異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編

23.遺されたもの

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   ◆



 ――――あの部屋……【古都・アルカドア】から発掘した遺物を保管しているという部屋は、私宅と呼ばれる館の中にひっそりと存在していた。

 元は倉庫だったのだろう、珍しく鍵が掛かる扉が有る部屋。
 デハイアさんの特殊技能で誰も侵入できなくなったその部屋は、長年守られているせいなのか、他の場所よりも色がハッキリしていて鮮やかに感じられた。

 ……特殊技能のおかげで、劣化すら拒否されたのだろうか。

 なんにせよ、デハイアさんが今までずっと守り抜いてきた事が分かる、他との顕著な違いだった。……でも、結果的に良かったのかも知れない。
 遺物は既に数十年、いや数百年もの時を経て存在しているのだ。これ以上の劣化が無い状態は願ったり叶ったりというヤツだな。

 ……まあ、その能力も、そもそもが他の人間に触れさせてなるものかっていう強烈な妹愛の御業なので、何とも言い難いのだが。
 それに、その「妹愛」の中には……彼の妹の息子……つまり、甥であるクロウへの憎しみによる拒絶も入っているワケだし。

 ソコを考えると手放しでは喜べないのだが――――今は、置いておこう。

「…………殿下と、お前達を一時的に“許容”した。妹よ、手を」
「あ。は、はい」

 どうやらエスコートしてくれるようだ。……いや、俺にエスコートって字面がおかしいんだが、この世界では俺はメス……つまり女として扱われる嫌な事実が有るので、相手の機嫌を損ねるとまずいと思い、差し出された手に片手を乗せる。

 すると、デハイアさんは満足げに頷き、重そうな扉を片手で簡単に開くとそのまま俺を中へと招き入れた。……別に何も妨げる物は無い気がするのに、扉の先が薄緑の光で覆われていて中が見えない。これも特殊技能の効果なのかと思いつつ、その光を越えて中へ入る。と――――

「……ここ、が…………スーリアさんが研究していた遺物の保管室……」

 デハイアさんに片手を預けたまま、部屋を見渡す。
 外からの光が、この国では珍しいガラス窓のような物を通して、常に淡い橙になり降り注ぐその部屋は……どこか、見た事のある光景だった。

 部屋自体は、石材でのみ作られたベーマス大陸らしい部屋だ。
 しかし、その棚に並ぶ色あせた遺物や、どこか懐かしい感じのする洋風の家具が置かれている。殺風景にも思える部屋だが……奥にもう一つ部屋が有るということは、きっとここは研究するためではなく一息つくための場所なのだろう。

「妹よ、ここが我が愛しの妹であるスーリアの研究室だ」
「奥の部屋があるってことは……ここは休憩室ですか? 落ち着いた部屋ですね」

 窓は大きく、外の風景が見える。前方を迎賓館に遮られて風景を楽しめないためか、裏庭をどこからでも見られるようにめいっぱい開いていた。
 それだけでも、ここが研究のための部屋ではないことがわかる。

 ……スーリアさんて、アドニスとはまた違う感じの研究者だなぁ。

 アドニスは全てが研究対象っていうか、植物の事は大事にしているけど……それらを愛でるワケではない。アイツもアイツでちょっと朴念仁みたいな所が有るから、茶を飲みながら植物観賞なんてことはしないだろう。

 スーリアさんは、感性に関してはごく普通の人なんだろうな。
 まあクロウのお母さんであれだけ慕われてるんだから、まともじゃないワケないが。

「ふむ……やはりお前は中々の観察眼を持っているな。その通り、ここはスーリアが研究の合間に一息つく部屋だった。奥の方に重要な遺物が有る。底の棚に置かれているのは、模造品だな」
「なるほど!」
「研究室はこっちだ。……殿下も、こちらへ」

 再び手を引かれて部屋を進む。後ろから聞こえる足音はブラック達のものだろう。
 ……にしても……やっぱこの部屋既知感が有るんだよな……。

 疑い半分信用半分の俺の特殊な夢で見た、あの風景そのままだ。……だったら、やっぱりここには「探して」と言われた【ソーニオ・ティジェリーの手記】が存在するんだろうか。彼女が『あの人の為に解明しようとした』という、その遺物が。

 …………やっぱり、あの綺麗なお姉さんが……スーリアさんだったんだろうか。

 彼女の事を知らない俺が、どうしてスーリアさんの生前の姿を見る事が出来たのかは判らないけど……やっぱり、何か意味が有るんだよな。
 だとしたら、それに答えてあげたい。

 あの夢の中のスーリアさんは、ずっと悲しげだったから。

「……遺物の中には、崩れやすいものがあります。ですのでどうか、私が認めるもの以外は、お手を触れぬようお願いいたします」

 一番身分が高いカウルノスに言葉を投げつつ、俺達にも注意を促す。
 まあ、それはそうだ。でも、俺とロクショウ以外は分別が有るだろうオッサンなので、その辺りは大丈夫だろう。本当はナルラトさんにも来て欲しかったが、周囲を見張るとのことで付いて来てくれなかったので、本当にオッサンしかいないのだ。

