異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編

4.挑発するなら明確に

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 なにすんだこの怒りんぼ殿下は。俺に飲み物をひっかけて何をしたいんだろうか。

 動くなとか言ってたし、別に怒ってふっかけてきたワケじゃないみたいだけど、なら何故やったのか謎だ。横に侍ってるお姉さんが耳打ちしてたけど、俺に対して何かのアクションを期待してこんなことをしたのだろうか。

 いやそんなことされたって、こっちも困っちゃうんですけどね……。
 どうすりゃいいんだと思っていると、怒りんぼ殿下は俺の体をジロジロと見て、眉を不機嫌そうにぎゅっと歪めると空の杯をクイッと上げて見せた。

「お前、濡れただろうが。床を汚す前にさっさと体を拭け」
「は、はい……」
「違う下がるな。拭く布ならお前の股間にあるだろうが」
「えっ……ええ!?」

 あの、股間って……ま、ま、まさか、この股間を唯一守ってる布っすか。
 いやいやいや待って下さいよ、これで拭くってことは、その、ぱんつもなんも穿いてない股間をお披露目しちゃうことになるわけで、それはちょっと……っ。

「どうした。早くしろ」
「あっ……い、いや、でも……俺、このした何もつけてなくて……」
「知っておるわ。良いから早くしろと言っている」

 そんなこと言われたって……!
 ……って、なんか背後からギリィとかいう音が聞こえたな。

 もしかして、アレはブラックが腹に据えかねた音じゃ無かろうな。そうだとしたら、俺よりアイツのほうがヤバイんじゃないのか。ここで暴れられたら全部おじゃんだぞ。
 でもこんなところで恥ずかしい場所を見せるなんて、お姉さまたちもいっぱいいるのに、そんな……は、恥ずかしいこと……っ。

「あらあら、緊張してるの? 不思議な子ね」
「人族ってこういうことで緊張するの? そんなにみすぼらしいのかしら」
「安心していいのよボク、王族の方の前では、なにも怖い事なんてないんだから」

 怒りんぼ殿下の周りにいるエッチなお姉さん達がヒソヒソしたり、俺の緊張を解そうとしてか、優しい言葉を掛けてくれる。
 正直嬉しいしキュンとするけど、でもその王族に見せるのが一番イヤなんですよ。
 でも、こうしてても相手を怒らせるだけだし……だ、だったら、すぐに体を拭いて、床を汚さずに済む方がマシかも……う、うぅう……っ。

「……っ」

 出来るだけ足を閉じて股間を隠し、ギリギリ見えない位置まで布を手繰り寄せて、どうにか股間を隠そうとしながら体を拭く。
 もう既に胸に当てた布には飲み物の色が染みこんでいて肌にひっついているが、それはもうどうしようもない。ただ俺は必死に隠して終えようとした。

 ……でも、こんなことして相手は怒らないんだろうか。
 っていうか、こんな風に急所を見せるなんてブラックの方が怒りそう……後でナニをされるか考えると恐ろしい。むしろそっちの方がヤバいんじゃないのか。

 怒りんぼ殿下より、身近なブラックの方が危険かも……。
 そう思うと早く終わらせたくて、俺は腰まで垂れて来ていた液体を拭った。
 殿下は何も言わないが、お姉さん達はクスクス笑っている。バカにしたような笑い方じゃないから良かったけど、これで見下されてたら俺マジで立ち直れないよ。

 ほんと優しいお姉さん達で良かった……と、やっと股間の布を降ろすと。

「…………チッ、よくわからん。お前、こっちにこい。近くに侍る事を許す」

 えええええ……。
 つい口から呻き声が出そうになってしまったが、抑え込んだ俺を褒めて欲しい。
 だが従わないわけにも行かず、俺はトボトボと相手に近付いた。本当は「いやいや勘弁して下さいよ~」なんて言って逃げたいんだが、ルードさんが「態度を軟化させるためです」と言っていたので逃げる訳にはいかないのだ。

 ここは何としてでも怒りんぼ殿下に好感度を上げて貰わないと……!
 …………しかし、これで本当に好感度が上がるのかな。

 疑問に思いつつも、上座に近寄って傅こうとする。
 が、意外にも相手は横に侍っていたお姉さんを少し離れさせると、俺に「もっと近くに来い」と示してきたのだ。これは隣まで来いってことだな。
 もうこうなりゃヤケだ。俺の似合わん女装をとくと拝むがいいさ。

 塗れてぴたぴたになっている気持ち悪い布をさばきながら、俺は段差をあがる。
 そうして怒りんぼう殿下の横につくと、頭を下げて膝をついた。
 ……当たり前だけど近いなこの距離……。

 でも普段のブラックとのゼロ距離状態よりは遠いから大丈夫だ。オッサンと近距離には悲しいかな慣れてるから、どうってことないぜ!
 とか思っていたら。

「……んん?」
「うわぁっ!?」

 遠くからガタッと音がする。
 が、その前に俺は……怒りんぼ殿下に上半身を抱え込まれてしまっていた。
 ちょっ、な、なんですかやめて下さい、このまま俺をマグロみたいに抱えて飛ばすんですか、なんちゅう暴虐殿下なんですか、マジで勘弁して下さい!!

