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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編
25.眠れないならどうか私と
しおりを挟む「…………鈴虫の声……?」
ふと目が覚めて聞こえるのは、リーン、リーン、と不規則に聞こえるささやかな音。
柔らかいベッドから起き上がると、薄いヴェールの付いた天蓋の向こう側にアーチ状のドアのない入り口と、柱だけの渡り廊下の向こうに緑豊かな庭園が見えた。
……あ、そっか……ここクロウん家の王宮なんだっけ……。
このアラビアンなお姫様ベッドもヤケに開放的で豪華な寝室も、そういえば客室で俺は一人で悠々とデカいベッドを占領して寝てたんだっけ。
ベッドの横の机を見ると、柔らかいクッションで埋めた籠にロクが丸まってスヤスヤ眠り込んでいる。本当は寒いはずの砂漠なのに、ここは一日中涼しくて快適だから、ロクも気持ち良く寝られているみたいだな。
そんなロクの頭を指で優しく撫でて、俺はベッドから足を降ろす。
……あれ。
ベッドがむやみやたらにデカいせいか、ちょっと足が届かないな。
靴を足で探ったけど庭から漏れる大地の気の光だけじゃ分らなくて、俺は仕方なく素足のままで床に降りた。……まあツルツルピカピカの大理石みたいな綺麗な石の床だし、素足でも大丈夫だろう。
ペタペタとひんやりして気持ち良い床を歩いて、渡り廊下に出る。
隣の部屋で寝ているブラックは起きているだろうかと同じように開け放たれている入り口をその場から窺ったが、部屋は薄暗いままだ。
……何故か今日は一人で寝るって言ってたけど、やっぱ疲れてたのかな。
まあ、昨日今日で色々衝撃的なことばっか教えられたもんなぁ……そりゃさすがのブラックもたまには一人でグッスリ寝たいとなるだろう。
「…………」
せめて起こさないようにペタペタという足音を控えながら、俺は鈴虫の音を探した。
「……やっぱ庭の方だよな……。この世界にも鈴虫っているのかな……」
庭は、この国で唯一の土の地面がある小島に相応しく、周囲を照らすほどの豊富な“大地の気”の光の粒子が舞い上がっている。
蛍の光みたいな小ささの金色の光が、揺れながら空へ舞いあがっている光景は、やっぱりここが異世界なんだなぁと実感させてくれる。
それにしても、こんなに“大地の気”が豊富な場所を見るのも久しぶりだな。こんな膨大な量なら、ライクネス王国とタメを張れるんじゃないのか。
あそこは人族の大陸で一番気が豊富な場所だからなぁ……。
「……しかし、久しぶりだからかホントにすっごい光の量に思えるな……」
まあ、その光のおかげで、渡り廊下も中庭の庭園もとても明るくて歩きやすいんだけども……そういや、ここに虫がいるってのも変な話だよな。
周囲は大地の気もほとんどない砂漠だってのに、どこから紛れ込んだんだろう。
荷物にくっついて入って来ちゃったのかな?
でも、この世界って確か虫もかなりデカかったような……しかも小動物といっても、神族の国以外はモンスターしかいなかったんじゃなかったっけ。
ミツバチですら、俺の可愛い柘榴ちゃんと同じで中型犬くらいの大きさだし……。
「…………この世界の鈴虫か……どんくらいのサイズなんだろ……」
デカ虫モンスター……遭遇したくな……いやでも危険なモンスターなら放置すると後で厄介だよな。ここは大地の気が豊富だし、植物も有るんだから、水と木の属性の曜術を使える【日の曜術師】の俺の出番じゃなかろうか。
みんなせっかく気持ち良く寝てるんだから、起きた俺が対処しないと。
よし……最近はロクに活躍出来てなかったんだから、こういう時にやらないとな!
