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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編
6.メイガナーダ領地の楽園1
しおりを挟むなんだかしこりが残る出立だったが、そればかりに気を取られていても仕方がない。
ルードルドーナの事はひとまず置いておき、俺は移動がてら話し忘れていた昨日の夢の事をブラックに話しておくことにした。
まあその、別にそれがヒントになるかどうかってのは俺にも分からないんだが、何故だか毎回知り得なかった情報を得られるからな。そのせいで、ブラックも最初は懐疑的だったのに、今じゃ俺の夢の話に耳を傾けてくれるようになっちゃったし。
自分でも未だに信じられないような話で、そもそもどういう仕組みでこんな不思議な夢を見るのかってとこが謎のままなんだけど……まあ、それはそれとして貴重な情報を得られるのは事実なので、俺もとりあえず信じる事にはしている。
【黒曜の使者】の能力なのかも知れないけど、キュウマも俺が見る夢に関しては何も言ってないからなぁ。……いやでも、質問したら答えてくれるんだろうか。
帰る時に聞いてみるか……なんて思いつつ、俺はクラウディアちゃんらしき小さな女の子とその家族の話をしたのだが。
「ふーん……なるほど……」
高い所を飛んでいるせいで肌が焼けてしまうので、ブラックのマントを日除け代わりにしながら、陰の中で相手を振り返る。
俺の後ろにぴったりくっついて乗っている相手は、俺の話を聞いて神妙な顔をしている。……でも、驚いた様子も呆れた様子もないみたいだった。
ブラックは俺の話をいつも信じてくれるけど……でも、なんか今回は変な感じだ。
まるで、この夢の内容を既に知ってたみたいな雰囲気なんだもん。
「……なんか、ミョーに納得してない? もしかして、何か知ってたのか?」
不思議に思い問いかけると、ブラックは「ああ、いや、ね」と曖昧な返事をして、何かを考えるように空に視線を走らせていた菫色の瞳をこちらに向けた。
薄暗い中でも存在感が有るその色に息を飲んだ俺に、相手は微笑む。
「まあ、知ってたワケじゃないけど……何となく見当はついたかなって感じかな」
「んん……?」
どういうことなんだそりゃ。
知ってたワケじゃないけど、見当はついてたって……どゆこと?
クラウディアちゃんの家族のことについても別段驚いてなかったし、本当にどっかで情報を得ていたんだろうか。アルカドアの城で何か情報を手に入れたのかな。
それとも、クラウディアちゃんの話を聞いて正体に見当がついたとか?
まあ、俺も何となく……クラウディアちゃんが、昔の「高い地位に居る人の娘」だとは見当をつけているけど……ブラックはそれ以上の情報を持ってるのかな。
そういや夢に出てきた“ネイロウド”っていうあの男の人の名前や、ガイおじちゃんと言う呼び名には、どーも何か聞き覚えがあるんだけど……なんだったかなぁ。
うーむ……気になる……。
「ふふ……。とりあえず、詳しい話は熊公の家の領地に到着してからだね。そこなら、多分何かしらの確証が得られるだろうし」
「確証かぁ……」
そう言われて、またふと夢の事を思い出す。
優しい顔をした褐色の肌の女の人が、俺に何かを探せって言ってたっけ。
そう、あれは……。
「えと……【ソーニオ・ティジェリーの手記】を、領地の館で探せって言われたっけ」
「ん? なんだいそれ」
あっ、そうか、あの時バタバタしてたからブラック達には言ってなかったんだっけ。
起きてすぐ行動って感じだったから、すっかり頭から抜け落ちてたよ。
慌ててその時の夢の事も話すと、ブラックは「ようやく納得が行った」とばかりに頷き――何故かやけに上機嫌になって、俺に背後から圧し掛かって来た。
「わっ、わっなにっ!? なんで急に寄ってくるんだお前はっ」
「へへ……ホントツカサ君ってば僕の欲しいモノをくれるよなぁって思って……」
「な……なんだよそれ……」
欲しいモノってアンタ、そ、そんなの俺は別になにも……。
いや、あの、なんで急にぴったりくっついてくるんですかね、あの、ちょっと、俺の腰に手を回さないで下さいませんか。落ちるって、落ちるってばっ。
「はぁあ……ツカサ君好きぃ……やっぱり、僕を満たしてくれるのはツカサ君だけなんだなぁ……」
「だだだだからやめろって耳に直接吹きかけるなぁああ!」
だーっやめんかこんな不安定な場所で俺に懐くんじゃない!
