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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
29.ずっと前から答えは
しおりを挟むふわふわと浮く金色の長い髪。
かつて、かの“赤い砂漠”を支配した王族の証明である、砂狐の長い立て耳を持つ幼い少女。……そう、まだ、こんなにも小さいのに幽霊になってしまった女の子。
最初は迷子のまま彷徨っていた彼女は、俺の中で眠っているはずだった。
だけど今……彼女は金色の光の粒子を纏って、この場に姿を現している。
必死に助けを求めるような表情で、俺の服を掴んでいた。
まるで、生きている人みたいに。
「く、クラウディアちゃん落ち着いて……! お話しする前に深呼吸しようっ、ね!」
服を握る少し透けている手に手を添える。だが、ほんのり空気の抵抗が感じられるだけで手が合わさる事は無い。その事実を感じながらクラウディアちゃんの顔をジッと見つめると、彼女は俺と一緒に深呼吸を何度か繰り返した。
そうして、やっと落ち着く。
夢の中で出会ったっきりだけど、もう体の方は大丈夫なんだろうか。いや、肉体が存在しない幽霊の体を心配するってのも変な話だけど……。
でも、ほら、MPっていうか精神力が弱ると幽霊って消えるカンジするしさ。
とにかく、具合が悪くないか膝をついて目線を合わせると、クラウディアちゃんは俺の顔が近くに来た事に少しホッとしたような息を吐いて、こちらを見つめてきた。
『おにいちゃん……わたし、私ね……あ……アクティーのところに、いきたい……』
「うん。夢の中で、約束したもんな」
ちゃんと覚えてるよ。
クラウディアちゃんは、今存在している【黒い犬のクラウディア】が、彼女のお姉さんとして一緒に暮らしていた“アクティー”という黒く垂れた丸耳の少女と同じ種族だと知っていて、同一視しているんだ。
そして、自分の名前を使うあの人に、酷く心を痛めて悲しんでいる。
怖いことをする【黒い犬】と会って、やめさせたいと思っているのだ。
……こんなに小さくて純粋な女の子が、トラウマを思い出すかもしれないこんな戦場に出てくるのは凄く怖い事だっただろう。
だけど、彼女は我慢が出来なかった。
勇気を振り絞って、力を振り絞って、出てきてくれたんだ。
そんな子をないがしろにすることなんて、俺には出来ない。
今しかないとクラウディアちゃんが思ったのなら、何としてでも送り届けなければと心の中で思っていた。
けれど、クラウディアちゃんが言いたかったことはそれだけではないようで。
『ありがとう……。でも……でも、ね……アクティー、いま、違うの。アクティーなのに、アクティーじゃないの。ほんとのアクティーは……あんな、怖いことなんてしない……あんな姿じゃないの……!』
――だから、もしかしたら、私が会うだけじゃ……止められないかも知れない。
クラウディアちゃんは、悲しそうな顔で言葉をこぼした。
……彼女は、アクティーの子孫だろう【黒い犬のクラウディア】を「人殺し」にしたくは無いと泣いていた。だから、最後の力で話をしたいと言っていたのだ。
きっと、クラウディアちゃんも、あの人が国を壊そうとする理由が自分達にあるのだと知っているんだろう。だから、罪を背負わせたくなくて止めたかったんだ。
暴君……と称されている父親を、態度が豹変した国母である祖母が討った。
その討伐された理由が捏造であれ真実であれ、自分が大好きだった存在と同じ血を持つ者が、理不尽に誰かを傷つけるのが耐えられない。
――きっと……優しさだけでなく、王族の者としての責任も感じているんだ。
まだ幼い、小さな少女なのに、それでも間違いを正そうとしている。
「最後の力」を振り絞ってでも対話をしに行こうとしている彼女に、俺は何か悲しいとも苦しいともつかない涙が出てきそうだった。
顔を歪めそうになって必死にとどまる俺に、クラウディアちゃんは悲しそうな必死な表情を浮かべて、俺に再び訴えてくる。
『おにいちゃん、私アクティーを止めたい……いまのアクティーは、前のアクティーよりも、違う人みたいなの……後ろに変なのが、もやもやがいるの。そのもやもやのせいで、アクティーが人を殺しちゃう……っ。違うのに、アクティー、そんなこと嫌いだって、あんな風に人を殺すのはいやだって、ずっと言ってたのに……!!』
クラウディアちゃんの可愛らしい大きな目から、涙がぽろぽろとこぼれる。
もう水分なんてないのに、それでも流れる涙は体を離れると金色の光の粒になって空中に消えていく。彼女は確かに泣いているんだ。
でも、モヤモヤってどういうことだ。
もしかして……誰かが、黒い犬を操ってるってこと……?
