異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

6.巨大な影

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   ◆



「つ……ツカサ、あの……さすがにコレは……」
「いーから早くっ、早くしてっ怖い怖いナルラトさんがしてくれないとお、俺……俺もう、もう……っ……――――」

 不安定すぎてロクの背中から落ちちゃうんだってばっ!!

 …………いや、うん、取り乱してしまったが、でも俺の現在の状況は取り乱したって仕方がない。だって、デハイアさんに取り付けてもらった特製のでっかい鞍をつけたロクに乗って数十メートル上空に上がった瞬間、ロクの腹の部分の留め具が緩むんだもの。そりゃ不安定になって混乱するのは当然だろう。

 きっと、取り付けてくれたお城の人も大きすぎて不慣れだったせいで、きっちり鞍のベルトを留められなかったのだろう。

 だから誰も責める気はないのだが、しかしだからと言って怖くないわけがない。
 なんせ、もう飛び上がってしまったのでヘタに下降しても重力と浮力で大変なことになりかねないし、だからといってこのままでは俺の体力が尽きて落ちてしまう。

 このままでは、もうにっちもさっちもいかないのだ。

 そんな状態となっては、最前列にいてモロに風を受ける俺を固定してくれるのは、もはや背後にいるナルラトさんしかしない。
 ロクに指示を与えるのは俺である以上、手綱なんて引いてなくても俺が最前列に居なくちゃいけないし、そうでないとロクも指示を聞き取れない可能性がある。

 だから、俺も意気揚々といつも最前列の首根っこの部分に陣取っていたのだが……鞍が安定してないと、こんなに体が浮くなんて思わなかった。

 下からの風に細かく鞍が浮き上がって、タマだけじゃなく内臓までヒュンとする。
 もう縮み上がるモノもないってくらいに怖い状況だ。こんな状態じゃなりふり構ってられないんだから、背後の知り合いに縋ったってしょうがないよな。

 だけど、何を躊躇っているのかナルラトさんはなかなか俺を固定してくれない。
 何故。どうして固定してくれないんですか。今頼れる大人はナルラトさんしかいないんですよ。そのタッパでどうか俺を固定してください、頼むから固定して!!

「こここここのままじゃしし死ぬししし」
「だぁもうわかったっ、わかった!! あっ……あとで、触られたのなんだの文句言うんじゃないぞ!!」

 いや触ってくれと頼んでるのは俺なんですが。
 ともかく、何か吹っ切れたようでようやくナルラトさんが俺に覆いかぶさるように背後から体を包んでくれて、強風で飛ばされそうになっていたのが断然楽になった。

 しかし、依然として鞍がぶかぶかと浮くのは避けられない。

「グォッ、グォオン」
「えっ、ちょっと体をタテにして自分で締め直す!? ロクちゃんたらなんてお利口で器用……あ、でも、俺落ちないかな……」
「お、俺がつかんでてやるって言いよろうもん! 心配するっちゃなか!!」

 なぜか破れかぶれな感じがする方言を投げつけられたが、ナルラトさんがそうまで言うなら信用せざるを得ない。
 まあ、ブラックたちより普通の体格に見えるけど……ナルラトさんもびっくりするくらい力が強いし……鼠人族だからきっと壁登りなども得意に違いない。

 となれば、ここはナルラトさんのお言葉に甘えるしかない。

「じゃあよろしくお願いしまっす!!」

 元気よく了承すると、なぜか背後のナルラトさんが「グッ」と喉を鳴らした。
 何故そんな音を……と思っていたら、急に乗っているところが上がってくる。それと同時に、俺の腰あたりに回されていた腕にグッと力が入った。

「ングゥウ」

 できるだけ俺達が落ちないように、ロクは体を丸めながら自分のおなかあたりから垂れているベルトに手と首を向ける。
 が、やはり後ろ足よりも遥かに小さいお手手なので、体を曲げると鞍が浮き上がってしまい、俺達も容赦なく足を宙に浮かせてしまった。

