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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
5.契闘
しおりを挟む――にしても、なんつうかこの流れ……すっごい都合がいい気がするんだよな。
そりゃ俺達はドービエル爺ちゃんに「息子を助けてくだされ」と頼まれたし、そうしなければ本来の目的である【銹地の書】を貰うことも出来ないから……結局のところ、あの怒りんぼ殿下ことカウ……なんとかさんに近付かなきゃ行けないんだが。
でも。
でもさ、この流れってなーんか……テンプレっつーかなんつうか。
……そ、そりゃ……ブラックなら俺を助けてくれるだろうし、守ってくれるだろう。あの怒りんぼ殿下だって、普通にしてればメスっぽさのない俺を「メス」と言われて疑問に思い、王族のわがまま王子まんまの行動を起こすのも理解出来る。
でもさ、そういう状況になる確率って、そんな高くないと思うんだよ。
相手だって大人なんだから滅多なことはしないだろうし、そもそも弱いと思っている人族に対して「戦って見よう」とか考えないんじゃなかろうか。
ブラックだって、今の状況をメンドクサイとは言いつつも、そつなく礼儀作法をこなすくらい冷静でTPOをわきまえられる大人なのだ。
初対面の王様の前であんな風にトゲトゲなんてしないはず。
だけど、二人は俺の扱いで決闘を決めてしまったのだ。
「…………」
ブラックに抱っこされたままと言う恥ずかしい格好だが、やっぱりその「都合のいい展開」が気になってしまって、俺は居心地悪く身じろぎをする。
お付きのエッチで綺麗なお姉さんの案内で「決闘する場所」に向かってるけど、このまま殿下と戦っていいのかな。なーんか乗せられてる気がするんだけどなぁ……。
そう思いつつ、俺は隣に並んでいるルードさんを見やる。
……いつも薄らと微笑みを浮かべている、涼やかな白熊褐色美青年。
とか一言で言うと優しげな相手に見えるけど、やっぱりその微笑みを見ていると、何かよからぬことを考えていそうで警戒してしまう。
俺が知ってる陰険妖精眼鏡王子と似てるからかな……。
まあ確かに同じような長髪だし、こっちもズボンの上にローマ人かよって感じの腰布を巻いてるけども、こっちは顔に似合わぬゴッツい筋肉質の右足が前寄りのスリットから出ちゃってるんだよな……しかも褐色だし、なんか服も腹出しで露出度高いし。
隠すんだか出すんだかハッキリしなさいな格好だけど、でもやっぱ獣人だから筋肉を露出して誇示する事で強さを見せつけてるんだろう……ってそこはどうでもいい。
と、ともかく、初対面のアドニスと同じタイプでなんか気になるんだよっ。
そもそもコレ、考えてみたら全部ルードさんの手引きだし。
あの時俺達を待たせて話をしてたけど、もしかしたら決闘させるために、わざと俺を怒りんぼ殿下に差し向けたのかも。でもなんでそんなことを。
もしかして、やっぱりルードさんも俺達が気に食わないっていうか、実力を疑ってるのかな。だとすると結構腹黒だぞ。
つーか、俺がそこまで考え付くんだから……ブラックも当然ここまで考えてるよな。なのに、どうして素直に挑発に乗ったんだろう。
そういう事を察してる時のブラックって、例え俺が顔から地面に激突したって、助けに行こうなんて考えないくらい理性的になるはずなのに……。
「なあ、ブラック……」
ホントに戦っちゃっていいのかな。
そう言いたくて顔を見やると、相手は俺に視線を落としてニコリと微笑んだ。