陰に隠れて人の役に立つ……フフフ……俺ってば格好いい……。
「よーし、鈴虫ちゃん鈴虫ちゃん……っと……」
出来れば大人しい虫が良いなと考えつつ、綺麗に舗装された庭園の道に入る。
鮮やかな緑を照らす光の群れに照らされながら、音のする方を探そうとする。
だけど……――――
「……あれ……?」
なんか、耳を澄ませると……色んな所からリンリン聞こえるような……。
どういうことだろうと思っていると、背後から誰かが近付いてきた。
静かすぎて、足音まで聞こえるんだ。
振り返ったそこには、クロウが立っていた。
「クロウ! どうしたんだ、眠れなかったのか?」
相手が近付いて来るのを待って見上げると、クロウは少し落ちこんだ様子ながらもフルフルと首を振った。相変わらずの無表情だけど、でもなんとなくわかる。
いつもより元気が無くて、どこか不安そうな雰囲気だ。
ずっと一緒に居るから……なんて自惚れる気も無い。
でも、表情や熊耳が動かなくても、なんとなく解ってしまった。
「…………」
「……クロウ……」
大丈夫か、なんて、言えない。
こういう時に気遣うつもりで「大丈夫か」と言ったって、答えなんて高が知れている。クロウはブラックと一緒で、こういう所だけ大人で他人に寄りかかろうとしない。
俺に弱い所なんて見せたくないのか、こういう「本当に弱いところ」は教えてくれないんだ。……でも、だからって放ってはおけない。
どうしようかと思ったけど、でも落ちこんだ様子のクロウを放っておけない。
だから俺は、苦し紛れに……クロウの手を、握った。
「……ツカサ……」
「綺麗な庭だよな、ここ。花も咲いてるしイカニモな南国の植物もいっぱいだし」
少しでも気がまぎれるように、明るい話を探す。
俺にはこんな事しか出来ないけど、でも詮索はしたくない。ただ、今は、クロウの心が少しでも休まってくれればいいんだ。……本当は強気に出ても「どうしたんだよ!」と聞いて、モヤモヤを吐き出させたほうがいいのかも知れないけど……でも、クロウは大人だ。それに、俺と同じく男としての誇りを大事にしている。
だから……言葉で「話して」と言っても、切り出せないと思ったんだ。
なら、俺はもうクロウの心を少しでも安らげるようにしてやるしかない。
……この王宮でそうするのは難しい事かも知れないけど、でも、俺が一緒に居て、すぐに手を繋げる場所にいることだけは理解して欲しかった。
いつでもいい。
俺が、仲間がすぐそばに居ることを感じて、一人で悩まなくても良い、寄りかかっても良いって、思って貰えるように。
そんなちょっとクサい事を考えながら見上げる俺に、クロウは橙色の瞳をやっと少しだけ微笑ませてくれた。
「そう、だな。……王宮の庭は、綺麗なんだ。母上も大好きだった」
「ああ……クロウのお母さん……花とかお風呂とか好きって言ってたよな」
俺の手よりもずっと大きい、皮が分厚くてカサついた手。
その手が、俺の手をぎゅっと握り返す。
クロウは、少しだけ雰囲気が柔らかくなったみたいだった。
「そう……そうだな。ツカサには母上の事を少し話したんだったな。……母上は……王宮の庭も好きだった。ペリディェーザに居た頃は、咲き乱れる花や植物達の世話をいつもやっていた記憶がある。土の事を教えてくれたのも母上だった」
「そっか……ここ、砂漠の中で唯一土が在るところなんだっけ」
だから、こんな風に生き生きした植物が生い茂っているんだ。
庭を見渡す俺に、クロウは頷いた。
「母上は言っていた。……古の文献は、今を生きる我々を救う術を欠片ながらも必ず知っていると。だから、このオレの“一族から失われた力”も知っていたんだ」
遠い目をして、どこかを見つめる相手に、俺は目を瞬かせた。
――“一族から失われた力”とは……どういうことだろうか。
それって、間違いなくクロウが「土の曜術」を使えるってことを言ってるんだよな。
正解が分からず黙って見つめる俺に視線を落として、クロウは続けた。
「……獣人は、それぞれ固有の技能を持って生まれる。火炎の技能、雷撃の技能、毒の技能もあれば、獣を統率する技能も有る。それらはモンスターと袂を分かち更に力を求めた我々獣人族の誇るべき、獣の祖先より受け継ぎ血で強めて来た力……。獣人の“武”や“力”は、それらも含めたものだからこそ尊ばれたんだ」
クロウは……それが、あの凄まじい「土の曜術」だったってことなんだろうか。
だとすれば凄いよな。獣人が本来使えないはずのものだって前にクロウは言ってたし、海にもバンバン岩を出現させちゃうくらい強力なんだぜ。ブラックだって、曜術師のランクで言えばS級クラスの「限定解除級」て等級に値する的な事言ってたし。
まさしく王族のチカラに相応しいよな!
