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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
3.悩ましい兄弟1
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武神獣王国・アルクーダは、一つの種族の群れが始まりだったらしい。
それはもちろん、クロウの御先祖様の群れだ。
“二角神熊族”と一般に言われている、特殊な熊の一族――捻じ曲がったヤギの角を持つ大熊の一族の群れが国を作り上げたのである。
しっかし、この種族名なんか耳慣れないよなぁ。
なんせ、俺が聞いてたクロウの種族の名前はカタカナ系だったし……。
でも獣人の国ではアッチの言い方の方が普通らしいんだよな。
クロウやドービエル爺ちゃんが名乗る【ディオケロス・アルクーダ】というカタカナの名前は、どうやら特別な言い方らしい。
一般的な人達の種族の名前が“鎧象族”とかだし……カタカナの種族名は、やっぱそれなりの意味があるっぽい。
……って、そんな話じゃ無かったな。
ともかく、クロウの一族がアルクーダという国の基礎になったんだ。
なので当然王族は“二角神熊族”だけ。多少他種族の血が混じる事があるらしいが、基本的にはその血を強く受け継ぐ強い者が王様に選ばれるのだそうな。
それが今も連綿と続いてるってのは凄い。
しかもこのアルクーダという国、実はすんごい長い王国……というか群れらしくて、その始まりは王族でも把握出来ないらしい。一応爺ちゃんが“八十六番目”の群れの長らしいんだけど、歴史書が紛失したり最初は国じゃ無くただの群れ扱いだったりで、現在の国が成り立った精確な時期が分からず、学者さんが今も争っているらしい。
少なくとも……他種族が王族に庇護を求め、今みたいな多種族の国になったのは、石版に描かれた頃を考えても数千年前になるそうで……。
…………数千年前って、いつだ。
この異世界は、俺の世界から来た転移者の神様達によって幾度か作り変えられているので、現在の神であるキュウマですらどのくらい年月が経っているのか把握出来ないらしい。それでも、その中で数千年って……フツーにヤバいよな。
長命の種族がたくさんいる世界とは言え、かなりの長さだ。
ライクネス……には多分劣るだろうけども、八十六番の王様になるのも納得だよ。クロウの一族は数百年生きるらしいが、ソレでも八十六……いや、現在八十七代目だからな。考えると気が遠くなる。
だけど、それほどの長い間アルクーダは国として生きて来たんだ。
それこそが人族に「この大陸はこの王国が支配している」と勘違いさせた所以でもあり、武神獣王とも言われる理由だった。
……とまあ、そんな話を長々聞かされたんだが。
俺達が重要視しなきゃいけない話は、平たく言えばこうだ。
「そんな長~い歴史がある王族だから、五つの家が有って分家がウジャウジャあって誰もが王族候補なので気を付けろ……って、どうすりゃいいのさ……」
ああ、自分で漏らす声が情けない。
だけど重要な点だけを脳内でまとめた俺を褒めて欲しいと思う。
いやだってさ、この結論に至るまでに二時間かかったんだよ。
開放されるまで、謁見の間で「アンノーネさんのワクワク王国講座」を延々と、ずぅううううっと教え込まされたんだぞ!?
