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邂逅都市メイガナーダ、月華御寮の遺しもの編
5.出発する時に違和感があると凄く気になる
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翌朝。
話しこんで寝落ちしてしまった俺だったが、恥ずかしながらそれでしっかりと休息がとれたのか、案外目が覚めた時はスッキリしていた。
……何故か自分から付けた覚えのない石鹸の匂いがするが、深く考えないことにしておく。ブラックが満足げにツヤツヤしてるのもきっと気のせいだろう。
俺は知らん。つっこまんぞ、絶対につっこまないからな。
ともかく……理不尽にリフレッシュした体で、俺達は朝食を摂ったあと出発する事になった。やっとクロウと合流できるのかと思うと嬉しさはあるけど、しかし確実に厄介な事になっているのだろう所に行くのは緊張感が有る。
でも、クロウに危機が迫っているというのなら、行かない選択肢はない。
てなワケで、俺達は作って貰ったご飯をありがたく食べると、街の人達からは見えない王宮の奥まった場所から跳び立つ事になった。……のだが。
「…………すっごい人が多い……」
王宮の奥にある、小島を乗せた泉の近く。
この王都の生命線ともいえる、水が湧き出るオアシスを望む広い庭園の草地に、俺達は所在無げに立ち尽くしていた。
――その原因は、少し離れた所で俺達を囲むように見ている獣人のみなさんだ。
準備は万端で、あとは挨拶をして飛び立つ……はずだったんだけど、こんな感じでなんだか妙な状態になっていて、そのせいでロクが委縮しちゃったのだ。
けど仕方ないよな……今までこんなに人に注目される場所で“変化の術”を解くことなんて無かったんだから。ロクからしてみればそりゃ怖いよな。
そもそも、見ている人はみんな初対面みたいなもんだし……。
しかし……この状態でどうしたもんかなぁ。
ロクもたくさんの人に見られる事が無かったせいか、怖がっちゃって俺のベストの裏の隠しポケットに避難しちゃってるし……。
可愛いけども可哀想なので、早いとこ安心させてあげたいんだが。
「ブラック……これどうしたらいいと思う? 見ないで下さいって言っても、あの人達が俺らのお願いを聞いてくれるワケないよな……」
なんたって人族を見下している獣人族だ。
ドービエル爺ちゃんや殿下はともかく、アンノーネさん達とはだいぶ打ち解けて来たけど、他の臣下の人達は俺達とは特に喋っても居ないから、たぶん俺達がお願いしても聞いてはくれないだろう。
それはブラックも考えているのか、呆れたように肩で息を吐いて周囲を見回した。
「ま、十中八九聞かないだろうね。なんたって、みんなロクショウ君が目当てなんだ。どいつもこいつも滅多に見れないモノを見ようと目を輝かせてるし、絶対にここからは離れないだろうね。……ったく、気持ち悪いったらないよ」
「こ、こらブラック! でも困ったなぁ、ロクが怖がってるし……」
「キュ~……」
ロクが準飛竜の姿になるために、周囲には人が近寄らないようにして貰っている。だが、そのせいで大勢の人達が遠巻きに俺達を取り囲んで凝視しているような感じになってしまい、このせいで更にロクが怯えてしまっているのだ。
俺のベストの裏の隠しポケットに文字通り隠れているロクは凄く可愛いが、相棒を怯えさせてしまうのはしのびない。
しかし、あの人たちは俺らの言葉じゃ散ってくれそうにないしなぁ……。
どうしたもんかと考えていると、取り巻きが急に静まり返った。
突然の事に俺とブラックが目を瞬かせていると、自然と彼らが道を作るように一部を開ける。どうしたんだろうかと思っていると、そこから見知った人が近付いてきた。
ドービエル爺ちゃんと、アンノーネさん。
それに、ジャルバさんと……ルードルドーナだ。
ジャルバさんは、ナーランディカ家の分家なんだよな。だから【五候】ではないけど、よほどの信頼が有るのか、王宮の備蓄倉庫などの重要なところの管理を任されてるんだよな。後ろに撫ぜつけた黒髪とヒゲが似合う、垂れ耳気味な熊の耳が特徴的なダンディ熊おじさんなのだ。