「大丈夫。あの駄熊野郎になんて絶対渡さないから」
「そ、そうじゃなくて……」
「んも~、心配性だなぁ」
とは言いつつも、ブラックは笑ったまま俺を抱き直して頬にキスをしようとしてくる。
なっ、何すんだおまえっ。
慌てて避けようとすると、ブラックは耳に唇を押し付けて来た。
「ひゃっ!!」
思わず変な声が出て口を塞いだ俺に、ブラックが小さな声で囁いた。
「とにかく、企みに乗ってみようよ。そこの白熊が何考えてるのか知りたいしね」
「……!」
驚く俺の耳にチュッとわざとらしい音を立てて唇を押し付けると、ブラックは体勢を直し「心配しないで」と再び笑った。
やっぱブラックも変だとは思ってたのか……な、ならもうちょい恥ずかしくない方法で「大丈夫」とか言ってくれよぉ。なんでこう、人が見てる前でキスしたがるんだ。
顔がカッカしてみんなの顔が見られず、ついついブラックの体の方へと顔を背けていると――――背後から光が差して来たのを感じた。
暑い、とても暑い光だ。
思わず振り向くと、廊下の終わりと扉のない門が有って。
そこを抜けると――――なんだか既知感のある風景が広がっていた。
「これが、決闘をする場所……?」
三方を高い壁に囲まれた、箱の中のような空間。
まるで他の場所からは誰も入れないようになっている閉鎖的な空間には、妙な物が色々と取り付けられていた。
入って真正面の壁にあるのは、四つの角を持つライオン……に似ているけど、顔が少し違う気がする不可解な獣のレリーフ。開口しこちらを威嚇している恐ろしい形相だが、左右に幾つかの豪奢な旗が吊り下げられているため、なにかの紋章のようにも見えて、茶化してはいけないような神聖な雰囲気が漂っている。
そのレリーフが見下ろす下の地面には、ドッヂボールのコートに似たラインが走っており、赤茶色のレンガと薄青いレンガで半々づつに分かれていた。
これは……自陣と敵陣って感じなのかな。
左右の壁には、それらしい事を示す赤と青の旗がそれぞれ掛かっていた。
その青い方へ俺達は案内される。コートの向こう側の赤い方には、ボインバインな美女軍団を従えた怒りんぼう殿下が仁王立ちで待ち構えていた。
お、おお……なんかこうなると本格的に戦う場所って感じだな……。
訓練場なら、幾つかの国で何回か利用した事があるけど、ここはなんというか……本当に個人的な決闘を行う「秘密の場所」みたいで、変な感じだ。
まるで高いビルの路地裏で私闘でもしてるみたいだ。そんな閉塞感がある。
だが、怒りんぼ殿下はその閉塞感などものともせずに赤茶色のレンガが敷かれたコートに足を踏み入れ、挑発するようにブラックを見て手をくいっと動かした。
早くこっちに来い、ってことか。
ブラックは俺を優しく地面に降ろすと、薄青いレンガのコートに入る。
「逃げずに来た事だけは褒めてやろう」
まーた居丈高な事を言う殿下に、ブラックは呆れたように息を吐く。
いや、こっちもこっちでわりと不敬罪だな。
「……で? “賞品”は、さっきの通りでいいんだよな」
「無論だ」
「決闘っつったって、勝ち負けはどうするんだ」
「それは言うまでも無く、相手が倒れたらだ」
自分が負けるなんて微塵も思っていない、自信満々の顔だ。
そこまで見下されるとなんかイラッとするな……もしやブラックが負けて当然みたいに考えてるんじゃなかろうか。そんなバカなことがあるか。
ブラックは強いし、グリモアのチカラだって持ってるんだぞ。
それに、俺の事だっていっつも助けてくれるし……い、いや、それは置いといて。
ともかく見た目はうだつのあがらないオッサンでも凄く強いんだよっ!
