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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
38.色仕掛けも時と場合によりにけり
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何故かよく体を洗わされ、薄着を着させられた俺は段々と寒くなる外に不安になりつつ、再びあの倉庫を訪れていた。
「おい、ホントにいいのか? あの野郎何するか分かんねえんだぞ」
心配そうに俺を見つつブラックに確認するケシスさんは、間違いが起こりかねないと言わんばかりの表情をしているが……ここまで来たらもうやるしかないのだ。
さっきロクには王都に飛んで貰って情報は手に入れたし、ケシスさんに頼んで牢屋への通路も開けて貰った。これで「やっぱり危険そうだからやめます」なんて言ったら全部が台無しだ。
俺がやるしかないってんなら、見地通り一肌脱ぐしかないでしょう。
……まあその、本当に色仕掛けが通用するかは分からないので、俺がやってダメなら後はブラックに頼むしかないのだが。
しかし何故か、ブラックは何故か俺の色仕掛けに自信満々だ。
俺としては絶対に失敗すると思ってるんだけど……まあとにかく、やるしかない。
「ケシスさんは、外で見張ってて下さい。もし誰か来るような気配がしたら、遠慮なく隠れて下さいね」
「それは良いけどよ……アイツがその【嵐天角狼族】だったとして、嬢ちゃんみたいな小さいメスに食い付くかね。獣人ってのはどいつもこいつもデカいだろ」
「そ、それは俺も思うんですけど……」
こういう色仕掛けってやっぱり、色気のある人がやるべきだと思うんだけどなぁ。
しかしブラックは不安な俺達に自信満々な笑みを見せる。
「まあそこは任せて。……さ、行こうかツカサ君」
「お、おう……」
「くれぐれも気を付けろよ。つーかお前、ちゃんと嬢ちゃん守れよ!」
「言われなくても分かってるよ」
勝手な事を言うな、とブラックはケシスさんを睨むが、まあ俺みたいなのを凶暴な狼男の部屋に放り込むような事をしているので、心配されても仕方ないと思うぞ。
ケシスさんからすれば、俺はガキに見えるんだろうし。
……けど、そこまで心配されると俺もちょっとプライドってもんが頭をもたげるぞ。
確かにこの筋肉も無い色気ゼロの体では、普通のヤツは気にも留めないだろう。
しかし俺達には“イケそうな作戦”があるのだ。最初は半信半疑で不安だったけど、こうも心配されるくらいなら、当たって砕けるのが男ってもんだ。
俺だって立派にスパイ大作戦を出来るオトコだってのを見せてやる。
鼻息荒く下り階段の通路へ足を踏み入れると、ケシスさんは心配そうにしながらも通路への扉を閉じる。中は緑色の謎の光で明るいし、出る時もこちら側から開ける事が出来るので心配はない。
ブラックを後ろに従えてどんどん階段を下りて行くと――体が温まり、汗がじんわりと浮かんだ頃に、ようやく扉が見えてきた。
うむ、まだ食器は出てないな。こちらも好都合だ。
俺とブラックは静かに頷き合うと、看守部屋の扉を叩いた。
「あ゛ぁ? 誰だ」
「さっき食事を運んできた者です。皿を下げに来ました」
「ケシスじゃねえのか。……よし、入れ」
……なんかケシスさんを警戒してる?