久しぶりに会ったような気がするけど、見送りに来てくれたんだろうか。
まあドービエル爺ちゃんは分かるとしても、どうして二人が。
特にルードルドーナ。昨日話した時に気まずい雰囲気になったから、見送りに来るなんて思ってなかったよ。……まさか、また何か企んでるんだろうか。
ちょっと警戒しつつ四人を待っていると、彼らは俺達の前に立った。
取り巻きの臣下達を背にして隠すような感じだ。
彼らの顔を見上げると、爺ちゃんが申し訳なさそうに苦笑いした。
「いや、すまんなぁ……みな滅多に見られない偉大な存在が見られると思って、浮足立ってついはしたないことをしてしまって……」
「あのような視線ばかりでは、尊竜様に対して不敬ではと思いましたので、挨拶の体で、このように目隠しをしようということになりました。……陛下には執務に専念して頂きたかったのですが……」
アンノーネさんがジロリと爺ちゃんを見ると、苦笑いが強くなる。
……実は爺ちゃんもロクのことが見たかったのかな。そういうオチャメなところ有るからなあ……でもまあ、知っている人が囲んでくれていればどうにかなるかも。
「とてもありがたいんですけど……ジャルバさんと、その……ルードさんは、お仕事とか大丈夫なんですか」
「ああ、気遣ってくれてありがとう。だが私は帳簿や管理が主だからね。今日は丁度昼の番だったから気にしないで」
「…………私も、別に用事は無かったから……」
「私が連れて来たんだ」
そう言って、ジャルバさんは少し腰をかがめ俺に耳打ちをする。
「ルードが、珍しく君達の事を気にしているようだったからね」
「そ、そうなんですか」
「目に見えるほど他人に興味を持つなんて珍しいから、どうかと思ってね。まあ……帰って来たら、相手をしてやってくれ。ルードもああ見えて、引っ込み思案だからね。本音を言えずにまごまごしていることも多いんだ」
再び元の位置に戻って、よろしく頼むとウインクをするジャルバさん。
気の良い親戚のおじさんのようでつい緊張がほぐれてしまうが、ルードルドーナが引っ込み思案っていうのは……なんかこう……素直には頷けないな。
クロウに対しての暗殺計画を提案したのはコイツだし、腹黒で人に真意を見せないだけなんじゃなかろうか。いや、しかし、そう決めつけるのも早計だよな。
身内の甘い見方ってのもあるかも知れないけど、昨日見たルードルドーナは今までのスカした本人とは少し違う態度だったし。何より、母親のことに関しては嘘偽りない言葉だったように思えた。
そう思い返すと、ルードルドーナはホントならわりと激昂するタイプで……まあ、ソレを我慢して大人として振る舞っているってのはあるのかも知れない。
けどそれ「引っ込み思案」かなぁ……。
いや、まあ、怒りんぼ殿下ことカウルノス殿下と違って、この人に関してはほとんど交流を深めるような話をしてなかったもんな。
俺が知らないだけで、本当にルードルドーナはそういう感じなのかも。
…………とはいえ、クロウに味方してる俺達を気にしてたってのは、何かまた計画を邪魔しないか警戒してたってだけのような気がするんだけどなぁ。
ホント、ジャルバさんは紳士と言うかなんというか。
爺ちゃんもそうだけど、なんか気が優しい人が多いんだよなぁこの一族……まあ、俺の世界の熊ちゃんは臆病で身長だけど凄く懐くし賢いっていうし、熊族というのは気が優しい人が多いのかも知れない。
ともかく、まあ、見送りに来たルードルドーナは他意もないみたいだし、今回は気にしないようにしよう。それよりもロクが落ち着いてくれたかどうかだな。
「ロク、大丈夫か?」
ベストをちらっと浮かせてポケットに入っているロクを見やると、相手は暗がりの中で俺をじっと見て、その可愛いお目目をしぱしぱさせる。
そうして、鼻先をちょっとベストから出して見せた。
ゆっくり顔を出すと、壁になってくれた四人の男の姿を見てちょっと驚いたみたいだったが、彼らがしてくれていることを理解したのか、やっと出て来てくれた。
