異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編

12.一抹の不安

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   ◆



 シーバさんが、クロウや仲間達と共に奴隷の身から解放された後。
 彼らはシアンさんの計らいで、故郷である獣人大陸・ベーマスに戻る事になったのだそうな。その時は仲間達全員で船に乗り、到着したら「一度故郷に帰る」ということで、それぞれが港町で別れたらしい。

 元々は、護国武令軍――人族の国で言う騎士のような立場――だったシーバさん達だが、既に軍籍は剥奪されて一般人としての身分しかない。だから、兵士として国に仕えると言うのも難しかったので、みんな行くあてもなくとにかく帰ることにした。
 三分の二くらいの仲間達には故郷に家族がいたりするし、王都や街などに家族を作っているので、それほど迷う事も無かったようだが……問題は残りの者だ。

 彼らはシーバさんと同じように、自ら何かの立場を辞して放浪していた身で、国外の場所では歓迎されるような身分では無かった。
 その「理由」までは、シーバさんも教えてくれなかったけど……。

 ともかく、残りの者達は、あてどなく街などを放浪する事にした。
 ほとんどは軍に居たおかげで他の獣人達と打ち解ける術もあり、当然シーバさんも暫くはそうして暮らしていたそうなのだが……ある日、噂を聞いたのだそうな。

 ――お前知ってるか。新しい王様、戦竜殿下っているだろ? アイツさあ、この前の“嵐天角狼族”との戦いで背後から打たれて昏倒したらしいぜ。前代のドービエル様はすげえ王様だったのによ、情けねえったらねえ。

 ――でも、戦も勝って御咎めなしなんだろ。ウソなんじゃね? まさか、あの“二角神熊族”の王子が背後をとられるなんてないだろ。

 ――話じゃあよ、トル・クシャヤ軍の支援も関係なしに突っ走ったらしいぜ。だから、そのせいなんじゃねえか。偉大な父親を真似ようとして功を焦ったんだよ。

 ――んだよそりゃ。そんなクソみてえなヤツが俺達の頂点なんて、この国もやべえんじゃねえのか。困ったもんだぜ……商売に影響したらどーしてくれんだ。

 ――こりゃ今回はダメだな。前もお家騒動で一番ダメだったっつう第二王子を追放したらしいが、第一王子もダメならどうしようもねえぞ。“鼠は獅子を生まない”とかよく言うが、このままじゃ熊の王様は王様を生まないになっちまうぜ。


 酒場で暢気な商売人達が笑いながら零していた、下世話な会話。
 いつもなら、酒の席で気が大きくなる者など珍しくも無いと王族への暴言は聞いても聞かぬふりをしていたが、その時ばかりはシーバさんも反応してしまった。

 だけどそれは、王様を侮辱されたからじゃない。
 クロウを追放した癖に自分は失敗をして、それで咎められずにのうのうと王の座に座り続けようとする、怒りんぼ……カウルノス殿下への怒りからくるものだった。

 クロウは、何か理由が有って王族から追放された。
 俺はその理由がどういうものなのかも知らないけど、自分の主だとも言えるクロウが追放される所を目の当たりにしていたシーバさんには、そんな甘い対応をされてるカウルノス殿下の事が許せなかったんだろう。

 だから、シーバさんは秘密裏に王族の内情を探り始めた。
 正々堂々と戦うのが獣人の誇り高い姿だが、人族達がそうしていたように「裏から手を回して陥落させる」という術も有る。人族は、良い意味でも悪い意味でも生き汚く誇りを捨ててまで戦う。それをシーバさんも知っていたから、躊躇いなく動いた。

 だけど王族の内情を外から探るのは骨が折れて、最近は挫けかけていた。
 そんなところに……――妙な人族が現れたという。

『貴方を観察させて貰っていました。……是非、我々に協力して頂けませんか?』

 いつからシーバさんを見ていたのか解らない、目深にフードを被ったやけに体格が大きい男。その男は唯一曝け出されている口でニイッと笑い、シーバさんを“とある組織”へと案内した。