いや、ただ単に見知らぬ俺達がやって来たことを警戒しているだけかも。
なんにせよ、招かれたのだから入ってやろうではないか。
そう思い、俺は重い鉄扉を引い……ブラックに手伝って貰って引いた。
ぐ……こ、これは俺が腕力が無いわけじゃなくて、この世界基準の重い扉過ぎて、異世界人である俺には重すぎただけだ。平均的な腕力だからな俺は。
さっそく出鼻をくじかれてしまったが、とにかく扉を大きく開けたままにして入る。
ブラックは、扉を止める振りをしてその場にとどまる。このウルーリャスという狼男が何か予想外の事をしでかさないかを監視する役目だ。
なんせ、この緑の狼耳が特徴的な神獣の一派――【嵐天角狼族】のウルーリャスという男は……とんでもない奴だからな。
「失礼します」
既に情報を得ているおかげで、俺はビクつかずに相手が皿を放っているテーブルへと近付く。上げ膳据え膳が当たり前の立場だったからなのか、自分で外に出せとケシスさんに言われたのに、そんなことすらしようと思っていないようだ。
まあ、当然だよな。
だってこのウルーリャスっていう大男……ロクに急いで持って来て貰ったドービエル爺ちゃんからの情報によると、かの一族の【次期群れ長】だったんだから。
――――そう、こいつは、クロウの一族をライバル視している【嵐天角狼族】の長の息子であり、実力も兼ね備えたナンバーツーなのである。
……爺ちゃんからの情報を貰った時は驚いたけど、でも特徴が一致していたから、コイツが後継者で間違いはないだろう。一応、爺ちゃんには「コイツが敵にいる」とは言ってないし、手紙の内容も【前回の戦で戦った敵の詳しい情報を教えてくれ】とかボカした書き方をしていたので、直接的にコイツらが関わってると確信したワケじゃないだろうけど……ともかく、その「詳しい内容」を書いて貰った中に、ウルーリャスの特徴があったのだ。
白銀の、それこそ毛の長い狼みたいにボサボサした長髪に、力を抑えているというのにそれでも大きな体。筋骨隆々で雄そのものな容姿は、まさに彼しかいない。
他の狼の特徴も書いてあったけど、目の前でつまらなそうに耳をほじっている男と同じ特徴のヤツは、やっぱりナンバーツーのウルーリャスしかいなかった。
間違いないだろうから、そこはいいんだけど……しかし、本当になんで【二角神熊族】を目の敵にしているコイツらの大事な跡取り息子がここにいるんだろう。
「罰としてここで監視している」と言ってたけど……それもイマイチよく分からない。それに、強大なパワーを持っているだろうこの男を罰せる存在と言うのも謎だ。
まさか【教導様】や他の人族が罰したわけでも無かろうし……やはりクラウディアが牢番を命じたんだろうか。だとするとアイツも凄く強い奴ってことになるよな。
この狼男の一族は非常に好戦的だと書いてあったし、その力をねじ伏せられる男となると、やっぱり戦うにしてもかなり慎重にならなきゃな……。
なんせこのウルーリャスは、怒りんぼ殿下……カウルノス殿下の体力を奪うほどの怪我を負わせた張本人なんだから。
「…………」
テーブルに近付く度に、どくどくと心臓が高鳴る。
運動した時とは違う、精神的疲労を伴う強い鼓動に手が震えそうになるが、それを抑えて俺は平然とした態度を装いながらテーブルへと到達した。
「おさげしますね」
すぐ真横から、荒々しい視線が自分の横顔に注がれているのが分かる。
や……野生生物にロックオンされた時の恐怖ってこんな感じなんだろうか……。
恐怖でドキドキしすぎて目がくらみそうだ。が、頑張れ、頑張れ俺。
パンチの一発くらいなら耐えられるはず。まさか、パンチだけで頭がふっとぶなんてグロ漫画みたいな話はなかろうし……お、俺は生き返れるし……。
ああでも痛いのは痛いんだよっ。ううう……どうか作戦が上手く行きますように。
心の中で七転八倒しながらも顔に出すことなく、俺は皿を取ろうと腕を伸ばす。
汗ばんでいたせいで、脇に空気が通るのに軽く鳥肌が立つ。地下は外よりも温度が下がらず快適なままだが、それでもやっぱりちょっと涼しくなるのだ。
この状況でヒヤッとすること自体が怖いんだけど……なんて、思ったと同時。
スン、と、なにかを嗅ぐような音が聞こえたと思ったら、伸ばしていた方の腕を急にグイッと引っ張られた。
な、な、なにっ。なにが起こッ――――。
「ぎゃあっ!?」
「このニオイ……お前、まさかメスだってのか!?」
「ぎゃああああ脇っ、ワキやめてワキに鼻突っ込まないでええええ!!」
ほんのり火照っていた部分に無理矢理顔が捻じ込まれて、独特な感触のモノが脇のくぼんだ部分に押し付けられる。しかもそれが動くもんだから耐えられない。
か、嗅がれてるのも恥ずかしいのに、相手の顔が如実に自分のワキのとこにある光景もヤバすぎる。ほぼ初対面の人にこんな事をされるなんて、恥ずかし過ぎる。
