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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編
23.もしも自分がそうだとしたら
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「ふあー……疲れた~……。今日はよく眠れそうだなー、ロクぅ~」
「キュゥ~」
既に時刻は夜。
夕食を済ませ、ブラックにクロウの警護を密かにお願いした俺は、今部屋に戻ろうと可愛いロクショウに話し掛けながら一階の廊下を歩いていた。
なんで一人と一匹で歩いているかと言うと、食後の俺は厨房にお邪魔して、今後の旅で使用する食材を分けて貰っていたのだ。
あと、ピロ車にその食材を積んで貰ったり、ピロピロちゃんを召使いさん達と一緒に綺麗にしてあげたり……ともかく、色々な仕事をしていたのである。
ブラックには「遊んでるー!」とか言われそうだが、ピロピロちゃんは途中まで俺達を運んでくれる子なのだから、お礼のお手入れくらいはしておかんと。
だからこれは俺が楽しむだけでなくて、立派な仕事なのだ。決してピロピロちゃんとロクがキャッキャしてるのに癒されていたわけではない。決して。
……ゴホン。
ま、まあ、それは置いといて。
窓のない廊下を歩きながら、俺は伸びを一つした。
「明日はついに出立かぁ……もう三日経つなんて、早いような遅いような……」
【蔵書保管庫】での時間は存外短かったような気がするのだが、三日この砦のようなお城に滞在していたと思うと、長い時間のようにも感じる。
なんだか曖昧な気分になってしまうのは、いつもみたいに探検もせずに【蔵書保管庫】で書物を探したり、クロウを守るためにあまり離れなかったからだろうか。
……いつもならこんな面白そうな所、許可を貰ったら走り回ってたんだけどなぁ。
そう思うと少し惜しいとは思ったけど、今はクロウの命の方が大事だ。まあ、ナイリ山脈を降りた時にまた戻ってくるし、その時には多分……怒りんぼ殿下も暗殺どころの話じゃなくなってる……いや、きっとそうなってると信じて、その時に探索しよう。
もっとよく調べたら実はクラウディアちゃんの事だって分かるかもだし。
だから、今は焦らず最優先事項を済ませないとな。
…………けど、それまで無事でいられるかどうか不安だな。
マハさん達から聞くナイリ山脈の話は、どれも「ヤベーモンスターがいる」とか「ヤバヤバの群れがいる」とかで全員「用事がなけりゃ近付くな」判定だったし、もしかすると、試練どころじゃなくなるかもしれない。
もしその“ヤバい奴ら”と戦う事になった時に、乱戦になるかも知れないし……そうなった時に、腹黒弟のルードさんの刺客とかがクロウを狙ったりするかも……。
そういう風に疑うのはイヤなんだけど、なんか怒りんぼ殿下より末弟の方がそういう搦手を浸かって来そうで怖いんだよな。
なんにせよ、気を抜いちゃいけないだろう。
「うーん、にしても……どうして三兄弟だけ仲が悪いんだろうなぁ」
「キュー?」
「いや、このお城の人達も気の良い人達だし、クロウ達の親戚のおじさんもすごく良い人なのに、どうして三人だけ仲が悪いのかなって。いや、クロウは良い奴だけどさ」
「キュ~……ゥキュキュ、キュ? キュッキュッ!」
もう以心伝心というワケではないが、それでも俺達はお互いに何が言いたいのかは理解出来る。俺の疑問にロクショウは身振り手振りで答えてくれた。
ロクショウ的には、殿下達は「自分が一番強い! ってアピールしたいから、兄弟を『ペン!』てしてみんなに認めて貰おうとしてる」という見解らしい。
「ぺん!」て可愛いな。可愛すぎるなオイ。
やはりこの世で一番可愛い準飛竜はロクしかいないなと確信しつつ、俺は熱くなる鼻頭を抑えて確かにと頷いた。
ロクは純粋なモンスターだからってのもあるけど、回答がとてもシンプルだ。
けど、結局のところそういう事なのかも知れない。
政治的な理由とか兄弟の確執とか色々あるのだろうけど、結局のところ根っこは「自分が誰よりも有能である、一番正しい」という考えがあるからこそ、その考えには相応しくない存在を排除しようとしているのだ。
……周囲の褒め方からすると、今のクロウは昔とは随分違ってるみたいだし……その時の嫌悪感が今もずっとあるから、排除することに固執してるのかな。
「昔の事を知らない俺達には解らないけど……仲良く出来たらいいのにな」
「キュー……」
ロクと困り顔を見合わせるが、こればっかりは本人が変わってくれないと。
でも、大人って頑固だから一度決めたら中々認めてくれないし……怒りんぼ殿下は特別石頭だから、クロウを認めるってのも難しそう。
けど諦めてちゃどうにもならないんだし、とにかく何か策を見つけるしかないか。
昨日は珍しく長々会話できたし、もしかしたら俺と一対一だと気が緩んで歩み寄り易くなるかも。まあ、ザコだって侮られてるからなんだろうけど、それは別に良い。
俺がどう思われようが、クロウが悲しむ事態にならなければそれで良いのだ。
むしろザコと思われてた方が気を許してくれるかもだし、考えようだよな。
「よーし……ともかく、まずは怒りんぼ殿下と会話してみるか。うっかり計画の内容をボロンしてくれるかも知れないしな!」
「キュキュー!」
そうかそうか、ロクもそう思うか!