だけど、国を壊すのはあの人の意志だ。戦うこと自体には躊躇いも無いはず。
なら「モヤモヤ」の正体はなんだ。操ってるとしても、どうして?
人を殺さないあの人に人を殺させたいのか、それともまた別の目的があるのか。
そもそも操っているのは誰だ。
本当に【教導】なのか?
……わからない。考えて、頭から湯気が出そうになる。
だがそんな俺の横で――――ブラックが、そのこんがらがった思考を一刀両断するような言葉を、ぽつりと呟いた。
「ねえ、クラウディアちゃん。聞いてもいいかな」
「――――?」
「あのクラウディア……アクティーが本当に望んでいるもの、君なら判るのかな」
今重要な事とは全く違う、問いかけ。
一瞬その場の空気が硬直したような緊迫感があったが、クラウディアちゃんは涙を拭って、ブラックを見上げた。
膝を折りもしない優しくない男にも、彼女は臆しない。
それどころか、もう見知った存在であるからか、ブラックの顔をジッと見つめた。
何を思っているのか読み取れない大きな瞳に、また問いかけが降る。
「君は、あの犬に会いに行きたいんだろう。話を聞いてもらえると確信する“何か”を、君は持っているんだろう? それは、何なのかな」
静かで感情が無いが、しかし……人を威圧する事のない、穏やかな声。
頭の中で縺れた思考と感情の糸を解きほぐそうとするかのようなその問いに、彼女は目を丸くして数秒ブラックの顔を見つめていたが。
『…………』
「もしかすると、君が知っているアクティーと、今あの場所に居るアクティーは、違う人かも知れない。だとしても、彼は“きみが知るアクティー”が考えそうなことをしているんだろう? ……ソレを直接話せば、操られている心も解放されるかもしれない。僕達にも、何を話したいのか教えてくれないかな」
どこか、心の中を見透かしたような菫色の瞳。
その怜悧な瞳に射竦められたようにクラウディアちゃんは動かなかったが……息を吸うと、今まで興奮していたのが嘘のように落ち着いた。
『……そう、かも……。あの人は……アクティーじゃないかも知れない……。でも、私はアクティーだって思ってる。あんな風に姿が違っても、モヤモヤを背負ってても』
「姿が違う?」
聞き返されたが、クラウディアちゃんはもう興奮することは無かった。
『…………私と一緒に居た……最期まで一緒に居てくれたアクティーは、丸くて黒いお耳の、お姉ちゃんだった。私より少し背が大きい、お姉ちゃんだったの。だから……あのアクティーとは、ちょっと違う』
「そう……」
『でもね、おんなじなの。心の中にある光は、アクティーなの。……私、今までずっと迷子だったから忘れかけてた……でも、おにいちゃんと会えて、思い出したの。あのアクティーは、姿が違うけど、いまは違うけど、アクティーなんだって』
心の中の光は、同じ。
それは同じ種族だという事を示しているんだろうか。
でなければ、生まれ変わりとか…………いや、もしかして……――――
「だから、会えば理解してもらえるって思ったんだね」
『うん。……アクティーだったら、きっと私だって分かってくれるから』
「そっか」
ブラックが何を思っているのか分からない。
でも、適当な相槌を打っているのではないとその場の誰もが理解していた。
クラウディアちゃんの言葉は、ブラックにとって十分な回答なのだ。
無意識にそう感じ取って、俺はさっき気が付いた事が現実味を帯びてきたことに、少し寒気を感じていた。
『……ほんとは、もっと早く、止めなきゃいけなかったの。でも、私おにいちゃんと会うまでずっと迷子で……自分のことも、分からなかった。一緒に目が覚めて、アクティーがいなくなっちゃったことも、私は忘れてたから……』
