異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

19.三王の祈り、凡人の焦り

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 砂ばかりの黄土を、異質な振動が動かす。

 数十年不動だっただろう砂の丘は風とは比べ物にならない力で崩され、砂に潜んでいた獣たちは恐ろしい気配に這い出し、どこぞへと逃げ去って行った。

 そんな風景を、高い山の崖の上から見つめる三つの影があった。

「ほー……なるほどなぁ。あの可哀相な国の末裔が、またあんなことを」

 鬣のように膨らんだ豊かな髪を靡かせながら、一つの影が陽光の当たる場所へと足を踏み出す。光に曝された途端に金の輝きを放つ髪は、高山特有の強風に煽られ大きく乱れるが、それでもその者は風を気にしもしない。

 か弱い存在であれば立ってもいられないような場所で平然と立ち、遥か下方で動く不可解な岩の塊にじっと視線を送っていた。

「……まったく、どうしてガキどもは争いたがるのかねえ。ちょっと突かれたぐらいで、頭カラッポにして怒りに身を任せたって、何も戻ってこないだろうに」

 獅子の耳をつまらなそうに動かし、尻尾を揺らす。
 強風すら、その動きに干渉できない。それは、この男がそれだけ強い存在であるという事を示している。だが、それは今ここに集っている者達にとっては脅威でも何でもない当たり前の事だった。

「バーゼル、そういう達観したようなことを言うものじゃない。ワシらがいくら長い時を生きていようが、人の心を簡単に揶揄して吐き捨てる権利なぞありゃせんよ」

 二人目が、バーゼルと呼ばれた獅子の獣人を諌める。この大陸に於いて頂点の力を持つとされる神獣に類する中でも、もっとも力を持った三人の王の一人――“磊命神獅王”バーゼル・ダルストラに意見できるのは、同じ“三王”だけだ。

 諌めた者は、白髭を蓄えた銀狼の老人。
 額を飾る王冠の中央に開いた三つ目の瞳を光らせるのは、この高山を総べる多種多様な狼族立ちを纏める王者。

 【呪術】という特異な力を持つ三王が一人……“天眼魔狼王”ヴァーディフヴァ。

 ローブで体を覆った老人は、厳めしい杖を地面に突き立てながらバーゼルと共に下を見て溜息を吐く。その姿とは裏腹に、動きは少しも衰えていない。まるで故意に老人を装っているかのように、背筋は曲がる気配すら見せなかった。

 そんな奇妙な相手を横目に見て、バーゼルはフンと鼻で息を吐く。

「分かっている。……だが、あの“一度目”は同情できたとて、今自らで引き起こそうとしている“二度目”は、呆れるしかあるまい? アレのやろうとしていることは、事情があるにせよ八つ当たりと変わらんだろう」
「おおやだやだ、一番人情と近い生活をしておるお前が一番人の機微に疎いとは。なんとも嘆かわしいことじゃ……」
「あ? なんだと偽老人が」

 空気が細かな雷を含んだように、ぱちぱちと音を立てそうになる。
 ――が、その雰囲気を見て、やっと三人目が宥めるように姿を見せた。

「戯れはそのくらいにしておけ二人とも。この事態を見守ることしか出来ないのが歯痒いのは解かるが、俺達が小競り合いをしても何の得もないぞ」

 この大陸に棲む“最も古き群れ”よりも古い、たった一人の存在。
 黒く艶やかな髪に雄々しく太い水牛の角と耳を持つ、青年のままの姿を保ち続けるたった一人だけの種族の王。

 “海征神牛王”マインジャック・ジャルバンス。

 ――――その男が宥めたことで、二人の王は矛を収めた。

「だがマインジャック、実際歯痒かろう。あの程度なら、俺達だけでどうにか出来る。力押しならばこちらも負けておらんだろう」

 バーゼルの言葉に、マインジャックは肩を竦める。
 獅子の王が不満げに漏らした言葉は事実ではあるが、それを是として実行しようと思う心はマインジャックには無かった。

「確かに、俺達が戦ってやれば事は収まるだろう。……だが、俺達は聖獣ベーマス様の御意志による啓示でもなければ動けない。そうだろう? 獣人達が自ら営む暮らしを妨げ、実質的な王として君臨するのは……獣人にとっての衰退を意味する。それは、我々が持つ“弱肉強食”という生命の環を崩す大罪になるのだ」
「…………」
「俺達が敵に武力を示せば、彼らは永遠に己の力を失う。それを忘れてはならない。聖獣ベーマス様と……主様に、誓ったはずだ」

