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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
2.黒き飛竜が飛ぶ空に
しおりを挟む――――ってなワケで、俺達は意気揚々と空の旅へと相成ったのだが……。
「ぐぉぼお゛お゛お゛げぇえっ」
「あーもーほらぁ砂が口に入ってるじゃないか。だから、ツカサ君は僕のマントの中に入れば良かったのに! 強情っぱりなんだから」
そうは言われても、怒りんぼ殿下という他人がいる以上変にイチャイチャしてる所を見せるワケにもいかないじゃないか。
俺は節操と言う物を持ちたいのだ。他人の前でバカップル炸裂なんていう、昔の俺ならイケメンと同レベルで憎らしく思っていた行為を自分がやるわけにはいくまい。
俺は男だ。こちらの世界では立派な成人男子なのだ。
だから、ガキみたいにブラックのマントに隠れて砂嵐をやり過ごすなんてことは、男の沽券に関わると思って固く辞退申し上げていたのだが。
……が、正直……こんなに砂が舞い上がるなんて思っていなかったんだよぉ。
「げふべっ、げお゛っ、ごっ」
「わあっ咳すらちゃんと出来てないじゃないか! んもー、ツカサ君の意地っ張り! ほら、ちゃんと僕のマントの中に入って」
「う゛う゛う゛う゛」
背後からじりじりにじり寄られて、俺はブラックに片腕で抱きかかえられる。全員腹などにロープを巻いて落下防止の策を講じてはいるが、片手で抱えられると万が一ブラックが落ちるんじゃないかと不安になる。
けど、俺には結局砂嵐をどうする事も出来なかったので、ブラックのマントに鼻の所まで埋まりながら、ぐぬぬと唸る事になってしまった。
恥ずかしいけど、これは俺の低レベルさが招いたことだし……せめて、俺がロクの体に巻き付いたロープをしっかり握っておこう。
うう……しかし、良いアイディアだと思ったんだけど、まさか赤い砂がこんなに舞い上がるとは思ってもみなかった……こんなことなら、俺も気の付加術をもう少し練習すりゃあよかったよ。
でも仕方ないよな。まさかこうなるなんて思ってなかったんだから……。
――――俺が提案して、みんながノッてくれたあの後。
ロクに【準飛竜】の姿へと戻って貰い、その背中に乗った俺達は、さっそく秘密裏に【アルカドア】へ戻るべく作戦を開始した。
とはいえ、今回は作戦と言うほどのことでもない。目的地から少し離れた場所で、強い風を起こす付加術【ゲイル】を砂にぶち込んだ後、ロクの大きなコウモリ羽の翼でバッサバッサ砂を街へ誘導して貰い、そこから高く上昇し【アルカドア】に上空から侵入する……って手はずだったのだが、こうなるなんてな……。
ブラックに“大地の気”をこっそり渡して、通常より強化した【ゲイル】を使って貰ったまでは良かったものの、まさかこんなに……俺達が飛び上がった上空まで赤い砂が舞うとは思ってなかったんだよ。
俺的には街の壁を越えない程度のつもりだったんだけど……明らかにマズいよなこれ……早く何とかしないと……ああでも喉も目も痛くて今は何も考えられんっ。
ブラックのマントの中に潜って顔……というか、鼻の穴とかを布で拭っていると、上から「うーむ」と悩ましげな声が聞こえてきた。
「にしても……この赤い砂はずいぶんと軽いみたいだな。それにしては、風で動く量は少なかったと思うんだけど」
そう、そうなんだよな。
いくらなんでも舞い上がりすぎなんだ。
俺のチート能力で大地の気マシマシな強化した【ゲイル】だったとしても、術師の力で操られている風がそんなに広範囲に吹き上がるワケがない。
それに、ブラックの術のコントロールは完璧なんだ。本当なら、ブラックは俺を顔面砂まみれにする気はなかっただろう。というか、明らかに方々に迷惑が掛かりそうな範囲まで砂を巻き上げるつもりじゃなかったはず。
なのにここまでの威力とは……。
「ふむ……俺は良く知らんが、このように砂が舞い上がる事はほとんどないようだし、その【曜術】とやらが良くない作用をもたらしたのではないか」
「……赤い砂は、どこか普通の砂と異なるような気配が有る。もしかすると、兄上の言う通りかも知れない」
ほほうなるほど……っていや、なんで普通に喋れてんだよアンタら熊兄弟。
なんなの、砂の国のクマは砂の影響を受けない加護でもあるの。それとも、何かの特殊能力でも持ってるの。いやでもクロウはそんなの使ったこと無いしな。
しかしなんにせよなんか負けた気がする……。
それに、ブラックだってケロッとしてんだもんなぁ。
あんだけデカい術を出したってのに、ブラックはその後すぐに再度【ゲイル】を発動させ、しかもソレをうまく調節して、自分の周りに砂が舞わないように常時発動させているんだぜ。正直ヤバい。普通の曜術師じゃそんなこと出来ないんじゃないの。
俺が気を渡したと言っても、巨大な術を発動すれば術者は精神力は削られるし、術の調整だって常時発動だとホントにツラいしキツいってのに。
マジで強いよなぁ、ブラックって……。
……うーん、でも、ブラックは曜術師の称号の中でも最高位である“限定解除級”の称号を貰ってるんだもんな、そう言われるだけあるよホント。
俺も発動は出来るけど、長時間調節しながら使うのは難しいもんなぁ。
最近練習でやっと木の曜術で拘束する方法とかを学んだくらいなので、付加術の中級術とも言える【ゲイル】なんて正直ほんと触った程度なのだ。
こういうのも後で勉強しておかないとなぁ……。
はぁ……期末テストが終わりそうってのにまた勉強か……まあ魔法のお勉強とかは楽しいから良いんだけどさ。
…………って話がズレたな。
ともかく、俺だけが砂でゲーゲー言ってるのが悔しい。
まあ俺ザコだから仕方ないけどさー! ちくしょー!
