異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編

12.なんとも奇妙な古い都

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 ――――遠い遠い昔、この赤い砂漠には巨大国家の心臓が在った。

 現在の武神獣王国・アルクーダである国と天下を争ったと言う、栄華を誇った幻の国。その王宮は黄金で満たされ、王族は人族のように着飾ったと言う。
 だがその玉座の下には数えきれぬ屍と血が満ち、そのため崩壊したのだとこの地に古くから住む“群れ”の多くに伝えられていた。

 ……彼らは言う。
 恐ろしい国だった。血にまみれた王朝だったと。
 言い伝えはかつて耳で聞き目で聞いた惨劇を紡ぐが、それも現在では一片の詩として、子供を脅かすための決まり文句にしか使われない。
 それほど遠い、遠い時代の話。恐ろしかったことだけが、今も伝えられている。

 だが、その国の名は――――もう、誰も知らない。

 歌う“群れ”の誰もが、もはやその国を覚えていない。
 皮肉な事に、その国の断片はかつて争った敵国であるアルクーダの限られた王族のみが知る文献にしか残っていないのだ。

 けれどそれも、今存在する都市の名前と忘備録のようなぼやけた記録だけ。
 まるで何者かが心底抹消したいとでも思ったかのように、そこに生きていたはずの王族のほとんどの情報が抜け落ちていた。

 だが都市だけは、国が滅びても生き続けている。
 その身の主をかつての敵国の王族に変え、名前も変えて。

 ――そんな、古の都市の面影が残る赤い砂漠の巨大な都市を、今の人達は恐れと少しの嫌悪を含んでこう呼ぶ。

 【古都・アルカドア】と。




「なんか……門の所にでっかい石碑とぶっ壊れた誰かの石像があるから変だなぁとは思ってたけど……アレってその“昔の王国”の名残なんだな……」

 門番さん達に「お待ちしておりました、帯同いたします!」と、ヤケに熱心に言われ、待ち構えていたピロ車を取り囲まれたのは驚いたが、こっちにはオッサンの王子様が二人乗ってりるんだし、考えてみればそれが当然なのかも知れない。
 だけど、俺としては全く外を観察できないのでちょっと不満だ。

 窓のカーテンも締めるようにお願いされてしまい、見ることが出来たのは入り口からたったの数秒程度の景色だった。
 まあ、都市を囲む壁や、さっき言った入り口そばに在る謎の石像なんかを見ることが出来ただけ良かったけどさ。

 いやあしかし、古都ってだけあって都市を囲む壁だけでも凄く年代モノだったな。
 砂漠の砂を防ぐためか、はたまた過去の王都に敵を寄せ付けないためか、星の形に整えられた特徴的な壁は漆喰のような部分が所々剥げてて、巨大な石材を良い感じに露出させててロマンを感じたし……都市に入る前に、クロウが説明してくれたちょっと怖い説明も何となく実感できたしな。

「恨みに恨んだり数百年ってことかねえ。あの石像、肋骨あたりから下までの姿だけど、装飾品を見に付けてるカンジに彫られてるところからして絶対王族だろ。そんな奴の堂々と立つ像を壊したってのに、未だに飾ってるなんて悪趣味だねえ」
「えっ……あれ王族の石像なんだ……」

 確かに、思い出してみれば腰から下の服は豪華そうだったかも。
 ……どんだけ長年恨まれてるんだよその王族。

「じゃあ、あの石碑も何か恨みつらみがつらつらとって感じなのかな……」

 この地を支配していた王族や、その国が消えても恨みだけは残ってるなんて、何かホントに呪い染みているというか……いや、みんなが言ってるのは多分「王族による呪い」の方なんだろうけど、どうにもなあ。

 ちょっと恐ろしい光景だ、なんて思っていると背後から厳つい声が飛んできた。

「かつてこの地に【砂狐族】の王族在り。悪逆の限りを尽くす畜王、民の多くを虐げ、赤き砂漠に黄金の宮殿と酒池肉林の園を打ち立てたり。その残虐、いにしえの誇りを持たぬ野獣そのもの。多くの民深く悲しみ朽ち果てる。赤き砂漠の民よ、ゆめゆめ忘れるなかれ。それぞれの“群れ”に殉じ、畜王を廃せ。獣人の誇りを捨てるな」

