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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
“うまく”料理してくれよ2
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持って来た食材の味を確かめている間に、巨大カニザリガニの固い殻はすっかり外されてしまっていたようだ。
オッサン二人の大きなため息が聞こえて振り返った時には、もう台の上に置かれているのは巨大な白い剥き身だけだった。床には赤い甲殻がいくつも転がっているが、コレを素手で剥がしたってんだから本当凄いよな……。
さすがは異世界人、細腕の女性でも俺より何倍も力持ちの世界だ。
でも、いくら力持ちだからって疲れるモンは疲れるよな。
俺は大きな水瓶に満たされている水を汲むと、額の汗をぬぐう二人の所へと持って行った。俺は楽な作業させて貰ってるんだから、こういうのもやらないとな。
「おっ、すまんな」
「おう、ありがてえ」
どっちがどっちなんだかという粗野な口調の二人が、俺の手から器を受け取る。
カニだかザリガニだか分からないモンスターとの格闘によっぽど手こずったのか、二人は喉を曝して勢いよく水を飲んだ。
ううむ、二人とも立派な喉仏だ……動く喉にちょっと羨ましくなるが、自分の喉を手で掴んでも全然そういうモノは感じない。
俺も十七歳の立派な大人のはずなのに、何が違うんだろうか。
早く俺もダンディな仏を手に入れたいものだが……って今はそんなことを考えてる場合じゃないか。
「ぷはーっ……とりあえず、これで料理は出来そうだな」
「ああ、お前達が来てくれたおかげで早く済みそうだ。いつもはオレサマしか料理する奴がいねえからな……」
「おいおい、他の奴らは何してんだよ。女はいねえのか」
――――今、明らかにケシスさんが失言したよな。
「いつもは自分しか料理係が居ない」ってことは、この城には兵士が……少なくとも「手の空いたもの」は全くいないということになる。
ケシスさんがさっき言ってた「俺達を入れて八人分の料理」と言っていたが、もしかすると、この城には正気の者は五人以上いないのかもしれない。
それは、重要な情報だ。
マハさん達の無事は未だに確認できていないけど、もし場内にいる敵がそれほど多くないのなら、ドービエル爺ちゃん達が潜入して奪還できるかもしれない。
俺達だけで……というのは流石に希望的観測が過ぎるので言えないが、他五人の素性さえ判れば、案外このはた迷惑な騒動はカタがつくのかもしれない。
そしたら、あの黒い犬のクラウディアが何者なのか聞く事も出来るかも……。
……ブラックも、たぶんそう考えているはずだよな。
だけど、さっきのケシスさんの言葉に「なるほど」なんて言葉も間も見せずに、何も気付いていない粗野な男を演じてるんだから本当に凄い。
ちょっと怖くもあるが。
…………だって、完全に自分の感情を押し殺して相手を騙せるくらい、ブラックは「そういうことを上達させなきゃいけなかった過去」があるってことだし……。
何をしていたのかを考えるのは怖くないけど、聞けないっていうのが怖い。心の傷に触れてしまい、ブラックが苦しむのが怖いんだ。
ブラックは頭が良いだけじゃなく合理的でドライなところもあるから、自分の意思で行うぶんには過去の経験を上手に活用出来てるんだろうけど……。
それでも、見ていて気持ちのいいものではない。
あまりにも完全に押し隠している事が、ただの修行で得た技術ではないのだろうなという事が感じられて、なんともいえなかった。
「女かぁ……そういうのもねえなあ。獣人の女どもはメスもオスみてぇに凶暴だし……そもそも、僻地から誰も居ない城っつう配置移動じゃ、娼姫を買う暇もねえよ」
「獣人に娼姫っていんのか?」
「さてなぁ……はぁ、んじゃまあ後は頼むわ。オレサマは部屋で休んでるからよ」
「おう」
重い雰囲気すら漏らさず、ブラックはケシスさんと軽口の会話を終えて相手を見送った。監視でもするのかと思ったが、本当に部屋に戻ってしまったらしい。
なんだかヤケに気を抜いているなと思ったが、まあこんな食材を毎回一人で料理することになるとなったら、もうただ休む日が欲しくなるものなのかも知れない。
「もう兜を取って良いと思うよツカサ君」
「えっ、あ、う、うん」
兜を取ると、周囲の空気がより一層ひんやりしているように感じる。
それくらい兜の中が蒸してたんだろうが、俺ってばケシスさんが要る事に緊張してたんだろうか。まあバレたら大事だもんな……。
結局最後までばれなくて良かったぜ……って、なに、なんで俺を見てニヤニヤしてるのブラック。何か良い事でもあったのか?