「グォッ、グォォ」
「ん……なんだ。ツカサ、ロクショウは何を言っている?」
「え? ああ、多分……確かに普通じゃない感じがするって言ってるんだと思う」
クロウの質問に、俺はサラッと答える。
例えもうテレパシーが使えなくても、俺とロクショウは以心伝心なのだ。
おっきいザッハークちゃんになっても可愛さは変わらないし、むしろ竜としての格好良さがプラスされて真の姿も最高にカッコカワイイのである。
そんな優越感に鼻を高くしていると、背後からボソッと声が聞こえた。
「おお……お前は尊竜様の言葉も分かるのか。強きものの言葉、ありがたい……」
「…………」
なにか凄い台詞が聞こえたと思うが、なんとこれは怒りんぼ殿下のものである。
嘘じゃない。嘘だと思いたいが、どっこいこれが真実である。
アレは、間違いなく殿下の声なのだアレは。
……そう。
殿下は、ロクに対してこういう風な対応をするようになってしまったのである。
………………。
俺達も驚いたが、ロクはもっとびっくりしただろう。
なんせ、殿下は準飛竜の姿に戻ったロクショウを見るなり、すぐに片膝を立てて跪き、両手を合わせて謎の「感謝のポーズ」をしたんだからな……。
正直、その光景を見た俺達三人はちょっとゾッとした。
いやだってこのオッサン、さっきまで「俺が王だ」って態度だったんだぞ。
それなのに、ロクの本当の姿を見るなりコレなんだもん。
――でも、考えてみれば殿下のこの態度は当然なのだ。
獣人達は、モンスターの性質を強く受け継いでいる種族。
それゆえ戦うことは誇りで、戦った相手を喰らう事も当然だと考える。人族とは全く別の文化を持っているがゆえに、強さこそ最大の権力だと考えているのだ。
なので、怒りんぼ殿下と弟のルードルドーナ殿下も、戦竜殿下・賢竜殿下と呼ばれ敬われているのである。
そんな常識を持つ獣人が、モンスターが進化した姿――いずれ“竜”になる前段階の姿のひとつだと言われる“準飛竜”を見れば、こんな風になるのも無理はない。
この世界の「龍」と「竜」は強いのだ。それこそ、一国を軽く滅ぼす力を持つという。
だからこそ数が少ないし、モンスターとしても珍しいんだからな。
それゆえに、ある意味最も獣人らしい怒りんぼ殿下が、準飛竜であるロクショウに敬意を払わないワケもない……んだけど……。
極端すぎるんだよこの人。
「殿下、あの、ロクに乗ったまま感謝の体勢はやめてくださいね」
「わかっている。尊竜様のお背中に俺の汚い足なぞ押し付けられんからな」
いや本当すごい変わりようだ。
つーか今まで尊大な口調だったのに「俺の汚い足」て。
「気持ち悪……」
「こらブラックっ! と、ともかく……紛れられたとはいえ、この砂嵐は何とかしとかないとな……放っておいたら街にも被害が及ぶし……」
「風の具合では、もっと舞い上がって街の中にまで入っちゃうかもしれないしね」
今は対流……というか、ブラックの術の調節がうまいこといったおかげで、強い砂嵐は地上近くでしか起こっていない。俺達が吸い込んでるのは、まだマシな方だ。
お蔭で霞んではいるが、うっすら街の様子も見える。
でも、これは何とかしておかないとアルカドアや周辺の人達にも迷惑だよな。
……あとでこっそりどこかに隠れて、水の曜術で砂を落とさないと……。
アルカドアに無事潜入出来たら、ロクショウに夜に飛んで貰えるように頼もう。
「ツカサ君、そろそろアルカドアに降りるよ」
そう言われて、俺はマントの中から外を見る。
すると、強い砂嵐の中で台風の目のように姿を見せている街が目に入った。
余波が空を霞ませているとはいえ、街に砂が入っている気配はないようだ。やっぱブラックの曜術は精確無比って感じだな。
「ロクショウ君、砂嵐に紛れて人気のない王城側へ行ってくれ。そっち側なら、遠目で誰かに見られる事も無いから」
「グオォオン!」
ブラックの声に「わかった!」と一鳴きして、ロクショウは赤く濁った空を魚のように動き、すいすいとアルカドアの門があるとは反対方向へ飛んでいく。
そちらは、流砂の罠があって人が近付けない場所だ。
砂嵐に影が掛からないぎりぎりの場所までロクが近付くと、ブラックは「ありがとう」と素直に礼を言い、俺を抱えてもぞもぞと動いた。