い、今までもわりと変なヤツに変な事されたりしたけど、でもだからって耐えられるわけがない。というか、クロウ以外にこんな事をされるなんて、今まで考えたことすらなかった。ヤバい。と、鳥肌が……っ。
「まさかこんなオスガキみてえなのが、こんなニオイをさせるメスとは……まあおめぇ傭兵だっけか? そんな臭せぇオスばっかりの所にいるから嗅ぎ分けられなかったんだな……チッ……俺としたことが……知ってたらメシの後に食ったものを」
「ああああの離してっ、離して下さいぃいい」
「うるせぇぞ、メスはメスらしくオスに黙って食われてりゃいいんだよ。それとも尊厳のねぇ食い方しても良いのか?」
「うぐ……」
尊厳のない死ってのは、獣人的には戦って死ねない事を言う。つまり、この緑狼耳男は「本来の意味で食い殺すぞ」と言っているのだ。
で、最初の食うってのは多分俺を性的に食うんだと思……いやもうとにかくそれより先に脇から顔を引き抜いて下さい頼むから。
「あの、そのくらいにして貰えますか。その子、初心なものでオスにそう近付かれると混乱してしまうんですよ」
ブラックの二枚も三枚も猫を被った声が聞こえる。
その声にようやく他人が居た事を思い出したようで、ウルーリャスは俺の脇から顔を離した。でも、腕は掴んだままで全然離してくれない。勘弁してくれと思っていると、ウルーリャスは訝しげにブラックに問いかけた。
「……貴様、俺を目の前にして随分余裕そうじゃねえか。クソ人族だろうと、戦うオスなら俺の気配には平伏して当然だと思うんだがな?」
「いえ、こちらも必死の抵抗ですよ。これでも傭兵ですから。それに、初心な同僚が、強大な力を持つ相手に粗相をやらかしたら、雇われの身の我々にどんな咎が及ぶか分かりませんので……」
「んなみみっちいことするワケねえだろ、クソ人族じゃあるまいしよぉ。……だがメスを連れて来た事は褒めてやろう。こっちは熊どもを思い通りに殺せなくてイライラしてたんだ。丁度いい暇つぶしになるし……」
そう言葉を切って、俺の方を向く。
思わず緊張した俺に、ウルーリャスはニヤリと目を弧に歪めた。
「お前を喰えば、相当良い滋養になりそうだ」
そ……それは……どういう意味なんですかね……。
っていうかもうこの人、俺を喰おうとしてますよね。さすがにそれはちょっと。
「あの、お、俺……メスとしては未熟者なので……」
「なに言ってやがる。さっきは不覚にも鼻が効かなかったが、よく見ると太腿も良い肉付きしてやがるし……ケツも中々じゃねえか」
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し、しりっ、尻を揉まれたっ!
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こいつ絶対メスに突っ込んで自分だけ満足して終わるヤツだ。
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くそぉおおこんなヤツに良いようにされるなんて……でも下手なコトは出来ないし、まだコイツが何でここに居るのかわからない。
こ、ここは何としてでも情報をゲットしないと……。
「あ、あの……っ」
「あ゛? なんだ。感じて来たか?」
んなワケねーだろばっきゃろ。
でも俺も出来るだけ恥じらう演技を見せつつ、チラチラと視線を外しながら、俺の体をホールドしているウルーリャスに問いかけた。
「その……俺、こ、こういうの分からないんですけど……でも……」
「ん?」
「う……ウルーリャス様は、凄いオスだなって……手から、その……伝わって来て」
まあケツめっちゃぐいぐい揉んでくるからな。
凄い力が強いオスだなオイと思ったのは嘘じゃないぞ。
そんな俺の言葉に満足したのか、ウルーリャスは目に見えるほどニンマリとして、俺の首筋に顔を近付けて来る。ぎゃあっ、く、首を噛まれる。いや舐めるだけか。それはクロウもやってたもんな……何か知らんけど、神獣は体液程度でも相手から栄養を取れるみたいだから、めっちゃ舐めるんだっけ。
……く、食い千切られなくて良かった……。
「ふむ……可愛いヤツだなお前は。特になんとも思ってなかったが、こうして触れてみると顔も体つきも愛嬌がある。ここを出たら俺の妾にしてやらんでもないぞ」
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……殺気は押し隠してるけど、これ多分ブラックめっちゃ怒ってるな。完全に感情を押し込んでるけど、これ絶対後で俺が被害を喰う奴だ。
なんかもう、ねばっこい息を吹きかけられて首筋を舐められるのにゾゾッてる場合じゃない。ブラックが爆発しない内に早く話を進めないと。
そのためには、もっと媚びるのだ。……物凄く嫌だが、幸い相手はこっちを弱いメスだと見下しているし、しかも俺達は雇われの身だからって完全に気が緩んでいる。
この絶好のチャンス、逃すワケにはいかない……!