「ぐっ……こ、こいはただの固定、こいはただの固定、こいはただの固定……っ」

 ナルラトさん、何を言ってるんだ。
 上空で宙ぶらりんのこの状況もかなり危ないのだが、しかしそれより背後で呪文のような呟きを繰り返すナルラトさんが気になって仕方ない。

 でも俺をしっかり抱えている腕はジェットコースターの安全装置並みにシッカリしているし、手もいつの間にか俺の体をしっかりつかんでいるので、安心感はある。

 風呂で腕を触った時も思ったけど、やっぱりナルラトさんも相当鍛えられた筋肉の持ち主なんだろうな……とかなんとか思っていると、賢くて可愛いロクちゃんは、すぐに鞍を直したのか、ゆっくりと姿勢を戻してくれた。

「はぁっ……はぁ、はぁあ……も、もう大丈夫だな……」
「ナルラトさん、なんか凄く息が切れてるけど大丈夫……?」
「あ゛ッ!! だ、大丈夫、大丈夫だからこっちば向くな!」

 さっきからちょっと方言が混じってるが、相当動揺してたんだろうか。
 そうだよな……考えてみれば、空中で腕と足だけの力で踏ん張りつつ人を支えるなんて、責任重大すぎてそら緊張するよ。

 さっきはつい怖くてナルラトさんに頼ってしまったが、今度からは気をつけねば。
 相手は常識を持つ人なのだ。ブラックやクロウのように恐れゼロで自信満々にコトを済ませる人のほうが珍しいんだもんな。
 さっきは不用意に責任を負わせてしまったし、ここは謝っておかねば。

「あの……ナルラトさんごめん。つい頼っちゃって緊張したよな」
「えっ。あ……い、いや……俺は、旦那方や陛下にお前を託されたんだし……そりゃお前を守るのは当然で……」

 背後でまたモゴモゴしだすナルラトさんを振り返ると、なんだか顔を赤くしていた。
 心なしか俺の体を戒める腕にさっきより力が入ってるような気がするが、目が左右に泳いでいるのでまだ動揺しているのかもしれない。

 なら、謝るよりお礼を言ったほうがナルラトさんも気が楽になるかな。
 そう思い、俺はナルラトさんの顔を見て、笑顔でお礼を言った。

「へへ……守ってくれてありがとうございます! 俺も落ちないように気を付けるから、ぱぱっと偵察して早く帰りましょうぜ!」
「お、おう……」

 あれっ、なんでちょっと残念そうなの。
 よく分からんがまあいいか。偵察任務でのお荷物になってしまうかもしれないけど、俺もできるだけ邪魔にならないようにしておこう。

「話は変わるけど、このまま上空から“骨食みの谷”方面を確認して帰ってくるって事で大丈夫なんだよな?」
「ああ、この高度で谷まで行けば赤い砂漠は見える。そこを俺が見て、何か運ばれて来ている様子がなければ、ひとまずは安心だろう。……とはいえ、アルカドアには、王都みたいな地下通路の遺跡があるんだろう? もしかしたら、上空からじゃ確認ができないかもしれないが……」

 そうか、そういえば確かにそんなものもあったな。
 でも……あの通路は、昔存在した古代アルカドビアの城に入るための通路のような気もするし、そんな大それた物のような感じはしなかったけど……。

 しかし用心ってのは大事だし、常に最悪な事態は考えておいたほうがいい。

「グォオン」
「そうだな、できるだけ相手に視認されないくらいの高さで飛んでいこう」
「お前……よく分かるな……」
「そりゃー俺とロクは以心伝心最高の相棒ですから!」
「グォオオン!」

 ロクも、俺の言葉にそうだそうだと嬉しそうに賛同してくれる。
 ふふふ、なんたってロクは初めて出会ってからずっと一緒にいてくれる相棒なんだもんな。離れてたって、テレパシーが使えなくたって、心で繋がっているんだ。

