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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編
あなたのことを誰かが見ている2
しおりを挟む――――リメインに食事を摂って貰い、しっかり休むようにと言って部屋を出た後、俺はブラック達の食事を運ぶべく、また厨房に戻ろうと廊下を歩いていた。
「ふー……ナルラトさんに作って貰った酢豚もどき、食べて貰えてよかったよ。食べるとなったら案外食欲が出たみたいだったし……あの感じなら一安心かな」
しかし、リメインの律義さには驚いたと言うか心配になると言うか……。
普段食べていないのだからかなり胃が小さくなっているだろうし、疲労回復の効果があるとはいえ、けっこうパンチが効いてるメシなのに、全部食べるって言い張るんだもんなぁ。あれじゃ色々抱え込みすぎて目の下に隈も出来るよな……。
よせばいいのに完食して、最後にはソファに沈み「腹が苦しい……」とゲンナリしていたリメインを思い出すと、心配だとは思いつつも微笑ましくて笑ってしまう。
なんだか、俺の方が元気を貰っちまったみたいだ。
「いやぁ……今日は色々大変だったけど、なんとか収まりそうでよかった」
そう呟いて、自分の声がいつものように気楽なものになっている事に気付く。
なんというか……心が軽いな。
ここ数日の落ち込みが嘘みたいに無くなって晴れやかな気分で、なんだかカートに足をつっかけてそのまま乗って行きたい気分だ。
無論、そんな事をしたらはしたないので出来ないが、気分的には何故かウキウキで夕食の忙しい時間も乗り切れそうな勢いだった。
……まあ、原因は解かってるんだけどね。
やっぱしなんだかんだ俺も、今までの状況に鬱屈した物を感じていたらしい。そりゃ感情があるんだから見下されたり理不尽に怒られりゃストレスも溜まるし、そのことを人に理解して貰って叱咤激励されれば誰だって元気も出てくるから……さもありなんと言われればそれまでなんだけども。
でも、それでこんなカンタンに晴れ晴れした気分になってるんだから、俺ってヤツも凄く単純だよな……。乗せられてお調子者になってしまったリーブ君を笑えんぞ。
いやしかし本当にリーブ君の事はどうにかしなくちゃな……。
緩く長々とカーブする廊下を急ぐことも無くカートを押して歩きつつ、俺は悩むように口を歪めて考える。
「一番いいのは、リーブ君が自ら悟ってくれることだけど……」
黒歴史となっている自分の小学生の頃を考えると、それは難しいような気もする。
この世界の十歳は、精神肉体ともに俺の世界の十歳より成熟していて、感覚的には中学生後半くらいに思える。
こっちは十二、三くらいでもう成人男性並みになるってんだから、俺の世界で考えるなら外国の子供みたいなモンだけど……でも、体が成長したからってヤンチャしないとは限らないし、まだまだ年上に影響されちゃうトシだもんな。
俺だって中学生の頃は、尾井川に影響されまくって田舎に帰ったらエロ本が落ちてないかと道路の脇や山道を……げほげほ。そ、それはともかく。
十歳がこの世界で働いてもよろしい年齢だとしても、リーブ君も成熟してない少年なのだ。彼の言動を見ていれば、それがゲンナリするほど分かる。
人の気持ちを考えない行動、怒られても不貞腐れていただけというリメインの話、何でもかんでも好き勝手にしようとする態度……普通に、こどもの行動だ。