 遠い遠い過去。
 だが忘れることが出来ない古の記憶に思いを馳せ、三人は口を閉ざす。

 ――――この場の誰もが、愚かしくも愛おしい子孫達を想っている。

 だが、だからと言って圧倒的な力を示すことは出来ない。圧倒的な力によって、多くの獣人が再び神獣である三王に服従してしまえば、そこからは二度と“弱肉強食”によって代替わりすることがなくなる。
 つまり、彼らが長年営んできた生命の環が閉じてしまうのだ。

 それはこの大陸で育まれた文明の死を意味する。

 ゆえに、ここから先――――獣人達が築き上げた新たな王国がどうなろうとも、王として認められた三人は、己が手を出すことを自ら禁じていた。

 しかし、だからと言って感情がそれを完全に許容しているわけではない。

「……口惜しいのう。二角神熊族の王子は、ワシの後継者を救ってくれた。天眼魔狼の名を継ぐことに必須である第三の目を失ってもなお、その命には意味があるのだと、シーバを武人として受け入れてくれたのだ。……なのに、恩すら返せんとはの。何が三王じゃと思ってしまうのう」

 わざとらしい老人口調でそう文句を吐きながら、ヴァーディフヴァは溜息を吐く。
 かつて、後継者に値しないと自らを罰し目を閉じた愛弟子を拾った王国。自暴自棄になり荒れていた息子同然の存在を救ってくれたことに、ヴァーディフヴァは深く感謝していた。

 三王という立場から、どこか一つの種族に肩入れすることを故意に避けていたが、王とは言え群れを治める立場であれば、部下や弟子にも情が湧いてくる。
 人と関われば、それだけ人らしい感情は常に渦巻いていた。

 それゆえ、ヴァーディフヴァは今回のように傍観することを、内心恥じていた。
 だが、それはバーゼルとて同じことだったようで。

「チッ……お前だけじゃねえよ。俺だって、腐れ坊主がようやく性根を叩き直して王になるかどうかってのを楽しみにしてたんだ。それに、あの人族の子供みてえなメスもまだ王国に居るんだろ? あの健康的な肉厚の尻が失われるのは我慢ならん」

 動機は不純だが、それでも彼もまた人に対して期待をしている。
 元より女子供に甘い獅子の王だ。立ち直ったあの王子や好ましいメスに対しては、久しぶりに心が躍る心地を覚えたのだろう。

 元々熊の王国に対しては興味もなかったバーゼルが、ここまで悔しがるのは数百年ぶりか。ともかくとても珍しいことだった。

 ――二人とも、結局のところ武神獣王国を気に入ってしまったのだろう。

 そんな仲間を間近で見ていたマインジャックは、薄く苦笑する。

「本当に、他人を心配なんぞらしくないな。……だがまあ……それも無理はないか」
「なんだマインジャック。お前とて、あの良い尻のメスに目をつけていたくせに」

 知ってるんだぞと睨むバーゼルに、マインジャックは大仰に肩を揺らして見せた。

「そう言われるとぐうの音も出んな。……だが、仕方あるまい」
「……?」

 二人よりも一歩、前へ出る。
 最早進む余地もないほどの崖の端に立ったマインジャックは、緩慢な動作で一心不乱に直進する岩の化け物を見て――――それから、その化け物の進路……終着点へと顔を向ける。

 見えるのは、麦の粒ほど小さくみえる王都。

 その頼りない国の中心の中に今も滞在しているだろう存在を想って、マインジャックは素直にフッと笑った。

「全てに惹かれるほど魅力的な宝なら、どうしても目は行ってしまうものだろう?」
「ホッホ……珍しくずいぶんな入れ込みようだ。……しかしまあ、ワシも同意見だの。よく分からんが……人族とはああいったものなのかのう。あれほど、優しく暖かい気持ちになるものなのか……」
「どうだろうな。だが、他の物がいたとて特別なのはツカサだけだろう」
「ふん?」

 どういうことだ、とバーゼルが不思議そうに片眉を上げるのに、マインジャックは笑みを崩さずに答えてやった。

「アレは、獣の心を揺さぶる。そういう風に育っている。……人族どもがまた何を考え企んでいるかは知らんが……少なくとも、あの哀れな娘に再び会いさえすれば……今度は何か、違う結果になるやもしれんな」

 ――――過去に一度、この大陸に国が栄えたことがあった。

 特異な【デイェル】を持つ者が生まれやすい、毛色の違った一族。
 赤い砂漠に根を下ろした、優しくも逸脱しすぎた砂狐の民。

 “やさしすぎた”ゆえに滅びた王国は、今栄えている熊達の王国と似ている。

 だが、今度の国は。

「やさしいとはいえ、一癖も二癖もある獣どもの王国だ。それに……なんの因果か、かつてベーマス様と共にあった“主様”のようなメスがいる。……我々は手を出す事も叶わぬが……悲観することはない。これもまた、歴史の流れだ。今までのように、見守ればいい」

