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神狼鎮守タバヤ、崇める獣の慟哭編
15.風雲急を告げる
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「なっ……!! アルカドアが攻撃を受けているだと!?」
ヴァー爺の家に戻り、従者さんから報告を聞いた怒りんぼ殿下は、あまりのことに思わず立ち上がる。また眉間に怒りのシワが寄っているが、今は怒っている場合じゃない。俺は殿下を見上げるとズボンの裾を引っ張った。
「カウルノス落ち着いて、まだ詳しい事も聞けてないじゃないか」
「兄上、マハ様であれば必ずアルカドビアを守って下さいます。我々は、その防衛の邪魔にならぬよう努めるのが重要です。まず話を聞きましょう」
「ムッ……グ…………わ、わかった……早く詳細を話せ」
クロウらしからぬ丁寧な言葉に、ブラックがちょっと噴き出す。
気持ちはわかるけど今は抑えてくれ。話がこんがらがる。
ともかく俺達の訴えを聞き入れてくれたのか、殿下は再び腰を下ろした。
それを見て、上座に居たヴァー爺は頷き目の前で跪く従者を見る。
「さきほどの話じゃが、間違いは無いな? 昨晩正体不明の群れがやって来て、街の周りを取り囲み内部に入ろうとしている……と」
「は、はい……幸い、現カンバカラン領主マハ様の武力とアルカドアが持つ防衛力とで街は無事とのことなのですが、いつ防壁が破られるかわかりません。何せ相手は不可解な【デイェル】を使っており、炎や水が飛び交う有様で……」
「ほう?」
ヴァー爺の長くもっふりとした毛を持つ狼の耳が、ぴくりと動く。
それと同時に、隣で座っていたブラックが同じような調子の息を吐いた。
二人とも、いまの言葉に何か引っかかる所があったんだろうか。
でも、今のところ水とか炎が飛び交ってるって情報しかないよな。そういう特殊技能を使う獣人に心当たりがあるんだろうか?
この世界の獣人達って、ケモノじゃなくてモンスターから派生した人族らしいし……その関係でモンスターが使う【特殊技能】が彼らも使えるんだよな。
クロウの【土の曜術】もそうだし、怒りんぼ殿下が持っている多数の能力もそうだ。
まあ俺は殿下の特殊技能は全然知らないんだが、それはともかく。
そういう種族なので、獣人が炎や水を吐いても不思議ではない。
つーか、モンスターも出来るんだから出来ないワケないよな。
でも、ヴァー爺とブラックの表情を見ると、それ以上の何かに気が付いているっぽいな。そこんところを教えて欲しいけど、今は一々質問している場合じゃないか。
ともかく話を最後まで聞いてみよう。
「水……河馬族か? 東方の蛮族が出て来るとは珍しいの。炎ははぐれ炎狼族か、それとも炎獅子か……多くて搾り切れんな」
あ。やっぱり怒りんぼ殿下はそういう種族をいくつか知っているみたいだ。
カバは理解出来るけど、炎を操る狼とかライオンがいるんかい。本当にモンスターは何でもアリだな。まあそういうのが当り前じゃないと、【デイェル】って独自の単語が生まれるワケもないけどさ。
しかし……怒りんぼ殿下の様子からすると、どうもその種族の人達は「そんなことをするかな?」とは思われるタイプの種族みたいで、殿下は首を傾げている。
温厚にせよ獰猛にせよ、どうやら心当たりのある種族はどれも街を襲う程の理由を持っていないようだ。……じゃあ、そこからしてもう不思議だな。
いやでも俺達は現状を知らないしな。
もしかすると、本当に今挙げられた種族が襲って来てるかもしれないし……そこのトコは従者の人に何か伝わってないんだろうか。
ジッとヴァー爺を見つめる俺達に、相手は白く蓄えられた髭を扱いてみせた。
「ふむ……少し“視て”みようかの」
そう言うと――――ヴァー爺の額の目が、にわかに動き出した。
うわっ、そ、そうだった。装飾品の冠と一体化しているように見えていたから忘れてたけど、額の目は飾りじゃなくてホンモノだったんだった。
急に現実感のある目として動き出した額の目に驚き、ちょっと背筋に鳥肌が立ってしまったが、アレは怖くないものだ。怖くないぞ我慢だ俺。
急に背筋が伸びた俺に周囲は怪訝そうな顔をしたが、ヴァー爺は構わず額の目をギョロギョロと動かし、小さく何かを呟いた。
その、瞬間。
「えっ……」
ヴァー爺の周囲から、紫色を纏った黒い光……みたいなものが湧いて来て、それらは一瞬のうちに掻き消える。何が起こったのか解らず目を見開いてしまうけど、誰も何も言い出さない。どうも、あの光は俺にしか見えてないみたいだ。
ってことは……なんかの曜気なのか……?
不思議に思ったが、よく分からない物なので判別の使用が無い。
それに今はブラックにアレナニとか問いかけられる雰囲気じゃないしな……。
まごまごしていると、ゆっくりヴァー爺が動いた。
もう額の目は硬直していて動かない。何か分かったのかと窺っていると、ヴァー爺は息を吐いて「困ったものだのう」と呟いた。
「何が見えましたか」
問いかけるクロウに、ヴァー爺は片眉を歪めて白髭に埋もれた口を曲げる。
「うーむ……それがのう、どうやら相手は獣人だけではないらしい」
「だけ?」
「どうやら、人族が混じっておるようじゃ」
「なっ……!?」
え……じ、人族?
獣人だけが襲ってるんじゃなくて、人族も混ざってるって!?
