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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編
24.ゆずれないものが一つあれば
しおりを挟むぱんつを見せただけで仲直りとは不思議な話だが、俺が恥をかいてまで他の人を守ったのが評価されたのか、暫定リーダー含めた給仕係の人達は今までの態度とは打って変わって俺に非常に気安くなってくれた。
なんだか、アッチの世界で感じた「今までシカトしてたのに急に馴れ馴れしくなる」という何とも言えない息苦しい雰囲気と似たような物を感じたが、ブラックの【幻術】にも掛からなかった“俺に対する敵意がない”彼らだ。
おそらくは、今まで厨房支配人や周囲の反応を恐れて何も言えなかったんだろう。
…………あっちの世界の、俺のクラスメートと同じように。
仮に俺がそっちの立場だとしたら、同じように委縮したかも知れない。
モヤモヤした気持ちはあったけど……でも、それをいつまでもネチネチこねくり回すのも建設的じゃないよな。何より自分でわざわざ気持ちを暗くするようで嫌だ。
というワケで、今までの事は水に流して俺は彼らと給仕を続けた。
今は色々とやらなきゃ行けない事があるからな。
なにせ、お詫びのお食事を運び終わった後は回復薬の調合だ。医務室……の人に頼んで材料が貰えればいいんだけど、それが叶わないとも限らない。
だから、そうなった時は商人の人に頼んで材料を売って貰わないと。幸い、この船にはそういった物を扱っている問屋さんみたいな人がいる事も知っている。
だから、なんとかなるとは思うんだけど、断られたらどうしよう。
ああ……俺が変な方法でコッチに来てなかったら、キュウマに預けていたバッグの中の材料ですぐに薬が調合で来たんだけど……なんとも悩ましい。
冷凍冷蔵庫代わりの【リオート・リング】も召喚珠も武器も、何もかもないんだもんな。こんな状況になると余計に自分の装備品が恋しくなっちまうぜ……。
まあでも、こういう時ってアレだよな。
配られたカードで勝負するしかないのさってヤツだよな!
あんまり意味は分かってないけど、出たとこ勝負みたいなもんだろうたぶん。
何にせよ、冒険者の厳ついオッサンと蜥蜴男がチャンスをくれたんだ。暴動になる前になんとかしないとな。
「クグルギ君……本当に薬、作れるの?」
声を掛けられて、思わず我に返る。おっと、今は厨房で皿洗いの途中だったな。
俺が手を止めていたら水の供給が無くなってしまう。再び【アクア】を唱えて真水を掌から沸かしながら俺は声を掛けて来た給仕係の仲間を見た。
彼も皿を洗うために手を動かしているが、どうにも俺が心配なようだ。
ホントに味方に付いてくれたんだなぁと思うとじんわり胸が熱くなるが、お互い仕事中なのでとりあえず作業は続けながら話を続ける。
ええと、薬の話だっけ。
「俺、水属性と木属性が使える日の曜術師だから、なんとか大丈夫だよ。それにさ、ちゃんとした薬師になりたいから師匠にも稽古つけてもらってるし」
「えっ……そうなの!?」
「おうよ! とは言っても、まだまだ半人前なんだけどな……あっ、でも、回復薬だけは得意だから心配しないでよ」
「はぁ~……凄いんだなぁ君って……それなのに、今まであんな我慢してたの?」
「ん……?」
どういう意味で言っているのか解らず首を傾げると、相手は俺が曜術師であり薬師である事をどれだけ凄い事かと説明してくれる。
冒険者の俺からするとあまり自覚は無かったんだが、一般人からすると曜術師ってのは、教会の牧師様ぐらい凄い存在らしい。……イマイチ基準が良く分からないが、恐らく「A級冒険者並」の尊敬や畏怖を集めるのだろう。