……って、俺はつい思っちゃったんだけど……俺を見ているクロウの表情は、それを誇らしいと思っているより……なんだか、寂しそうに微笑む表情で。
心配になって俺の方が顔を歪めてしまうと、クロウは軽く首を振って、俺をぎゅっと抱きしめて来た。涼しかったせいか、クロウの腕があったかい。
シャツ越しに相手の体温が感じられて、つい気恥ずかしくなったが、拒否をすることなんて出来なかった。
「ツカサは優しいな……いや、オレを好いてくれている……だから、そんな風にオレを優しく信頼した目で見上げてくれるんだ……」
「……ぅ……」
そ、そんな事を真正面から言うんじゃないよ。恥ずかしいだろ。
確かにクロウの事は強いし頼れると思ってるけど、だからって、そんな、は、はっきり「お前の気持ちは解ってるぞ」みたいに言われると……!
ああもうっ、でもそんな事言って離れられるカンジでもなくなっちゃったし、クロウも今ションボリしてるみたいだし……こんなの一体どうすりゃいいんだよ、クロウのことは励ましたいけどさぁ!
……だけど、なんか……こんなクロウ初めてで、どうしたらいいのか……。
なんて思ってると、クロウが俺の髪の毛に鼻を埋めて来た。
「ツカサ……」
名を呼ばれて、強く抱きしめ直される。
体にギュッと押し付けられて、不覚にも動悸が激しくなってしまったが、今のクロウの雰囲気を思うと拒否も出来ず、なんだか体が恥ずかしさで熱くなってしまう。
こんな、だ、誰に見られてもおかしくない中庭で抱き合ってるとか、誰かに見られて何か言われるんじゃないかと心配で、その……。
でもクロウは何だか心細そうで、どうしたもんか。
なんとか元気付けてやりたいけど、でもそれも解決策にはならないんだよな。
今はただ……クロウが望むようにしてやるしかないか……。
「……クロウ。俺、ずっとそばに居るから。アンタがイヤっていっても……」
それだけしかしてやれないけど、クロウを傷付けるのが怖くて「話せ」とも言えない情けない俺だけど、それだけは間違いなく出来る。
仲間として、クロウと一緒に居たいって願った俺自身のけじめとして、クロウが望むなら一緒にいる。いや、俺が一緒に居たいんだ。
ブラックとは少し違う気持ちだけど、でもクロウも俺にとって特別だ。
誰にも代えがたい、ずっと一緒に居たい“大事なもう一人”なんだよ。
だから、クロウが望まなくたってずっと……。
「ツカサ……すまん……ツカサ、ツカサ……っ」
「っ……」
制御が効かないのか、クロウの腕が俺の骨を軋ませるくらい力を籠めて来る。
どうしてクロウがここまで動揺しているのか解らない。だけど、今日の出来事を見ていたら、どうしてクロウが過去を話したがらないのかなんて何となくわかる。
クロウは、この王宮に良い思い出が無いんだ。
兄弟のことだって、初めて話してくれた時も……思い出話を語るような、優しい口調じゃなかった。少し寂しそうな、遠い昔話をしているようだったんだ。
そんなクロウの数少ない「自分の話」を思い出せば、いやでも理解してしまう。
クロウは……王宮に、良い思い出が無かったんだ。
父親と母親に愛されていても、それでも。
……王宮の人達は、冷たかった。
何かの理由でそうなって、だからクロウは……こんなに、震えているんだろう。
「う……う゛ぅ……っ」
「……クロウ、一緒に寝よう。その方があったかいしさ、そうしようよ。……な?」
クロウの大きな体に手を伸ばして、背中をなんとか擦る。