なにそれ、どういうこと。人族って、なんで人族が獣人に混じって戦いを。
つーかその人達どっから来たんだよ、どういう理由で一緒に戦ってるんだ。あの街は別に悪い領主に支配されてるワケでもないし、魔王城でもないんだぞ!?
むしろその逆で強くて格好良くて露出度が高い服が凄くえっちな美女のマハさんが守ってる領地なんだ、攻められる理由が無いじゃないか!
…………いや待てよ、攻められる理由はあるのか?
そういえば、あの赤い砂漠は古代の王国で血なまぐさい事件が起きたがゆえって怪談話が残ってる所だし、そういう言い伝えが残っているせいで、周囲に住む種族や街の人達は王族とかにあまり良いイメージは持ってないんだよな。
それに、いくらマハさんが素晴らしい領主でも、前任の人がちょっと難しい人なら街の人達と仲良くなれずこじれた関係にしちゃったり……なんてこともあるし。
過去の事が積み重なってクーデターなんてこともありえる。
獣人は血の気の多い種族だから、些細な事からそうなってもおかしくないよな。
だから、とりあえず戦が起こるのはありえるとしても……人族はどういうことだ?
「ヴァー爺、どうして人族がいるのかわかる?」
「見えた範囲ではなんとも言えんのう。お前さんのように【曜術】を使う人族が群れの中にいるのは判ったが、その指揮を執る男がそもそも人族で“何故戦を起こしているのか”が判然とせん。獣人族の何某かが指揮をしているなら、理由も何となく判ったじゃろうにのう」
それは……どういうことだろうか。
答えを貰ったにもかかわらず「はて?」と眉を上げてしまった俺に、クロウが横から説明してくれた。
「獣人族は、大概分かり易い理由で戦を起こす。喰らうか殺すか奪うかだ。遺恨なども理由になるが、そういう話は大体噂で流れて来るし本人が宣言するから、大抵は戦を行うワケも周知されているものなのだ」
「なるほど……生きるための戦い以外は、珍しいから噂されちゃうんだな」
確かに、あの【風葬の荒野】のビジ族が「食べるため」以外の戦いをしようとしたのなら、みんな驚いて噂をするだろう。
五感が鋭い獣人なら斥候もお手の物だろうし、必ずどこかから理由が流れてくるに違いない。だけど……急にポッと出で現れた人族じゃあ話が違う。
「……なんの人族か分かりますか、天眼魔狼王。聞けば、人族などは服装で属する“群れ”の種類が違うと聞きます。それが知れれば、多少の推測は出来るのでは」
「どうじゃろうな。人族は装いを頻繁に変えるゆえ、把握は難しい。蝙蝠族のように、アレやソレと簡単に立場を変えたり欺いたりするのじゃ。我らとは戦いに関する矜持が異なる。ゆえに、遠視では正確な把握は難しかろう」
恐らく、それは古都【アルカドア】で防衛戦を行っている者達も同じだろう。
そう言って溜息を吐くヴァー爺。
……確かに、俺達の戦はいかにして生き残るか、勝つか、っていうことを最重要にして、泥臭く戦う事が多い。一騎打ちなんて、そもそも昔の時代の話だ。
被害を少なくするためなら、完璧に勝つためなら、欺くことだって平気でする。それが人間の戦争だ。獣人のように武力をぶつけ合う、正々堂々とした戦いではない。
ヴァー爺は別に人族を蔑んでいるワケじゃないんだけど、ハッキリ言われると自分達の醜い部分を見せられたようで、ちょっと胸が痛くなった。
だけど、本当の事だから仕方が無いし、立ち向かう側としては警戒して当然だ。
怒りんぼ殿下もそう思っているみたいで、胡坐をかいた片膝を焦るようにぐんぐんと動かしている。貧乏ゆすりのように見えるそれは、殿下の焦りを現していた。
……そうだよな。
【アルカドア】にはマハさんも、気の良い人達もたくさんいるんだ。
殿下は人族を見下しているけど、仲間を見下しているわけじゃない。だから、本音を言えば心配でたまらないのだろう。
そんな心情を漏らすように、殿下は低い声で歯噛みをした。
「クソッ……ここでは状況が把握出来ん……天眼魔狼王、すぐにでも出立を……」
「まあ待ちなされ。今の殿下では疲れて戦う事もままならんじゃろう。山を下るにしても、今からでは夜になってしまう。夜は死を齎す化け物が出る時刻……母親の事を思うのならば、まずは己が安全で居るべきじゃよ、カウルノス殿下」
「…………」
ぐうの音も出ない言葉だ。
ボロボロのまま焦って飛び出しても、いいことなんてない。
むしろ、今防衛戦をしているマハさん達に迷惑が掛かるかも知れないのだ。
それを思えばこそ、殿下も何も言えなかったんだろう。
…………大人って、こういう時ソンだよな。
物語の主人公なら飛び出して行っても構わなかっただろうけど、現実の俺達じゃあそんな簡単に動く事すら出来ないんだ。
殿下も、クロウも、大人としての責任を背負うことの重大さを知っている。
だから「勝手に出て行く」なんて言えずに黙ってしまったんだろう。
いや、王族という立場が、余計に二人を押しとどめているのかも知れない。
「ともかく……お主達に必要なのは休息じゃ。なに、あの都は何百年も生きている都じゃ。それに、マハ様も稀代の才女……ポッと出の人族になぞ遅れはとらぬよ。さ、今夜はとにかく休むんじゃ。のう、ツカサよ」
「……はい」
この山の下では、今も人が戦っている。
そう思うと、とても休めそうになかったが……従うほかなかった。
→
※ややこしいですが
かつての王都としての名前が【アルカドビア】で
現在の名称は【アルカドア】です。(作者も忘れそうになる設定)
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