しかも、一般人が遭遇する曜術師と言えば、だいたいが冒険者か医師である水の曜術師で、薬師にも出会うかどうかといった感じだ。
教会の牧師やシスターが曜術師を兼ねている場合も有るらしいけど、それでも一般人として生きている人は滅多にいないらしい。居ても、ほとんど術が使えないような、普通の人とほぼ変わらないような感じなのだそうだ。
そのへんの話は薄ら聞いた事が有ったけど……一般人の視点から見ると、一応は俺みたいなのでも凄いと思って貰えるんだなぁ……。
いやまあ手から水出すヤツなんて変人か凄いかしか言いようがないか。
ゴホン、閑話休題。
ともかく、俺もそういう風に見られているらしい。そう言えば、何度も階段を下りて船の貯水槽へ水を汲みに行く必要がなくなったからか、厨房の人達も俺に対して何か優しくなったような気がする。
なんというか、ゲンキンだなぁと呆れないでもないが、まあ人間そういうものか。
便利なヤツがいたら、そりゃみんなチヤホヤするよな。
俺としては曜術は自分の実力じゃない部分もあるので、煽てられてもなんだか居た堪れないんだけども……。ああ今日はなんだか心がささくれてしまう。
褒められてクサクサするなんて、贅沢だとは解ってるんだけどさ。
でも、それと「今まで我慢してた」のは何か違うよな。
俺は別に自分が偉くも強くもないし、一生懸命真面目に働いていれば解って貰えると信じて波風を立てずにいただけなのだ。そこに強者の自覚なんてない。
だけど、曜術師ってだけで無条件に「強い」と思われてしまうものなんだろうな……。
そう考えると、なんだかこう……ちょっと虚しい。
「クグルギ君?」
「あ、いや、なんでもないです。えーと……もう水は大丈夫ですよね。じゃあ俺、回復薬の調合しなきゃ行けないんで今日は早あがりさせて貰っていいですか」
「うん、俺達に任せといて。支配人が文句を言って来たら、今度は……ナルラトさんと一緒に言い返すから」
「……はい。よろしくお願いします!」
鬱々とした気持ちを押し込めて元気に返事すると、俺は厨房を早足で去った。
急がなければという言葉を利用するように従業員用の裏通路に逃げ込んで、それから……立ち止まる。ぼんやり明かりが灯る薄暗い通路で、俺は息を吐いた。
――――――なんか……変な感じだ……。
「……胸が、もやもやする……」
やっと認められたのにムシャクシャするなんて、どうかしている。いや……これは、多分……この状況が、俺の「努力」とは何も関係なかったからそう思うんだろうな。
あそこで急にみんなの態度が変わったのに、俺は納得がいかないんだ。
水に流そうって思ったはずなのに……やっぱり、まだ流せてなかったんだな。
でも……だって、そうだろう?
一生懸命真面目にやっても、結局何も変わらなかったんだぞ。
ハプニングが起きて運よく認めて貰えただけで、それは俺が今まで行ってきた努力の賜物じゃない。つまり、俺がどんなに真面目に仕事をしても、誰も俺の努力なんて認めてくれていなかったってことだ。
つまり、俺は今まで、彼らに「庇いたい」と思って貰えてなかったってことだ。
……いや、違う。みんな抑圧されていたのかも知れない。だけど俺の自己中な心は、きっとそうなのだと暴れて泣き叫びたがっていた。
――――誰も、俺自身を認めてはくれてなかった。
俺が体を張って彼らを守って、自分達に「有用」な人物だから認めたんだ。
そう感じてしまうから、こんなイヤな気持ちになっているんだろう。
「…………ヤな奴だなぁ、俺……」
クヨクヨしないで水に流そう、なんて言ったのに、もうクヨクヨして憤っている。
恥ずかしい。俺ってヤツは、本当に執念深くてネチネチしててイヤになる。
……でも解ってる。ちゃんと、わかってるんだ。
