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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
落城の底で2
しおりを挟む一瞬どういうことかと思って思考停止してしまったが、迷っている暇はない。
とにかく、アンノーネさんの背中に乗らなきゃな。
迷っている時間はないし、俺達の戦闘スタイルではウルーリャスと戦いにくい。ここは素直に逃げるのが得策だ。
ってことは、ここは短距離走が得意な俺の足の出番だな!
羽よりも軽いクラウディアちゃんとロクショウを抱えて走るくらい、なんてことないぞ。ちょっと精神が摩耗しているのは確かだが、動けないほどじゃない。
この健脚でアンノーネさんの所に行ってやろうじゃないか。
「ツカサ君行くよっ」
「びゃーっ!」
つい間抜けな声で叫んでしまったが、やる気満々で走ろうとして横から体を急に掻っ攫われたら変な雄叫びもあがろう。
ブラック、なんでお前は毎度毎度俺を急に抱き上げるんだ。
しかも今回はお姫様だっこ……いや、俺がクラウディアちゃんを抱えてるから仕方ないんだろうけどさ!
「よっと!」
大型トラックに勝るとも劣らない巨大な“二角神熊”と化したカウルノスが、漆黒の爪をウルーリャスに振り下ろす。その勢いで砂塵が舞う中、ブラックは俺達を抱えて簡単に背の高い白銀象の背中に飛び乗ってしまった。
相変わらず本当に身体能力が凄すぎる……いや、正直この状況で俺がアンノーネさんの背中によじ登るのは難しかったから、助かったけどさ。
でもやっぱりお姫様抱っこは恥ずかしいというか……っ。
「殿下は……」
「オレはいい、このまま並走する」
「承知しました! みなさんしっかり掴まっていてくださいよ!」
アンノーネさんは俺達に話しかけて、ぐいっと体を反転させる。
再びブラックが背後から覆うように俺を包み、堕ちないように固定してくれる。それに倣い、俺もクラウディアちゃんを守るようにしながら、しっかりと大きな白象の背中にしがみついた。
分厚くもあるが妙な柔らかさがある、生々しい皮質。なめされた皮とは違う、生きた感触に慣れず戸惑ってしまうが、象の皮膚のおかげで掴む場所や踏ん張って足を留めていられる場所があって、意外と乗り心地は悪くない。
でも、黒い鎧鱗で覆われたロクやモフモフのクロウ達とは違って、直接肌を触っているようなものだから、なんだか傷つけてしまうようで緊張してしまう。
できるだけ爪を立てないようにと思いながら前を見ると、アンノーネさんはドスドスと象特有の重くありつつも軽快な足音を立てながら、凄まじいスピードで甲殻類の脚が囲む影の大地から脱出した。
急に目を焼く日差しに視界を狭めながらも、必死に順応しようと周囲を見渡すと、俺達は再び兵士達とゴーレムが乱闘している戦場の方へ抜けたようだ。
だが、アンノーネさんは戦場へは突入せず、ずれて違う方向へ走り出す。
「ちょっ、ちょっとアンノーネさん!? 王都も戦場もアッチですけど!?」
「お静かに、今から状況を説明しますから!」
力強く自在に動く長い鼻を少し持ち上げ、アンノーネさんは「前方をよく見なさい」と言わんばかりに鼻を動かす。
そう言われて改めて注視すると、荒野の方になにやら人だかりを見つけた。
王都を囲む砂漠の向こうは、凶暴な“ビジ族”が住む【風葬の荒野】だ。
けど……なんだかやけに……雰囲気が違う。
「まさか、あの人だかり……」
ゾッとするようなことを考えてしまい、思わず口から言葉が零れる。
そうであって欲しくないと思って呟いた言葉だったが……残念ながら、悪い予感は当たってしまったようだ。
「最悪の状況です、骨食みの谷方向から“嵐天角狼族”が襲撃してきたうえに、その乱戦に触発されて“ビジ族”までもが入り乱れてるんですよ、あの謎の土人形たちと戦っている隊よりこちらのほうが地獄ですよ!!」
「なにっ……どの軍が今抑えているんだ!?」
並走しているクロウがこちらを向く。
熊の可愛らしい顔だというのに、それでもハッキリと驚く様が判る。そんなクロウに、アンノーネさんは焦りを現すように喉を締めるような唸りを漏らしながら、軽くもたげた鼻を震わせた。
「今は……カウルノス殿下の精鋭軍【ファルシュ・バーン】です……現在残されている護国武令軍は、カウルノス殿下が指揮する軍とルードルドーナ殿下が指揮する支援軍【トル・クシャヤ】のみ……必然的に、最前線は精鋭軍が抑える事になります」
「ならば何故あの場に兄上が!」
そうだよな。指揮官が別の場所に居て敵とタイマンしてるなんて、どう考えたって軍を纏める人としてはおかしい。
でも、カウルノスだって自分が指揮している軍が気にならないわけがないだろう。
あの人は頑固で人の話を聞かなかったりするけど、それでも認めた人間には義が厚いし、分からず屋でもない。現に、クロウとだって仲直りしてくれたんだ。
そんな人が仲間だと思っている部下を置いて離れるなんて、異常事態だろう。
クロウはそれを俺よりも知っているから声を荒げたんだ。
アンノーネさんは、そんなクロウに冷静に答える。