「あ、ありがとうございます……だけど、いつ……。ウルーリャス様は、罰を受けて、牢の……っ、番を、していると……伺いましたが……っ。あ、あの……俺……」
「感じて来たか? 照れるでない。存外可愛いなお前……」
「う、ウルーリャス様が、とてもお強いので……。だけど、どうしてこんなところに……」
そう言うと、首に触れていた舌が止まり、何やら相手の顔が歪んだ気がした。
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「殺しきれなかった罰とのことだが……あのクソ熊どもがどれだけ組し難いか、教導は理解しておらんのだ! 本来、互角の勝負で力を尽くし互いに倒れるほど戦って、ようやく戦が終わるほど【二角神熊族】は手強い相手だというのに、それを……あのような、卑怯な手をやらせておいて片手落ちだと……ッ!!」
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「ああそうだ、俺達にゃ関係ねえことなんだ。けど、どうにもならねえ……俺達には、まだ役割が有る。それに、俺がここにいるのは親父の命令だ。あの【教導】の言う事に従っているようでシャクだが、ここで待つしかねえんだ……」
そう言いながらも、またイライラして来たのかウルーリャスは歯噛みをする。
う、うう、鋭い牙が見える。その牙でいつ噛みつかれるかとヒヤヒヤしたが、ここが正念場だ。俺はとにかくメスっぽい(と自分が思う)しなを作ると、小首を傾げて相手の顔を覗き込んでみた。
「では……いつ罰は許されるんです? 俺、こんなに強い人がいる一族のみなさんに、会ってみたいなって思ってるんですけど……」
――――狼は、群れを何よりも大事にすると聞いた事が有る。
そうすることで繁栄出来ると学んだからだろうが、ともかく自分の仲間が危険に陥ると、彼らは協力してピンチを切り抜けようとするのだ。
だから、基本的に狼は群れを離れない。
……この世界の狼族だって、それは同じはずだ。どんなヤバそうなヤツだって、己の群れに関しては大事に思っているはずだ。
なら、きっと、そこを褒められれば悪い気はしないはず。
俺達が確かめたい事に関しても、この聞き方ならきっと怪しまれないはずだ。
そう思っての俺の問いかけに――――ウルーリャスは、簡単に食い付いた。
「ほう……お前、ずいぶんと話が分かるメスのようだな。うむ……人族にしておくのは勿体ない! もちろん、俺もすぐさま親父に会わせたいが……しかし、まだ駄目だ。俺の罰は、あと七日ないと許されん」
「七日?」
「おう。親父は今、熊どもを追って今度こそ倒すために動いている。それで成功して、ここに帰って来るまでが七日だ。親父が帰ってこんと、反省した姿も見せられん」
熊を追って動いている。
七日しないと帰って来れない。
……仮に彼らがクロウと同じような巨体で走れるなら、ここから王都まで行ってすぐに帰ってくるなら、七日も要らないはずだ。
それなのに、一週間かかるってことは……。
「なるほど……大いなる獣人の方も大変なのですねえ……。まあ、色々とご苦労など多いでしょうが、ひとまず景気づけにいかがですか」
「む?」
いつの間にかブラックがすぐそばにいる。
……俺から見るとあからさまに陰のあるヤな笑顔なのだが、ブラックの内面を知らないウルーリャスには、ただの笑顔に見えただろう。
そんなブラックは、相手に瓶を差し出した。
「高級な酒です。アルクーダの港で、オッと思ってこっそり買っておいたのですが……これは私よりもあなたに相応しいと思いまして」
高級な酒、と聞いて、ウルーリャスの緑の狼耳が分かりやすくピンと立つ。
何故だか良く分からないけど、獣人は肉と酒が大好きなんだよな。例えそれが憎き相手の国の酒でも、滅多に飲めない酒となると話は別らしい。
ウルーリャスは嬉しそうに酒瓶をひったくると、すぐに蓋を引き抜いて煽った。
ごく、と音がして、逞しい喉仏が動く。
あまりに勢いよく飲む相手に、目を丸くしてしまったが。
「ンごっ」
変な声を出した瞬間、突然ウルーリャスがそのまま体を弛緩させてしまったのに、ますます目を見開いてしまった。
……これは……寝てるのか。爆睡してる……?