 そんなマインジャックの言葉に、二人の王は緩く苦笑に顔をゆがめた。

「ハッ……それにしては、期待するような言葉だな。マインジャックよ」
「ふっふ……どうやら我ら三人とも、あの子に感化されてしまったようじゃのう。三人で集まったというに、こんなに感情豊かになる事など久しぶりではないか?」

 本来ならば、獣人達のために集まるのでない集合は望ましくないことだ。
 しかし今回の三人は、そのような憂鬱な気持ちに負けぬほどの希望があった。

 それを感じ取り、マインジャックもまた薄く苦笑した。

「ああ、そうだな。……願わくば……また三人で逢いまみえる時は、かの王国が勝利の雄叫びを上げる時でありたいものだ」

 心からそう思い発した言葉に、目の前の二人も頷く。

 絶望的な力を持ち、悲劇を繰り返そうとしている存在がそこにいたとしても、その力に抗おうとする者どもを自分たちは既に知っている。
 だからこそ、こうやって笑えるのだ。

 それは真に尊い事なのだと、三人は深く噛みしめて再び下界を見下ろした。

(悲しき亡霊よ。なぜ今、どうやって蘇ったのかは分からんが……お前とて、かつて己を苦しめた存在に操られて良い気分ではあるまい。……もしくは、操られている事すらも既に理解できていないのかも知れないが……それでも我らは、お前が憎しみから解放される事を願っている)

 手を出す事も叶わぬまま、見殺しにしたとも言っていい命。
 今もまだ悲しみに囚われ続けているのだろう悲しき亡霊。

 だが願わくば、その命が――――優しき存在に逢って、癒されますように。

 祈り見守ることしかできない三人の強き王は、ただそれだけを願っていた。










「――――なるほどねえ。そんなことを……」
「いやブラック、何を落ち着いている。ツカサが聞いた話はとんでもないことだぞ? ルードルドーナの話と同じように“リン教”とかいうものの教義と酷似したことを、過去の国母も教えられていたのだろう? これは偶然としては出来過ぎだぞ」

 おお、珍しくクロウが興奮してまくし立てている。
 でも確かにそうだよな。俺だって驚いたんだもん。まさか……自分の息子を極悪人だとして打ち倒してアルカドアの歴史を終わらせた実の母親が、ルードルドーナが誰かと話していたような怪しい話をしていたなんて……。

 そりゃ、ここまで似通った話が出るのはおかしいって思うよな。

 俺だってなんかの関わりがあるんじゃないかって考えちゃうもん。

 でも、ブラックは俺の“夢の中の話”を聞いても冷静なままだ。いや、最初から最後までキチンと聞いてくれたんだけど、でも不思議と驚いてないっていうか。
 むしろ……どこか、納得したような感じと言うか……。

「……ブラック、もしかして……この展開、ちょっと予想してたり……した?」

 未だにベッドの上で、軽く体を起こした状態のまま問うと、横に座っていたブラックは口を笑みに歪めた。

「まあ……ありえない話じゃないなとは思ってたよ。ただ、ちょっと……最初に考えていた事よりも、更にどうしようもない話なんじゃないかって」
「どうしようもない話?」
「うん、まあ……まだ証拠が足りないし、断定はしたくないんだけどね。でも……これであの陰険白熊が本当に“リン教”の教義を擦り込まれていたとして、その状態で今まで何をしていたのかが分かったら……面倒臭い話になるなぁと思って」

 なんだその結論は。
 悲しい、とか難しい、とかじゃなくて面倒くさいってどういう事だろう。

 ブラックにとっては、その程度の話って事なんだろうか。
 それとも……俺達には結論を付けづらい話って事なのかな?

 人に興味のないブラックでも、さすがに人の身の上話に対して面倒くさいなんて事は言わないし、そのあたりの礼儀はちゃんとしてるもんな。
 もしかすると真相は凄くセンシティブな話になるのかも……でも、それだけで面倒と思うかな。宗教がらみだけじゃなく、まだ何かあるのだろうか。

 でも、面倒って言うならクロウの方だよな。
 クロウは元々兄弟に敵意なんて持ってないし、仲良くしたかったんだもんな。今でもそう思っているから、カウルノスと仲直りできて本当に喜んでいたのに……肝心な弟が危うい状態になっちゃっただなんて、俺達より悩ましいに違いない。