爺ちゃん達が興奮にちょっと息を飲んだが、ロクは気にせず俺に「キュゥ」と鳴く。
どうやら準備万端のようだ。
「よし、じゃあ……また頼むぞ、ロク!」
「キューッ!」
俺の言葉に元気よく鳴いて、ロクは少し離れた場所まで飛び、そうして――――
ボウンという大きな音と共に、白煙を周囲に纏って膨らませながらその姿を本来の準飛竜・ザッハークの姿へと変化させた。
「おお……っ!!」
「あれが尊竜様、もっとも竜に近いおかただ!」
「なんという神々しさ……黒い鎧鱗がなんと美しいことよ……」
白煙を大きな翼で吹き飛ばして軽く浮き上がるロクの姿は、やはり巨大だ。
その姿を見に来た人々は、ロクの本当の姿を見て口々に褒めそやす。
……ふ、ふふ……ちょっとなんか誇らしいな……。
「ツカサ君が鼻高々になってどうすんの。それより鞍をつけてあげないと」
「ハッ! そ、そうだった。ロク、申し訳ないけど伏せしてくれるか?」
「グォオオン!」
おりこうさんのロクはすぐに俺の言う事を聞いて、その場にゆっくり降りると首を寝せて俺達が乗る鞍を取り付けやすいようにしてくれる。
そんな賢くてでっか可愛いロクの首を撫でつつ、俺とブラックは二人乗りの大きな鞍をロクにとりつけた。……背後でザワザワしているが、あとちょっとの辛抱だ。
「よし……っと……」
「……ツカサ君はやく行こうよ。これ以上留まってたら、ツカサ君まで引きとめられて移動できなくなるかも知れないよ」
「え、ええ? それは無いと思うんだけど……」
鞍のベルトが苦しくないか、と注視しながらロクを見ていたので気が付かなかったが、どうやらブラックはチラチラと背後を見ていたらしい。
俺まで引き留められるってのは無いと思うが、しかし彼らはロクに対して尊敬のような気持ちを持ってるんだもんな。ロクの事を少しでも知りたくて、質問攻めにしてくるってのはありえる話だ。
「……ツカサ君またなんか勘違いしてない?」
「え?」
「まあとにかく、早くここから出よう。ほら乗って」
「お、おう……」
ブラックが俺の体を持って軽々と上にあげたので、鞍に乗らざるを得なくなる。
相手の思惑通り進んでいるようでちょっとシャクだったが、まあ仕方がない。一刻も早くクロウの所へ行かないといけないんだもんな。
とか思っていたら、ブラックは俺と違い軽く地面を蹴って飛び上がると……ひらり、とでも効果音が尽きそうなほど簡単に、一発で鞍の上に乗ってきやがった。
まるで、西部劇のガンマンが格好良く馬に乗るみたいに。
………………。
ドキッと言うか、俺とブラックの乗り方の格差に悲しくなってしまったんだが、それを言うと更に悲しくなりそうだったので、自分の胸にしまっておこう。
「じゃ……じゃあ、行ってきます……」
鞍に取り付けられている手すりを掴んで、爺ちゃん達を見下ろす。
「ああ、くれぐれも気を付けてな! ……息子達のこと、頼んだぞ」
「メイガナーダ領で、領主にはくれぐれも粗相のないように!」
「あそこは滝が近い、良かったら観光でもして来ると良いよ」
真剣な爺ちゃんとアンノーネさん。それとは対照に、俺達の緊張を解そうとしてくれているのか気楽な事を言ってくれるジャルバさん。
三人とも、俺達の事をそれぞれに鼓舞しようとしてくれている。
だけど……ルードルドーナだけは、何故か気まずそうな顔をして顔を逸らしていた。
何も言わなかったけど、でも、なんだかその表情が気になってしまって。
「あの……」
そう声を掛けようとしたが、もう遅かった。
俺達が安定した姿勢を取った事を感じ取ったロクが、ゆっくりと翼を動かしてその場から浮上する。優しいはばたきではあったが、その威力で水面と植物が何度も揺らめいた。それを感じる眼下の獣人達も、服や髪を風になびかせている。
もう既に地上を離れた俺達は、どんどん空へと浮き上がっていく。
彼らの顔が見えなくなっていき、姿もマッチ棒のようになってしまったが――
ルードルドーナが顔を背けている姿だけが、やけに浮いているような気がした。
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