周囲が甘やかすから余計に顕著になっているのだろうが、それを考えると、どう彼に言い聞かせればいいのか分からなくて頭が痛かった。
「俺が説教したって、見下してる相手じゃ聞いてくれないだろうしなぁ……。それに、あの厨房支配人が絶対かばってリーブ君を甘やかしちゃうだろうし……」
幸い……と言っていいのか不明だが、とにかく幸い。
食堂でリーブ君を熱烈に可愛がっている人達は、医務室で床に臥せっている。
だから、今ちゃんと話をすれば、逃げ場が無くて聞いてくれるかもしれないが……厨房支配人が居たら、それも意味ないんだよなあ。
リーブ君の行動を全肯定して俺を全否定するあの人の所に逃げ込まれたら、俺の言い聞かせなど無意味どころか「いじめた」と思われてしまうだろう。
そうなるともう話すら聞いて貰えなくなる可能性がある。
今回はリメインという「お客さん」に怒られた事で、リーブ君も引き下がったみたいだけど……ああ、どうしよう……子供にダメなことをダメって言い聞かせるのって、本当難しいんだな……。この世界で出会った子供なんて、礼儀正しくて聡明なアレクとか純粋で可愛い子供達とかそんな感じばっかりだったから、考えがおっつかない。
大人に甘やかされまくってる子がこんなに手ごわいなんて思っても見なかった。
……甘やかされたか……俺もそういや結構、婆ちゃんの田舎のおじさんおばさんや、農家のおにーさんに甘やかして貰ってたような気がするな……。
…………も、もしかして、俺もガキの頃はとんでもない事してたんだろうか。
「……う……うぐぐ……よもやそんなことは、そんなことはぁあ……」
自分の小学生の頃の思い出を芋づる式に思い出し、恥ずかしさに叫びたくなったが、メイド服でがに股になるワケにもいかず、俺は肩をいからせながら首を振った。
こんな所で黒歴史に悶えている場合ではない。ともかく今は、ブラック達の部屋に料理を運んでから、今後の事を考えなくっちゃな。
気合を入れ直してカートの取っ手を握り、再び歩き出そうとし――――
「やあ、つっくん」
「んぎゃぁあ!」
い、い、いきなり耳にフッて! フッてなったあ!!
なんだこれは、何が起こったんだと跳び上がってカートから離れると、今まで俺が立っていた所のすぐそばに……いつの間にか、ギーノスコーがいるではないか。
いつのまにこんな至近距離にと耳を抑えながら驚くと、相手はニコニコしながら俺に「やだなぁつっくん、そんなに驚いて」などとのたまい手を広げやがった。
な、何が「やだなぁ」だっ。普通、男に耳にフッてされて驚かない男がいるか!
いやメスの男なら違うのかも知れんが、俺は違うんだよ、一味違う異世界の男ってヤツなんだよ! 頼むから女の子にするみたいな事をするな、サブイボが立つ。
「おやおや、つっくんは本当に初心だねえ。今時淑女でもそんな驚き方しないよ」
「淑女は飛び上がらねーと思いますけど!?」
「ははは、もちろん揶揄だよ。顔を真っ赤にしちゃって可愛いなあ」
「だーもー! なんの用なんですかっ、俺まだ仕事があるんですけど! ご注文なら後で部屋に運びますから早く注文してくれません!?」
そういやお前も貴族だったな。リメインと同じアランベールの貴族だったな!
なのにどーしてこうお前らは態度が違うんだ。いやどっちも貴族っぽくないけども、普通貴族って相手の距離とかに気を使うもんじゃないのか。
この世界の上流階級は距離が近いのが普通なのか!?
