異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編

  若さゆえの敗北2

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 大量のアイスを手作りする。
 それはつまり、凄まじい労力を必要とするということだ。

「も……もうアイスは作りとうない……」

 目の前でもうもうと白い冷気を落とす氷の箱を目の前にして、俺はゲンナリとした顔で呟く。台車いっぱいに陣取ったその箱の大きさから考えれば、中に入っている物がどれだけ大きなものかは想像がつくだろう。

 学校の机二つを合体させたぐらいの大きさの箱。
 そんな箱の中に……俺とルードさんが死に物狂いで一生懸命作ったアイスが、山のように盛られているのである。

 …………どうせあの二人ならチマチマ食べるはずがないと思って、飾りつけもせずに氷の箱に突っ込んでしまったが、これで不敬だとはさすがに思われまい。
 ともかく、やっとのことで無限アイス作り地獄から解放された俺は、グロッキーになりつつも、健気に怒りんぼ殿下と牛王がいる広間へ向かって台車を動かしていた。

「ルードさんもさすがにゲンナリしてたな……そりゃそうだよな……」

 アイス作りが終わるなりフラフラと厨房を出て行ってしまったが、大丈夫だったろうか。いくら体力がある獣人と言っても、慣れない事をすれば体力も減るだろう。
 延々と物を混ぜて材料を用意して……を繰り返していたら疲れても仕方ない。そういう仕事に慣れているプロフェッショナルなら大丈夫だったのだろうが、生憎とルードさんは王子様で俺はしがない学生だ。
 山盛りのアイスを手作りするなんて、軽い拷問でしかなかった。

 俺だってフラフラなんだけど……まだ辛うじて元気が残っている。
 腕も、筋肉痛にはギリギリ達していなかった。

 …………それもこれも……ブラックの、おかげ……とも、言える。

 もしブラックが俺を好き勝手してなかったら、今頃俺の腕はもう動かなくなっていたはずだ。ブラックの気が体内で暴走して過剰な元気状態になった俺だからこそ、あのアイスクリーム地獄を堪え切れたのに違いない。
 こんな事でアイツの暴挙に感謝する事になるなんて思いもしなかったよ。
 ぐうう……本来なら怒るべき事のはずなのに、怒れなくなっちまった……。

 疲れたと同時に悔しくなりつつも、俺は顔を何とか引き締めると広間へ入った。
 すると、そこには――――

「おう、来た来た。早く俺にアイスをよこせ人族のメスよ!」
「海征神牛王陛下のご命令だ。さっさと持って来い」

 この前は怒りんぼ殿下が座っていた美女だらけの上座に牛王が座っていて、殿下はと言うと、一段下で美女に果物にと酒池肉林になっていた。
 ……こう言う所はやっぱり王族なんだな。

 怒りんぼ殿下とはいえ、ちゃんと身分をわきまえてるのか。
 ここらへんはクロウと同じでキッチリしてて、ドービエル爺ちゃんが甘くなっちゃうのも分かるなと言う感じだ。爺ちゃんにとっては三人とも自慢の息子なんだろうな。
 でもそれほど自慢なら、クロウとも仲良くして欲しいもんだが。

 自分で考えておいてちょっとイラッとしてしまったが、顔には出さずに台車を押して彼らが座っている場所に近付く。
 そうして、俺はカーラさんに倣った通りに跪いて頭を下げた。

「おまたせいたしました」
「ああ形式ばった挨拶などいらんいらん。それよりさっさとアイスをもて」
「陛下の器に早くアイスを。あと俺にもよそえ」
「かしこまりました……」

 立ち上がって、氷の箱のふたを開ける。
 礼儀には煩そうな二人なのに、そこまでアイスが気に入ったんだろうか。
 それぞれに渡されたでっかい杯に、作って来た蜂蜜マルムーサアイスを山のように乗せる。こんなに盛って飽きないんだろうかと思うが、渡すなり牛王と殿下はパクパクと口に運び、山のようなアイスをどんどん減らしていった。

 ……わんこそばならぬわんこアイスだ……。
 まあ、美味しく食べてくれるんなら作った甲斐もあるってもんだけどさ。
 でかい木べらで山盛りごはんのようにペンペンとアイスの山をならしていると、不意に牛王が話し掛けてきた。

「ところで人族のメス。えーと……名は何と言うんだ、カウルノスよ」
「ツカサ、と聞いております」
「なるほどツカサか。……で、ツカサよ。お前、なにやら不思議なニオイに“匂いづけ”されているな? しかもとことん、執拗に」
「え……」

 思わず間抜けな声を出してしまい、あわてて口を噤む。
 “匂いづけ”って、アレか。獣人のオスが自分のメスに対して行う行為で、キスとかえっちな事とかして、自分の匂いをメスにつけて他のオスを牽制するんだよな。
 メスがオスの匂いを纏う事によって、メスは守られるんだ。
 ……うん。ええと……それで俺に匂いづけされてるって言うってことは……。

 って……いう、こと、は…………。
 あ、あ、あああ! そ、そうだーッ!