「ツカサ君たらホントに可愛いよねえ」
「……なんだそのからかうような言い方は」
「ううん、何でもない。ささ、早いとこ作っちゃおうよ。何か出来そうな料理ある?」
なーんか隠されているような気がするんだけど……ま、いっか。
ブラックの口車に乗っているようでイヤだが、今は料理を作るのが最優先だ。俺は素直に今まで味見していた食材を広げると、その中から使えそうなものを分けた。
「これと、これとコレ……くらいかな?」
「これは……塩とかそういう類のものかい」
覗きこんでくるオッサンは、もう先程の口調を忘れている。
そのことに内心少し安心しつつ、俺は説明してやった。
「このカツブシみたいなのは、たぶん何かのモンスターの肉だな。さっき齧ってみたら結構噛めば噛むほどトリガラ出汁出そうな感じだったんで、スープに使えるとおもう。で、こっちの瓶に詰まってるのは謎の香辛料だ」
「謎のこうしんりょう」
「よくわからんけど、俺が食べた事が有る味がする」
「カツブシってのもよく分からないけど、ますますよく分からないね……ツカサ君が変な料理をするとは思わないけど、本当に食べて大丈夫なのこれ」
まあ気持ちはわかる。だって俺も恐る恐る味見したもんな。
革靴の底みたいな干し肉に、褪せた紫やオレンジの粉だもの。そりゃブラックもコレ大丈夫なのって気持ちになるだろう。
しかし今回は野菜などの具材が無い以上、コレで勝負するしかない。
てなワケで、俺は早速巨大カニザリガニを料理する事にした。
……でも、今回はそう凝った事は出来ない。
カニよりしっかりしたモンスターの白身肉は、手で裂けば繊維状にほぐれる。茹でたササミみたいな感じだなと思ったが、味はカニと謎のほのかな苦みを合わせた微妙なお味なので鶏肉と比べるべくもない。
苦味がどう考えてもネックで少し悩んでしまったが、冷水を浴びせてうどんのようにこねれば苦味が抜ける事が分かったので、ここはブラックに手伝って貰った。
カニの風味のみになればこちらのものだ。
あとは甲羅を砕いてダシを取りつつ、干し肉をお湯で戻して味を見る。
干し肉のダシは香ばしくて濃く、甘味は有るものの油がちょっとくどい感じだ。でも、香辛料と会わせる事で中華風味の味付けになった。
何故そうなるかはナゾだが、もしかするとこの香辛料は秘伝のスパイスか何かなのかもしれない。偶然の出会いだったが、中華風味もこの世界じゃ珍しい味なので、もし発案者の人が居たら売って欲しいくらいなのだが……今は望むべくもない。
ともかく、この出汁を煮詰めて水分を飛ばしてタレ状にし、細く切った肉とカニの身を炒める。火加減はブラックに頼んでいるので、火力もバッチリだ。
炎に踊る炒め物を操っていると、ついつい俺が料理の達人みたいな錯覚に陥ってしまうが、慢心は料理を濁らせるのだ。心を落ち着けてもう一つの料理を作る。
こちらはシンプルに甲羅のダシで作るスープだな。
味付けは塩コショウのみだけど、軽くあぶったカニの身の香りが良い感じに優しい味付けのスープになってくれた。
本物のカニのスープが何たるかは知らないが、これくらいなら上等だろう。
あとはシンプルにカニの身を茹でて水で揉んだものを用意して、大体一時間ほどで全ての料理を作り終える事が出来た。
…………で、でも、さすがに疲れたな……巨大な身をむしって裂いてだし……。
「はぁあ……や、やっと終わった……」
最後の大皿に茹でカニザリガニを盛りつけた俺は、その場で座り込む。
地べたに手を付けたが、後で洗うから許して欲しい。もうそんな弱々しい懇願しか出てこないほど、俺は疲れてしまったのだ。
そんなこちらの燃え尽きた様子に同情してくれたのか、ブラックもその場にしゃがみ俺を労ってくれる。アンタにも火力調節とか下拵えとか手伝って貰ったのに、どうして俺の方がへたりこんでるんだろうな……まあ仕方ないけども……。
「お疲れ様ツカサ君……」
「いや本当に疲れたよ……試食でハラいっぱいになっちゃったし……」
そう。疲れたと同時に、俺は満腹だった。
美味しかったとはいえ細かく味を調節するために食べまくってたから、もう試食だけで腹がパンパンになってしまっているのだ。
ああ、料理中のつまみ食い……試食って本当に腹が膨れるんだな……。母さんが新しい料理を試した時に限って、あんまり食べなかった理由が今やっと理解出来た気がする。試食だ。試食で腹が死んでんだ。
てっきり食欲が無いのかと思ってたけど違ったんだな……なんかもう、次からは変な料理が出ても感謝して食べよう……不味いと素直に不味いって言うけども。
「さて……次はコレを運ばなくっちゃね」
「えっ、お、俺達が運ぶの!?」
さすがにそこまでするとは思ってなかったので驚くと、間近の顔がニヤッと笑う。
「もちろんあのケシスって野郎も一緒だけど、これっていい機会じゃない? この城の中に居る“正気でいることを許された幹部”の顔を見られるよ」
「確かにそれは大きな情報になるけど……大丈夫なのかな……やっぱ薬とかですぐに操られちまうかも……」
「うーん……まあそれは……大丈夫なんじゃないかな?」
なんでそう言いきれるんだろうか。
でも、ブラックは根拠のないことを自信満々に言わないタイプだし……。
俺には未だ分からないけど、ブラックにはもう既に把握出来ている事が有るというんだろうか。そういえばケシスさんと二人きりだったし、あの時に重要な情報を聞いていたのかもしれない。だったら……大丈夫、かな……。
「心配がないなら良いけど……何か情報でも手に入れたのか?」
相手の顔を見返しながらそう言うと、ブラックは猫のように満足げに目を細める。
そうして、俺の手を取り一緒に立ち上がった。
「後で教えてあげる」
何が何だかよく分からないが……ブラックが自信満々にそう言うと、不思議とその言葉を信じてしまう。相手が素の状態のままで言うから余計に。
……そんな風にすんなり思ってしまえる自分が、すこし恥ずかしかった。
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