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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
どうか見つけて2
しおりを挟む「おっと……本格的に調査する前に……ロクショウ君、一度王宮に戻って、アジトに侵入したことを伝えてくれないかな。行ったり来たりで申し訳ないけど……」
「キュ? キュキュ!」
中に入ってすぐ唐突に放られた言葉に、ロクは少しびっくりしたようだが、俺のベストから顔を出してコクコクと可愛く頷いて見せる。
確かに報告しておいた方が良いとは思うけど……連日【変化の術】を使ってるロクが疲労困憊にならないか心配だ。
今はそんなことを考えている場合じゃないってのは分かってるけど、でもロクだって俺の大事な仲間なんだ。暑さや移動の関係で藍鉄やペコリア達に頼めないからって全部ロクに頼むのは、やっぱり心配だし申し訳ない。
けれどロクは超絶可愛いことに加え賢くて頭がいい上に勇敢であるからか、ブラックのお願いに嫌な顔一つせず「任せなさい!」と言わんばかりに頷いてくれる。
くぅ~っ、なんて素晴らしい相棒なんだ……っ!
これはロクにしか出来ない事とは言え、拒否したって当然なくらい飛び回ってくれているのに……でも、何か不測の事態が起こって俺達がここを出られなくなった時に、俺達がどういう状況にあるのか推測して動いて貰うためにもロクの役割は重要だ。
本丸のドービエル爺ちゃん達だって、俺達がこのアジトに向かった可能性は考えていると思うけど、もし万が一【古都・アルカドア】の方へ行ったと勘違いしたら、そこで敵に襲撃されるかもしれないのだ。
そんなミスをするほどの人達じゃないと思うけど……確定情報としてこちらのことを知ってもらうのは無駄じゃないはずだ。
俺達だって、いざとなれば自力で脱出できるし……。
ロクのようにすばやく移動するのは無理かもしれないけど、早い移動手段なら頭を捻ってなんとか考えて見せるつもりだ。
「ロク……大変だけど、頼むな」
「キュー!」
声を潜めつつも、ロクは俺のお願いに嬉しそうに小さなお手手を上げる。
そんなロクに、ブラックはメモ帳のように小さく切り取られた紙片を取り出すと、その紙に人差し指を当てた。
「炎よ、絶え間なき細いともしびで、我が言葉を刻め……【フレイム】……」
ふっとブラックの体が一瞬赤い光に包まれたと思ったら、その光が紙に押し当てた人差し指へと集まり、小さな赤い点となる。
その指を、ブラックはさらさらと動かし始めた。
お、おおっ、微かに紙が燃える音がして、裏面までくっきりと焼け焦げで描いた文字が記されていく。でも紙はボロボロになってなくて、本当にインクで書いた文字みたいに焼き付いていた。
この手法で絵を描いてたヤツは見たことがあるが、文字……そのうえ、薄い紙片を破らないように焼け焦げで文字を刻むとなると、更に正確さが要求されそうだ。
“アイツ”と比べたらブラックの炎の曜術は威力では負けるそうだが、でもやっぱり技術の面ではブラックの方に軍配が上がりそうな気がする。
うーむ、やっぱり熟練の曜術師って凄いもんなんだな。
「じゃあロクショウ君、コレを頼むね」
そう言って、ブラックはロクに折りたたんだ紙片を持たせる。
ロクが準飛竜の姿になると、紙片は小さくて持てないのではないか……とは思ったが、ロクが落とすようなミスをするわけがないか。
なにせ、俺と違ってロクはしっかりものだからな!