「……強い者には、強い者を当てなければならない……。ドービエル国王陛下が都から動けない以上、この場でウルーリャスを抑えられるのはあの方だけです。何より今【アルカドビア】に関する最も重要な知識を持っている貴方がたを、あの場で狼に食い殺されるわけにはいかなかった。ご理解ください」
「クッ……それほどオレ達が弱いと思うか……っ」
「……違います」
クロウの口惜しそうな声にそう切って、数秒沈黙したのち――アンノーネさんは、ハッキリとした声で続けた。
「…………正直、前までの私ならば、そう考えていたと思います。貴方がたは尊敬に値しない存在だと。……しかし、今は違う。ツカサさん、ブラックさんは、我々には無い力を持つ理性的な人族だった。だから、尊竜様と共に在ることも、納得できましたよ。そして……そんな二人と出会ったからですかね。……クロウクルワッハ殿下、貴方も……あの頃とは比べ物にならないほど、お変わりになられた」
そういえば……アンノーネさんは、いつの間にかクロウを“殿下”と呼んでいる。
今まではそんな風に明確にクロウの事を呼ぼうとしていなかったのに、今は迷いもなく、確かに王子だと認めているのだ。
最初は刺々しい態度だったのに、それでもこの人もクロウの事を認めてくれた。
今はそんな状況じゃないのに……何だか、それが嬉しかった。
「アンノーネ……」
クロウも、橙色の目を見開いてアンノーネさんの顔を見ている。
優しくも凛々しい象の目でそれを見返しながら、彼は鼻から息を吐いた。
「今は、後悔を口にするのはやめましょう。……全てが終わってから、改めて謝罪をさせて頂きたい。だからこそ、私は……いえ、きっとカウルノス殿下も、貴方がたの力を最大限発揮させられるように、ウルーリャス討伐をお決めになったのです」
「それは……だが、それでは【ファルシュ・バーン】の兵士達が……」
「ご安心ください。あの“嵐天角狼族”に対しては、特別指揮官としてルードルドーナ殿下が指揮を執っておられます。後方支援の要とはいえ、殿下もまた王子としての武力を備えたお方。今も足止めして下さっているのですよ」
――――でも、それって……ルードルドーナがもし敵だった時、もっと深刻な事態に陥ることになるんじゃないのか。
いくら「疑わしきは罰せず」と言っても、クロウの一族が「義に厚い」と言っても、相手がこちらを裏切っているのなら、話は別なのでは。本当に大丈夫なのか。
つい、そんな恐れが思い浮かぶ。
だがアンノーネさんは疑いを持ちつつも、やはり自分が仕えている人を疑いたくは無かったのか、その事には触れずにルードルドーナを信じているようだった。
…………。
どうして、そこまで信じてしまうんだろうか。
……現実逃避なのかな。でも、実際に自分がその立場だったらと考えると、長い間慕っていた上司を疑いきれない気持ちは理解できてしまう。
誰だって、好きな人を疑いたくはないもんな。
心酔しているドービエル爺ちゃんの息子だし、なおさらアンノーネさんはそう思うのだろう。それに……ルードルドーナは、人々に“賢竜”と呼ばれる存在だ。
きっと、昔からそう呼ばれて当然の功績を上げて来たに違いない。
だから素直に指揮権を渡してしまうのは仕方ないのかもしれないけど。でも、俺達が知る【アルスノートリア】と彼がもし繋がっているのだとしたら、俺はそう思えない。
……俺は、月の曜術師である【菫望】に唆されて道を踏み外してしまった人を見てきた。その人達が後悔して涙したことも、恨みを増幅させられて苦しんでいたことも、全部覚えているんだ。
そんなヤツを野放しにしている集団に繋がった以上、どうしても素直に信用すると言う行為が難しい。……いや、信用したくないのかもしれない。
アンノーネさん達は知らない事だから仕方ないし、俺も言いたくないけど。
でもやっぱり、どうしても、人の命を預かる立場にそんな人を置かれたら、必死に戦っている兵士達がどうなるか怖くて、疑ってしまうんだよ。
もうこれ以上、誰かが後悔しながら死ぬのは見たくない。
誰かに貶められて、そのとばっちりで誰かが傷つくのもごめんだった。
「後方支援の指揮官に、最前線を任せるなんて……本当に大丈夫かねえ」
ブラックの言葉に、アンノーネさんが鼻を上げて抗議する。
「ルードルドーナ殿下はカウルノス殿下に敵わないとはいえ、確かな武力をお持ちの方です! 大人しい雰囲気をなさっていますが、しかし……」
「じゃああの劣性具合はどうなんだ?」
「え……」
「ビジ族が加わったことで更に混乱して、統率がとれなくなってる。別の軍をムリヤリに任せたせいで、指示の伝え方も分からず陣形も取れなくて崩れてるじゃないか」
ブラックが冷静に言うので再び“風葬の荒野”を見るが、俺にはよく分からない。
混乱していて、いろんな獣人が入り乱れているのは分かるのだが、そもそも戦術と言う物を知らない俺にとっては、ただ乱戦しているようにしか見えなかった。
だが、アンノーネさんはブラックの言う事が理解できたのか、抗議のために上げていた鼻をすぐに降ろして震わせる。
「け、賢竜殿下……っ!」
「おい眼鏡象、僕らをあっちに連れて行け。お前はツカサ君……と、この少女をどこか安全な場所に連れて行くんだ。そうでもなけりゃあいつらが砂漠になだれ込むぞ」
「ブラック……!」
なに、急に何を言うんだ。
っていうか俺だけ別行動ってなんでだよ!