落ちたら死ぬってのにアンタって奴はなんでこう所構わずイチャイチャとおお!
「は、離れろって……っ」
「え~? でも、このままの方が安定するよぉ。それに、僕がツカサ君を抱えるみたいにして前の手すりを掴んでれば、ツカサ君は絶対落ちないし……だから、このままでいようよぉ。ね~」
「う……確かに安定はしてるけど……」
でも、やっぱり背中にぴったり貼りつかれて肩に顎を乗せられてると、アンタの気配をイヤでも感じちゃうからダメなんだってば。
横顔にアンタの髪が触れるし、息だってかかってくるし、それに体温が間近にいるだけでも伝わって来て、暑いのに余計に暑くなる。
空の上という緊張感も相まってか、心臓が痛い。
こ、こんなの絶対に体に悪いに決まってるんだけど、でも……背後に肘鉄を打つ事も何だか出来そうにない。空の上だからって言うのもあるんだが、その……。
正直……なんか……ブラックを、振りほどけなくて。
………………う……い、いや……別に、恥ずかしくないワケじゃないんだぞ。
でも、その、なんていうか……俺もゲンキンなのか、ブラックが「俺で良かった」って喜んでると、ワケ分かんないけど悪い気はしなくて……。
……ぐ、ぐぬ……俺ってカンタンすぎないか……。
「えへへ……ツカサ君……」
「ぐうぅ……」
顔が熱い。
さらにギュッと抱き込まれて息を飲んでしまったが、それ以上何も出来なかった。
……ま、まあ、今はロク以外誰も居ない、し…………。
「グォン?」
「ぶわっ、な、何でもないっ、何でもないぞロク!」
ロクが俺の様子に気が付いたのか、「どうしたの?」と首を捻ろうとして来る。それに慌てて返答すると、ブラックが背後で忍び笑いを漏らした。
こ、コンチクショウめ、お前が抱き着くせいだってのにっ。
ああもうでも俺も何だかんだ抵抗してないから何も言えない。
なんでこうなってるんだと恥ずかしく思いつつも、結局そのまましばらく俺達は間近の距離でくっつきあって、ロクに乗っていた。
――そんなこっ恥ずかしい二人乗りドラゴンライドをして、一時間ほど経った頃。
「あ……なんか見えてきたぞ……あれが【メイガナーダ領】か……?」
「そうみたいだね。……チッ、意外と速かったな……」
こらそこ舌打ちをするんじゃない。
耳のすぐ傍で聞こえた音をあえて無視しつつ、俺は近付いてきた山脈と小さな街の姿に目を凝らした。
「あれがクロウの故郷か……」
強風にマントを煽られつつ、陰から少し顔を出してその姿をしっかりと見る。
荒野と砂漠が広がるその場所は、その枯れた様相にも関わらず水が溢れているという……なんだか、不思議な場所だった。
「あれが、この大陸唯一の大河を作る山脈からの大瀑布か……ホントに街をすぐに飲み込みそうな程の勢いだね」
そう。
街のすぐ横には山脈の岩肌が有り、そこからは凄まじい量の水が滝となって広い河へと流れ込んでいるのだ。
その姿は、本当に砂漠の国とは思えないほどの光景だった。
「…………実際に見ると、やっぱり何とも言えない物が有るな……」
自分の声が、苦しげなのが分かる。けれど、それはどうしようもない。
だって、メイガナーダの話を聞いた時から……ずっと、何とも言えない暗い気持ちが付きまとっていたのだから。
――――ドービエル爺ちゃんとアンノーネさんの話によると、クロウの血縁の人達が治めている【メイガナーダ領】は、国土の端、南東の極地にあるという。
