異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編

8.それをお節介だと言われても

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 部屋に帰って来ると、まっさきにロクショウが「キュ~!」と言いながら俺の胸に飛び込んで来てくれる。

 もう世界最高に可愛いトカゲヘビちゃんだな!
 こんなお出迎えが出来るんだから、クロウならきっと賢くて可愛いで賞のグランプリを受賞できるに違いない。いやもうむしろする。しなかったら審査員をしばく。

 そのくらい可愛くて思わず顔中の筋肉全てが緩んでしまったが、ロクがすぐに「キューキュー」と困ったように何かを訴えてきて顔が元に戻る。

「なに、ロクショウ君なんて言ってるの?」

 横から覗きこんできたブラックに、俺はロクを肩に止まらせて答える。

「それが……どうも、寝てる間にクロウがどっかに行っちゃったみたいで……」

 ふ、不謹慎だが、不安そうにキュウキュウ鳴いてしまうロクも可愛い。
 つい興奮してしまわないように必死に口を押える俺に、ブラックは呆れたような顔をしていたが――顔を上げて視線だけで周囲を見回すと、俺達に「こっち」と短く言ってある場所に誘導した。

 そこは……俺達にはずいぶんと大きすぎるクローゼットだ。
 俺達が使わないはずの「体が規格外にデカすぎる獣人用」の部屋のクローゼットは、たぶん俺が入ってもだいぶ隙間があるほどの大きさだ。たぶんブラックやクロウが中に入ってちょうどなんじゃないかってほどで……あれっ。まさか。

 ブラックを見上げると、相手は「しーっ」と指を立てて沈黙を促すと、ゆっくりと巨大なクローゼットの扉を開けた。

「あっ……」

 ――――そこには、ブラックの予想通り……膝を抱えて眠るクロウの姿が……。

 …………。
 ……って、良く考えたらコイツおっさんなんだよな。

 オッサンってか大人なのに、なんでこんな叱られた小学生みたいな寝方を。

「……怖いんだろうね、ここが」
「こわ……えっ……?」

 思っても見ないブラックの言葉に、俺は虚を突かれる。
 どういうことだと再び相手の顔を見上げると、その表情は先程と違って真面目で、遠くを見ているような不可解な感じが滲んでいて。

 会話に戸惑った俺にかまわず、ブラックは静かに続けた。

「安心できないから、誰かに見つかりたくないから、こうやって大人げない場所に隠れるんだろう。……とはいえ、このトシになってクローゼットとは笑わせるけどね」

 そうは言うが、ブラックはいつもと違って怒ったり殺意を含んだりする声ではない。
 ……こういう時のブラックは、俺よりも相手の事を理解している。大人の部分がそうさせるのか、それとも……似たような記憶があるのか。

 どちらなのか聞く勇気も無かった俺は、ただ頷いて言葉を返した。

「……これからどうしたらいいと思う? クロウ……やっぱり王宮には居たくないんじゃないかなって思うんだけど……」

 ゆっくりクローゼットを閉じて退室し、あのクッションだらけの絨毯がある今に戻る。改めて一息ついてから、ブラックは胡坐をかきつつ息を吐いた。

「さてね……こればっかりは本人次第じゃないかなぁ。……ツカサ君だって、変なトコ見られて気遣われたら恥ずかしくなっちゃうでしょ? アイツもたぶん無意識の行動であんな場所に隠れてるんだろうし、大人なんだからキツければ自分で言うさ」

 それまで知らないふりをしておく方が良い、と、ブラックは言う。
 確かにそれもそうだ。俺だって、情けない所を人に見られたくないし、サービニア号でのキツい日々に涙した事だって、出来れば人に知られたくなかった。

 だって、自分の心が弱いせいで負けたようで悔しかったんだ。
 人に縋る事は悪い事じゃないけど、でも……自分が男として誰一人守れないような存在に思えきて、自分の中で思い描く格好いい存在とかけ離れた情けない自分の姿がみすぼらしくて、虚勢一つ張れないのかと自分にムカついて悲しくなってくる。