そりゃフラフラになるし、情けない声にもなるってもんさ……。
おかげで、王宮の豪華な廊下も今の俺達にはキツいものだ。床がピカピカでつらいし、壁の細かすぎるアラベスクな感じの模様もつらい。脳に情報が行かないのだ。
俺だけじゃなくブラックもフラフラになってしまっていた。
いやまあ、ブラックの場合は興味が無い事を熱弁されてドンビキした状態だったので、それで俺以上に疲れてるんだけども。
うう……オタク話は熱弁されても楽しいのに、どうしてこうなるんだろう。
俺が勉強が嫌いなせいなのかな。
とはいえ、ブラックも相当疲れてイライラしてるみたいで……。
「クソ長い話の割に要点がソコだけとか、マジで時間の無駄だったな……あのデカ耳は鼻が長いから話も長いのか……?」
「アンノーネは王族……というか、父上の狂信者だからな……。父上の威光を他人に教え込む為なら長話も厭わんのだ」
グロッキーな感じの目付きの悪さになったブラックの横で、クロウは申し訳なさそうな雰囲気になりながら答えている。
クロウからしてみれば「身内がスミマセン……」みたいなカンジなんだろうな。
その恥ずかしさの気持ちはわかるぞクロウ。
でも……アンノーネさん、結局最後までクロウに目線を合わそうとしなかったな。
クロウだって王族の一員だし、爺ちゃんの立派な息子なのに。
…………だから、アンノーネさんの態度には正直ちょっとイラッとするんだが、でもクロウの事を考えると、俺が怒るワケにもいかないのが憤懣やるかたない。
俺はクロウの強さも優しさも知ってるから反論したくなるけど、クロウは身内と争う事はしたくなさそうだったし……なにより、ここは「力が全て」の世界だもんな。
獣人達から「クソ弱い人族」と思われている俺達が何を言ったって、強い獣人であるアンノーネさんには負け犬の遠吠えにしか思われないだろう。
それに……一度付いた評価ってのは、本当に覆しにくい。
話し合いでは恐らく理解して貰えないだろう。
だけど、クロウは戦う意思も無く黙っているだけだしな……戦いたくないんだよな。
優しいクロウの事だから、自分が我慢すればと思っているのかも知れない。
前も、俺達の事で心を押し殺してたようなヤツだし……なんとかしてやりたいけど、お節介になるようなことはしたくない。どうすりゃいいのかな……はぁ。
「……ツカサ君、今は余計なコト考えてる場合じゃないでしょ」
「だ、だから心を読むなっての……だけど、じゃあ本題はどうすりゃいいんだ? 強制的に“保留の王様”を頼まれちゃったけど……あの人が俺達を信用するとは思えないし、他の候補者の事も気にしなきゃ行けないし……」
部屋に帰って来て、靴を放り出しやっと絨毯の上に転がり入る。
迷わずクッションの山に突撃するが、今は行儀が悪くても許して欲しい。そんな俺に続いて、クロウとブラックが両隣に座り込んでクッションの山に背を預けた。
「はぁー……。まあ、あの頭沸騰殿下は実力が無いワケではないみたいだし、そこを考えれば候補者ってのも手を出してこないだろうけど……もし“三王の試練”ってのが腕力だけじゃないのなら、手の出しようはあるかもしれないね」
「例えば?」
聞くと、ブラックは疲れた顔をしながら目を細めた。
「政治力、求心力、そう言った要素がもし“王の武力”とされるのなら、今のあのバカ殿下は落第点だよ。戦で前の王に力負けしてるわ、今この状況で怒鳴り散らかしてイライラして政には参加してる様子もないわ、これじゃ臣下も力ってのを疑うでしょ」
「ヌ、ヌゥ……」
あっ、クロウが「確かに」みたいな感じで目を逸らしてる。
耳をペタンとしちゃってるけど、クロウもそう思ってるってことなのかな。
……いや、でも、曲がりなりにも王様をやってた人だし……あんな怒りんぼうでも、仕事はキチンとやってるんじゃないのかな。
「俺達が知らない所で執務とかやってるんじゃないのか?」
