異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編

22.錯綜する推測

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「回りくどい話は好きじゃないから、出来るだけ簡潔に話せよ」

 何を警戒しているのか、ブラックは俺を引き寄せて腕同士が触れるくらいの近さに座らせつつ、ナルラトさんのことをジロリと睨む。
 どうしてそんな態度を取るんだと軽く服の上から腕をつねったが、しかし1ダメージすら受けていないのかブラックはピクリともしない。クソッ、防御力が高すぎる。

 だが俺がブラックを諌めそこなっている間に、ナルラトさんは何も怒ることなく大人の対応でスルーして、要望通り簡単に話し始めた。

「平たく言えば、二つですかね。一つ目は……旦那方が探って来てくれた黒い犬族の【クラウディア】が、王都に向けて声明を発表したことです」
「えっ……」
「国民を煽って先導するためか。それとも確信犯の正義感による犯行声明か?」

 珍しく、クロウが不快感を露わにした声を出している。
 まあそりゃそうだよな、だってクロウは自分が生まれ育った国を悪く言われてるんだもん。生まれた場所が大好きであればあるほど、悪口は聞きたくないはずだ。
 そもそも、アッチのクラウディアの話は信用出来るかどうか怪しいしな。

 そんなものに普通の獣人が恐怖するのかとは思ったが、理不尽で筋の通らない事を言われたら、さすがに豪胆な獣人族でも困るものなのかも知れない。

 なら、間違った正義感による言葉で、王都の人達を怖がらせる作戦なのかな。

 どんな犯行声明なんだろうかと思っていると、ナルラトさんが説明してくれた。

「今日の明け方、不可解な声が王都全域に響き渡りました。どこから聞こえてきたかは、特定不明です。……防壁の上には兵士達が詰めていたんですが、それでも、声の場所は特定できなかったようです」
「それで、どんな世迷言を言ったんだ?」

 なんだその程度か、とでも言いたげなブラックにナルラトさんは答える。

「やたら仰々しい、古臭い言い回しでしたが……言いたい事は要するに
 『お前達の国は獣人のサガに反している。一つの種族が富を独占して、他種族を支配しているのは歪だ。他の獣人を虐げている。それは許されない。だから、自分達は今からこの国に侵攻を開始する』
 ――――とまあ、そんなところでしょうかね」
「政治犯の独りよがりな言い訳そのまんまじゃないか。ひねりもない」

 せいぢはんって何。人の名前?
 いや政治ってことなのか、国を脅かそうとする人が政治犯ってこと……?
 ブラックは時々難しい事を言うなぁ。いや、学校で習ったのかも知れんが、俺公民は赤点多いからちょっと……って、それはどうでもいいか。

 とにかく、ブラックが言うには独自性が無い主張らしい。
 ……うーん、あの妙に義理堅いけど行動がぶっとんでる【黒い犬のクラウディア】が、そんなありきたりな事を言うなんて……。

 まあでも、主張が「王国を破壊する」なのは一貫してたし……結局のところ普遍的な革命ごころというか、何かを変えたいと思う人誰もが考える事になるのかも。
 ……にしても、なんというか……なんか、違和感があるな。

 こう……心臓と言うかその更に奥の謎の部分がむずむずするというか。
 なんか初めての感覚だ。

「ム……父上は富を独占などしていないぞ。戦って勝ち取ったものを分配しはするが、誰かから不当に奪った事など一度も無い。なんという言いがかりなんだ」
「人族からしてみりゃ、暴力で奪い合いも強奪扱いなんだがな」
「こらブラック! ともかく、獣人の“当たり前”の範疇でやってるのに、それはちょっと外からの物言い過ぎるよな」

 俺には国の事などは全く分からんけど、ドービエル爺ちゃんが卑怯な事をするとは思えないし、そもそも弱い種族を保護したり、そんな彼らが強い獣人達と仲良く暮らしている時点でその話は妄想に近いと思う。

 そりゃ、小競り合いなんかはあるけど、それだって搾取とは違うしな。
 指摘するんであれば、国の外の街の方がよっぽど殺伐としてるよ。

 クラウディアが言いたい事は、相手が悪い奴なら充分理解出来るけど……悪政を国民に強いてる訳でもなく、むしろ外と比べたら平和って国をワーワー言うのは何か気分が良くない。ていうか……イヤだ。

 俺がクロウ達を贔屓しているのは否定しないけど、外の状況の方がよっぽどヒドいのに、それよりマシな国を先に攻撃するってのはヘンだよ。
 そんな事をするなら、外で虐げられている人達を助けてあげればいいのに。

 だけど、それを上手く言えずただ不満げな顔になってしまう。
 語彙が無い俺の表情を読み取ったナルラトさんは、何を言いたいのか理解してくれたのか、さもありなんと言わんばかりに頷いてくれた。