 誰かにその情けなさを押し付けたいんじゃない、思う通りに格好良く出来なかったのが、ただモヤモヤして仕方が無くて。
 そんな恥ずかしい本性を曝したくないから、必死に押し隠すんだよ。

 俺だって、ブラックやクロウやロクショウ達の前では……気楽に笑いあったりじゃれつけるような存在で居たいっていつも思ってるんだ。
 それに友達や仲間なら尚更、気を使わせたくないとも思う。

 だからこそ、男ってヤツは「武士は食わねど高楊枝」なんだ。

 俺がメスであろうが、俺は男でしかないし女の子にはなれない。心だって、いつでも日本男児の心意気で生きているつもりだ。
 だから……ブラックが言うクロウの気持ちも痛いほど理解出来た。

 …………でも……知らないままの方がいいのかな。

 俺は今、ブラック達や悪友の尾井川がいるから立ち直れているけど……子供の頃の“どの輪にも入れなかった自分”を思い出すと、どうしてもあの頃の疎外感や悲しさが鮮明によみがえってくる。それは、大人になったって消えない傷だ。
 いじめっ子が復讐で……なんて漫画があるように、長く続いた悲しみはずっと心の中に残り続けるもんな。……なんなら、楽しい思い出よりも、ずっと。

 でも、大人は、ブラックみたいにソレを必死に隠そうとする。
 「大人だから」って気持ちで抑え込んで、子供みたいに泣きじゃくる事も抑え込んで、誰もが何かの傷を隠して頑張って大人として生きているんだ。

 ブラックだって、今もずっと――――話すだけで苦しくなる記憶を持ち続けてる。

 だから俺は、なってもない大人の「意地」も少しは理解出来ている気がした。
 これは、男だからってのとは別に……誰もがしている「我慢」なんだと思う。

 けどそれは……我慢させて、いいことなんだろうか。
 ……そりゃ、大人なんだから、触れて欲しくないって考えてるとは思う。
 人によっては「子供扱いされてる」とか「侮られてる」と思うかも知れない。人に迷惑を掛けたくないからって遠慮や恥ずかしさも有るのかも知れない。

 でもさ、大事な人がそんだけ苦しいって思ってるなら……俺に出来る事が少しでもあるなら、何かをして欲しいって言ってほしいよ。

 全部言わなくてもいい。
 苦しくて話したくない事は、なにも話してくれなくて良い。
 俺だって全部織り込み済みでアンタらと付き合ってるんだから。

 だけど、抱き締めるくらいは出来るはずだ。アンタが苦しいのなら寄り添うよって、わがままでもいいから何でも言ってくれって、言ったっていいだろ。

 今は望んでなくても、いざって時に逃げ込める場所がある事を教えるくらい。
 それぐらいなら、相手の心の傷に触れないんじゃないかって思うんだ。
 例えそれが解決にならなくたって、お前の傍を絶対に離れない奴がいるってことは教えられるかもしれないだろ?

 ……だから、本当なら、今すぐそう言いに行きたい。

 なにも恋人だから仲間だからって言うんじゃなくて、俺にとって大事な奴だから……どんなに子供じみた事でもいいから、俺が出来る事を教えて欲しいんだ。

 大事な人には、いつも悲しい思いをせずに笑っていてほしいから。

 …………そう思うのって、いけないことなのかな。

 お節介なんだろうか。
 でも……。

「……ブラック、その……クロウのこと、ちょっと見ててくれるか」
「え~? ツカサ君まさか、駄熊のために何かしようとしてるの? 料理とか?」
「グッ……いや、まあ……そういう方向の方がいいかなって……」