やっぱりロクは俺の最高の相棒だなぁとイチャイチャしつつ、階段を上がって部屋に帰ろうと玄関ホールに差し掛かると。
「キュッ」
「……ん? どした?」
廊下からホールに出ようとしたところで、ロクが「ちょっと待って」と俺を留める。
と、すぐにホールの方から誰かが話すような声がかすかに聞こえてきた。この声は――たぶん、怒りんぼ殿下だ。それに、マハさん?
何故こんな所で親子の会話をしているのかと首をかしげたが、普段どんな雰囲気で話しているのか少々気になってしまって、俺は恐る恐るホールを覗いた。
おっと……階段の影にいるな。
怒りんぼ殿下は背中しか見えないけど、いつもと違って王族が付ける鈴の耳飾りやアクセサリーを外していて、ラフな格好だ。もしかして鍛錬でもしてたのかな?
なんにせよ、近付けるような雰囲気じゃないな。
どうしたもんかと思っていると、声がかすかに聞こえてきた。
「まったく……どうしてお前はそう弟を毛嫌いするんだ。生まれた時は、みんな仲良しだったじゃないか」
「それはハレムに居た時だけです……! あの弱いアバズレの脆弱な追放息子など弟などとも呼びたくない!」
「こら! 私達の大事な仲間であるスーリアになんて事を言うんだお前は!!」
ゴッと音が響くとともに、マハさんより背が高いはずの怒りんぼ殿下の脳天に、マハさんの拳が振り下ろされる。その衝撃に思わず体を折り曲げた息子に、彼女は怒りを満面に滲ませて牙を剥いた。
「エスレンも私も、スーリアの事を“愛する夫を守るかけがえのない仲間”だと思っているのに、息子のお前がどうしてその気持ちを分からない! お前はそんなに頭が愚かに育ってしまったのか?!」
「なにが仲間ですか! 真っ先に死んだ弱いものなど、聖獣より神名を授かった我らディオケロス・アルクーダの恥さらしではないですか! その息子も惰弱で父上の力の足先にも及ばない……」
「カウルノス!」
マハさんが強く諌めるが、しかし怒りんぼ殿下は止まらず反論した。
声の強さで、耳がビリビリする。それくらい二人の雰囲気は険悪だった。
「母上も母上だ!! 何故父上の威光を穢す愚者どもに情けを掛けるんですか! あの男に強くなったなどと嘯き調子づかせて一体どうしようというのか、一度は追放した要らぬ存在を今更褒めそやすのは、それこそ我らの誇りに砂を掛けているのと同じではないのですか!」
「……っ……追放は……私達の、落ち度だ……」
「俺はそういう母上達の忖度が気に入らないんだ!! 弱い物を甘やかし煽て武力も未熟な弱兵未満のオスを護国武令軍に据える……これに他の者達がどれだけ憤ったか解らないのか!! 他のオスの誇りすら穢す存在を甘やかし続けた、そのような獣人にあるまじき惰性が有象無象の部族どもや【嵐天角狼族】を調子づかせるんだ、そんなっ……そんなこと……俺は認めない……!!」
拳を握って吐き捨てた殿下に、マハさんの困惑の表情が見える。
「何を言ってるんだ」って顔じゃなくて、何を言えば良いのか迷っているような顔だ。
「カウルノス……お前の気持ちも分かるが……」
「いいや解らない、誰も、誰も俺の心なぞ理解出来るものか……勝手に次期王などと崇めておいて、俺の強さを認めておいて……それなのに、一度の失態で見放すような奴らなど……!」
「おい……」
「それほど誇りを重視するのなら、まずあの愚鈍なオスを殺せ!!」
強く、吼えるように吐き捨てた殿下は、激昂したまま階段を上がって行ってしまった。その姿を追う事も出来ず、マハさんは深刻そうな顔で己の片腕を掴んでいたが――やがて、何も言えずに頭を振ると、その場を去って行ってしまった。