……自分で言ってて空しいが、でも真実なので何も言うまい。
ともかく、俺達はロクの勇ましい後姿を見送ると、改めてアジトの中を見渡した。
「…………人の気配は……」
「無いね」
「ウム。不気味なほどに静まり返ってるな……少なくとも、近くには誰もいない」
ブラックとクロウが確信したように普通の声量で言う。
他人の気配に敏い二人がそう言うのなら、ひとまず安心という事だろうな。でも、罠かも知れないし一応は気を付けておかないと。
「とりあえず……奥に行く前に、ここから見える部屋を調べてみようか」
入ってすぐのところは広間のようになっていて、休憩所のように簡素な椅子や机が置かれている。ちょっとしたロビーって感じかな。
そんなロビーから、アリの巣のようにいくつかの穴の通路が伸びていて、その通路の間に三つ四つ扉がある。
罠を警戒しつつ開けてみると、それぞれ詰所や仮眠室であることがわかった。
……重要なモノがある感じじゃないな。ブラック達も特に気付いた事はないようだ。
使われた形跡は確かにあるんだが、みんな出払っているせいか物が残された廃墟のような独特の雰囲気でちょっと妙な気分だ。
それに、布や道具以外は全部土を掘って作られたものだからか、家と言うより……本当に隠れ家って感じなんだよな。
それに、俺の感覚的なモノなので、絶対そうだとは言い難いんだけど……なんだか急ごしらえっぽくて、居心地が悪そうな感じがするというか……。
ベッドは妙に大きいのに部屋自体は小さかったり、通路も狭そうな感じだし、地下のせいか窓もなくて閉塞的な感じだし。
個人が作った防空壕ならまだしも、土の曜術師が居てこんなに不便そうなアジトを造るなんてちょっと考えがたい。
人族の家に疎かったクロウですら、快適な家をパパッと簡単に作れたわけだし……やっぱり【アルスノートリア】によって突然手に入れた力だから、土の曜術を上手い事使いこなせないって感じなんだろうか。
「ふむ……人がいた痕跡は有るけど、なにもないな。奥へ進んでみようか」
「なら、オレはお前達と別の道を進んでみよう」
こういう時は即座に協力するタイプの二人は、仲間割れもせず幾つかある道の二つを選んで別れる。俺達はブラックの背後について、狭い通路を歩いた。
……長身のブラックだと、左右にちょっとだけ隙間があるって程度だな。
クロウよりもっと筋肉質な人だと、完全に道を塞いじゃうかも知れない。
通路はガッチリと土が固められているから崩れはしないだろうけど、戦うには不便そうだ。もしや、そういう意図があって狭い通路にしてるんだろうか。
武器を持つ人族ならともかく、こんな狭い通路じゃ獣人はうまく力を発揮できないだろうし……わりと考えて作られているのかもな、このアジト……。
そんなことを考えながら通路を抜けると、二つ目の広場が現れた。
……今度は玄関部分よりも広くて、集会場と言った感じだろうか。先程より広くて、通路や部屋が増えたダケのような感じもするけど……。
「ム……通路は全部ここに繋がっていたようだな」
あれっ、クロウの声だ。
驚いて振り返ると、別の通路からクロウが出てくるではないか。
そうか……なんとなくわかったぞ。あの通路は外敵が侵入してきたときにこちらが対処しやすくする対策だったんだな。
武器を持つ人間同士だと戦いにくいけど、相手が大柄な獣人ばかりなら狭い通路では武器持ちの人族の方が動きやすい。
それに、この狭さなら獣人の素早さも大幅に削ぐことが出来るワケだしな。
けど……これはアクティーが考えた策じゃない。
きっと【教導】が入れ知恵して作らせたんだろうな。
人族とあまり関わりのない獣人は、こういう搦め手じゃなくて正々堂々戦おうとするだろうし……そういう獣人族の律義さも見越してこういう通路を作るんだから、本当に性格が悪くてムカツクよな……。
つい腹が立ってしまったが、そんな俺をよそにブラック達は再び周囲の部屋を確認している。出遅れてしまったかと思ったが、ちょうどタイミングよくクラウディアちゃんが俺の手をくいと引いた。
「ん……どうしたの、クラウディアちゃん?」
『おにいちゃん……あのね、あそこ……』
「あそこ……?」
クラウディアちゃんの小さな指に導かれるまま顔を上げて、俺は天井を見る。
すると、そこには奇妙なモノが有った。
……えーと、あれは……換気口、かな……?