「よし、じゃあツカサ君……あの尖塔の上に飛び降りるから、舌を噛まないように気を付けてね」
「お、おう……ッ!!」
「グオォオン!」
俺が頷いたと同時に、ロクがボウンと音を立てて白い煙を上げる。
刹那、俺達が確かに座っていた場所が一気に消えた。
「――――ッ!!」
一気に臓腑を持ち上げるような、浮遊感。
その感覚に思わず息を止めた俺を両腕で抱え、ブラックはマントに風を孕ませる。それどころか、まるで風の抵抗なんて気にしてないように、ブラックは体を曲げて俺の方に顎を乗せる。
「大丈夫。ツカサ君、僕がちゃんと抱えててあげるからね」
「っ……ぅ、うん……っ」
気弱な、自分でもヘンだなと思ってしまうような声が漏れてしまう。
だけどブラックはそんな俺に笑って、耳元でボソボソと何事かを呟いた。
「キューッ」
「っ……ろく……っ」
耳を風の轟音が舐めていて、ほとんどの音が聞こえない。
だけど、ブラックとロクの声だけは聞こえる。
俺を心配するかのようにぎゅっと腕に捕まってくれたロクに、ちょっとだけ体の中の気持ち悪さが楽になる。
そ、そうだ。こんな落下なんてたくさんやって来たじゃないか。
俺も何か、ブラックやクロウ達の負担にならないようなことをしなければ――
「風を切る我らの身を包み揺らせ――【ウィンド】――……!」
「ぇっ……」
ブラックの声が聞こえたと、同時。
下から急激な風が舞い上がって来て、俺達は一気に減速する。
クロウと怒りんぼ殿下にも術が掛かっているのか、二人は戸惑っているかのように足をバタバタさせていたけど、すぐに慣れて下を向いた。
運動神経が良いと、こういう不安定な状況でもうまく対応できるようだ。
やがてクロウ達の背後に赤い砂漠の色が見えてきた……と思ったら、また少しグッと胃の中が押されるような衝撃が襲ってくる。
何が起こったのか解らなかったが、気が付くと俺達は――――領主の城の屋根に降り立っていた。どうやらここは、城で一番高い尖塔の屋根だ。
向こう側にもうひとつ塔があるけど、誰も居ないよな?
ちょっと気になってしまったが、今はそんな場合じゃないか。
「ブラック、どう? 上手くいったかな……」
俺には周囲の気配はまるで分からない。
気になって顔を上げると、ブラックは俺を見てニコッと笑った。
「こっちを見てるような感じはしないから大丈夫。さ、下に降りよう」
物見をする為だろう二つの高い尖塔の間にある渡り廊下に、ブラックは飛ぶ。
再び襲ってきた浮遊感に俺は思わずブラックの服を掴んだが、今回はそれほどの浮遊感も無く降り立つ事が出来た。
「ここは……」
以前来た時に、怒りんぼ殿下が肉の処理をしていた屋上だったっけな。
空から見ると少し違って見えたけど、いざ降りると懐かしい感じがする。たった数日だったけど、色々有ったからかな。
「ムッ……」
「こんな児戯のような真似、久しぶりだ」
おっ。クロウ達も、問題なく飛び降りたようだ。
……にしても、ブラックは術を使っただろうからまだ分かるとして、三メートル以上もあるような塔から生身で降りて平気って……本当に獣人って凄い身体能力だな。
改めて敵に回したくないなと思っていると、背後からざわざわと音が聞こえてきた。
「おおっ、帰ったか我が愛しい息子達!」
「この声は……マハさん!」
ブラックにしがみついていた手を慌てて話して振り返ると、そこにはお付きを連れたマハさんが立っていた。おお……みんな無事っぽいな、良かった……。
「母上、ただいま帰還しました」
「うむ……色々話したい所ではあるが、今は状況が状況だ。お前達がどう帰って来たのかも後で聞かせて貰う事として、とりあえず会議室に来い。今の状況をお前達にも教えてやろう。……それが、一番聞きたい事だろうからな」
さすがは有能女傑のマハさん……!
その男前っぷりについキュンとしてしまうが、背後からオッサンの殺意が流れてきたので、慌ててキュンを消し去る。
「まずは情報……だよな」
「ウム。……何が起こっているか、確かめねばな」
クロウの言葉に、殿下とブラックも頷く。
俺もロクを首に回して頷き、ブラック達と一緒に早足でマハさんを追った。
→
※だいぶ遅れちゃいました…!(´;ω;`)スンマセヌ
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