異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編

  残影を蘇らせるもの2

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 細身だが背が高く、ローブの上からでもしっかりとした肩が見える壮年の男性。

 その体格に、まるで一本の縄か糸かという細い吊り目。落ち着いた色の髪は黒に近く、頭の頂点には大鼠の耳が生えていた。
 ……年齢からくる目元の影以外は、どこか見覚えのある姿。

 いや、見覚えなんてもんじゃない。
 今でもはっきり覚えてるんだ。

 このヨグトというおじさんは……似ている。
 俺を助けようとしてくれたために命を落とした、鼠人族のラトテップさん。いつも笑みを浮かべているような目をしていたあの人に、彼はよく似ていた。

 間違えるはずなんてなかった。

「…………どうしました。私の顔になにかついていますか、お嬢さん」
「えっ……い、いや、すみません……知ってる人に、似てたもので……」

 言われた言葉に頭がおいつかない。
 慌てて答えた俺に、ヨグトと自己紹介した相手は細い目を更に細めた。

「……もしや貴方は……別の“根無し草”の鼠人族をご存じで?」

 この獣人の大陸で“根無し草”というのは、時に暗殺者の事を指す。
 そう教えてくれたのは、ほかならぬ別の獣人だ。
 自分の一族はそういう存在だと、ラトテップさん自身も言っていた。

 それに、あまり良い顔をされない呼称なんだよな。そんなものを自ら名乗ると言う事は、このおじさんは間違いなくラトテップさんの仲間なのだろう。
 何故【海鳴りの街】に暗殺者の人がいるのか分からないけど……もしかしたら、この人はラトテップさんの故郷を知っているのかも。

 少し迷ったけど、俺は正直に答えた。

「以前、ラトテップさんに助けて貰ったんです」

 そう言うと、ヨグトさんは目を見開く。
 詳細も言わず、たった一言答えただけだったのに、それだけでヨグトさんは俺達の事を理解してしまったようだった。

「まさか……貴方がツカサさんですか。話は不肖の弟子から聞いていましたが……なんと、こんな可憐なお嬢さんだったとは」
「いえ、あの……お嬢さんでは……」
「何を仰る、立派なオスと番う姿を見れば当然の言葉です」

 ち、違いますうう……やめてください女扱いはイヤすぎる……。
 だけどこの世界だとメスの男も女扱いされる事が多いんだっけ。ぐうう……サブイボが立つのだけはどうにもならない。

 ゾワゾワしてしまったが、今はそんなことにかまけてる場合じゃない。

 不肖の弟子って誰だ。っていうか、俺の名前を知ってるって事は、ラトテップさんの弟であるナルラトさんがもう話をしていてくれたのか。
 じゃあ、この人は本当に彼らの仲間なんだな。

 そうなると色々気になって、俺はつい腰を浮かしてヨグトさんを見上げた。

「あっ、あの! じゃあ、ヨグトさんはラトテップさんやナルラトさんと同郷の……」
「はい。その子達は、不肖の弟子でした」
「じゃあ、アイツがツカサ君の事を報告したのか」

 ブラックの何故か複雑そうな声音に、ヨグトさんは頷く。

「ナルラトは、ラトテップのことを報告するために里へ一度戻ってきました。その時に、皆様の事を伝え聞いております。特に、ツカサさんのことは重要な事として」

 初対面の時とは違い、丁寧な言葉で喋ってくれるヨグトさん。
 ラトテップさん達の師匠ってことは……この人、絶対にかなりの強さだよな。そんな人が潜んでいるって、とんでもない街だなここは。さすがは無法の街。

 でも、ここで出会えたのなら話が早い。
 俺はラトテップさんの里に行って墓参りをしたかったんだ。もし教えて貰えるのなら、教えて貰いたい……けど……いや、今はそんな話じゃないな。
 とにかくまずはナイリ山脈の事を聞かないと。

「あの、えっと……聞きたい事は色々あるんですけど、まずはナイリ山脈とか、周辺の事について教えて貰ってもいいですか」
「いくら払えばいい」

 単刀直入に言うクロウに、ヨグトさんは目をカッと見開くと「とんでもない!」と言わんばかりに手を振って一歩後退る。
 冷静そうなのに、意外とオーバーリアクションだ。

「い、いえ、弟子達の恩人にそんな対価など頂けません! ……ラトテップの心を継ぐためにも、是非とも協力させてください」
「あっ、そ、そんな丁寧に……」

 恭しく礼をするヨグトさんに慌てて「そんな深々とお辞儀をしなくても」と言うが、相手は余程礼儀正しいのか、ずっと頭を下げ続けている。
 何度も言ってようやくやめて貰うと、ようやくヨグトさんは席についてくれた。

 ……なんだか色々とゴチャついてしまったが、本題を話そう。

 彼なら、情報屋としても多少の事は信頼できると言う事で、俺達が“天眼魔狼族”の集落に行きたい事を話すと、色々と情報を教えてくれた。
 周辺の地理やモンスターがどのくらいの脅威なのか、ナイリ山脈を登るにあたって注意すべき事柄や出逢うかも知れない種族、そして出来れば避けた方が良いルートなどなど……とにかく、メモが大変なくらい教えて貰ったのである。

 ラトテップさん達の故郷も西の果てだと聞いていたけど、詳し過ぎるヨグトさんの話からするとその里はナイリ山脈近くにあるみたいだ。

「……とまあ……カンバカラン領の領主に聞いても分からない事は、このくらいですかね。あとは……」

 そう言葉を一度切って、少し緊張した面持ちでヨグトさんはクロウを見た。
 何故そんな顔をするのかと思っていると、すぐに相手は言葉を継ぐ。

「そこなるお方は、アルクーダ王家に属する熊族の方とお見受けします。であれば、カンバカラン領内の事は同族の方に聞いた方が確実かも知れません。私どもは所詮“根無し草”……ナルラトのように王家に仕える栄誉を頂く幸福な草もいますが、元々暗部の情報以外は不得手な身分です。数字や正確な地理は、やはり人族の知識を持つ“国”という存在の情報が確かでしょう」