そんなブラックをすぐ倒せそうなヤツだなんて侮るなんて、なんかムカつく。
俺までバカにされてるみたいで、俺の方が怒りのボルテージがあがりそうだった。だが、ブラックは余裕な態度を崩していないようで。
「ふーん、倒せばいいだけなんだ」
「……随分と余裕だな。人族風情が獣人に勝てると思っているのか?」
「獣人の王族ってのは、戦う前に足しにもならない妄想に浸るのか。これなら駄熊の方が素直に戦う分まだマシだな」
ブラックがそう言った瞬間、相手から明確にビキッという音が聞こえた。
思わず怒りんぼ殿下の顔を見ると――相手の形相は、いきなり怒りに満ちた表情に歪んでいて。何が起こったのかと確認する暇もなく、相手が大声で吼えた。
「――――ッ!!」
クロウと同じ……いや、それ以上に大きな獣の咆哮。
人間の喉から発する事が出来ようはずもないその声に思わず耳を塞ぐが、相手は目をギラギラと光らせて、今にも爪を振りおろそうと腕を上げていた。
ちょっ……け、決闘始めるっても言ってないのにいきなり!?
思わず止めに入ろうと体が動きかけた、が――
「はい、ちょっと待って下さいね。まだ宣誓をしていませんよ兄上」
いつの間にか、ブラック達のすぐそばにルードさんが立っていた。
…………あれっ!?
あの人、さっきまで俺のすぐ近くにいたのにいつの間に……っていうか、殿下の腕を軽々と掴んで止めてるって……や、やっぱあの人も強いのか……。
いや、そんな所に着目している場合か。
オタオタしている俺を余所に、ルードさんはブラックと殿下を見やった。
「闘気を高め合うのは結構ですが、宣誓のない“契闘”は無効になりますよ。ちゃんと立会人を呼んで頂かないと」
「チッ……解っている! ……さっさとやれルード」
やはりそこは兄弟なのか、怒りんぼ殿下もルードル……えー……ルードさんの事を愛称で呼んでいる。傍若無人とはいえ、やっぱり兄弟は特別らしい。
すぐに腕を降ろして一歩後退った殿下を確認し、ルードさんはブラックにも自陣の中に一歩戻らせると、改めて右手を上げた。
「宣誓。我ら大地生みし聖獣ベーマスの血を分かつ者として、悔いなく恨みも持たぬ戦いを貫き、誇りある獣人の命を汚さぬよう約束を違えぬ“契闘”を行うことを誓う」
ルードさんの背後に、四つの角を持つ不可思議な獣のレリーフがある。
そのレリーフの獣に誓うように手を上げているルードさんに続き、真面目な顔つきになった怒りんぼ殿下は、手を胸を鷲掴むような形にして胸元に持って行った。
「我はディオケロス・アルクーダ。カウルノス・カンバカランは聖獣ベーマスに誓う」
そう言って、チラリとブラックを見た。
ブラックはそれに倣い、自分も心臓を鷲掴むように指を広げた手を胸に置き、同じように自分の身分を宣誓の言葉に乗せた。
「我は“導きの鍵の一族”……ブラック・ブックスは聖獣ベーマスに誓う」
ルードさんはそれに頷き、二人が顔を合わせる正面を見やった。
場が一気に緊張し、俺もお姉さん達も息を飲んだ。
……暑い日差しが、高い壁に囲まれた井戸の底みたいな決闘場を照らす。
その日差しを見て、ルードさんが口を開いた。
「両者、聖獣ベーマスの大地を汚さぬ誇りある戦いを。――――始めッ!」
天を指していた手が、振り下ろされた。
瞬間。
「おるぁあ゛あ゛!!」
雄叫びのような声と同時に、ブラックに向かって拳が放たれていた。
だが、俺がそう認識した時にはもうブラックはその硬そうな拳を躱していて、二度目の拳も傾いたその体を更に落とす事で回避していた。
早い。だが、相手の攻撃は止まらない。
俺が確認できるだけでも、六度拳を撃ち込まれている。だが、実際はもっとブラックを襲ってきているのだろう。それぐらい、二人の挙動は早くて読めないのだ。
始まって一分も経ってないのに、どんだけ本気を出すんだよ。こんなの俺だったら、足がもつれてしまいそうだ。
なのに、怒りんぼ殿下は息一つ切らさず笑いながら拳を連打し続けている。
獣人は身体能力がズバ抜けているとは言うけど……これは、異常だった。
「人族の癖になかなか逃げるのが上手いなァッ!」
ドンッ、と地面に足をつけ、重い一撃が来る。
何度も素早い動きで拳を打ち付けていたのに、なんて機転だ。いや、さっきのでもまだ軽い連打だったっていうのか!?