 自分が熊さんパワーで軽々と投げられる所を想像して青ざめた俺は、慌てて相手のムキムキした腕から逃れようとするが、まったくもって動けない。
 イモムシのようにバタつく俺に、怒りんぼ殿下は何を思ったのか……。

「…………うーむ……たしかに美味そうなニオイはするが……」

 うぎゃー!! 髪の匂いを嗅ぐなーっ!!
 ぞ、ぞ、ぞわぞわするっ。うわぁあ、なんでだ、ブラックやクロウがやっても何とも思わなかったのに、なんで他人にやられるとゾワゾワするんだ!?

 やばい、こ、このままだとマジで悲鳴が出ちゃう。
 さしもの俺でもパンチしちゃったら殿下にダメージ入れられちゃうだろうし、そうなると完全に不敬罪だよな……。で、でもゾワゾワする。マジでダメかもしんない。

 こ、こうなったら、弟であるルードさんに助けて貰うしかないのでは。
 そう思って俺は口を開こうとしたのだが、その助けを求める声は、ほかならぬルードさんに遮られてしまった。

「兄上、いつものように確かめてはいかがですか。それでもこの人族がメスだと思えないのであれば、私を罰して頂いても構いません」
「ムゥ……。ならば、こうか」

 怒りんぼ殿下が、そう言ったと同時。
 布を押し退けて、大きな手がいきなり平らな胸を揉んできやがった。

「ひあぁあっ!? やっ、ちょっ、や、やめてくださいっ、ちょっと……!」

 いくら平らな胸で恥ずかしい所は無いとはいえ、他人にもまれると物凄く恥ずかしい。それに、い、今は……ブラックが居て、この光景を見ているワケで……。
 こんなの絶対怒るに決まってる。っていうかもう絶対怒ってるって。

 それなのにこの殿下と来たら、無遠慮に俺の無い胸をでっかい手で揉んでくる。
 お、俺は男だっつうのになにしてんだ、なんで揉むんだよおお!
 ぐおおお見れないっ、怖くてブラックの方が見えないぃい……っ。

「……ふむ……確かにこれは男にしては柔らかい……」
「わーっもうダメダメやめて俺男なんだって、胸揉むなっ、揉むなってばー!」

 頼むから変な事言いながら胸揉まないでくれってば。もうやだ、もう限界だ。
 こんな場所で知らないオッサンに体を触られるのが耐え切れなくて、俺は反射的に相手を突き飛ばそうと動いてしまう。そんな事をしても無駄だと解っているのに。
 だが、その動きは相手にとって想定外だったようで。

「ぬおっ!?」
「っ!?」

 拘束していた腕が急に力を失くして、俺を解放する。
 だが、俺が飛び出した先は下段の地面で。

 ――ぶ……ぶつかる……――っ!

 そう思い、目を閉じた刹那。

「んぐっ」

 何かに柔らかくぶつかる感触がして、俺の体はくるりと回転した。
 いや、これは……誰かに抱え上げられたのだ。
 どういうことだと目を開けると。

「……ぁ……」

 そこには、俺を見つめるブラックの顔が間近にあって……――

 思わず硬直すると、ブラックは柔らかく笑った。

「へへ、ツカサ君が怪我しなくてよかった」
「ぁ、う……」

 そんなの、ま、間近で言われて笑われると困る。
 キス出来るぐらい近くにブラックの顔が有ると思ったら、勝手に顔が赤くなって心臓が変に忙しなくなってしまう。そんな場合じゃないのに、ブラックに抱えられているんだと思うと恥ずかしさが急に込み上げて来て、顔が見られなかった。

 は、はやく降ろして貰わないと……っ。
 慌てて降りようとするが、しかしブラックも俺を離してはくれない。
 そこに、怒りんぼ殿下が声を掛けて来た。

「お前が人族のオスか。……よくやった。ソイツをこっちに戻しにこい」

 相変わらず王様丸出しの台詞だ。
 でも、これも仲良くするためなんだから、また行かなきゃいけないんだよな……折角俺達の事を思って計画してくれたルードさんにも悪いし、俺が何とかして相手を懐柔しておかないと。……今さっきのがどう懐柔させる要素になるのかは分からんが。

 なので、ブラックに「もういい」と言おうとしたのだが、ブラックは怒りんぼ殿下を睨みながら、俺を更に抱え込んでしまう。
 そうして……とんでもない事を言い出した。

「断る。お前みたいな変態にツカサ君を渡してたまるか」
「え、ちょっ……ぶ、ブラック……!?」

 何を言ってるんだと驚くが、ブラックは相手を睨みつけたまま動かない。
 すると、怒りんぼう殿下は片眉を上げて挑戦的な顔つきになると、勿体ぶったようなしぐさで立ち上がり、こちらへと降りて来た。

「ほう? 人族ごときが俺に指図するのか。良い根性だな」
「メスに侍って貰ってご機嫌取られてるようなヤツに、負ける自信が無いだけだ」

 回りくどい言い方だが、要するに相手をバカにしているのだ。
 ……いやいやいや待て。それ良いのか。相手も怒るんじゃないのか。

 そう思っていたら、バシンと耳を劈くような音が聞こえた。
 何が起こったのかと驚いて上を見上げると……いつの間にか、怒りんぼ殿下の拳が、ブラックの掌に打ち付けられている。

 …………あれっ?
 も、もしかして、これ……いつの間にかパンチ打たれてたのか!?

