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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
3.私事より公事を
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「それにしても、お前達どこからやってきたんだ? 空からってことは、天眼魔狼王に何か呪術でもかけて貰ってやってきたのか」
良い案だけど瀕死スレスレだな、なんて言いながら笑うマハさん。
もしかしてヴァー爺ってそんなことも出来たのか……と少し考えてしまったが、今はそんなことを考えている場合ではない。
マハさんと、この街の警備兵の隊長(こっちでは守備隊とか言うらしい)さんが居る執務室に入って、いざ今から現状報告……なんてシーンなのだ。
余計な事を考えずに、まずはマハさん達から話を聞こう。
こんな調子だと、まーた考えすぎて重要な部分を聞き逃しそうだしな……。
「呪術ではありません。……まあ、畏れ多い方法でやって来たとだけ」
「ほー? よく分からんが……お前達が無事ならそれでいい。それに……」
マハさんは殿下とクロウの右手を見ると、満足そうに微笑む。
「お前達が、王に認められる存在になれただけで喜ばしいからな」
二人の手の甲に何が記されているかがすぐ分かったのだろう。
殿下だけでなくクロウの“しるし”も喜んでくれるマハさんは、本当に優しい。王族の立場って色々あるし、自分の子供だけを愛するのも仕方が無い事なのに、それでもクロウのことをいつも気にかけてくれてたみたいだし……。
俺も将来はこういう女の人を娶りたかったな……今となっては俺が娶られる側ってことになってしまったが……どうしてこうなった。
いやまあ、べ、別に、ブラックのことがイヤなワケじゃないんだけども。
その……指輪、とか……大事にしてるし……。
「ツカサ君、なんで顔赤くしてんの?」
「うぐっ、な、なんでもない……」
ぐうう、なんでコイツは俺が気付いて欲しくない時に限って気付くんだ。
何でもないと必死に否定していると、守備隊長の短めな犬耳っぽい獣人のおじさんが「こちらを見て下さい」と言わんばかりに地図を広げた。
「皆様、ご歓談中に申し訳ありませんが、こちらを」
「ああそうだったな……今はとにかく、この状況の説明をせねば」
息子達の成長に喜んでいたマハさんが、凛とした顔つきになる。
クロウや殿下に見せていた母親っぽい笑顔も良かったけど、やっぱり稀有な女傑と呼ばれた顔も素敵だ。なのに、こんな素敵な女性を困らせるとは……本当に街の外の奴ら許すまじ……ここでしっかり情報を覚えて、何が何でも退却させねば。
俺も気合を入れなおして背筋を正すと、それを待っていたかのようにマハさんが指で地図上に描かれたこの街の俯瞰図を指し示した。
「お前達は天眼魔狼王の里にいたから、既に報告が行っているだろうが……現在のアルカドアは、門の周辺を賊に封鎖されている。これは二日前から起こっていて、今も膠着状態のままだ」
「母上、損害はいかほどですか」
怒りんぼ殿下が問うと、マハさんと守備隊長は難しそうな顔をする。
「街壁の損傷や物資輸送の断絶は当然だが……実は、それ以上の損害と言うのは今のところ確認されておらんのだ」
「それは……少々おかしいですね」
丁寧に話すクロウに、マハさんは頷く。
端的に話しているのでちょっと分かりにくいけど、要するに「取り囲まれて籠城しているけど、壁のダメージと物資の流通以外は困ったことがない」って事だ。
……確かに……それは変だよな。
今現在、二日間にわたってアルカドアは攻撃を受けている。それは今も同じだ。
外に居る人族混じりの“群れ”は退く気配もないし、今も攻撃を続けている。曜術もバンバン使って攻撃を仕掛けているのだ。
なのに、それ以外の損害が無いってのは……そんなの、ただ単に脅かしたくて扉をガンガン叩いてる借金取りみたいなもんじゃないか。
いやそれはそれで害がありまくりなんだけど、戦争が起きても仕方ない行為をしているにしては、なんだか中途半端っていうか……ほんとにヘンだよなぁ。
「相手の目的は?」
いつのまにか真面目な顔になったブラックが問いに、守備隊長が答える。
「判明しておりません。しかし、我々守備隊が近付けば交戦の意思を示します」
「けど、退けば追っても来ないんだよなぁ……ホントに、何がしたいのか分からんよ。アイツらを突いて目的を吐かせる事が出来れば良かったんだが……あの通り、術を使う人族や……どこから集めて来たのか妙に強いケモノどもを味方につけていては、誰かを捕えるってのも難しくてな……一気に攻撃しても良いんだが、何が起こるのか解らん以上は、どうすることもできん」
ハァと溜息を吐いて頭を掻くマハさん。
彼女としても、外の連中を刺激したくはないのだろう。雪崩れ込まれたら住民達に何が起こるか分からないし、余計な動きをさせる可能性もあるもんな。
だけど、このまま籠城していてもダメだとは考えているようだ。
そりゃそうだよな。相手が何を目的として門を塞いでこっちを攻撃してるのか、その理由が全然分かってないんだもん。
あいつらは、どこかの「戦を望む群れ」でもない。
本当にポッと出てきた、どういう考えで集まってるのかも分からない集団なのだ。
何が弱点で何が相手を刺激する行為なのかも分からない以上、まずは様子を見ると言う行動しか出来なかったんだろう。
けれど、それもまた苦しい選択だってのはマハさんも分かってるんだよな。
このまま防戦一方でいて、裏で動いているかも知れない“何か”にしてやられたら――――そう考えると、この現状はとてもじゃないが「安全」とは言えまい。
そんな状態が二日も続いているのなら、マハさん達もきっと疲れてるよな。
殿下とクロウを労ってくれたけど……本当は、マハさんや守備隊長さん達だって、いつ本格的に攻められるか分からない状況に精神が摩耗しているだろう。
なのに、今もこうやって気丈に振る舞っているなんて。
本当に強くて凄い人だ。いや、この城の獣人達はみんな立派な人達だ。
そんな人達を脅かすなんて……マジでなんなんだあいつらは。
こっちは何も悪い事してないってのに!