クラウディアちゃんの言葉が、俺の中にあった妙な感覚を一つずつ溶かしていく。
今まで俺が何故【黒い犬のクラウディア】に対して、煮え切らない気持ちだったのか。どうして、あんなにもあの人の誠実さを信じていられたのか。
それは俺が妙に肩入れしてるからじゃなくて、そもそも“俺らしい理由”で、無意識にあの人の事に“甘くなっていた”のだとしたら……
今まで抱いていた不可解な気持ちの謎が、すべて解ける。
「…………クラウディアちゃん。確かめに行こう」
『おにいちゃん……』
驚くクラウディアちゃんの声に、俺は力強く頷く。
いつもならここでブラックとクロウが俺を「無茶だよ」と止めるだろうが、しかし今は、誰も俺の事を止めようとはしなかった。
ブラックとクロウの顔をちらりと見ると、二人は真剣な表情で俺を見ている。
――――きっと、二人も気が付いたんだ。
確証はないけど、でも……俺達が再び【黒い犬のクラウディア】と相対することで、きっとその疑念は真実に変わる。
そう思うだけの材料を、俺達は今までずっと見てきたのだ。
最早、それ以外に真実を知る方法は無い。
俺は自分の片腕をぐっと指で抑えて、再び来る痛みを想像し覚悟を決めながら、クラウディアちゃんを安心させるためにニコリと笑った。
「アクティーに、会いに行こう。……一時的かも知れないけど、もしかしたら【黒い犬のクラウディア】を正気の状態に戻せるかもしれない。俺達が守るから……あのお城に乗り込んで、黒い犬の……いや、アクティーに会いに行こう」
出来るだけ頼もしく見えるように声を張った俺に、クラウディアちゃんは潤んだ瞳を向けていたが、やがて嬉しそうにはにかんだ笑顔で笑ってくれる。
きっと、今にも泣き出しそうな気持ちを抑えているんだろう。
そう思うと、幼い子供に我慢を強いてしまうことに申し訳なくなったが、でも彼女の望みを叶えるには……確証を得るには、これしかない。
兵士達を襲うゴーレムを止める方法も、結局は直接対決しか方法が無いのだ。
ここでまごついていたら、きっと……あの人は、ついに人を殺してしまう。
その前に、俺達が止めないと。
……ああ、そうだ。
――――クラウディアちゃんの願いは、最初からそうだったじゃないか。
俺に初めて出会った時、彼女は確かに全てを教えてくれていたんだ。
ずっと、ずっと……真実に導く“ヒント”をくれていた。
それを忘れていた自分に腹が立つけど、でも、まだ取り返しはつく。だから、俺達はこの子を連れて乗り込まなきゃいけない。
【黒い犬のクラウディア】……いや、アクティーが待つ、あの城に。
「なんだか俺にはよく分からんが……この少女を送り届けることで、事態が好転する可能性があるんだな?」
「はい。……兄上、兵士達を頼みます。伯父上と共に、どうか指揮を」
クロウの言葉に、カウルノスは頭を掻きながらハァと息を吐いた。
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「……ブラック、クロウ、ロク……行こう……!」
俺の言葉に、ブラック達は頷く。
大気を震わせる大きな太鼓の音は、まだ止まない。兵士達が戦う声も、ゴーレム達の地響きを思わせるような足音の群れも、鳴り響き続けている。
今の俺達では、この戦いを完全に止めることは出来ないだろう。
だから、今の“ほとんど血が流れていない状態”が殺戮に変わる前に、クラウディアちゃんを城へと送り届けなければいけない。
あの子が本当に望んだのは、きっとこんな悲劇ではなかったはずだから。
→
※ツ…Xで言ってた通り遅れました(;´Д`)
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