俺だってまだ戦えるのに……――――
「オレも一緒に向かう。ルードルドーナもそうだが、兵士達が心配だ。支援軍は直接“嵐天角狼族”と戦った事は無い。下手をすると重傷を負う……あんな場所にツカサを置いてはおけない。アンノーネ、頼む」
クロウまで……。
なんでそんな、俺を戦えないみたいに言うんだよ。今まで一緒に戦ってきたのに。
……いや、でも……俺は戦争を知らない。集団での戦い方、しかも軍と一緒に戦うなんてやったことがないんだ。冒険者達とは何度か共闘したけど、きっとこれは俺が知る戦い方では無理な戦いなんだろう。
だから、俺だけは逃げなければいけない。
それは分かっているけど……二人と一緒に戦えないのは、つらかった。
戦力外扱いされているわけじゃないけど。
でも、みんなが大変な時なのに俺だけ何もできないのは嫌だったんだ。
「…………」
新たな戦場が、近付いてくる。
自分の不甲斐なさに、つい唇を噛みしめてしまったが――そんな俺に気付いたのか、ブラックが俺を背後から抱きしめて横から顔をのぞかせてきた。
「……ツカサ君。きみは今、物凄く疲れてる。……僕だって一緒に居たいけど、今の状況でツカサ君が無茶して怪我するのなんて見たくないんだ」
「ブラック……」
「心配しないで。誰も死なせたりしないから」
そう言いながら、ブラックは俺に人懐こい笑みで笑いかけてくる。
いつもと同じ、全然緊張なんかしてない……いつもの顔で。
「…………っ……そんな顔、されたら……ずるい……」
色んな気持ちで言葉が詰まって、何も言えなくなる。
情けない涙声になってしまった俺の頬に、ブラックは笑いながらキスをした。
「ツカサ君……――――」
俺の名前を呼び、ブラックが再び何かを言おうとした。
――――が。
「ッ……――――!?」
その言葉は爆音に掻き消されて消えた。
「~~~~――ッ!!」
急な音と衝撃に、ブラックがいち早く俺達を庇ってくれる。
何度目かも判らない鼓膜が破けそうな感覚に片耳だけでも塞ぐと、俺の腕の中に居るクラウディアちゃんとロクが、もう片方の耳を小さな手で塞いでくれた。
「な、なんだ、何が起こった!?」
クロウの吠えるような声が横から聞こえる。
かなり焦っているが、どうしたんだろう。何が起こったのか分からないのか。
どういうことだと衝撃を受け流して俺達も再び“風葬の荒野”を見やる。
すると、そこには。
「え…………」
荒野を包み込む、霧のような砂煙。
その中で、唯一巨大な“なにか”が立っているのが見えて、その先端を視ようと頭が上へ向く。……誰かの巨体じゃない。何かの足でもない。
ただそこに、今しがた生えて来たかのような、柱にも見える太く大きな物体。
地上の様子が見えなくなるほどの砂煙を巻き起こし現れたその物体に対し、何故だか兵士や狼達は不気味なほど静かで。
そんな状況に嫌な予感を覚えて、胸がどくどくと鳴り始めた音を聞きながら物体の上部を恐る恐る見やる。
砂煙が薄くなり、太陽に照らされて逆光に紛れる姿。
だがその物体の正体は確かに分かり、俺達は息を呑む。
――――岩の、柱。
赤茶けた土が鉄槌とも思えるような岩となって、その場に唐突に立っている。
そんな岩の柱の上に、人影を見つけて……俺は今度こそ、息が詰まるかのような絶望感に顔を歪めた。
「どう、して……」
跨っている巨象の皮膚が、震える代わりに大きくうねる。
俺と同じ絶望感を味わったかのようなアンノーネさんの声に、これが幻覚ではないと知って、また胸がぎりぎりと痛くなる。
だって。
だって、そこに、岩の柱の上に立っていたのは。
「賢竜殿下……どうして……!!」
アンノーネさんが信じていた、ルードルドーナただ一人だったのだから。
→
※予告した通り遅くなりました(;´Д`)スミマセン…
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