 驚く俺を余所に、ブラックが目を細めて眉を上げてみせた。

「ふーん、獣人ってこういう礼儀知らずな戦い方をするんだ」

 あからさまに見下したような台詞を言うブラックに、怒りんぼ殿下はちょっとイラッとしたようだが、それでも余裕を持ってニヤリと笑って見せる。

「お前の実力を試しただけのこと。……なるほど、ただの人族ではないらしいな」
「だったらどうする」
「……父上は、お前らを俺の供につけたいのだったか。……なるほど。ならば、お前達には仕えるべき獣人のしきたりに従い、その力を見せて貰おうではないか」
「……暴力でどうにかしろ、と」

 理解力が凄いブラックに、殿下はますます気分が良くなったのか口を歪める。
 勝気で、自分が負けるとも思っていない表情だった。

「人族にも、理解力がある奴がいるようだな。……そうだ。俺と戦い……そうだな。俺を倒す事が出来れば、今後はお前達の協力を許そう。だが負ければ……」
「負ければ?」

 繰り返したブラックを一瞥して、怒りんぼ殿下は俺を見る。
 急に視線を寄越されてビクッとしてしまったが、相手はそんな俺の姿にまたニヤッと笑うと、ブラックを挑発するような声で言い放った。

「この珍しいメスを貰おう。あの軟弱者が執着するようなメスだ。……先に孕ませて、誰が一番強いのか示すのも悪くあるまい」
「……っ!?」

 珍しい、メス?
 めす……いやおい、今孕ますって、孕ませるって言った!?

「ああ良いだろう。お前が欲しい者は好きにするといい」
「おいブラックお前なに考えてんだー!」
「よろしい、ならば決闘の場に今から案内させよう」
「ちょっと、殿下おいちょっと!!」

 ついツッコミを入れてしまうが、もう誰も俺の声なんて聞いちゃいない。
 殿下はさっさと行ってしまい、美女のお姉さん達もついて行ってしまった。大広間に残っているのは、もう俺達とルードさんだけだ。って、そんな事はどうでもいい。

 お、おい……今の本気か。本気の約束なのか。
 俺を孕ませるってどういうことだよ……。

 っていうかブラックもなんでそんな約束しちゃうんだよ!!
 お前は俺がアイツに何か色々えっちな事されてもいいのか!?

 思わず睨みあげると、ブラックはすぐに表情を和らげて俺を見つめて来る。
 そ……そんな顔したってダメなんだからな、絆されたりとかしないんだからな!?

「ふふ……ツカサ君てばまた僕の顔見て赤くなっちゃって~」
「ち、ちがっ……これは、アンタが変な取引したから動揺して……!」
「あれあれ、じゃあ僕が負けると思ってそんな顔してたの?」

 そう言うと、急に悲しそうな顔をするブラック。
 これはもう完全にあざといワザとらしい表情だ。カワイコぶりっこしてるなんて、もう俺にはお見通しなんだからな。そ、そんな顔されたって……。

「…………ま……負けるとは、思ってないけど……」

 ……そりゃ……ぶ、ブラックは強いし、負けるなんて思わないし。
 アンタが強くて頼りになるのは、俺が一番よく……知ってる……し……。

「あは……可愛いなあツカサ君……。だったら安心して。ねっ。もうあんな回りくどい色仕掛けなんてしなくても、僕がぜーんぶやったげるから」
「……う……うん……」

 そう言うと、ブラックは嬉しそうに笑って俺の額にキスをして来る。
 もう残っているのはルードさんだけだとはいえ、やっぱり人前では恥ずかしい。
 でも……ブラックに抱きかかえられてキスされても、全然ぞわぞわしない。
 それどころか、体がカッと熱くなってしまっているのが自分でも分かって……なんか凄く、恥ずかしいというか……。

「さ、行こうかツカサ君。久しぶりのちゃんとした戦闘で、僕はりきっちゃうなぁ」
「またそんなこと言って……」

 あからさまに舐めてかかってるブラックの発言は、フラグを立てているようなモンで心配だったけど。でも、ブラックが負けるなんて俺は到底思えなかった。

 ブラックが強いことを、充分に知っているからかもしれない。
 だけどこれは、きっと……その……つまりは……俺が、ブラックの事をそれくらい、信頼しちゃってるからってことで……。

 ……なんか、は、恥ずかしい…………。

 どうしてこうなるのかと俯いてしまうが、顔の熱は取れない。
 抱えられたままの浮遊感にも何だか耐えられなくなってしまって、俺はつい服の中に大事にしまってある胸元の指輪をぐっと握ってしまったのだった。









※ちょと遅れました(;´Д`)スミマセン…

 
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