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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
8.敗者の土地に住まう鼠1
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あれからほんの数十分後。
俺とクロウは、見張りをブラック達に任せて【海鳴りの街】に到着していた。
その目的は、もちろん【根無し草の鼠人族】に斥候を頼むためだ。
相手の素性を探って来て貰おうというのである。
本当なら俺達がやるべきなのかも知れないが、こちらには王族が二人も居る。ヤブヘビを突いて、変な事態にはなりたくない。
なので、安全かつ確実に情報を掴んでくれるだろう彼らを頼ろうとしているのだ。
しかし、街について早々……この熊さんと来たらロクな事しか言わなくてだな。
「ムゥ……ブラックばかりキスしてずるいぞ。オレもツカサを吸いたい」
「欲望に素直すぎる」
というか、街中を歩いているのにそんな事を言わないでくれ。
いくら無法地帯の【海鳴りの街】とはいえ、そんなことを大っぴらに言うもんじゃ無いだろーが。いや、獣人もえっちな事には明け透けだから良いのかも知んないんだけどさあ。でも俺は恥ずかしいんだよ! 言われる方の俺が恥ずかしいの!!
獣人のお姉さん達に笑われたらどうすんだ、と睨むが、クロウはいつもの無表情なノホホンとした顔しかしない。一応非常事態なのに、ずいぶんな余裕だ。
「あのなクロウ、そんな場合じゃないんだぞ……」
「だが、オレだって頑張ったのに触らせても貰えないのは我慢ならん」
「アンタは試練の時にいっぱい色々したでしょうがっ!!」
「ムゥ……」
むう、じゃないよ。むう、じゃ。
ブラックと分かれて行動した瞬間にこんな事ばかり言ってるけど、何故そんなに俺を吸いたがるんだお前は。もうキスとかの次元じゃないぞその吸い欲は。
頼むから落ち着けと睨むが、しかしクロウは全く動じていないようだった。
「アレだけでは足りん。もっとちゃんとツカサを味わいたい」
「だ、だから……そんな場合じゃないだろ。まずは目的達成が先だ! ブラックだって我慢してるんだから、アンタも我慢しなさい!」
「ヌゥ。ツカサが冷たい……」
だーっ。だからあからさまに拗ねるなっ!!
ぜぇ、ぜぇ……ったくもう、なんだってこうブラックと張り合うかな。
殿下と和解してから、また最初に会った時みたいな押せ押せ熊さんに戻ってる……というか、甘えん坊が強くなってる気がするんだが。
……ま、まあ、自分に素直になれるのは良いことだけどさ。
でも流石に今は任務を優先して欲しい。
俺達は、武神獣王国・アルクーダの国王に成るための“三王の試練”を行う三人の神獣王に“第二の試練”をやれと言われた真っ最中なんだからさ。
しかも、古都アルカドアでは今もマハさん達が謎の敵と戦っているし、その謎の敵の一部を倒して来いと言われてるんだぞ。イチャついてる場合かっての。
しかも、き、キスだのなんだのと……ぐうう……ともかく、今はちちくりあってる場合じゃないんだ。頼むからもうちょっと真面目にやってくれ。
一番真面目にやってるのが警戒対象だった怒りんぼ殿下ってなんなのよ。
いやなんかシャキッとしてくれて良かったんだけどさ。
「ツカサ、ちょっとだけ味見……」
「だーっ! そんな場合じゃないだろってば! ともかく早くヨグトさんっていうか……鼠人族の誰かに会わないと……」
しかし、周囲を見回してもネズミっぽい耳の獣人は見当たらない。
土がむき出しの地面を平気で闊歩する獣人達は、男女ともに体格も良く堂々としていて、獣人にしては細身の鼠人族の姿は見えない。
彼らは暗殺や諜報活動を生業として行ってきた“根無し草”の一族だから、こういう大通りは通らないのかも知れないけど……またあの店に行けば会えるんだろうか。
そう迷っていると、クロウが俺の服をくいくいと引いた。
「見つけた。行こう」
「え? う、うん」
ニオイで判断したのかな。
まあ獣人族は五感が鋭いし、クロウくらいのヤツなら簡単に目的の相手を発見しちゃうんだろう。ちょっと戸惑ったが、俺は素直にクロウに付いて行くことにした。
案の定、クロウは比較的綺麗な建物が立ち並ぶ大通りから離れ、路地を通り街の奥の方へと入って行く。やっぱ裏稼業の人って裏に住みがちなんだよな。
ヨグトさんも特別室みたいなところに入って来てたし、そういうのはどこの世界でも同じなんだなぁ。いや、待てよ。暗殺ギルドとか物騒なギルドがある話もあるか。
でも、そんな労働組合があれば、ラトテップさんも“根無し草”である自分を恥じずに、今も仕事を続けていられたのかも知れない。