人間、そんな急に感情を変えられるものじゃないのは分かってるし、努力したって必ず報われるワケじゃないって重々承知している。
彼らだって俺をゴミみたいな目で見ていたわけじゃないだろう。きっと、心の中では助けたいと思ってくれていたに違いない。
だけど、俺のガキな部分が言う事を聞いてくれないんだ。
努力を認めて和解したかった。なのに、相手は俺の努力を認めてくれず、相手の心を変えられなかった。結局和解できたのも俺の「頑張り」のおかげじゃない。
どんなに頑張って仕事しても、結局俺の仕事はその程度だったのだ。
そう、俺は別に偉くない。努力も認められていない。
ただの、鬱陶しがられる給仕係。それだけ。
俺は彼らにとってそんな存在でしかなかった。そう思うと、胸が苦しくなる。
人の心を動かせなかったのが悔しい。こんな風に、自分の力じゃない能力で受け入れられたのが、恥ずかしくて仕方がない。
この状況が、ただどうしようもなく悲しかった。
…………そんなの、ただの自己満足とワガママだってわかってるのにな。
「怖い顔、してたらヤだな……にこやかでいないと……」
頬を揉んで表情を和らげる。こんな顔なんて、誰にも見せたくない。
ちっぽけでチンケな自分の感情なんて、知られるだけで死にたくなる。それに、この感情は俺の独りよがりな憤りだ。他人の気持ちなんて誰も分からないように、彼らが何を考えていたかなんて俺には察する事も出来ない。
もしかしたら、彼らだってタイミングを窺ってくれていたのかも知れない。
俺に対して何か気遣うような言葉を掛けようと、いつも挑戦しようとして、失敗して自己嫌悪してくれていたのかも知れない。
相手を冷たい人間だと思って嘆くなんて、それこそ自己中な行動だった。
自分の思い通りに行かなかったからって、ガキみたいに喚きたくない。
俺は大人なんだ。それに、嘆いている暇なんて無い。……まずは、やるべきことをやらないとな。この憤りだって、動いていればいずれは落ち着くはずだ。
「……よし、まずは医務室からだな」
気合を入れて顔に力を籠めると、俺は医務室へ向かうべく駆け出した。
◆
結局のところ、医務室には回復薬を調合する材料はほとんど残っていなくて、俺は商人さんの所まで行って材料を購入することになった。
海のモンスターにほぼ襲われずに航行して来た【サービニア号】には、医師は常駐していても薬を調合する薬師はいない。だから、その油断も有って在庫が無かったのだろう。医務室の医師さんにも、ついでに足りない物資を買って来てくれと頼まれてしまった。……ま、まあこれは俺の罪滅ぼしでもあるから何も言うまい。
医務室で悪夢を見ている面々が、早く立ち直るといいな……と、ぎこちない笑みを浮かべつつ、俺は見当をつけている商人さんの所へ向かった。
……突然行って材料を売って貰えるのだろうかという疑問はあると思うが、そこは昔取った杵柄……というか、客室係の時のコネがあるから心配ない。
実は、この商人さんの部屋には俺も何度か料理などを運んでいて、和やかな会話の中で「困った事が有ったらいつでも来て」と言って貰えていたのだ。
社交辞令の可能性もあるけど……と少し不安だったが、商人さんの部屋を訪ねて事情を説明すると、相手は驚くほど好意的に俺に材料を売ってくれた。
しかも、代金を値引いてくれるという高待遇っぷりだ。さすがにそこまでして貰うのは申し訳なかったので通常料金を払ったが、商人さんとそのご家族は優しい笑顔で「じゃあ客室係は今度から君だけにお願いするよ。また何か困ったら、遠慮なく部屋に来てくれていいからね」と言ってくれた。
うう、優しい人達だなぁ……。
ささくれていた心にだいぶ沁みて、ちょっと元気が出て来た。
手に入りにくいだろうと考えていた聖水も高品質のモノを売って貰ったし、早速これを調合……器具がないので、今回は医務室を借りて調合する事にする。