 うわあああ忘れてた獣人は“匂いづけ”するんじゃん、オスの匂いが付いたっていうのが分かるんじゃんかああああ!!
 ぐわあああチクショウめブラックの野郎とんだ辱めをおおおおお!!

「ふっ、ふははははっ! 顔が真っ赤だぞ、いつまで経っても生娘のような反応とは、これは確かに人族が極上の餌とはよく言われるわけだ!」
「~~~~……っ」

 たびたび言われる屈辱の台詞ではあるが、慣れたためしがない。
 誰が生娘だ、誰がエサだ。俺は男で立派な人間だ。
 そうは思うが自分の顔は全く思い通りにならなくて、ただただ熱くなるだけだ。自分でも、顔が真っ赤になってるんだろうなと判ってしまう。

 だけど、今の状況ではプンスカ怒る事も難しい。
 ああもう何で俺をからかってくる野郎は無駄に地位が高いんだよ。

 氷の箱の冷気が俺の肌の露出した部分を冷やすのを感じながら、ひたすら黙って耐えていると、牛王は俺をジロジロと観察し始めた。
 やめろ、そういう目線やめてください。

「ふーむ、お前のアイスとやらは存外に美味いし、その反応や全体的に美味そうなのも気に入った。どれ、準備までの暇潰しに……」

 えっ、なに、何を言おうとしてるのこの人。
 さすがにそれはスキモノ過ぎる……と、目を剥こうとした俺より先に、意外な人物が声で割って入って来た。

「陛下、お戯れはほどほどになさってください。こんな乳臭そうな人族のメスを一番先に召されたとなれば、他のメスが嘆きます」
「ふぅん? この程度で嘆くような者など侍従には加えておらんだろう。ドービエルの小僧が直々に王宮のメスどもを選んだのだから、聞き分けはいいのではないか」
「だとしても、です。外様の、しかも人族のメスを一番に捧げたとなれば、この“二角神熊族”全体の品位に関わります。どうかご容赦ください」

 そう言って深々と頭を下げる筋肉殿下に、牛王は片眉を上げつつ顎を指でさすり、仕方がないかと言わんばかりに「ふぅーむ」とわざとらしい声を漏らした。

「まあ、お前達を困らせるのもナンだな。狼のヤツらは良しとしても、獅子の王は熊族を存分にからかうだろう。残念だが、今回はお預けと言う事にしておいてやる」
「はっ……陛下の寛大なお心に感謝いたします」

 ……なんだか良く分からないが、話が収まってしまった。
 とりあえず後でブラックを一発殴ろう。

 そう心に決めた俺を見ながら、牛王はまた何やら口を開いた。

「で、それはそれとして……カウルノスよ、お前“試練”はどうするんだ? このまま力を失った状態で俺の試練を受けるなどと言いはしないよな?」

 俺に目を向けているが、意識……というか、牛王の気配は何だか怒りんぼ殿下の方へ向いている気がする。なんだか変な感じだ。
 空になった盃を受け取って再びアイスを盛りつつ耳をそばだてていると、カウルノスこと怒りんぼ殿下は苦しげな声で牛王に答えた。

「その……今は、閨や食事で取り戻している途中で……」
「先の戦の傷とはいえ、全盛期のドービエルならもう取り戻していただろうがなあ」

 呆れたように言う牛王に、怒りんぼ殿下の熊耳が僅かにピクリと動く。
 だがそれを気にせず、牛王は黒い牛の耳をわざとらしく動かしてチリンチリンと耳の飾りを鳴らして見せた。まるで、挑発しているみたいだ。
 だが殿下は何も言えないようで、ぐっと何かを堪えて会話を続ける。

「……父上は、後にも先にもない最高の獣王です。おいそれと越える事は出来ないと思っています」
「お前は相変わらず頭が悪いな。その程度では駄目だから、王権を一時保留されたんだろう? 越えるべき壁に触れもしないで何が獣王だ。ん?」
「…………」