ヤケに大きな四角い切れ目の中心に、レンコンみたいに穴が開いた円形の筒が嵌っている。普通に考えたら、換気するための穴なんだけど……クラウディアちゃんが気にしているって事は、もしや隠し通路でもあるのか。
ブラック達を呼んで、クラウディアちゃんと一緒にその換気口を指さすと、ブラックは無精ひげだらけの顎を指でザリザリと擦りながら片眉を歪めた。
「確かに……換気口を取り付けたにしては周囲の四角い切れ目が大きすぎるような気がするね。通路がある可能性も十分あり得るけど……ここの部屋には何かを稼働させるような仕掛けは見当たらなかったんだよね」
「そうなのか……」
「だが土で出来た換気口だろう。ならば、オレなら何とかできるかもしれない。ツカサ、ブラック、少し下がっていてくれ」
俺達を下がらせたクロウが、換気口に近付く。
クロウの体には既に橙色の綺麗な光が纏わりついていて、歩くたびにそのキレな光の残滓が散っていくのが見えた。
とても綺麗な光景だけど……なんだか、この前見たのと違うな。
メイガナーダ領で見た時は、こんなふうじゃなかったって言うか……。
なんだか、クロウの曜気が……――――
いつの間にか、ブラックの曜気みたいに……濃密になっているような……。
「――――……」
すうっ、と、息を吸う音がして、クロウの掌が上へ向く。
その掌から――――橙色の光の帯が、螺旋のように動いて舞いながら換気口へと登っていく。そうしてそれらは、四角く切り抜かれた天井に行き渡った。
すると。
「あっ……!」
地鳴りのような音がして、思わずクラウディアちゃんを軽く庇う。
だがその音は俺達に向かってくることはなく、換気口を取り付けた切り抜き天井をゆっくり下へ降ろし始めたではないか。
「なるほど、土の曜術じゃないと開かない通路か。こんな仕掛けがあったんじゃ、獣人どもは絶対にアイツらを見つけられなかっただろうな」
「ムゥ……だが、こんな仕掛けを土の曜術一つで作るなど、やはり並大抵の技量では無いだろう。あの“アクティー”という女は警戒せねばなるまい」
――下がっていく天井は、内部に隠していたものを徐々に見せつけていく。
完全に換気口が地面に引っ付くと、その天井は階段の土台となって隠されていた二階への通路を曝け出した。
確かに……これなら獣人はおろか人族だっておいそれと追跡出来まい。
ブラック達がさきほど「人の気配はない」と言っていたけど、もしかすると高密度な土に阻まれて、上階の気配が読めなかったのかもしれない。
だとしたら、やっぱりアクティー達は……二階にいるってことか……。
『……うん……。おにいちゃん、上から……アクティーの気配がするよ』
「……!」
息を呑む俺に、クラウディアちゃんは自分の感情を抑え込みながら頷く。
『行こう。……私、アクティーに会いたい……。ううん、会わなくちゃ……』
「……そうだな。アクティーに会って、今度こそ……伝えよう」
半透明だけど、それでもしっかりと感触がある暖かくて小さな手。
その手を痛く無いように、だけどしっかりと握ると、クラウディアちゃんも俺の手をきゅっと握り返してくれた。
「じゃあ、行くよ。……ツカサ君は、何があっても後ろに居てね」
「お、おう……」
今度のブラックの注意には、先ほどよりも緊迫したものを感じる。
……上への通路を開いたからだろうか。もしかしたら、今ハッキリと人の気配を感じたのかもしれない。
クラウディアちゃんの思いの力がアクティーの居場所を突き止めたように、ブラックとクロウの長年の経験が警鐘を鳴らしたのだろう。
なら、俺がやるべきことは……二人が言うように、後衛に徹する事だ。
……この土だらけの場所では後衛なんて意味がないのかもしれないけど、二人が前に立ってくれてるから冷静になれるし……俺一人じゃ無理かもしれないって事も、ブラックとクロウが居てくれたら出来るようになる気がする。
…………な、なんか、恥ずかしいコトを言ってるような気もするけど……実際にそうなんだから仕方ないし……。
とっ……ともかく!
今はクラウディアちゃん最優先だ。なんとしてでもアクティーの元に辿り着かねば。
そう決心し、俺は二人の後ろに張り付きつつクラウディアちゃんと階段を上った。
……さて、鬼が出るか蛇が出るか……。
妙に心臓がどくどくしながら最後の段を上り切る。
……どうやら、急に襲ってくるヤツはいないみたいだ。
何事もなく辿り着いたのは良かったけど、薄暗くて周囲がどうなってるのかよく解らないな。ブラック達もまだ進もうとしてないみたいだ。
どうして動かないのか不思議だったけど、これ幸いと俺も暗闇に慣れようとして目を細めたりして徐々に周囲の輪郭を認識していく。
下の階は蝋燭のお蔭か明るかったけど、ここは暗いな。
何となく「凄く広い空間だ」って言うのは空気感で分かるんだけど……それ以外の事が判然としない。っつーか、なんで明かりが無いんだろう。
アクティーや【教導】がいるはずの場所が、こんな暗闇なんて妙だ。もしかして、この暗闇も罠だというのだろうか。でも、何のために。
そんな事を思って必死に悩んでいると、急にスイッチを下ろすような音が響き渡り周囲が明るくなった。
「ッ!?」
何が起こったのか分からず目が眩むが、数秒経ってもやはり襲撃は無い。
……どういう事なんだろう。とりあえず、明かりがついた……んだよな……?
つい目を閉じてしまったが、強い光に徐々に慣れてきたので瞼を上げる。
そうして、ハッキリと見た光景に――――俺は、硬直した。
「なっ……なに、これ……!?」
クラウディアちゃんが、俺のガチガチの声に合わせて再び足にしがみつく。
だが、それも仕方のない事だろう。
何故なら、俺達が上がってきた階層には――――
ボロボロに崩れたゴーレムの残骸が、何列にもわたって並べられていたのだから。
→
※ヒ…いやメで言っていた通りちと遅れました(;´Д`)
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