは嘘ではない。
俺は大地の気で「自己治癒力」を高めることも出来るし、血で人の呪いを浄化することも出来る。だが、それは俺が心を落ち着け覚悟した時のことだ。
こんな状態で、しかも自分の【黒曜の使者】の力に不安を感じる今、どこかに連れて行かれたら力が発揮できないかも知れない。
もし万が一拉致されて失敗したら、俺は殺される可能性が高いだろう。
でも、ブラック達がそばにいてくれたら話は別だ。
もしかしたら成功するかもしれない。
……成功するとは限らないけど、嘘は言ってないぞ。
そんな俺の言葉に、仮面の男達は口をヘの字に曲げて互いを見やる。
数秒そうやって見つめ合っていたが……いきなり、その場から姿を消した。
「ッ!?」
またもや見た忍者のような動きに、息が引っ込む。
背後から強襲してくるんじゃないかと息を呑んだが――――
仮面の男達は、再び俺の前に姿を見せた。
「じゃあ、今ここでコイツを治せるか?」
「治せるよな?」
そう言いながら、俺に差し出してきたのは……
橙色の、光る球体だった。
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