 なんだかおどろおどろしい読み上げだと思って振り向くと……そこには、丁度階段を下りて来た所らしい怒りんぼ殿下――カウルノス・カンバカランが立っていた。
 どうやら、石碑の内容を丸暗記しているらしい。
 さすがはこの古都を領地にした一族といったところか。だけど、見下している俺達に対してそんな素直に教えてくれるなんて一体どういうことか。

 もしかして、ずっと部屋に引きこもってたから気分でも悪くなったんだろうか。
 鬼だって気弱になる時は有るだろうしな……そういうことならちょっと可哀想だな。酔い止め代わりのリモナの実でも差し上げるべきだろうか。

「あの……リモナの実、いります?」
「なぜ感謝の気持ちを酸い果実であらわす。まあいいが」

 えっ、違ったの。いやまあでも普通に受け取ってくれたしいいか。
 ブラックは睨んでいるけど、大人しくしててくれるんだし良いじゃないか。背中をポンポンと叩いてオッサンを宥めつつ、俺はレモンっぽい実を皮ごと齧る豪快なオッサンに再度問いかけた。

「今のが石碑の言葉なんですよね? すごく悪い国……だったんですか」
「敬語はいらんと言っただろうが。人族はよほど物覚えが悪いようだな」
「あー、えーと……悪い国だったんだよな?」

 聞き直すと、相手は頷く。
 ホントこのオッサンもワケが分からんヤツだ……。

「かつての国の名は俺は知らんが、その中心がここだったようだ。あの通り、石像を破壊したまま晒し者にするほどの恨みがあったようで、俺達の一族が治めることになっても、あまり波風は起きなかったと言われている」
「そのワリには周囲の“群れ”とやらからは遠巻きにされているようだけどな」

 ああまた憎まれ口を。
 ブラックのチクチクした言葉に、怒りんぼ殿下はムッと顔を顰める。

「そんなこと俺は知らん。気になるなら自分達で調べろ。……だがアルカドアに長居する事はせんぞ。俺は一刻も早く試練を受けに行かねばならんのだからな」

 ほらもうヘソ曲げちゃったじゃないか。
 せっかく、ヨグトさんに教えて貰った「この地域のこと」が詳しく分かるかと思ったのに……でも、領主の城には殿下のお母さんが居るんだから、その人ならきっと何か教えてくれるはずだよな。

 まさか、ドービエル爺ちゃんがデレデレな奥さんが殿下みたいとは思えないし。
 ……いやでも爺ちゃんなんか尻に敷かれるタイプっぽいからな……もしかすると、肝っ玉母さんでちょっとエキセントリックな人かもしれない。

 獣人だから力こそ全てって感じの武闘派な可能性もあるし……うーむ、なんとか話が出来ればいいんだけど。

 そんな事を考えていると、車がちょっと斜めに傾いた。
 これはもしかして坂道を登っているのだろうか。数分大人しく待っていると、ようやく外からコンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。

「到着しました。どうか、足元にお気をつけて」

 ドアを開けるなり兵士にそう言われ、ちょっと驚く。
 まあ領主の一族の人が来たんだから、ビップ待遇みたいになるよな。
 だがここはやはり殿下が一番先に降りるべきだろう。俺達はそう考えて、殿下の方を見たのだが……何故か相手は不機嫌顔に少々気まずそうな色を浮かべ、微妙に口を歪めた。

「…………お前達が出ろ」
「なんで僕達がお偉いヤツより先に出て行くんだよ」
「…………」

 なんだか凄くイヤそうだが、外に出たくないのだろうか。
 何故そう躊躇うのかと不思議だったが、怒りんぼ殿下は俺達三人と一匹に見つめられて居た堪れなくなったのか、仕方なく外に出て行った。

 途端、外からけたたましい歓迎のファンファーレが飛び込んでくる。

「カウルノス殿下のおなーりー!」
「諸手を上げて歓迎ー!」

 兵士の大声が聞こえたと思ったら、わあわあと歓声が上がり始める。
 俺達も遅れて外に出ると、そこには――――巨大な城の扉へ続く道の左右に兵士達や召使っぽい人が並んで、怒りんぼ殿下を大歓迎している光景が……。