俺は庶民なんだから頼むから距離を考えてくれ。色んな意味で耳が死ぬ。
ていうか用事があるなら早く言って欲しい。
もう驚きすぎて涙目になりそうだった俺に、ギーノスコーはクスクスと笑いながら己の黒に近い髪をくるくると指で遊ばせつつ口を開いた。
「まあ注文もあるけどね……今は、ちょっと聞きたい事があるんだ」
「聞きたい……こと……?」
何だろうかと訝しげに相手を見つつ問うと、ギーノスコーは目を細めた。
「つっくん、今、最高等級の部屋に居る貴族の所に料理を運んだよね」
「は、はあ……そうですけど……」
「その貴族、アランベールの出身って言ってたかな」
「ええまあ……」
そう、答え――――俺は、ギーノスコーが何を言いたいのか理解して固まる。
……そういえば、ギーノスコーは俺に一つ頼みごとをしていた。
忙しくて忘れかけていたが、確か相手が持ちかけた頼み事は……確か、自分の髪が黒色だから、相対して面倒事にならないように「もう一人の同郷の貴族」を探して教えて欲しいという頼みだったな。
とういうことは……リメインが、そのアランベール帝国の貴族だったのか。
今更気が付いて目を丸くする俺に、ギーノスコーは続けた。
「そう……やっぱりそうか。まいったなァ……どうりで、夜会で従者にそれとなく探らせても、見つからなかったワケだ。まさか小生以上に引き籠ってるヤツとはなあ」
相手のその口ぶりに、俺は違和感を覚える。
確か、ギーノスコーは「鉢合わせしたくないから」と言ってたよな。だとしたら、相手が部屋から出てこない奴なのは好都合なんじゃないのか。
それなのに、さっきのギーノスコーの言葉は、どことなく「探して見つけたかった」と言っているように思えた。それじゃ頼みごとの内容と正反対じゃないか。
どういうことだと訝しげな顔をすると、俺の態度に気が付いたのか、ギーノスコーは申し訳なさそうに眉をハの字にしながら肩をすくめてみせた。
「やあ……騙したみたいで申し訳ないけど……実は、小生がもう一人のアランベール貴族を探していたのは……ある任務を仰せつかっていたからなんだよ」
「…………え?」
それは、どういうことだ。
訳が分からないと顔を歪める俺に、ギーノスコーは青紫の目だけを動かして周囲を探ると、再び俺に近寄って来て耳打ちをした。
「ここでは、詳しくは話せない。出来れば小生の部屋で……そうだね、独りでは不安だと思うから、あの赤髪の毛もじゃおじさんでもお供に連れて来ると良い。恐らく……彼も、つっくんが今の話を伝えれば協力してくれるはずだよ」
「それって、どういうこと……ですか」
耳の傍から顔を離して、ギーノスコーは俺の真正面に来る。
そうして、意地悪な猫のように目を細めた笑みで笑ってみせた。
「美しさには美しさを。情報には情報を。真実を話すにはそれ相応の価値を。小生とつっくんは心と心で通じ合う間柄だが……」
一息置いて、ギーノスコーの長くほっそりとした女性的な指が、俺の胸の真ん中をツンと軽く突いた。目を丸くすると、相手は口を薄く弧に歪めて、
「深淵を知るには、まだ心の深い所が通じ合ってはいない。……であれば、多少は人を避ける対策もしておかないと……ね」
そう、のたまった。
「…………」
「では、仕事が終わった後に小生の部屋に」
言葉も出ない俺に、ギーノスコーは小さな紙片のような物を握らせる。
そこにはギーノスコーが滞在している部屋番号が書かれているのだろう。確認せずとも理解した俺に、相手は満足げに笑って去って行った。
「…………リメインに……なにがあるってんだ……?」
なんだか、嫌な予感がする。
けど、そう思っても今の俺にはどうする事も出来ない。
だって俺は……リメインが船に乗った理由も知らないし、何故疲れているのかすらも聞く立場じゃないんだ。それに……ギーノスコーの事も何も知らない。
どうする事が正しいのかも判断が付かなかった。
「……ブラック…………」
ギーノスコーは、ブラックと一緒に来ればいいと言っていた。
……ブラックに話したら、何か少しは光明が見えるだろうか。
「とにかく、今は仕事をするしかないか……」
一つ悩みの区切りがついたかと思えば、また一つ問題が出てくる。
しかも今度は自分じゃなくて、どれも他人に関係するものだ。
リーブ君にどうやって「やってはいけないこと」を教えればいいのか。
どうして、ギーノスコーは「のアランベール帝国の貴族」を探していたのか。
解らないことだらけだが、立ち止まっていてもどうしようもない。
「……リメインのこと……悪い話じゃないと良いんだけど……」
そう呟いてカートを再び押しつつ歩き出すが、そんな言葉が出ること自体、イヤな予感を覚えていると言っているようなものだろう。
取り越し苦労であればいいのだが。
考えて、俺は首を振る。
「なんにせよ、早くブラック達のとこに行かなくちゃな。ナルラトさんが作ってくれている料理が冷めちまうし」
自分に言い聞かせながら、勢いよくカートを動かして厨房へと急ぐ。
先程までの清々しい気分なんて、もう微塵も残っていなかった。
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