「…………」
「キュー……」
ロクが心配そうにマハさんの行方を覗いている。
怒鳴り声に驚いたようで、ちょっとおどおどしていたが、小さな体を潰さないよう抱き締めると、ロクは俺の胸に頭を擦りつけて首の裏から巻き付いて来た。
……あの剣幕じゃ、ロクショウが怖がるのも無理はない。
ブラックもクロウもじゃれるように喧嘩するけど、なんだかんだで本気のやり合いはしないんだもんな。二人とも大人だし、本気で相手を殺そうとは思ってないだろうし。
だけど、さっきの怒りんぼ殿下は違う。
本気で怒っていて、マハさんに対しても本気の憎しみを吐露していた。
「……帰ろう」
「キュゥ」
人の気配がなくなってから玄関ホールに出て、殿下と同じように階段を上る。
少し高い段を一つずつ進みながら、俺は小さく息を吐いた。
――さっきの話……クロウを大事に思っている俺からすると「なんだその言い分は、ふざけるな」とも言いたくなるけど……同じ男として聞くと、それなりに理解出来る所もあって、なんとも言い難かった。
もし俺が怒りんぼ殿下……カウルノス殿下の立場で、誰よりも強いからと王になる事を嘱望されながら育ったら、どう考えるだろう。
自分は期待され妥協も許されない一方、自分よりはるかに弱い者は甘やかされ、誰からも庇護され一般的な社会のルールに従わなくても良い……なんて言われてたとしたら、そりゃまあ確かに……ずるいなって、思っちゃうかもしれない。
俺だってブラック達や悪友達に甘やかされてるようなモンだし、それを快く思わない人も居るんだろうなとは考えるけど……自分が「ちゃんとしてる」って自覚している人なら、尚更こういうのは我慢出来ないのかも知れない。
他人から常に「正しく強くあれ」と言われている人なら、なおさら。
そうして嘱望され続け、周囲の期待に応えた結果――――たった一度の失敗で「王には相応しくないのでは?」と権利を剥奪されたら、そりゃあ……。
「…………そうだよなぁ。他の奴はって、思っちゃうか……」
アイツは甘やかされてるのに。失敗も許されているのに。
なのに、俺はたった一度の失敗でこうなるのか。あれほど頑張ったのに。
――――殿下がそういう、俺みたいな幼稚な嫉妬を持っているかどうかは判らないけど、俺ならそう思ってしまうかもしれない。
やらかしの度合いが違うのかも知れないけど……ずっと甘やかされる人を見てて、自分が失敗した時にはこうなったってんなら、ああも荒れたって仕方ない。
――――「正しくあれ」と言うのなら、どうして正しく俺を評価しないんだ。
周囲にそんな気持ちがあっても、不思議じゃないだろう。
……だからって、その憎しみをクロウに向けるのは間違ってると思うけど……大人達の贔屓をずっと見て来た殿下からすれば、我慢の限界だったのかな。
積み重なった事が一気に溢れ出たら、もうどうしようもない。
その怒りが落ち着くまで誰も、本人ですらも止められないんだ。
蓄積されたものは、解放されたらそれだけの威力を持つものなのだから。
「……ほんとに、どうにか出来たらいいんだけど……」
「キュ~……」
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クロウを殺そうとしているのは許せないけど。
でも……どうして自分だけっていう、誰にも吐き出せない憤りを隠し持つ苦しみは、俺にも分かるような気がしたから。
→
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