「おう、そうだな。俺も外から来たから分かるが……陛下は充分にやってくれてるよ。嫌われ者の俺達ですら救うような方だ。弱い獣人に対しても、逐一意見を求めたりして、アルクーダの民であることを安心させてくれている。自分の一族だけじゃなく、他の種族すら守ってくれるなんて、破格の対応すぎるんだよ。本来なら」

 確かに……野生の獣が他の獣を後から受け入れる事って稀だもんな。
 赤ちゃんの頃から一緒に居たり、そもそも獲物として認識してない場合だったり、昔から得になる事をしてくれる相手じゃなけりゃ仲良くなるのは難しいんだ。

 それは、この異世界の獣人達の間でも普通の事なんだろう。

 だから国なんてこのアルクーダしか存在しないし、他の獣人達は弱肉強食を不毛の地で延々と繰り広げ続けている。
 ただ、働くと言う対価しかない弱い獣人を受け入れて自由に暮らさせていることが、獣人にとっては凄まじく特殊な事であることは間違いない。

 だって、本来なら弱い獣人に頼らなくたって生きて行けるんだから。
 ドービエル爺ちゃんも、クロウも。

「…………どうも、おかしいね」
「……? それは……どの意味で?」

 しばし無言で考えていたら、不意に隣で深刻そうな声が漏れる。
 横顔を見上げると、ブラックは真剣な表情で口に手を添え考えるような仕草をしていた。さっきとは違う態度だ。

 俺が目を瞬かせると、ブラックは俺の肩を抱いて何故か強引に己に寄せつつ、表情は変えずに口を開いた。

「いや……この駄熊どもがそう考えるならわかるが……あの【黒い犬のクラウディア】は、随分と人族的な倫理観に縛られているんじゃないか?」
「それは……協力者が人族だからじゃないの。あの参謀っぽいひと、なんだか黒幕のような感じがしたし……」

 正直、クラウディアが部下に不当な扱いをしないせいで、あの協力者である人族達の方が怪しく思えてしまう。
 そんな俺の推測にブラックは頷いたが、でもねと反論して来た。

「家畜という概念を知ってる普通の獣人なら、そもそも強者が弱者から奪うのは何も問題が無いと獣人なら思うだろう? 戦利品みたいなモンなんだから、こう言っちゃあ何だけど、弱い種族が奴隷として扱われても『敗者』ならそんなものかって思うもんじゃないのかな。敵視していたり簒奪したりするつもりで襲う獣人達がいて、国の民もソレをよくあることだと思ってるのに、どうして敢えて弱い立場の獣人が不当だと彼らに訴える必要性があるんだろうね」
「う……うん……?」

 ヤバい、理解したいけどワッと言葉の洪水を浴びせかけられて理解出来ん。
 俺の頭はあんまり良くないのだ。頼む、もうちょっと分かりやすく教えてくれ。
 つい涙目になってしまった俺に気付いたのか、ブラックは咳を一つ零し、改めて俺に分かりやすく教えてくれた。

「つまり、あの黒犬の言う『弱い獣人を不当に扱ってる。だから国を滅ぼす』っていうのは、獣人というより人族の考え方なんだよ。弱肉強食の国なのに、そんな事を言うのは変だし……仮に、あの人族達が唆したんだとしても、それなら彼が今いる状況そのものに違和感を感じないとおかしくない? ……ってこと」
「なるほど……確かに、クラウディア達こそ不当に人族の兵士を扱ってるもんな。あの人の態度を見る限り正気みたいだったし……」

 正気で「弱い者いじめするな」と諭す人が、例え人族だろうがあんな風に非人道的な扱いをして平気でいるものだろうか。
 ……まあ、傲慢だからと言えばそれまでなのかもしれないけど……でも、言われてみると確かに変な感じがする。獣人としても、彼は何か異質だ。

 まるで……中身だけ、人族みたい。

「つまり旦那は、黒い犬のクラウディアは操られていると言いたいんですか?」
「いいや違うね。アイツは……そもそも『そういう思想の国に生まれた』んじゃないかと、僕は考えてるんだよ」
「……えーと……つまり、アルクーダ出身、だと?」

 ついに話が読めなくなって来たのか、ナルラトさんも困惑した顔になる。
 だけどブラックは何らかの確信を持っているのか、俺を見てニッコリと笑った。

「違うけど、まあ似たような物じゃないかなって。……でも、ソレが真実でない事を、僕は心底望んでるけどね……」
「すみません、俺には旦那の考えてる事が高度過ぎてわかりませんわ……」
「……いや、これは僕が知ってる事から推測しただけだから、無理もない。今のは、与太話だと思って流してくれ」

 あんだけいっぱい語ったのに与太話なのか。
 でも、ブラックがこうやって推測を話す時は、半ば確信めいたものを掴んでいるって段階だからな……証拠が無いから煙に巻くだけで、腹の中では色々と考え終って、点と線を繋ぎ終わった状態なのかも知れない。