俺は今まで知らなかったのだが、この【武神獣王国・アルクーダ】の国土は、王都と港以外は東端にある大河に沿って街が作られているらしい。
なので、王都周辺の荒野や砂漠は領地ではない所が大部分なのだそうだ。
元々、クロウ達の一族は、そこを拠点として群れを作っていたんだって。
【古都・アルカドア】という飛び地と港から王都までの砂漠地帯は例外で、水が豊富にあり、わずかに植物が生える大河が国土のほとんどってことだな。
大河を中心に文明は興る……と世界史の先生が言っていた記憶があるが、獣人も例外ではないらしい。
王都に居るだけじゃ分かんなかったけど、アルクーダは水源を制した国なんだな。
そう考えると、ますます“二角神熊族”の凄さが増してくる。
だって、川の周辺って貴重な水がある土地なワケだから、当然ながら縄張り争いも激しかったんだろうし、ソコを自分達で支配するとなると、どんだけの群れと戦う事になったかもわからないワケで……だから、そんな場所を熊一族だけで統治しているってのは凄いんだよなホントに。
【五候】という“二角神熊族”の血族達がそれぞれ治めているけど、やっぱり彼らも凄まじく強いんだろうなということは容易に想像出来た。
彼らはそれぞれの土地で、他の種族を抑え有無を言わさぬほどの力を見せて統治を行っているに違いない。だから、今も大河の周りは【アルクーダ】なのだろう。
……話が逸れたな。
そんな豊かな土地を治める【五候】だけど、その中で一つだけ、不毛……というか不遇な土地ってのがある。それが、クロウの血族【メイガナーダ領】なのだ。
メイガナーダは、水を生み出す山脈にくっついた形になって存在している広大な領で、陸地側の国境を守るように存在している。
最も広い領地って話だが、アンノーネさんが言うには広いってだけであり、恵まれているワケではないらしい。
領地はあまりにも山に近く、領土のほとんどは荒野と砂漠だ。しかも、その水の近くで暮らそうとしても、湧き出る大瀑布が間近にあるために水害が多くて領民は彼らの血族がほとんどなのだそうだ。
――――つまり、ほぼ領民が居ないということになる。
辺境を守る辺境伯と言えば聞こえはいいけど、水や国境を守るために配置されただけの、実質「領地が有る“だけ”の警備隊」でしかない。
――つまり【メイガナーダ】は、人も土地も不毛の場所ということだ。
…………俺は、話を聞いた時にはいまいちピンと来てなかったんだけど、ブラックがアンノーネさんにそう冷たく言い返した時に、やっとそのことを理解した。
クロウの故郷は、貧乏くじを押し付けられたみたいな土地だったんだ。
ただ国を守るためだけに存在する領地。
それが、メイガナーダだった。
「…………クロウ、大丈夫かな……」
ロクが徐々に高度を下げて、着陸の姿勢に入って行く。
それに合わせて俺達も姿勢を低くしながら呟くと、ブラックが俺に覆い被さるように体をくっつけると、不機嫌そうな声で呟いた。
「行ってみれば分かるよ。……まあ、歓迎はされてないだろうけどね、絶対」
誰に歓迎されてないのか、という疑問は無い。
あの【五候】の一人であるメイガナーダ領主の鋭い目を思い出すと、答えなど一つしかないからだ。
……クロウとあの人の間に、何が有ったのか明確には判らない。
今はただ、クロウが傷付く前に到着したいという思いしかなかった。
→
※また遅れてしまいました…(;´Д`)申し訳ない…
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