貴族や睨んでくる給仕係の視線が痛かったが、こればかりは仕方がない。
いつものように、アロエみたいなロエルとヨモギみたいなモギ、そして逆さまなトウモロコシみたいなロコンのヒゲを丁寧に処理して行く。
だが、今回は薬効が凄すぎてもいけない。適度に曜気の量を調節しながら、材料も最適な部分を少し外して切り分けて行く。とは言え、今回の材料は乾燥させた薬草が主なので、曜気の量を間違えなければ大丈夫だろう。
モギとロエルを綺麗に洗ってすり潰し、ロコンのヒゲを細かくしたものを混ぜる。
いつもなら後は聖水に入れて混ぜるだけなのだが……なんと今回は、いっつも使う事が出来ず悔しかった【バメリの花粉】を手に入れる事が出来た。
なくても良いらしいが、コレが入ると幾分か味が良くなるらしいんだよな。
迷わず三振り振りかけて、おいしくなあれとかき混ぜる。
薬効を抑えるとは言え、冒険者達に渡す大事な物だからな。手を抜いたりはしないぞ……と考えながら混ぜていると――――混ぜ合わせた材料が綺麗に溶け合い、青い水に仄かに光が灯った液体がボウルの中に現れた。
「よしよし、今回も上出来だな!」
残りカスが入らないように丁寧に漉していくつかの瓶に詰めると、俺はそれを用意していたバスケットに詰めた。これであとは冒険者に渡すだけだ……と、思って、ふと周囲に目を向けると。
「…………え、えと……なにか……?」
何故か、その場にいる貴族や従業員達が、俺をじっと見つめているではないか。
……あの……みなさんそんなに娯楽に飢えてるんですか……。
お相手ならさっきまでリーブ君が居たじゃないですかと少し慄いていると、その中の一人の貴族が俺に話しかけて来た。
「おい、そこのお前。その回復薬をよこせ」
「え……」
「代金は払う。……効いたら、の話だがな!」
またそんな悪意たっぷりに……。でも一本くらいなら大丈夫かな。
予備としてけっこう多めに作ったし、大丈夫だろう。素直にイヤミそうな男の貴族に一瓶渡して、俺は恭しくお辞儀をすると医務室を出た。
「さて……こんだけいっぱいあるんだから……そうだ、リメインにも一瓶渡しに行こうかな。疲労まで回復出来るワケじゃないけど、大地の気もこっそり籠めたら少しは体に効くかもしれないし……よし、ブラック達の所に行くついでに寄ってみよう」
早あがりしたとは言え、俺はメイド服のままだ。
この格好ならリメインもギョッとはしないだろう。プライベートでお客様と会うなんて、普通の給仕ならやらないことだしな。……いや、メイド服姿の俺が既にギョッとする物だとは思うんだが、誰もそんなこと言わないのでもうそれはいいんだ……。
ホント、なんでみんな俺の格好に何も言わないんだろうな。
そう思うと厨房支配人がブサイクとか言って来る方がましに思えて来た。
「って、そんな事を考えてる場合じゃないか」
頭を振って、俺は再び廊下を歩きだした。
――――そんな俺の背後……恐らく医務室で、なにやら大勢で騒いでいるような声が聞こえたが、俺は振り返ること無くその場を去った。
失敗したか、なんて考えるまでも無い。
俺は回復薬だけは自信があるんだ。こんな簡単な物になにをって感じだけど、でもこの薬は純粋に俺だけの力で作ったもの。今までみんなの助けになって来た、俺の努力の結晶のような物だ。だから、絶対に失敗なんてしない。
その自信だけは、揺るがなかった。
「……やっぱ俺、冒険者してる方が自信満々でいられるのかもなぁ……」
さっきまで自分の不甲斐なさと自己中な所に悔し泣きしそうだったのに。
そう考えて、俺は自分の「思わぬ強固な部分」に苦笑したのだった。
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