 それが――――件の“黒い犬の獣人が率いる群れ”だった。

「シーバさんは、ナイリ山脈周辺の調査をやらされたって言ってたよ。で、その報告をする時には必ず例の“黒い犬の獣人”が大男の人族と一緒に居たんだって」

 シーバさんから聞いた事を、クロウの注釈も織り交ぜてそのまま伝える。
 あの宿での一件の後、俺達はすぐに二手に分かれ、俺とクロウはブラック達の所に戻っていた。二人はずっと“骨食みの谷”を監視してくれてるワケだし、俺達もシーバさんから教えて貰った情報を早く伝えたかったしな。

 ってなワケで、早速二人に今までの事を話しているのだ。

 ……ちなみに、連れ込み宿に行った事は内緒だ。何も無かったとしても、ブラックは物凄く騒ぐからな。浮気だとか騒ぐんじゃなくて、僕も行きたいえっちしたいとか言う方向でダダをこねるから厄介なのだ。
 今はそんな事をしてる場合じゃないのに、このオッサンは遠慮なくヤろうとするからなマジで。まあそれはともかくとして。

「黒い犬の獣人、か……」
「耳の特徴に聞き覚えが無いな……そいつは本当に犬族なのか?」

 呟くブラックと、問いかけて来る怒りんぼ殿下に、俺は頷く。
 シーバさんは「ニオイの細かい事は判り辛かったけど、確かに犬族特有のニオイがした」と言っていたし、そこは間違いないだろう。
 俺の肯定に補足するようにクロウが付け加えた。

「彼らは名乗らなかったそうだが、狼族のシーバなら相手の種族を間違うような嗅ぎ方はしない。……相手もそれを知っていてシーバの前に姿を見せたのだろう。素性が知れないのに名乗らなかったというのは、少々不可解だが……」
「犬と狼は親縁のような関係性だ。身元を知られぬようにしたのではないか」
「見た事も無い犬族だってザンス狼が言ってるのにか? ちぐはぐすぎるだろ」

 ブラックの言う事も尤もだ。
 確かに、自分から姿を見せてニオイすら嗅がせておいて名乗らないのは変だ。
 近しいという狼と犬であれば、きっと相手が自分の種族に気付く事も分かっていただろうし、自分が珍しい種族ならそれを隠して近付いたはずだ。

 それなのに、無防備に姿を見せているし、そのくせ名前だけは隠すなんて。
 ……ホントにどういうことなんだ?

「まあ……その辺りは置いておくとして、黒い犬が首領ってのは間違いないのか」
「ウム。それは確かだとシーバが言っていた。自分は雑兵扱いで、深部まで入り込めなかったと言っていたが……アルカドア襲撃の前夜に皆の前に現れ、その黒い犬は人族獣人族を問わず集めた後に、こう言ったそうだ」

 クロウの言葉に、ブラックが声も無く訝しげに顔を歪める。
 あからさまな態度を見せた相手を見て、クロウは言葉を継いだ。

「国家などと言う脆弱で混沌とした器で誇り高き獣人を縛り付けている存在を、我々は許してはいけない。長たる資格なきものが長として座り続けるのは、古来からの獣の生き方に背くもの。権力にしがみつく獣は、この赤き砂漠のように血塗られし歴史を繰り返すのみ。それを許してはならない……――そう声高に叫んだそうだ」

 冷静ながらも少し何かを心配したような声。
 その心配そうな理由だろう怒りんぼ殿下を見上げると、やっぱり何か図星でも刺されたかのような微妙そうな顔になっていた。
 ……ま、まあ、そりゃそうだよな。

 怒りんぼ殿下は今、王権を保留状態にされている。
 それは、王様としてちょっと力不足だなと思われてはいるけど、それでもまだ王様に戻れる可能性を持たされているということなのだ。
 早い話が、だいぶ甘めに守られているとも言える。

 殿下もその甘い評価を自覚しているから、こんな顔になってるんだよな。まあその気持ちはわかる。自分が至らないせいで失格にされたのに、まだチャンスを貰えてるんだもんな。