 なので、この状態でさすがに過ちは起こらないだろう。
 ……っていうか、この場で一番やらかしそうなのは俺なんだがな。

 まあそこは……触る前に、デハイアさんに話を聞こう……。

 そんな事を思いつつ、研究室の前に立つ。
 扉のない入口の向こうの部屋は、遺物を守る為なのか昼でも薄暗い。

 だが外からでも壁に張り付いた机や所狭しと並べられた遺物、高い棚にぎっしりと詰め込まれた様々なものが見て取れて、狭い場所ではあるが、それだけで研究室である事は充分に見て取れた。

 この中に、目的の物がある……。

 ゴクリと唾を飲み、俺は手を引かれるがまま足を踏み入れた。

「…………ここが、研究室……」
「デイェルで状態を保っているが、そもそもが古代の遺物だ。崩れやすいモノだけでなく、降れれば何の作用が有るか判らない物も有るから、気を付けるのだぞ妹よ」
「アッ、ハ、ハイ」

 チクショウ毎度毎度妹って言われるの慣れないな。
 いやまあ慣れた時の方が恐ろしいので慣れたくないんだけど……と、ともかく、件のブツを探さなくては。部屋全体を眺めるブラック達とは違う、棚の中の遺物を探るように目を動かしていた俺は――――ふと、机の上に置いてある箱に目をやった。

「……?」

 装飾が美しい、小さな宝石をいくつか嵌め込まれた飴色の光を放つ箱。
 大きさとしては、少年○○と呼ばれるような週刊マンガ雑誌くらいの大きさで、厚みは二冊分ほどだろうか。けっこう大きな箱だ。

 けれどこれは、遺物とは違い真新しい印象だった。

「デ……お、お兄ちゃん。あの箱って……遺物じゃない、ですよね?」

 一体何なんですか、と問いかけると、相手はすんなり答えてくれた。
 やっぱり凄いな妹効果……。

「ああ、あれはスーリアが遺した箱だ。……俺も何が入っているのか気になっているのだが……仕掛けが施されていて開錠が困難でな。何か、重要なものだとは思うのだが……俺には開ける事が出来なかったのだ」
「そうなんですか……」

 重要なモノ。それってもしかして……彼女が指定した書物なのでは。
 でも、開け方が分からなかったらどうしようもないよな。

 触れても大丈夫そうだけど、触れるだけじゃ何も出来ないだろうし……。
 うーん、どうしたらいいんだろう。

 ……別に、その中に手記が有ると決まった訳じゃないんだが、一度考えると何やらどうしても開けたい気分になって来る。
 しかし開錠方法も判らないまま弄ったら、とんでもない事になりかねないしなぁ……なんて、思っていると――――不意に、横から大きな影が出てきた。

 いや、これは影ではない。
 これは……クロウだ。

「く、クロウ……?」

 クロウが、箱に惹かれるように一歩進み出て箱に手を当てる。
 そうして何かを思い出そうとするかのようにジッと箱を見つめていたが……やがて、何かを決心したかのように俺達を振り返った。

「……伯父上。オレなら、開け方が分かります。……開けてもよろしいでしょうか」

 いつもの粗野な口調とは違う、相手に敬意を以て問う声。
 あくまでも真摯に対応するクロウに、デハイアさんは眉間に皺を寄せていたが。

「……どの道、開錠して中を確かめねばならなかった。出来る物ならやってみろ」

 ぶっきらぼうで、ちょっと煽るような感じの返答。だが、それは煽っているワケでなくただ許可しているだけなのだ。

 ……まあ、反発心があるからこういう口調になってしまうんだろうけど、とにかく今はクロウに任せてくれるってんだから、俺は黙っておこう。
 伯父の許可を得たクロウは、フムと鼻息を噴くと、再び箱に目を向けた。

「この箱は……母上と、オレにしか開けない。母上は、そう言っていた……」

 それは何故なのか。
 俺が考えるまでも無く、回答が目の前に現れる。

「あ……」

 クロウの周りに、橙色の光の粒子が浮き上がり、体を包んでいく。

 ――――そうか。そういうことなのか。

「……スーリアさんも……土の曜術が使えたんだな……」

 “二角神熊族”の中で、もっとも血が濃いとされるメイガナーダ一族。
 その先祖返りの力が発現したのは、クロウだけでは無かった。

 か弱いとされていたスーリアさんもまた、曜術の技能を持っていたのだろう。
 ……そう。

 だから……スーリアさんは、クロウと同じ苦しみを覚え、それを跳ね除けようとして――――古代の遺物を研究し、故郷に貢献しようとしていたのだ。

 か弱いメスとしてだけでなく、この土地では呪われた能力に等しい特殊技能だけを持ってしまった己の価値を、どうにかして示そうとでもするかのように。

「母上…………」

 夕陽みたいに綺麗な橙色の光の中、そのことを改めて思い出したクロウは、どんな気持ちで箱を見ているのだろう。
 最愛の母であるスーリアさんの事を考えているのか、それとも……今までの自分の境遇を考えているのか。

 見ている事しか出来ない俺には、察してやる器量も無い。
 けれど、今のクロウなら。

 昔とは違う今の自信に満ちたクロウなら、きっと大丈夫だ。
 ……何に対しての「大丈夫」なのかは俺にも判然としないけど。でも、もうクロウは昔の事を生々しく思い出して怯えることは無いだろう。

 ――――俺の中には、そんな根拠のない確信が生まれていた。










※早速遅れてしまいましてすみません
 最近めちゃくちゃ眠くてちょっと寝落ちしてましたね…

 
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