獣人族って、正々堂々と戦うのが絶対正義で、暗殺は人族以上に嫌われるって話だしな……しかも、俺達人族が暗殺に嫌悪感を持つ以上に嫌悪されるっぽいから、そういう一族って理由で“根無し草”にならざるを得なかったラトテップさん達が、どう生きていたかは想像に難くないのだ。
もしギルドなんて作られるくらいには認知されて、仕事も斡旋されるような環境だったなら、ラトテップさんも……人族の大陸に来て……俺に出会う事も無かったのに。
…………。
……今更そんなこと言っても、仕方ないんだけどな。
「ツカサ?」
「あ、いや、なんでもない」
クロウに顔を覗きこまれて、慌てながら首を振る。
いかんいかん……そんな場合じゃないのは俺も一緒なのに、ラトテップさんの事を思い出すと、つい色々と考えて他の事がおろそかになってしまう。
こんなんじゃ、ラトテップさんに顔向けできないってのは分かってるんだけどな。
ともかく今は“骨食みの谷”に巣食っているあの謎の敵達のことだ。
つーかそもそも、あいつらが「古都アルカドア」を襲ってるヤツラなのかってのは、今のところ推測でしかないんだ。もし別の存在だったらそれはそれで危険だし、そこらへんの事を知るためにも、早い所情報通の鼠人族さん達に会わないとな。
……なんて思っている内に、俺達はどんどん街の路地裏の方へ入って行く。
途中途中で大通りにいた獣人達よりもガラの悪そうな、まさに今イチャモンをつけて来そうな人達が地面に座り込んでいるのが、時折道の端に見える。
なんだか眼光が鋭くて、ついクロウの方へ身を寄せてしまったが、裏路地はやはり荒くれ者ばかりが集う場所なんだろうか。
すれ違う人や、交差路の奥でヒソヒソと話しこんでいる集団、それに時折ガラスのない窓からこちらを見て来る人達全てが、なんだか荒んだ目をしていて怖い。
顔つきも文句なしのコワモテで、頬に傷が有ったり獣耳の一部が欠けていたり……と物凄く怖い感じだけど、見て来るだけで何をして来るって感じでもないから、ただ、俺達みたいなのが珍しくて見てただけ……と思いたい。
ここはアルクーダの法律も届かない、どこにも属していない無法の街だし、強盗や傷害も日常茶飯事だというけど……く、クロウが居れば大丈夫なはず。
だってクロウはガタイも良いし筋肉もあるし、無表情とはいえキリッとしててタダモノではないオーラがあるんだ。しかも熊族なら強いのは確実だろうし、そんな奴に強盗なんかが近付いてはこないはず……だよな……。
うう、人族の大陸でだってこういう所は通ってきたはずなんだけど、獣人の街となると、自分がお肉的な意味で「食われる」という危険性もあるから、そのせいで余計に怖くなってしまう。
大通りと違って、なんだか謎のどす黒い布とかの落し物が多くなって来たし、本当にココは一般人が通って良い場所なんだろうか。
心なし建物の陰で周囲が薄暗く見えて怖いし……。
「ツカサ、安心しろ。ヤツらも襲うなら宣言してから襲う。少なくともこの街には誇りを捨てて背後から襲ってくるほど困窮している奴はいないはずだ」
あっ、やっぱ窮するとそういう感じになるんですね獣人も。
いや誇りとか言っていられないってのは分かるんだけどね、でもそんな話をされて安心できるほど俺も肝っ玉が大きい方では無くてですね……不安だ。
どうか何事も起きませんようにと祈りつつ、俺はクロウに導かれるままに薄汚れた路地裏を歩き、ボロボロの家屋が立ち並ぶ最貧地区のような場所までやって来た。
「ここは……」
「この【海鳴りの街】の外側……もっとも砂や荒野の影響を受けやすい場所だな。家もボロボロになるから、ここに住んでいるのは主に弱い種族になる」
「え……弱い種族……?」
そう言われて、俺は改めて周囲を見渡した。
――――獣人達の家は、基本的に土のレンガで作られている。更に、そのレンガを保護する土を塗って綺麗に整えていて、見た目は赤茶色の箱のような感じだ。
これはこれで見目が良くて、そんな様々な四角い家が並んでいるのが普通の風景なのだが……この地区は……その家屋がどれもボロボロになってしまっていた。
角が欠けたり、窓からヒビが入って土壁が割れて剥がれていたり。
とにかく、俺の世界の廃墟みたいに崩れかけている家ばかりだ。海が近いうえに、砂や荒野の風が当たるせいで、余計に劣化が進んでしまうのだろう。
そうか……海鳴りの街が、大通りを中心にして路地が多い歪な形に広がっていたのは、周囲からの災害を中心街が受けないように作られていたからなんだな。
だけど、そんな外周の地区に弱い種族が住んでいるとは……。
「店とかばっかりの中心街と比べたらえらい違いだな……」
そう言うと、クロウは少し難しそうな顔をして口をへの字に曲げた。
「ウム……まあ、獣人は基本的に弱肉強食だからな。戦って己の縄張りを勝ち取る事が出来ないものは、こうして辛酸を舐めるしかない。……アルクーダではこんな事は無くなったが、国の外ではこういう風景が普通なのだ」
「そうなんだ……」
何だか、言葉が出ない。