 それくらいなら、良いよな?
 相手に気を使わせたなんて思わせないし、クロウだって喜ぶに違いない。

 あの夜、ずっと一緒に居るって言ったんだから、その言葉通りに付かず離れずしてやるのが良いのかも知れないけど、俺ならちょっと申し訳なくなるもんな。

 それに、クローゼットの横にずっといる……なんて事をしたら、クロウは優しいからすぐに気に病むだろうし。

 気を使っている姿を見せたら、ますます何も話せなくなってしまうよ。

 だからせめて、クロウが好きな甘いものでも作って、起きた時にすぐ振るまってやりたいんだ。それに、ブラックも今日は戦って疲れただろうし……ロクにも、お留守番の“ご褒美”をあげたいからな。

 そんな気持ちでおずおずと声を出した俺に、ブラックは嬉しそうにニヤついた。かと思えばムスッとしたり暫く百面相をしていたが、メシの誘惑には勝てなかったのか「仕方ないなぁ」とオッケーしてくれた。

 そんなにクロウのためにってのが気に食わないのかと思ったが、まあやっぱりメシは誰だって食べたいよな。でも今日はメシじゃないぞ。

「よーし、じゃあ三人に俺の冷たいお菓子を振る舞ってやるからなっ!」
「冷たいお菓子? あっ、もしかして前に作ってくれたあいすくりーむってヤツ!?」

 なにやら昔の事を思い出したのか、ブラックはすぐに顔をパァッと明るくする。
 そうそう、ベーマスは暑いから、アイスを作ろうと思ってたんだよ。……ってか、よくそんな前の事を覚えてたな……。

「クロウも好きだったからって思ったんだけど、ホント記憶力良いよなお前……」

 俺だって何度か「冷たいデザート」を作った覚えはあるけど、毎回料理をしているので、食べた人が喜んでくれたか否かぐらいしか覚えていない。
 ブラック達だって俺の料理を何度も食べているし、そもそもデザートに関してはそんなに凝った物も作ってないので、似たような甘さで記憶は曖昧かも知れないと思っていたのだが……そ、そうか……覚えていたのか……。

 ちょっと気恥ずかしくなってしまった俺に、ブラックは人懐こい笑みを見せた。

「そりゃもちろん全部覚えてるよ! だって、僕ツカサ君が作ってくれる手料理が一番好きだもんっ」
「キュー!」

 そ…………。
 え、えと……そりゃ、その……言い過ぎだと思うん、だけど……。
 ロクまで一緒にそんなベタ褒めってのはその。あの。

 でも、まあ……素直に、嬉しい、とは……思うし……。

「…………その……あ、ありがと……」

 素直にお礼を言って、いつの間にか逸らしていた顔をブラック達へ戻すと。

「ああ~もうっツカサ君可愛い~! 好きぃいいいっ」
「キュゥ~! キューッキュー!」

 そこには、周囲にハートマークを散らす幻覚が見えるほど顔が蕩けたオッサンと、キャッキャしている可愛いロクが今まさに俺に飛び掛かって来る姿が!
 うぎゃ、という暇もなく抱き着かれ、俺は絨毯に背中からダイブする。
 ぐえーっ、ぐ、ぐるじい。

「ツカサくぅうううんっ! 僕いちばん大きいアイスねっ、頑張ったからいいよね!」
「キュキュ~!」
「わ、わーった、分かったから! アイスクリーム作れないだろー!!」

 ブラックだけならジタバタ出来るんだけど、ロクまで俺のほっぺにむぎゅーっと体を押し付けてるから、激しく体が動かせない。
 それを良い事にブラックは押し倒した俺をギュウギュウ抱き締めて来て、ロクがいるのとは反対のほっぺにチクチクした痛痒い無精髭の頬を擦りつけて来た。

「ツカサくぅううんっ」
「キュッキュッ」
「ううう……て、天国と地獄……」

 天国がどっち側のほっぺかは言うまでもない。
 けど……素直に自分の気持ちを曝け出してくれる二人が、なんだか嬉しかった。











 
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