 嬉しさはあるけど、ソレを指摘されるとやっぱり男としては恥ずかしいワケで。
 一人前扱いされてないようなモンだし、グヌヌとなるのは仕方なかろう。

 でも、その黒い犬の宣言が一言一句間違ってないとすると……。

「やっぱり、国家転覆が目的なのかなぁ」
「ムゥ……そこはどうとも言えんな。シーバは『まずアルカドアを襲撃する』という話を聞いただけで、その作戦を実行する集団は既に作られていてどういう作戦か知ることは出来なかったし、骨食みの谷の事もそうだ。情報収集係に任命されていただけで、詳しい事はあまり判らなかったらしい」
「なんだ、じゃあほとんど情報なんて無いってことじゃないか」

 真面目に聞いて損した、と眉を上げるブラック。
 そ、そうは言っても首謀者っぽい人達が分かったんだからそれで大収穫だろう。
 ちょっとはシーバさんに感謝しても良くないか。

「それでそのシーバとかいう元兵士はどこに行ったんだ」

 怒りんぼ殿下が問う。
 ……さすがに「殿下を殺して謀反しようとしてました」とは言えなかったので、そこも伏せておいたんだよな。ブラックは察してたみたいだけど、そこは大人の機微と言うのか、教える気はなさそうだった。こういう所はちゃんとしてるよなあコイツ。

 ともかく、今は余計に混乱させる事は言うまい。
 クロウもそう思っていたようで、ナルラトさんの事も伏せつつ答えた。

「供の者と、再び組織に潜入すると言っていた。なんにせよ、彼らが動くのは厄介なモンスターが出ない朝の内だ。シーバの話では相当な数の兵士が集まっていたようだから、今動くことはなかろう。夜の内にこちらに報告を寄越すと言っていた」

 あ、そうだった。
 この世界って、夜は昼のよりも強いモンスターがうじゃうじゃ出てくるんだっけ。

 国崩しをもくろんでいるなら、夜中に砂漠を移動して、戦力をいたずらに消耗させるようなことはしないだろう。たぶん。
 シーバさんもそういう事は言ってなかったので、大丈夫なはず。
 もし動く事になっても、ナルラトさんが急いで知らせに来てくれるだろう。二人とも俺達の“試練”に協力してくれるらしいし、とりあえずはこれで安心だ。

 いや、戦闘するならそうも言っていられないけど、ここまで来たら四の五の言わずに腹を括らなきゃな。そう思って、俺は改めて気合を入れた。

 これが俺達の『目的』に必要な試練だからってのもあるけど……クロウ達の故郷をムリヤリ壊そうとする敵を見逃すのは、我慢ならない。
 こういう爛れた関係である前に、俺達は大事な仲間なんだ。大事な奴の大事な物を守るのは、仲間として当然だからな。何としてでも敵を“おさめて”みせねば。

 一先ず終わった会話の横でロクと鼻息を荒くしていると、隣に居たブラックが神妙な顔をしながら小さく呟くのが聞こえてきた。

「それにしても……なんだか妙なことになって来たな」
「妙なコト?」
「キュ?」

 ブラック達と一緒にお留守番していたお利口さんなロクは、俺の肩に乗って可愛く小さな頭を傾げる。その暑さをものともせぬ可愛さに思わず視線を奪われてしまったが、慌てて我に返りブラックを見やる。

 無精髭が少し濃くなった横顔を見せる相手は、俺達の視線に気が付いたのか手を口の横に当てて、小さく耳打ちをして来た。

「あのヨグトとか言う鼠人族の男……どうも引っかかるんだ。アイツ、ツカサ君に巻き込みたくないとか言ってただろ。その言い方が……どうにもね」
「確かに……なんか、当事者みたいな感じだよな」

 思い返してみると、確かにヨグトさんの言葉は変だった。
 まるで、自分は既に事件の渦中に居て、まだ巻き込まれてない俺達をその渦から必死に遠ざけようとしているような感じで話してたっけ。
 ……つまりそれって、ヨグトさんは既に巻き込まれてるってことだよな?