 そりゃもうラブラブといっても差し支えない間柄なんだからなっ。

 胸を張ってそう言うと、ナルラトさんは笑うように軽く息を吐いた。

「…………相棒か。なんかうらやましいな」

 その声は、なんだか寂しそうで。

 ……どうして、そんな声を出すんだろう。

 振り返ろうとした俺が何を問おうとしたのか分かったのか、ナルラトさんはポツリと短くつぶやいた。

「俺は……相棒にゃあ、なれなかったなぁ……。どんなに望んだって」
「……ナルラトさ……」
「――――ん……? ちょっと待てツカサ。……尊竜……いやロクショウ、もう少し、骨食みの谷のほうへ飛んでくれ」

 えっ、え、急にどうしたんだろう。
 さっきの言葉を掻き消すように真面目な声でロクに指示するナルラトさんに、ロクも少し戸惑った様子だったが、グオンと鳴いて翼をはばたかせる。

 空を滑るように前進し、耳を風の轟音で塞がれながら行き先を見やると、巨大な山が真ん中から割れた奇妙な光景が見えてきた。

 その割れ目の先に、赤く光る大地が見える。
 あれが、古都・アルカドアが存在する特殊な赤い砂漠だ。

 そのわずかに見える風景に目を凝らしていると――――俺を抱えたままぴったりと密着しているナルラトさんの喉から、低い声が漏れた。

「おい……ウソだろ……」

 呆然としたような、声。
 何を見てそんな不可解な声を発したのか、目を凝らして砂漠を見るが、俺には何も分からない。ロクも不思議がって、しきりにナルラトさんを振り返っていた。

 それに気が付いたのか、ナルラトさんは険しい顔で汗を垂らしながら、俺とロクの顔を見て、再び前方を見やった。

「あの山の頂上まで行ってくれ。それでお前らにも分かるはずだ」
「グォオン!」

 望み通り、ロクが大きく翼を打ち一気に速度を増す。
 思わず体が後ろに持って行かれそうになるのを、ナルラトさんが受け止めてくれて、そのまま一気に双子と化した山の頂上へたどり着いた。

 その頂の片方の陰に身をひそめるようにロクは鉤爪を立ててしがみつき、ロクと俺達は赤い砂漠のほうを覗き見た。

 ――――赤く、キラキラと光る不思議な砂漠。

 普通の砂とは異なるというその異質な砂の向こう側に、ぼんやりと蜃気楼のように浮かぶ大きな影が見える。
 ぽつりぽつりと赤い海に浮かぶ岩など比べ物にならないほどの、大きな影。

 それは、まぎれもなく【古都・アルカドア】だ。
 俺は、そう思って疑わなかった。

 ……の、だが。

「…………え……。…………え……っ!?」

 ゆらり、と、蜃気楼が揺らいだ気がする。
 いや――明確に、大きく揺らいだ。

「グォ……ッ……ぐ、グォオ……!?」

 みし、と、岩肌に爪を立てたロクの手がさらにヒビを入れる。
 驚いた拍子に山の頂を壊しかねない力が入ったようだ。しかし、俺はそれに慌てる暇さえない。ただ、三人で見つめた砂漠の蜃気楼が揺らぐのを見るしかなかった。

 ゆら、ゆら、と、規則的に巨大な影は大きく揺らぐ。
 だんだんとその影が大きくはっきりとしてきて、揺らいだ後に小刻みに揺れている事を知った。それほど、その影の形は明確になっていたのだ。
 こちらに近づくたびに、その影は大きくなっていたから。

「街……じゃ……ない……」

 アルカドアの一番高いところにあった城。
 影は確かにその城の形を一番高い場所に掲げていて、だから俺は“それ”を街の影だと思っていた。いや、勘違いしていた。

 だけど今、近づいてくる影は。

 いや。

 近づいてきた……“それ”は……――――

「生き……もの……?」

 ――自分で言って、ゾワッと一気に怖気が駆け抜ける。

 そうだ、ソレは、動いていた。その影は最初から動いて近づいてきていたんだ。
 歩みは遅くて未だに谷に到達していない。だが、その足……いや、脚が、明日どこまで来ているのかを考えると、高所というだけではない寒気がさらに襲ってくる。