 牛王めっちゃ性格悪いな、上座から殿下の頭を黒い牛尻尾でペシペシしてるぞ。
 アレってかなり屈辱的なんでは……でも耐えてるな殿下。
 しかし、ここまで言われていると流石に堪えるだろうに……。少し心配になって来たが、それでも殿下は冷静に返答した。

「壁だろうが山だろうが、それを越えるべきとなれば越えられる確証を持ってから俺は手を触れることにしております。若輩者ゆえの臆病さは否定できませんが、今回は決して試練を侮ったりはしません。どうか、御助力いただければと……」

 大人、さすがは大人だ。
 身内に対してはだいぶアレだけど、目上の人に対しての胆力が凄い。
 そこだけは素直に称賛できるなと思う俺を余所に、牛王は何やら面白くなさそうに牛の尻尾をぱったんぱったんと動かし、スプーンを口に含んでもごつかせる。

 何をしているのかと気にしつつ、次の言葉を待つ俺や侍っているお姉さん達。
 そんな俺らを目だけを動かして見やり、牛王はその目を薄ら笑ませた。

「では、選べ」
「……はい……?」

 唐突な言葉が何を指しているのか解らず、怒りんぼ殿下は眉根を寄せる。
 牛王を見上げる怒りんぼ殿下に、相手は何かを企んでいるような胡散臭い笑みを浮かべながら、自分の黒髪を指で弄びながら続けた。

「毎晩毎晩お前の交尾に付き合わされて疲弊している王宮のメスどもから、微々たる“気”を搾り上げて命を繋ぐか、それとも……」
「……?」

 な、なに。
 なんで俺を見るんですか牛王サマ。

 嫌な予感がしたが、ここで逃げられるはずもない。
 硬直した俺を見て一層楽しそうに笑いながら、牛王は――――とんでもないことを、サラッと言い放った。

「それとも、この潤沢で甘美な“気”に満ちたちんちくりんのメスと、衣食住を共にするか……さて、どっちがいい?」

 ちんちくりんのメスって誰。俺か?
 俺と殿下が、衣食住を共にって……ちょっ……い、いや待て!

「お待ちください陛下! オレは人族などと……」
「そもそも、我ら【神獣】は他人の“気”に真の糧を求める選ばれし獣だろう。獣人族の“気”よりも人族のものの方が何十倍も力を与えることはお前も知っているはずだ」
「そっ……それ、は……」
「そ、れ、に。……このメスの“気”……普通の人族よりも強く濃密だ。俺は気が短い。お前の回復を長く待たされるなら、試練など願い下げだ。そんな無駄な時間を過ごすくらいなら、さっさとツカサを喰らうか犯すかせんか」
「陛下、陛下お待ちください。あの、そこのメスは……愚弟とも呼びたくない我が愚弟が連れて来た、どこの獣の骨とも知れぬメスで……」

 おいテメエ、いっちょまえに拒否しようなんて言い度胸だな。
 いやまあメス女子が好きっぽい殿下からすりゃ俺は願い下げってのは分かるし、俺だって美女と戯れられるんならそっちの方が良いんだけどさ。

 でもせめてもうちょい優雅に断ってくれよ。
 露骨にイヤって態度にされるとこっちだって傷付くんだからな。

「メスはメスだ。喰らうことに体の違いなど気にする事でもないだろう。それに、愚弟のメスだからなんだというんだ。奪う気力もないのか? とんだ腰抜けだな」
「でっ、ですから陛下っ」
「あーうるさいうるさい。これだから手負いの熊はうるさいんだ。……はー……仕方が無いな……おいツカサ、ちょっとこっちへ来い」
「は、はい……」

 うげえ、なんか呼ばれちゃったよ。
 でも相手は位が高い人間だから逆らう事も出来ない。今の俺は侍従なので、侍従を動かす権限を持っている位の高い奴に従わない訳にはいかないのだ。

 ううう、この仕事が憎い……。
 そんな恨み言を呟きつつも段差を一、二段上がり、俺は牛王陛下の前に立った。

「む。肉付きはいいな。さすがはこの俺が美味そうだと思っただけのことはある」

 そんなところを変な風に褒められても微塵も嬉しくないんだが。
 勘弁してくれと内心ゲンナリしている俺に気が付かず、牛王は指で怒りんぼ殿下にも近付いて来るようにとジェスチャーをする。