「マハさん、相手の集団に何か手がかりになるような物は見られなかったんですか」
この街を……というか、マハさん達を助けたい。少しでも何か手がかりは無いだろうかと問うと、マハさんと守備隊長は顔を見合わせて悩ましげに少し唸る。
「うーむ……人族が多数加わっているのは分かったのだが、そいつらがアルクーダから上陸した奴らかどうかというのは、今王都に照会中でな。“根無し草”の連中に頼んではいるが……それで何かが分かる訳でも無かろう」
「この街に閉じ込められていては、情報収集も満足に出来ませんから」
彼らも人族から何かの足取りが辿れるのでは……と思っているようだが、周囲を敵が取り囲んでいるような状況では、それも難しいかも知れないと思っているようだ。
俺達に何か出来ればいいんだけど……。
「キュー」
「ん……ロク……」
考えている途中で、ロクが俺の服をくいくいと引っ張る。
小さくて可愛いヘビトカゲのお手手を動かしながら、綺麗な緑青色の瞳で俺の顔をじっと見上げていた。
――――何が言いたいのかなんて、わからないはずがない。
俺は小さく頷くと、悩んでいるマハさん達を見て静かに問いかけた。
「あの……俺達が、王都まで行きます」
「え……」
目を見開くマハさんに、俺は自分の胸を軽く叩いて見せる。
ここで不安そうな顔をしたら、優しいマハさんはきっと断ってしまうだろう。だから、俺はロクと一緒に自信満々な顔をしながら、ハキハキと続けた。
「今日アルカドアに入った方法なら、たぶん……一日か二日で王都に行って、すぐに帰ってくることが出来ます。外の奴らに気付かれることも無く、行って帰って来れるんです。そうすれば、あいつらを無暗に刺激する事にもならないはず。だから……俺達に、何かさせて貰えませんか」
「ツカサくん……君は……。いや、だが……いいのか? これは恐らく、私達の国の問題だ。君達の同胞が絡んでいる事件に、旅人である君達を巻き込むのは……」
「それは……」
答えようとした俺の肩を掴み、ブラックが続けた。
「いまさらでしょう。私達を王族の試練に巻き込んでおいて、部外者も何もない。このままでは、もっと厄介な事になりそうなのでしょう? なら、そうならないために協力は惜しみません。……私達も、ことが長引くのはごめんですから」
なんとも、自分勝手な言い草だ。
相手を心配しているというよりは、巻き込んだ事へのチクチクした嫌味と「こっちは早いトコ終わらせたいんだよ」と言わんばかりの態度。
いつものことだけど、王族相手に無茶するよホント……。
思わず心配になってしまうが、そんなブラックにマハさんは――笑った。
「ハハッ……あっはっはっは!」
「領主様」
「ふふっ、ははは、すまんすまん……だが、そうだな。我々は既に君達を“面倒事”に巻き込んでしまっている。ならば……こちらとしても、早く君達の望み通りに事を迅速に治めねばなるまい」
「じゃあ……」
俺の声にマハさんは頷く。
だけど、彼女は何故かすぐに真剣な表情になった。
……いや、真剣なだけじゃない。どこか深刻そうな雰囲気を含んでいる。
どうしたのだろうかと目を瞬かせた俺達に、マハさんは口を開いた。
「そこまで言ってくれるのならば……こちらも、真摯に対応せねばなるまい。であれば、今からいう事を……お前達には聞いておいてほしいんだ」
「どういうことですか、母上」
急な態度の変化に戸惑ったのか、怒りんぼ殿下が問いかける。
そんな息子に「大丈夫だ」と言うように軽く頷き、マハさんは一つ息を吐いた。
「……私は、今回の不可解な騒動を……ここで終わるものではないと予測している」
「ここで、終わらない……?」
戸惑うクロウ。
しかし、マハさんはそんなクロウと俺達に、思っても見ない言葉を発した。
「今回の件。私は……陽動だと考えている」
「……陽動……本当の目的は別にある、と?」
驚きつつも、怒りんぼ殿下はジッと母親を見つめる。
マハさんの言葉に納得がいかないと言った様子だが、マハさんは何故か口ごもり、次の言葉を噤む。何か言いづらそうな――というか、確信が持てないがゆえに「領主である自分が発言して良いのか」という逡巡が混ざったような態度だった。
そこまで考えてしまう予想とは、一体どんなものなのか。
不思議に思って俺はロクショウと顔を見合わせるが、やっぱりよくわからない。