 無数の巨大な脚。まるで規格外の土台を支えるかのように地面に突き刺さりながら動くその脚は、一つ一つが塔のように大きい。
 俺の世界の有名な電波塔を逆さにして突き刺してもまだ足りない規格外な大きさの多脚が、重苦しい音を立てながらゆっくりと上下し、歩みを進めていた。

「なんだ……あの、海蜘蛛みたいなバケモンは……!!」

 海蜘蛛、そうだ。アレは……海の甲殻類に似ている。
 多脚に支えられた土台、その巌のような体の上に城が乗せられている。要塞のように厳つく武骨な城は、まるで身を守るための殻のように、ずんぐりとした堅そうな土色の体らしき土台に覆いかぶさっていた。

 まさしく、ヤドカリ。
 あれは巨大な岩と城で作られた、ヤドカリそのものだった。

「おいおいおいおい……ッ! なんだよあれ……あ、あんなのがもし王都まで来たら、もう戦どころじゃ……!!」

 俺の頭の上で発される声がにわかに緊張している。
 気づけば、俺を支えてくれている腕は小刻みに震えていた。

 さまざまな修羅場をくぐったナルラトさんですら、恐怖している。今まで見たことないものを見て、その巨大な力を想像し絶句しているのだ。

 あの謎の生物の奇妙な見た目も、その恐れに拍車をかけているようだった。

「…………っ。ナルラトさん、ロク、落ち着いて」

 ロクの首を守る黒い鎧鱗を撫で、俺をずっと支えてくれているナルラトさんの腕を、安心させるようにポンポンと叩く。
 すると、二人は青ざめた顔で俺を見た。

 そんな二人を見やって、俺はぐっと顔を引き締め落ち着いた声で言う。

「見たところ、アイツはかなりノロマみたいだ。……特徴をしっかり覚えて、爺ちゃん達に正確に伝えられるように観察しよう。……まだ、時間はあるから」

 ……本音を言えば、俺だって驚いている。
 だけど、俺は幸い自分の世界で巨大な機械を見たこともあるし、この世界でだってデカすぎる存在を何度も何度も目撃してきた。

 だから、こんなことで驚いてはいられない。
 確かにゾッとはしたけど、こんな時くらい俺がしっかりしなきゃ。

 デカいヤドカリなんて、いかにも怪獣映画に出そうだ。そうとでも思って、ひとまずは映画のCGみたいなものだと割り切って、冷静になるしかない。
 俺だって、少しでも役に立たなければ。

 そんな打算的で意地っ張りな行動だったが、しかしロクとナルラトさんは俺の態度に少し冷静になったのか、こくりと頷いてくれた。

「もしかしたら、人族の街みたいに砲門があって撃ってくる可能性もある……そういう可能性を考えて、しっかり観察しないとな」
「グォオン!」

 できるだけ声を潜めた二人の調子は、もう怯えたものではない。
 いや、少しまだ怖さが残ってるみたいだけど、それは俺も一緒だ。

 けれどそれは未来に起こるかもしれない惨劇への恐怖だ。今その恐怖に怯えるのは、時期尚早というやつだろう。

 最悪の場面を考えるのも大事だけど、だからって丸まってはいられない。

 俺達には、守るべきものがあるのだ。
 だから、今は一つでも多く相手の弱点になりえるものを見つけないと。

「しっかり覚えて、あとで絵をかいて説明しよう!」
「おっ、それ良いな。よし……観察は任せとけ!」
「グォン!」

 うんうん、三人で確認したら絶対に正確な図が出来上がるな!
 よーし、ここでしっかり役目を果たして、爺ちゃんの役に立とうではないか。

 俺達は気合を入れ直すと、重苦しい地響きを鳴らす巨大な“ソレ”の正体を掴むべく、そのまま観察をし始めたのだった。
 まだ遠く、赤い砂漠で足踏みをするような歩みを進める兵器を。










※:(;゙゚'ω゚'):すみませんめっちゃ遅くなりました
 寝落ちとかじゃなくて単純に体調激重だったのでした…

 
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