 重い腰を上げて、俺を憎んでいる……らしい相手が近付いてきた。

「よしよし、お前達にのろ……いや、まじないを掛けてやろう」
「え?」
「狼どものようには上手く出来ないが、俺も最古の獣王だ。なんとかお前達に、早く“気”を溜めさせるための術を施してやろう」
「そ、それは一体……」

 疑わしげな殿下の言葉に、牛王は再び意地悪な猫のような目で笑った。
 不意に牛王が立てた人差し指へと、光が集まる。
 その光は次の瞬間に暗い紫色の光へと変化して――――指の上に、とても小さな円形の魔法陣を展開させた。

「ッ!?」

 な、なんだアレ。
 もしかして曜術? この人、獣人じゃなかったのか!?
 いやまさか。そんなんじゃないはず。だって、曜気が何も見えないじゃないか。
 なのに、どうしてこんな。

「へ、陛下……」

 怒りんぼ殿下が、何かを言おうと牛王に軽く手を伸ばす。
 その手を見ながら、牛王は声高らかに宣言した。

「我古の血を守る者、マインジャック・ジャルバンス。混沌と聖者の血によって、契約の儀を今ここで宣言する!」
「えっ、え……!?」

 なに、何を言ってんのこの人。
 その人差し指の上の小さな魔法陣は何。ていうか、この周囲から湧きあがってくる薄ら紫色をした黒い炎みたいな幻はなにーっ!

「二角神熊族カウルノス・カンバカランは、この人族のメスの“気”によって素早く武力を取り戻すため、我は今より『カウルノスがこの人族のメスから離れられぬ契約』を唱える! もしこの言葉成就せしときは、契約によって間違いなく公明正大な“試練”をカウルノスに与えると誓おう。これにて、契約の儀を完遂する!」
「ちょっ……――!!」

 床一帯に謎の黒い炎が広がり、一気に立ち昇る。
 まるで地面から強いライトを当てられたみたいに周囲が一気に眩しくなり、俺だけでなくお姉さん達や殿下まで顔を覆った。
 もう、何が起こっているのか解らない。だけど――――なんだか、胸の……いや、心臓の辺りに何かが絡みついたような違和感を覚えて、俺は息を詰まらせた。

「っう……ぐ……っ」

 一瞬、とても苦しいような感覚が襲ってきて喉を締めた。
 だがその苦痛は数秒もしない内に消えてしまい。
 気が付けば、周囲を照らしていた謎の黒い炎は消え去ってしまっていた。
 ……これ、どういうこと……?

「へ、陛下……」

 あっ、怒りんぼ殿下もなんか苦しそうにしている……って、お、おい、なんか変だぞ。ベストだけ羽織ったムキムキの上半身の胸の中心に、なんかついてる。
 筋肉だけだったのに、タトゥーみたいなのがあるぞ!
 まさかこれ……。

「うむうむ、ちゃんと契約のしるしが刻まれたな。これで、お前はこのメスの人族から離れることは出来ん。一定の距離までは保てるが、それ以上離れると……お前の方が、このメスのところに引き寄せられるから注意するがいいぞ。ふ、ふふふ」

 おい、なんで楽しそうに笑ってんだ黒牛王。
 どう考えてもこの状況を作り出して楽しんでますよね。
 殿下が困るの楽しんでますよね?
 っていうか俺も困るんですけど、なんか良く分からないけど絶対に良くない契約の片棒を勝手に担がされてめっちゃ困ってるんですけど!?

「あ、あの! 引き寄せられるって……」

 焦ってつい牛王に問いかけると、相手は俺を見てニヤッと笑う。
 そうして、俺の肩をポンと叩いた。

「ま、よろしく頼むぞツカサ。……その美味そうな姿のワリに、二匹も厄介なケモノを飼い慣らしているのだから……一匹ぐらいなんとかなろう? なっ」

 俺の面倒が短く終るように、なんとか頑張ってくれ。
 そんな他力本願で自己中心的な本音が透けて見えたが――この王宮で最も偉いと思われるウシさまに、そんな事を言えるはずもなく。

「…………はい……」

 俺は、ガックリと肩を落としながら了承するしかなかった。

 はぁあ……どうしよう……ブラックとクロウにどう説明すりゃいいんだよぉ……。










※遅れてしまいました…すみません…!!
 もう少ししたらたまりにたまってる修正を少しずつ
 やって行きたいと思います!

 
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