それぞれの種族が“群れ”を作って独自の集落を作っているのも、こう言う風になるのを理解しているからなのかも知れない。
武力こそが誉れの獣人からすれば、そもそも「他種族の街」をみんなが楽しめる所にする事自体が難しいのかもな。
それを否定する事は出来ないけど……なんだか、つらい。
「ここの街の人達は、大丈夫なのか?」
心配になってクロウを見上げると、難しげな顔の相手は軽く息を吐いた。
「無法の街は、群れからはぐれた者達の場所だ。弱い種族が虐げられるというのは、彼らも覚悟の上だろう。まともな暮らしが出来るアルクーダに来ないのも、それなりの理由があるからだ。……それを、俺達が悪いものとして責める事は出来ない。ツカサは優しいから心を痛めてしまうだろうが、今は放って置くのがいい」
「うん……」
そう、だよな。
普通なら“群れ”の集落で暮らせばよかったのに、ここの人達はわざわざ街で暮らそうとやって来たんだ。なら、その決断に外様が口を出す筋合いはない。
なにより、今の俺には何も出来ないんだ。
見て見ぬふりをしているようで重たい罪悪感が湧いたが、それもまた上から目線のエゴに過ぎないんだと己を律して、俺はクロウと一緒に足を進めた。
ボロボロの家が並ぶ最貧地区に足を踏み入れる。
たぶん、家の中には「弱い種族」がいるのだろう。
けれど彼らは姿を見せない。警戒しているだけだと思いたいけど……。
「…………く、クロウ。それで、鼠人族の居場所って……?」
余計な事を考える前に質問をして、周囲を見ないようにクロウの顔を見る。
すると、相手は俺の方を見下ろしてスッと指で示した。
「あそこだ。あの家に潜んでいるようだな」
指の先を見やる。
そこには、他の家と同じようなボロボロの家が有り、最も街の外に近いせいなのか、家の崩れたドアの下には砂が少し積もっていて、屋根も一部くずれてしまっていた。
こんな、廃屋でしかない場所に、本当に“根無し草”の鼠人族がいるのだろうか。
そもそも、そこに居るのは誰なのだろう。ヨグトさんなのか。
それとも……別の誰かなのか。
顔を歪めて観察していると、クロウが俺の視界を塞ぐように一歩進み出た。
「ツカサはオレの後ろに居てくれ。万が一、戦いを挑まれる場合がある」
「え゛っ!?」
「今の“根無し草”は、王族以外の依頼は滅多にうけない。もちろん、王族の事情は把握しているだろうが……オレは追放された身だ。不審な熊として攻撃される場合がある。“根無し草”の事を知っているのは、限られた者だけだからな」
「だ、大丈夫なのか……?」
結構な近さだし、俺達の声は相手にも聞こえてると思うんだが。
そんな状態でも事情なんて関係なしに襲って来るんだろうか。でも、情報が末端の人に伝わってない事なんて多々あるしな。
用心だけはしておいた方が良いのだろうか。思わず身構えてしまう、と。
「その声は……」
「……?」
家の中から、なにやら声が聞こえてきた。
相手はこちらの声を聞いて、なにか気が付いたようだ。
家の中から出て来ようとしているが、俺達の事を知っているんだろうか?
でも、それはこっちも同じだ。何か聞いた事がある声っていうか、この声……
「もしかして……ナルラトさん?」
クロウの体から顔をのぞかせて家を見やると、崩れた家の入口からゆっくりと出てきたのは――まさしく、ラトテップさんの弟であるナルラトさんだった。
あの額当てのバンダナも、狐目のような笑みがちな目付きも、間違いではない。
獣耳もネズミの耳だ。
間違いなく、普段は料理人をしている鼠人族のナルラトさんだった。
だけど、どうしてこんなところに。
料理が出来る人なんて、どこに居ても引く手数多なんじゃないのか。いくら肉を焼くだけが基本のこの大陸でも、王宮とかではちゃんとした料理が出てきたんだし……ナルラトさんレベルの腕なら、普通にお店に居るんだとばかり……。
なにか理由があるんだろうか、とジッと見ると、相手は困ったように頭を掻いた。
「参ったな……来るのは想定してたけど……まさか、クロウクルワッハ様がご一緒とは……これは、困ったことになった」
「ど、どういうこと?」
「……とりあえず、中へ。話はそれからだ」
クロウに軽く頭を下げて敬意を示すと、ナルラトさんは俺に言う。
なんだか……いつもの気安い感じとは違う。
まるで、何かを警戒したままのようなぎこちない雰囲気だ。
「クロウ……」
「とにかく入ろう。知り合いなのは好都合だ。……色々解せない事はあるがな」
やはりクロウも違和感を覚えているようだが、今は目的が先だと割り切ったらしい。
そ、そうだよな。ともかく先に敵の情報を手に入れないと。
ナルラトさんの事情は気になるけど、まずは頼めるか話してみよう。
俺はクロウと顔を見合わせて頷くと、ナルラトさんに続いて廃屋に足を踏み入れた。
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