すると、クロウは俺の体を無言で持ち上げると、自分の逞しい片腕に俺を座らせるように抱き上げながら俺の部屋へと向かった。
元は別の部屋で寝ていたのに、帰るのが嫌だったのだろうか。
っていうか、俺は鈴虫の音が気になってを探しに来ただけなのに、なんか結局同衾することになっちゃったな。まあいつもはブラックと一緒に寝てるし、時々クロウと三人でむさくるしい事になったりするから別に良いんだけど……。
と、そこまで考えて、ようやく俺はブラックが何を言ったのかに気が付いた。
――――ああ、そうか。
だからブラックは今日、別々に寝ようなんて言ったんだな。
…………ホントにもう、優しさが分かりにくいったらないんだからアイツ。
でも、ブラックもクロウの事を心配してるって事なんだよな、これって。
そう思うと、なんだか心が温かくなって俺は少し笑ってしまった。
「ツカサ……」
「ん……大丈夫、大丈夫……」
俺をベッドに優しく降ろして、自分も急いで乗り上げて来るクロウの頭を撫でる。
すると、クロウは寝転がった俺の胸に顔を押し付けて、抱き枕を抱くようにぎゅっと抱きしめてきた。また頭を撫でてやると、グゥ、グゥ、と猫が喉を鳴らすように独特で太い音を喉から出してクロウは頬をすりつける。
その仕草は、母親が居なくなって不安がる子供みたいだった。
「ツカサ……」
「うん。どした?」
「……すまん。……ありがとう……」
謝る事なんて何もないのに、本当にクロウは心が優しいんだ。
そんな相手が不安がっているのが心配で、俺はクロウの頭を抱いて目を閉じた。
……こんなの、ブラックがいたら絶対に怒っただろうな。
でも今は、ブラックも「見て見ぬふり」をしてくれている。
それだけクロウが辛そうに見えたんだろうな。もしくは……ブラックもまた、クロウと同じような思いをした事があって、理解してくれたのか。
そのことを考えると、この状況を許してくれているブラックが、きちんと眠れているのかと心配になったけど……今はそれを問う事も出来ない。
ブラックにもクロウにも、触れてはいけない部分がある。
だから俺は、こんなことしかできない。
出来ないけど……少しでも、楽になってくれたらいいなと思う。
クロウも、ブラックも。
「一緒に寝ような、クロウ……」
「ん……」
俺よりずっと大きくて強いクロウ。だけど、怖いのも悲しいのも、俺と一緒なんだ。
いや……もしかしたら、俺より……ずっと悲しい思いをしたのかも知れない。
だから今日は、一緒に眠る事が出来て良かったと思う。
クロウが望んだ時に、隣に居られて……本当に、よかった。
……ブラックには我慢させることになっちまったけどな。
ありがとう、ブラック。
「そうだ。じだ……いや、おとぎばなしを話してやろう。そしたらいつの間にか眠れると思うぞ。こういう時にはうってつけの話を俺はいっぱい知ってるからな」
「ツカサ……むぅ……」
顔を胸に押し付けてはいるが、熊耳が嬉しそうに動いている。
少し元気になってくれたみたいだな。
「じゃあ、今日は銭……えーと……銅貨を投げて悪人を倒す警備兵の話だ。その人は、すんごい正義漢でな……」
……ホント、今夜は一人寝でよかったよ。
俺はブラックに感謝しながら、クロウが眠るまでずっと頭を優しく抱いていた。
→
※ツイッターでのアレのとおりちょと遅れました(;´∀`)
次は新章です!
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