「ムゥ……ともかく、あの男の態度には一貫性が無いというのは分かった。……だが先導されれば動く民も出て来るだろう」
「そうです、クロウの旦那。ソレを懸念した情報が、二つ目で」
「なに、その白けた犯行声明に賛同したヤツが現れたっていうの?」

 呆れ顔のブラックに、ナルラトさんはポリポリと頭を掻いて肩を竦めた。

「いえね、王都の民は別にって感じなんですけど……。その犯行声明にタダ乗りして面倒臭い連中が、集まって来ちまったんです。それが……」
「……まさか、お前が追跡してた“嵐天角狼族”とか言わないよな」
「…………さすがはブラックの旦那、察しが良いですね」

 そ、そうだな。そうでもないと、ナルラトさんがココに来られないよな。
 追跡する役目が終わったって事は、間違いなく件の一族は王都の前に陣取って、再度戦を仕掛けようとしているのだろう。

「またあいつらか……! 傷も癒えぬうちに二度目の戦、しかも良く分からない敵の尻に乗るなど、なんという意地汚さ……!!」

 クロウが憤慨している。うーむ、やっぱりそういうのも卑怯扱いなのか。
 でも、嵐天角狼族ってクロウ達の一族である“二角神熊族”をライバル視していて、国を奪おうとしてる……というダケでなく、今回はクラウディア達と組んでるからな。

 それも相手の計画の一部なのかもしれない。
 だって、どこかを襲うつもりだって長の息子が話してたし。

「まあ、黒い犬の言葉よりも意地汚い力技の方が獣人らしいですけどね。……だが、今まであの犬っころどもは王都を落とせた事なんて一度もないんだ。威嚇にしたって雑ですし、二度目の陽動作戦にしても、分かりやす過ぎて……」

 ナルラトさんもやれやれと言った表情だ。
 確かに……古都・アルカドアでその手は一度使ってるしな。もし本当に戦を仕掛けるとしても、狼達だけじゃ国を壊滅する事は出来ないだろう。

 …………本当に、何がしたいんだろう……?

 なんか……何とも言えない違和感しかないんだよな、あの人達のやる事って。
 あともう一歩、なにか手が届いていないというか。情報が足りないせいで、現状をハッキリ認識できない感じというか……。

「古代アルカドビア王国のことを知れば、理由は分かるんじゃないかな」
「…………え」

 思ってもみない言葉が聞こえて、その方向を無意識に向く。
 見上げたブラックは、先程と同じように俺を見て笑みを浮かべていた。

 何も心配は無いとでもいうような、自信を含ませた笑みを。

「……それは、本当か」
「ッ! お、伯父上……っ」

 ブラックの表情に気を取られていた隙に、また別の声が聞こえて思わず体が跳ねてしまった。こ、この声は……デハイアさんだ。
 いつの間にか部屋の前まで来ていたらしい。

 そっちを見やると、カウルノスもキョトンとした顔をして立っていた。

 今までの話を全部聞いていたんだろうか。それとも、途中からなのか?
 判然としないけど、でも、デハイアさんはブラックをじっと見つめていた。

 そんな相手の視線にようやく顔を向けて、ブラックは真面目な表情で頷く。

「むしろ、そこからが始まりかも知れない」

 意味深な言葉を返したブラックに、デハイアさんは暫し無言で俯いて、何かを考え込んでいたようだが――――ゆっくりと、顔を上げた。

「…………分かった。お前達三人を、我が愛しの妹の部屋へ通す」
「デハッ……お、お兄ちゃん……!」

 慌てて言い直した俺に目を向け、デハイアさんは力強く首を縦に振ってみせる。

「今は、緊急事態だ。……国益を最優先にするのなら致し方ない」

 そう言いつつ、数秒間を置いて――――チラリと、クロウの方を見た。

「……まだ許したわけではない。だが……お前の力は認め、恩を返す。それ以上の事は、俺に求めるな」
「…………! ありがとう、ございます……伯父上……」

 クロウが、胡坐をかいたまま深く頭を下げる。
 まるで武士みたいなお辞儀の仕方だったけど、その少し詰まったような声の中には現しきれないほどの感情が溢れているんだろう。

 まだ、手放しで「良かったね」とは言えないけど……それでも、今のクロウの事を、今の力を認めて貰えた。それだけでも驚異的な前進だ。
 恩を返すという形で一旦縁が切れたって、相手に認めて貰えたなら希望はある。

「…………部屋に案内する。付いて来い」

 デハイアさんの言葉はぶっきらぼうだけど、彼は“二角神熊族”の名前に恥じない、領主としての誠実さを備えている。
 クロウやカウルノスと確かに同じ物を感じる相手に温かいものを感じながら、俺はブラック達と一緒にデハイアさんの後について部屋を出たのだった。









※色々やってたので遅くなりました…!朝やん…!
 。゚(゚´ω`゚)゚。休みで良かった……
 正直ちょっと寝落ちしてましたスミマセン

 
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