「クロウ……その……大丈夫か?」

 心配になって問うと、ベッドの縁に座っていた相手はコクンと頷く。

「驚いてはいるが……思えば、ルードルドーナは様子がおかしかった。だから、今は正直……理由が判然としたことで、納得がいったな。……アイツは己の母の役割について妙に感情的になっていたし、会議の時も素直に焦っていた。……昔のままであれば、そんな風に表情を見せなかったはず……だから、オレの違和感が間違っていなかった事に安堵している気持ちが強いかもしれない」

 そっか……クロウは、昔のルードルドーナを知ってるんだもんな。

 理由もなく弟の様子がヘンになるのは不安だけど、理由が分かればこっちも冷静に対処できるってカンジなんだろう。
 そのワケが「誰かに傾倒しているから」なら、心配はするけど納得はできる。
 対処すべき存在が見つかっただけでも、幾分か心は楽になるよな。

 けど……何かを盲信してるっていうのは、ブラックが言うように面倒な状態だ。

 もし本当に“リン教”の教えが何かしらで関わっているなら、それを覆そうとするのは凄く大変な事なんじゃないだろうか。
 信条とか自分ルールですら後から変更するのは大変なワケだしなぁ……。

「クラウディアちゃんの話は気になるけど……やっぱり、先にルードルドーナのことを調べた方が良いよな」

 リン教の教えと同じだからって、ホントに傾倒してるかは確定していない。
 だから、そこはハッキリさせなきゃいけないよな。

 まだまだ情報が足りないと顔を引き締める俺に、ブラックは何やら考え込むような素振りを見せると、呟くようにこんなことを提案してきた。

「……それもそうだけど……僕は、メイガナーダから持って来た手記とか遺物をもう一度調べてみるよ。陰険白熊の調査はあの鼠がやってくれるだろうし、その結果が出るまでに、他の手掛かりがないか確かめておきたいんだ。もしかすると、見落としてる事があるかも知れないし」
「なるほど……。手記や遺物の書籍は、ブラックにしか解読できないもんな。じゃあ、よろしく頼むよ」

 ブラックの言うとおり、見直すのは大事だもんな。
 気になる事が出来た今なら、再度調べることで新しいことが判明するかもしれない。手掛かりが有るか無いかで調べものの効率はかなり変わるとも言うし。
 ブラックですら一度目は気が付かなかった事が、もしかしたらあるのかも……。

「では、オレは王宮の事から探ってみる。ルードルドーナは【五候】だが、王宮勤めで官吏でもある。今のオレなら、身近なものから何か聞けるかも知れない」
「そうだな。そっちはお前に任せた」

 簡素な返事だけど、ブラックがクロウを信頼しているのが分かる。
 短い言葉とはいえ何か絆を感じちゃってホッコリしちゃうなぁ。へへ……こういうのが仲間って感じがするよな。適材適所感があるわ!

 よし、二人が頑張るなら、俺も何か役に立たねば。
 俺だって仲間なんだから頑張らないとな!

 ……でも、俺は……何をしよう?

 えーと……ブラックは遺物の調査で、クロウは周囲の聞き取り調査で……ルードルドーナに張り付くのはナルラトさんがやってくれてるし……。
 となると、俺が出来る事は……えーと……。

 …………えー……。
 ……あれ。俺が出来ることって……何もなくない……?

「………………」

 ど、どうしよう……。
 マジで出来ることが見つからないぞ。

 巨大ザリガニだって着実に近付いてきているのに、こんな時にやるべき事が無くて待機だなんて、そんなの居た堪れなさすぎる。
 でも、何かしなきゃと考えたってなにも思いつかない。

 ……いや、客室を一つ潰して作った畑の管理っていう役割はあるけど……それはブラック達の役に立つ行動っていうか、やるべき仕事だしな……。

「とりあえず、明日の朝から始めようか。ツカサ君も、たったの半刻じゃ寝た内に入らないでしょ? 今日はゆっくり休んで、明日取りかかろうね」
「お、おう……」

 俺が考えている間に、あれよあれよと眠る準備が整えられていく。
 先ほどまで灯っていた明かりは既に消され、クロウもロクショウと同じように自分の寝床で眠る体勢に入っていた。

 気が付けば、俺はベッドの上でまたもやブラックと二人きりで。

「おやすみ、ツカサ君」
「ぅ……うん……」

 額にキスをされて、そのままブラックに促されて一緒に横になる。
 ……何をすればいいか考える時間もなかったが、明日になれば思いつくだろうか。

 …………うーん……わからん……。

 寝て起きたら、頭が冴えて閃くかも知れないな。そうであってほしい。
 一抹の不安を感じながらも、俺は目を閉じたのだった。










※ツイ…エックスで言っていた通り遅くなりました(;´Д`)
 クライマックスが近くなると文章が詰めて長くなる病が発生しますね…

 
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