「キュー?」
首を傾げる俺と懐から出て来たロクに、ブラックは「どうだかね」という顔をする。
「今はあの父親が代行してるんだろ? だったら全権取り上げられてるんじゃないのかな。でないと文官みたいなあのデカ耳が横についてないだろう」
「うーん……。じゃあ仮にそういう所の危険があったとして、俺達が手伝いとかできると思う……? いや、ブラックやクロウなら出来るとは思うけど……」
もしあの怒りんぼ殿下を手助けできるとしても、勉強とかだと俺には無理そうだ。
でも、ブラックとクロウなら知力も武力も申し分ないし、あの人が受け入れてくれるんなら何とかなるような気もするけど……。手助けを認めてくれるかな。
と、ほぼ成立しないだろう予測を立ててブラックの顔を見上げたが、ブラックは俺を見返して呆れたように両眉を上げて肩を竦めた。
「無理だね。アイツがこっちを毛嫌いしてる限り、何も教える事はないし……そもそも僕らが手助けしてやる義理も無い。相手に敬意が無い奴に敬意を払うことほど馬鹿馬鹿しいコトは無いよ」
まあ確かに、そういう人に丁寧に接したって暖簾に腕押しだもんな……。
しかし約束してしまった以上、周囲からの横槍を全て叩き落として、あの人が再び王の座につき返り咲くまで手助けをしなければならないワケで。
「……でも、助けないと別の人が王座についちゃうかもなんだろ? だったら、俺達が頭を下げてなんとかへりくだるしかないんじゃないかな……。二人だって、早く人族の大陸に帰りたいんだろ? だったらとにかく接触するしかなくない……?」
そう俺が言うと、数十秒のたっぷりとした間があって。
「……はぁ~……」
奇跡的な事に……というか、みんな同じ気持ちだったのか、三人そろって深い深い溜息を吐いてしまった。
まあ、それぞれ思う所は有るんだろうけど気が重いんのは一緒だよな。
「ともかく“三王の試練”が終わるまでは、あの殿下を手助けしないと。気は進まないけど、とにかく会いに行ってみようよ」
「それしかないか……はぁ……」
「ヌゥ……」
しょんぼりしているクロウは、さらに顔を下へ俯ける。
よっぽど会いたくないんだろうな……。
「クロウ、つらかったら部屋に居て良いからな。俺達だけで会いに行って来るから」
「あっ、ツカサ君なんで駄熊ばっかり甘やかすの!? 僕だってつらいのに!」
「しゃーないだろ! クロウは色々しんどそうなんだからっ!」
「でもでもでもズルいズルいズルいいいいい今日はツカサ君とイチャイチャする予定だったのにクソ王子のバカみたいな手伝いしなきゃいけないしいいいい」
僕だってツラいもん苦しいもんとダダをこねて暴れる、子供みたいなオッサン。
まあ、今日はイチャコラするって豪語してたもんな……。
それを考えると少し可哀想ではあるけど、でも予定ってのは未定なもんだ。とにかく今は対策を考えるのが先だろう、と思っていると――足音が近付いてきた。
ドアなどが無い開放的な王宮だからか、遠くからの足音も聞こえるんだよな。
でも、ここまであからさまってことは俺達に対してアピールしてるんだろうか。
そんなことを思っていると、その足音の主が現れた。
「ご歓談中のところ失礼します」
そういって現れたのは――薄緑色の明るい長髪が目立つ、褐色の美青年。
柔らかな微笑みが似合う柔和なイケメンだったが、スカートに似た長い腰巻からは片方ゴツくて太い足が見えている。ローマの人みたいな感じの服に、装飾をキラキラつけたような服だから……間違いなく位が高い人だよな。
そう思って彼の頭の上を見て、俺は目を丸くした。
白い。あれは……白い熊耳だ。ってことは……シロクマ?
「ッ……!」
柔和な美青年をポカンと見ていた俺の背後で、息を飲んだ声がする。
これは、クロウの声だ。今のクロウがこういう風に反応するって事は身内か。
じゃあこの人も王族って事だよな。もしかして……この人が「弟」なのか?