 ブラックの言う通り、なんかちょっと変な感じがする。
 悪い予感というか……あんまり考えたくない予想というか……。

「もしかして、あのヨグトって奴……黒い犬と繋がってたんじゃないのかな」
「えっ!?」
「そうでもないと、説明がつかなくない? この大陸に潜んでる“根無し草”の鼠人族が、黒い犬の情報を握っているのは確定してるけど……でも、その他の奴らがその事を知ってる素振りなんて微塵も無かっただろ? 噂すらなかったじゃないか。それなのに、アイツは黒い犬の危険性を知っていた。ってことは……仲間である可能性が高いってことじゃない?」
「……それは……そう、だけど……」

 つい声が弱々しくなってしまう。
 ……ブラックの推測は、筋が通っている。

 あの時のヨグトさんは、自分が今どこに属しているか明確に言わなかった。ナルラトさん達を「王族に仕える」とは言っていたが、自身の所属は明かさなかったのだ。
 今でも“根無し草”をしているなら秘密にするのも頷けるし、俺達が知っているだろう存在に仕えていないから話さなかったというのも納得だ。

 敵側に雇われているから、ヨグトさんは情報を知っていて……自分の事を隠しつつも、俺達に出せる限りの情報で警告してくれた。
 弟子と仲のいい俺達を巻き込みたくないから、教えてくれたんだ。

 ――そう思えば、全てすんなりと筋が通る。
 でも、そんなこと考えたくない。

 “根無し草”は、諜報や暗殺が生業だと聞いている。だから、誰に雇われようとも、彼らの仕事を否定する気はない。
 けれど、弟子であるナルラトさんやラトテップさんの事を話した時の、親みたいな顔をしていたヨグトさんを思い出すと……つい、その推測を否定したくなってしまう。

 ナルラトさんの大事な人であろう師匠を、敵だと思いたくは無かった。

「……覚悟だけはしておこう。ね、ツカサ君」

 そう言って、俺の肩を抱くブラック。
 もう日が落ちかけていて、段々と砂漠が熱を失っていく。

 空から冷えた空気が落ちて来るかのような錯覚に襲われたが、ブラックが俺の体を引き寄せて包み、その寒さを感じさせないようにと俺をすっぽり抱きこんでしまった。
 あったかくて、勝手に心臓がどきどきして来て、顔が赤くなってくる。
 だけど、ブラックはいつもみたいに俺を茶化したりしなかった。

 …………ずるいなぁ。

 いっつも、心を見透かされてるみたいで悔しいけど……こういう時は、気遣われてるんだなと思うと胸がぎゅっとして、何も言えなくなってしまう。
 こんな時ばっかり大人で、ずるい。

「……悪い知らせが、届かないといいんだけど……」
「どうなったって、なんとかなるさ! だって、今度は僕がずっと一緒にいるもの。……だから、どんな“試練”だろうとツカサ君は大丈夫。……ね?」
「ぅ……」

 耳元で囁かれて、頬が痛いくらいに熱くなる。
 ちくちくした痛痒い感触も、吐息も、ふんわりと顔を擽ってくる髪の毛も、全部が俺を動揺させる。別にキスされたわけじゃないのに。

 でも、今はその緊張感のない鼓動が安心させてくれる。
 たとえどんな事になっても、ブラックならなんとかしてくれるって、思えて。
 ……そんなこと、素面じゃとても言えなかったけど。

「ふふ……ツカサ君可愛いっ」
「か、かわいくないし……」

 背後で熱心に会話している兄弟の声を聞きながら、俺は今少しだけその場違いな鼓動と熱に浮かされていた。









※暑さでPCを中々起動できず遅くなってしまいました…!
 。゚(゚´ω`゚)゚。時間カカターヨ!!ツイッターでは言っておりましたが
 深夜にこっそりすみませぬ…
 あと数日なんか凄く熱いみたいなので、更新時間が
 乱高下しそうなので、あらかじめよろしくお願いします…!

 
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