 ……あ、そうか、獣人の国では大人数で歓迎するのも作法の一つなんだっけ。
 でも殿下はあんまり嬉しくなさそうだな。

「まあ歓迎して欲しいワケじゃないけど、僕達には目もくれないなアイツら」
「兄上は現領主の息子でもあるからな。みな取り入りたいのだろう」
「うーん……確かに、女侍らせるようなヤツだしな……」

 そうなるチャンスがあるというのなら、チヤホヤしたくもなるのだろう。
 なんたって獣人はウサギ耳の人ですら肉食系だからな。

 とはいえ、置いてけぼりはちょっと寂しい。まあ、ゆっくり城の外観を見上げる事が出来るから痛し痒しって感じではあるが。

「にしても……古都っていうから古い建物かなと思ったら、外観は普通に硬そうな石積みのお城なんだな。広いけど砦って言うか、なんというか……」
「元々の王宮は存在しないらしい。この城は、カンバカランの一族が来てから改めて立て直したものだ。戦のための城だから、王都のものとは少し違う」
「そうなんだ……まあでも、とんでもない山が近いワケだし当然だよな」

 内部も想像していた普通のお城とは違い、広いエントランスはあるが質素剛健と言った感じで、最低限の装飾しか施されていない。
 石積みの壁に紋章を刺繍したデカいタペストリーが垂らされていたり、装飾が細かな燭台が取り付けられている程度だ。
 でも、扉が取り付けられていたりしてやっぱり防犯的な感じが強いな。

 ファンタジーとかでよく見る山城ってこんな感じなんだろうか。
 そう考えると、なんか山の戦士の城っぽくてコレはコレで格好いい……――

「おおーっ! 我が息子よ久しいなあ!」
「っ!?」

 観察している途中に、いきなり大声が耳にぶつかって来た。
 驚いて思わず飛び上がってしまったが、その大声が聞こえてきた正面では更なる変化が起こっていた。なんの変化かというと……また人が現れたのだ。

 その人は、階段から大股で素早く降りて来て真っ直ぐ怒りんぼ殿下に近付く。
 額を露わにして王族の頭飾りをつけ、頭頂にはクロウと同じ熊の耳を持つ、ポニーテールが元気に揺れる女性。

 ちょっと勝気な顔で気が強そうだが、その顔は当然ながら美しい。あと腹筋とかもバキバキだし露出度高くて胸にもついつい目が行……おっと何も考えてません。
 ともかく、熊の耳の女性と言う事は。

「あの人が……殿下のお母さん?」

 クロウに問いかけると、すぐに頷いた。

「あの方は第一王妃のマハ・カンバカラン様だ。兄上の母で、父上のメス達を実質的に取りまとめている方でもある。正妻とも言えるな」

 その苦労の控え目な声に気が付いたのか、マハ様と呼ばれた女性はこちらに気が付いて、ニコニコと笑いながら手を振る。

「おお、君達が我が息子のおもりをしてくれているのか! いやあすまないね、愚息の世話をして貰って」
「あ、い、いえ、そんなことは……」

 流石にお母さんの前で「ハイそうです」とは言えず首を振るが、マハ様は牙を見せながら大きく笑って、今度は普通のお母さんのように「あらやだ」と手を動かした。

「構わん構わん、私の息子はこんなだからな! はははっ、さあ息子よ、まずはお前の力がどのくらい復活しているかいっちょ揉んでやろう」
「はっ、母上俺は……っ」
「聞く耳もたん! いくぞしもべども!」

 あ、ああ、なんだかよく分からないが、殿下が連れて行かれてしまう。
 でもまあ……久しぶりの親子水入らずなんだし、これはこれでいいのかな。

「俺達は……別室で待たせて貰おうか」
「そうだね」
「ウム」

 殿下の戦闘については特に興味が無いので、あとで結果を聞けばいいだろう。
 それより今大事なのは、ナイリ山脈の情報だ。
 殿下もさっさとここを出たいみたいだし、今のうちに誰かに教えて貰わねば。

 そう思い、俺達は残っていた執事らしき人に近付いたのだった。










※だいぶ遅れました(;´Д`)スミマセン

 
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