「貴方は……賢竜殿下ですか?」
クロウの兄が「戦竜殿下」なら、残るは弟の「賢竜殿下」しかいない。
そう問いかけた俺に、相手は微笑みを深めた。
「はい。お初にお目に掛かります。私はルードルドーナ・アーティカヤ……武神獣王ドービエル・アーカディアの第三子になります。分不相応とは思いますが、周囲の者どもからは【賢竜】の名を賜っております」
あっ、やっぱり。
じゃあクロウが委縮するのも当然だよな……。
さりげなく前に出てクロウを少しでも隠しながら、俺は言葉を続けた。
「俺……私は、クグルギ・ツカサと言います。あの……どのようなご用件でしょうか」
「存じておりますよ。ツカサさん、がお名前でしたね。そちらもブラックさんとお名前で呼ばせて頂きます。……さて、早速ですが本題に入りましょう。実はですね、不肖の私もお手伝いさせて頂きたいと思っておりまして」
「手伝いぃ?」
疑わしいとばかりにブラックが半上がりの声を出すが、るー……えーと……るーどるどる……えー……とにかく、クロウの弟さんは微笑んだままで頷く。
「私も王位継承権はありますが、正直政をやらされるより軍を動かす方が気楽でしてね。なので、兄上に王になって貰わねば困るのです。私も楽がしたいので、ぜひ貴方がたに協力したいなと」
「獣人は人族が嫌いじゃ無かったのか」
「人にもよりましょう。私は嫌悪感はありませんよ」
ニコニコと笑っている弟さん。
……まあ、その笑顔は嫌悪感ゼロだけど……なんかゾワゾワするな……。
こういう顔で騙してくる人って結構見て来たし、申し訳ないけど警戒しちゃうぞ。
ブラックもそう思っているのか、眉間に皺を寄せながら口を曲げた。
「嫌われ者ばかりの集団に助力なんて、奇特な王族だな。じゃあ、そんなに言うんだったら、戦竜殿下の御機嫌取りでもしてくれないかね。そうでもないと、僕らは相手と話す事も出来ないからな」
きっと、無理だと言うだろう。
そんな意地悪な声の感じが含まれたブラックの言葉だったが……
相手は、笑顔のままでアッサリと頷いた。
「ええ、望むところです!」
「えっ」
「えっ」
うわ、ついブラック一緒に「えっ」とか言っちゃった。
でも仕方ないじゃん予想外だったんだから。
あの怒りんぼ殿下に近付ける策があるなんて、普通思わなくないか。俺達は人族で相手されないに違いないのにさ。
「安心して下さい、そのための案は私も考えてあります。しかし……兄上に近付くには、ツカサさん……貴方の力が必要です」
「お……俺ですか」
「はい。……頑張ってくださいますね?」
薄青い瞳を笑みに歪ませて、俺に笑いかけて来る弟さん。
そりゃ、まあ、爺ちゃんからの頼みを全うできるんならなんとか頑張りますけど……しかし何故か寒気がするぞ。何故なんだこれは。
でも寒気がするからって頷かないわけにも行かない。
「は、はい……俺に出来る事があれば……」
「ああ良かった! では早速参りましょう。ささ、こちらへ」
そう言いながら歩き出す弟さんに、俺とブラックは顔を見合わせたが……どの道、行くしかないかと渋々腰を上げた。
けれど、クロウはそうもいかないよな。
「ロク、クロウと一緒にお留守番を頼めるかな」
「キュー!」
俺の方からパタパタと飛んでクロウの頭に降りるロクに「頼んだぞ」と親指を立て、俺は未だに俯いているクロウに声を掛けた。
「クロウ、何か有ったらロクに伝言を頼んだ」
「……ああ。……すまん……ツカサ、ブラック……」
やっぱり、自分の兄弟に対してクロウはどうも消極的なようだ。
それなら無理に引き合わせない方がいいよな。クロウだって本当なら俺達と一緒について行きたいんだろうに、こうなっちゃってるワケだし。
気にしないで良い、とその控え目な声に応えようとしたのだが、意外にもブラックが先に返答していた。
「駄熊は駄熊らしく寝てろ。その間に全部終わらせて帰ってくるさ」
「ブラック……」
お前本当……こう言う時だけ素直に格好いいな……!
頼りがいのある言葉にちょっとキュンと来てしまったが、次に目を向けたブラックの顔はスケベな表情になっていてすぐに「キュン」は収まってしまった。
……どうしてお前はそうなんだろうな……。
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