 なにせ、我々もそういう所から情報を得ていますので。
 そう言ってニタリと笑う顔は、やっぱりちょっと危ないニオイがする。

 でも、カンバカラン領の人が得意ではない部分の情報を教えてくれたのは、かなり助かったよ。特に、通っちゃいけないルートや、危ない他種族の情報はありがたい。気付かずに進んでたらピンチになってただろうしな。

 とはいえ……そんな事を「カンバカラン領は知らない」ってのは一体……。

「……ヨグト。カンバカラン領は常にナイリ山脈を警戒し、監視していると思っていたのだが……そうではないのか」

 クロウも俺と同じ事を思っていたようで、どこか納得いかない雰囲気で問う。
 その質問に、ヨグトさんは冷静に返した。

「お身内のことではありますが、ハッキリ言わせて頂くと……カンバカラン領は、他の集落と孤立しており、また彼らも門戸を閉ざしています。それも相まって、この地域に古くから住む民達とはあまり……。ゆえに、ここいらを最近覆い始めた不穏な影にも気付いておられぬ様子……」
「不穏な影?」
「……一笑に付されるでしょうが、どうも最近……ここらの獣人達の気が、荒くなっているように私は思います。それに、名を轟かせていた獣が数人いなくなっている。力を誇示していた彼らが、何も言わずに旅に出るなんてありえません」

 確かに、街で一番強い奴だと威張っていたヤツがこっそり消えるは変だよな。
 気が荒くなっているってのも気になるし、そりゃ不穏だと思っても仕方ない。
 それに加えて、とヨグトさんは続ける。

「普通の土地ならば気にしなかったでしょうが……ここの地域は、かつて血と宝石で彩られた国が存在した場所。何年も王族が争った幻の国の上にある土地なのです。だから、また何か戦のような物が起こるのではないかと皆怯えている」

 だが、確証もなく調べようも無い事なので、訴えようがない。
 無法の街は元から誰かを気にするような強者などいない街だ。
 けれど、だからといってカンバカラン領にも助けを求められない。不穏な気配がするので調べてくれ、と言っても、カンバカラン領の人々は周辺の村や街などを見下していて取り合ってくれないだろう。

 そう言ってヨグトさんは悲しそうに息を吐いた。

「かつて国が……って、今のこの大陸には熊の国しかなかったんじゃないのか」

 人の不安とかには心が動かされなかったらしいが、事前の情報と違う所には心が動いたらしい。ブラックが耳聡く台詞の一部を捕えると、ヨグトさんは頷いた。

「ええ。現在“国”と呼ばれる群れは一国だけです。……ですが、かつて……私達の長の親が生きていた頃の古い時代に、ここにも国が存在したのです」
「昔の土地か。そんな亡霊の影に怯えるもんかね」
「……この周辺の土地の者達は、移民以外は皆そのかつての王国に住んだ者の血を引いていますからね。とはいえ……詳しい歴史ならば、恐らくカンバカラン領に残っている文献を読んだ方が正確でしょう。なにせ、あそこはその“かつての国”の王都だった場所なのですから」
「なるほど、暇なら調べてみようかな」

 みようかなって、人の不安の種すら酒のつまみ程度の扱いなのかお前は。
 毎度のことながら本当に興味が無い事には辛辣だなあと思ったが、まあそうやって調べてくれれば何かの役に立つかもしれない。

 ここは一々お小言は言わずに、ブラックに興味を持ったままでいて貰おう。

 “かつての王国”の事は気になったが、これで一通り話は終わったかな。
 じゃあ、一番気になっていた事を最後に聞かなければ。
 俺は気合を入れるために息を思いっきり吸うと、テーブルの下でぐっと拳を握って、向かい側に座る相手に誠意が伝わるように背筋を伸ばした。

「あの、ヨグトさん」
「なんでしょう、ツカサさん」
「俺、ラトテップさんのお墓参りに行きたいんですけど……ヨグトさんの故郷には、俺が行っても良いんでしょうか。もしそれが許されるのなら、教えて貰えませんか」

 恐る恐る問いかけると、ヨグトさんは目を丸くして……それから目頭を押さえる。
 どうしたんだろうと心配になったが、相手は鼻を啜って俺を見た。

「本当に、あの子は……尊き誇りを抱いて死ねたのですね……。ツカサさん、あの子の事をそれほどまでに思って下さって、ありがとうございます。……是非、我らの里に来てあの子の墓へ花を供えて下さい。我々は栄誉を得たのだと、皆に知らせるためにも……」

 冷静そうで、顔を歪めることなんて無さそうな雰囲気だったのに……ヨグトさんは、ラトテップさんの事を思って涙ぐんでいる。
 ……きっと、ラトテップさんとナルラトさんは、彼にとって大事な弟子だったんだ。

 不肖の弟子なんて言っているけど……俺は、そんな風に思ってくれている人がいるあの人を死なせてしまったんだな。
 今わの際だというのに、俺に対して気に病むなと言ってくれたくらい優しい人を。

 ――そう思うと、胸が痛くて苦しかった。
 でも、そんな俺の感傷なんてただの自己憐憫だ。

 心の中で首を振って悲しさを散らすと、俺はヨグトさんを見た。

「絶対に、行きます」

 そう言うと、テーブルの下から伸びて来たブラックの手が俺の手を掴んだ。
 何をいう事も無く、ただ俺の強張った手を包むみたいに。











※ちょと遅れました(;´Д`)スミマセン…

 
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