ちょ、ちょっと酒を飲んだだけで、こんな突然に寝ちゃえるもんなのか……?
「……はー、やっと寝かせられたぞこのクソ狼」
「こ、こらこら……でも、本当にこんな簡単に酒に酔うなんて思わなかったよ……。ドービエル爺ちゃんからの手紙を貰った時は、ウソだと思ったのになぁ」
「いいからツカサ君こっちっ! 早くソイツから離れて! ……ふう。……まあ、何百年も戦ってる相手なんだ。お互いに寿命が長いから、弱点なんかもお互いに把握してるんだろう。……とはいえ、それを使わないで、ぶつかりあいを続けてるあたり、獣人族は馬鹿なんじゃないかと思っちゃうけどね」
ケツまで揉んだウルーリャスによっぽどご立腹なのか、ブラックは俺を強引に引き寄せて抱き締めると、俺の髪に顔を埋めてぐりぐりして来る。
こういうのも、男にやられると本来ならゾッとする行為のはずなんだけど……悔しいことに、ブラック相手だと寧ろ安堵してしまう自分がいる。
自分でも変だとは思うんだけど……デカくて怖い狼男に急所である首を舐められて恐怖を感じていた俺には、どうやらいつも触れて来るオッサンのほうがよっぽど安心出来るらしくて……ぐ、ぐうう……。
と、ともかく。
これでようやく少し進んだ気がする。
「ブラック、コイツが言ってたことが正しいなら……クロウ達が危ないんじゃないか」
真面目な話をしようと相手の顔を見上げると、ブラックは何故だか嬉しそうに笑いかけて来る。いやこの状況でその顔は違うだろ。
「そうだね、ウソかもしれないけど……コイツの一族が関わっている事だけは確かだとすれば、もう悠長にして良れないかもしれない」
そう言うなり、ブラックは俺を抱きかかえたままでウルーリャスに手を伸ばす。
何をするのかと思ったら、相手の腰に下げられた鍵束を引き抜いていた。
「え、それって……牢の鍵……?」
問いかけると、ブラックは笑みに歪んだ目を細める。
「人質は少ない方が良い。……僕達がコイツに接触した以上、それを知った【教導】が何をしてくるか分からないしね。丁度ロクショウ君が戻って来た事だし……今は、要人には避難してもらうしかない」
「マハさん達を助けるんだな! ……あ、でも……街の人達や、外に居る冒険者とかは……」
「大丈夫だよ。……少なくとも『国を崩壊させる』と言って、街の奴らに何もしない時点で、アイツらには無関係な一般人を殺すハラはない。黒い犬のクラウディアが憎んでいるのも、王族だって話だしね」
そもそも、獣人は人質を取って相手を脅すという卑怯な行為を嫌う。
武人として戦って死ぬことが誉れだと考える性質からすれば、弱い獣を人質にして相手を脅すなんて言うことは、弱い獣人以下の恥ずべき行為になるのだ。
だから、この大陸では暗殺も下卑た行為で、嵐天角狼族も二角神熊族もお互いの弱点を知りながらソコを突こうとはせず、ただ戦い続けてきたのだ。
――――確かに、そこは信用しても良いのかもな……。
「行こうツカサ君。こういうのは時間が勝負だよ」
「お、おう!」
獣人達の名誉を重んじる性質に今は感謝しつつ、俺はブラックと一緒に牢へ続く扉の鍵を開けた。
……だけど……なら、どうしてあのクラウディアはこんな手を使うんだろう。
名誉を重んじる性質があるなら、きっと【嵐天角狼族】を使って自分の手を汚さずに相手を始末する……なんてことは考えないはずだ。
それなのに、未だにこんな所にいるなんて……。
――あの妙に素直な相手の事を考えると、やはり違和感があるような気がしたのだが……今はそんな事を深掘りしている場合ではないと頭を振って、俺はマハさん達を救出すべく牢屋に突入したのだった。
→
※またもや遅れております(´;ω;`)スミマセン
だいぶ体が良くなってきました
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