クロウもそれは同じだったようで、何かを問いかけようとしてか、口を開いたのだが――――そのタイミングでブラックが呟いた。
「例えば……王都を陥落させようとしている、とか?」
「――――!?」
兄弟二人が同時にブラックの方を見やる。
瞠目して「何を言ってるんだ」と言わんばかりに眉間のシワを深くしていたが、マハさんはブラックの言葉を肯定も否定もせず己の片腕を掴んでいた。
まるで……その言葉が真実であるかのように。
「え……っ。ほ、ほんとですか。マハさん、それって……」
「まだ予想でしかない。だから、お前達の胸に留めて置いて欲しい。だが……そうでもなければ、こんな辺境の地にやたらと強い者達を集結させて待機させるような真似をする理由が無い。……私は、西の要だ。しかし、王命あらば馳せ参じる遊軍としての性質も持っている。護国武令軍の穴を一つ埋めるには、私が必要だからな」
「だから、その一団の動きを封じる為にここに縫い付けている、と?」
ブラックの確認するような言葉に、マハさんは頷いた。
それが本当なら、マジで王都が危ないんじゃないのか。
でもマハさんは「予想でしかない」って言ってたよな。そこまで相手が考えているのか分からないから、確信が持てないのか。
でも……もしそれが本当なら、ヤバいよな。
早く状況を把握しないと、最悪の方向に転がるかも知れない。
もしかしたら、本当に国家転覆ってことも……。
「……ハァ。その心配もあるから、王都を見て来い……と?」
疲れたような声でブラックが言う。
ここまで来るともう隠す気も無いのか、マハさんは困り顔で笑った。
「フッ、察しが良くて助かる。……相手も、こちらが王都の事を考えるのは予測できているだろう。だが、お前達の動きまでは予測していないはずだ。……その“予想外”が通用している内に……なんとか、我が愛しの王と連絡を取っておきたい。こちらの状況は、ドービエルも把握し切れておらんだろうしな……」
「……?」
なんだか、浮かない顔だ。
まるで今の状況とは別に、また何かの不安が有るような……。
「では母上、私はここで……」
「いや、お前も行けカウルノス。海征神牛王陛下にこのことをお伝えし、一刻も早く王の試練を受けさせて貰うのだ。……我らには、王と認められた者から受ける“恩恵”が必要となる時が来るかもしれん」
「母上……」
お母さんが心配なのだろう。
食い下がる怒りんぼ殿下に、マハさんは困り笑顔のままで息子の肩を叩いた。
「行け、カウルノス。私は女傑、マハ・カンバカラン……早々くたばったりなどせんよ。だから今は、お前達の使命を全うするんだ。それに……我ら誇り高き“ディオケロス・アルクーダ”は王が絶対に必要となる。お前の力が必要なんだよ」
「…………わかり、ました」
どれだけ歳を重ねたって、息子にとって母親は母親だ。
愛された分、その思いはずっと続く。大人になって小さく見えるようになった母親を、男の自分が守らなきゃって思うようになるんだ。
けれど、それは母親だって一緒なんだよな。
どれだけ歳を重ねたって、母親にとっては大事な子供だ。
それをお互いに理解しているから、食い下がるし引き離す。
親が望む事をしてやりたいと不安を飲み込み頷くんだ。
…………怒りんぼ殿下、苦しいだろうな。
でも、そこで引き下がれるのは立派な大人の証拠なんだろう。
もし俺が同じ事を言われたら、素直に頷けるかな。
俺、なんだかんだ言っても両親が好きだから、無理かもしれない。そういうところがガキなんだろうけど、でも、だからこそ殿下の気持ちは痛いほど分かったよ。
「……ツカサ、尊竜様の力を貸して欲しい。一刻も早く王都へ戻りたい」
俺とロクを見て、怒りんぼ殿下は拳を握る。
今までの殿下なら俺に何かを頼むような事はなかっただろう。だけど、今の殿下はもう違うんだ。クロウとだって、もう笑って話す事が出来る。
「ツカサ、ブラック。オレからも頼む」
改めてお願いするクロウに、俺達二人と一匹は顔を見合わせ頷いた。
頼む、なんて言われなくたって……もう答えは決まっている。
「行こう、王都に!」
→
※土曜日なのに遅れてしまいました…:(;゙゚'ω゚'):スミマセヌ
難しい部分過ぎてちょと遅れがちです…_| ̄|○
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