目を丸くするが、相手は止まらない。あわやブラックはその重い拳を腹に受け――そうになったが、斜めに一歩跳び下がって難なく躱す。
俺じゃ絶対に回避できない。いや、アレは普通の冒険者でも難しいはずだ。
だけど、ブラックは空中で軽々と体勢を変えられるほどの実力者なのだ。その異常ともいえる運動神経の良さが、紙一重で相手の攻撃を無効化しているんだろう。
でも……見ているコッチとしては、気が気じゃない。
あんな、見ていても分かる「当たったら腹が破裂しそうな拳」を何度も放たれるなんて、いつ当たるか分からず眉間にしわが寄ってしまう。
ブラックが負けるなんて思っていない。だけど、怪我は別だろう。
おもわず胸に下げている指輪を握り締めてしまったが、目は戦う二人から離す事が出来なかった。
「ハハハハハ!! 面白い……人族にも手練れがいるようだなぁ!」
「……同じ攻撃ばかりで見極めやすいだけだけどね……ッ!」
ブラックの姿が急に消える。
いや、違う。しゃがんで相手の視界から逃れたんだ。
息を吸い込むより先に、ブラックは動く。そのまま相手を足払いするつもりなのか、片足で殿下の太く鍛えられた足に当てようとした。
だが、寸でのところで相手も足を上げて飛び、回避したそのまま膝をブラックの頭にめり込ませようとする。
「ッ……!」
岩のようなゴツゴツした膝が、目前に迫る。
が、ブラックは足払いをした体勢をまたもや崩し、そのまま手で己の体を支えながら体を地面スレスレで回転させて殿下の攻撃の範囲から抜けた。
だが、そのまま体勢を立て直して攻撃せず、大きく回転しながら距離を取る。
素早い動きに見ている俺が思わず酔ってしまうが、ブラックは難なく立ち上がった。
そのブラックの動きに、膝を地面に着けようとしていた相手も片手で軽く地面を突くと、空中に浮かんだかのように体勢を立て直してその場に立ち直った。
「す……すご……」
…………俺は、認識を改めないといけないかも知れない。
ブラックは強い。だから、俺は負けるなんて微塵も思っていないんだ。
でも、それとは別に……あの、殿下。
アイツも、強い。間違いなく強い。
しかも力任せに技を出してくるような脳筋じゃなくて、ちゃんと体術を使っている。
敵を確実に倒すための力を、相手も持っているんだ。
「……人族よ、訂正してやる。お前だけは獣人の次に強いようだな」
「ハッ。ぬかせよ、その格下の相手に一発も入れられないクセに何言ってんだ?」
――――お互い、汗一つかいていない。
あれだけの攻防を繰り広げたのに、お互いにまだ余力を残しているのだ。
その姿に怖気を感じて体を縮めた俺の前で、殿下がニヤリと笑った。
「よかろう……俺の“武力”の一端を、お前にも少し見せてやる……!」
ここまで来ても、余裕を崩さない相手。
何をするのかと思ったら、その目が何故かギラリと光ったように見えた。
「え……っ!?」
なんだ。なにか、おかしい。
怒りんぼ殿下の周囲がなにか揺らめいている気がする。曜気かと思って目を切り替えて“視て”みたが、まったく曜気を感じない。
それどころか、蜃気楼のように揺れる謎の空気の膜を纏った相手は。
「敬服せよ。恐れ戦け。これが……王者の力を持つ大熊の威光よ!!」
空気が、鼓膜を低い音で打ち鳴らす。
思わず両手で耳を塞いだ俺の目の前では、強い風を纏い赤いオーラを宿した殿下が――その頭に、ヤギの角のような黒く捻じ曲がった角を二つ出現させていた。
→
※ツイッターでの宣言の通りに遅れました(;´∵`)申し訳ない
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