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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編
5.難儀な客にも丁寧な対応で
しおりを挟む「なんだ、その顔は。私の顔に何か文句でもあるのか。醜いとでも?」
不機嫌そうに言う、相手。
妙に自分を卑下したような物言いだが、ムカつくことに、そんな台詞を言うと嫌味にしか聞こえないくらい相手の顔は整っていた。
長い睫毛に縁どられた青い瞳に、高くとも横に広がってはいない美形の鼻梁。髪は金糸のような髪色で、肩に掛からない程度にゆるくウェーブを描いてふんわりとしている。天然パーマの良い所だけを抜き取ったような髪型だ。
輪郭だって細いし、そのくせ肩幅はあるし足は長いしで、どこにヒゲする要素が有るのだとこっちが憤慨しそうになる。
でもまあ……その顔を見ていると、近寄りがたいのはたしかではあるんだが。
せっかくの美形なのに、目の下には拭っても消えないような隈があって、整った眉は眉間に皺を寄せた状態から一ミリも動かない。これでは美形が台無しだ。本人は気にしないのだろうが、イケメンなぞと言われた事も無い俺からすれば、無駄遣いが過ぎてイラッとしてくる。しかしそれは私情でしかない。今は仕事中なのだ。
イケメンへの敵意をグッと抑え込みながら、俺は深々とお辞儀をして謝罪した。
「い、いえ、不躾なことをして申し訳ありませんでした」
とにかく謝罪をせねばと頭を下げると、相手は不機嫌そうな声を俺に放る。
「理由も言えないということは肯定していると言う事でいいんだな」
アッ、やばい。この人トコトンまでネガティブなタイプだ。
謝っても「コイツ、絶対心の中では謝ってねえな」とか思って、どんどん自分の殻に閉じこもってっちゃうから、生半可な態度じゃ事態が悪化するぞ。俺は詳しいんだ。
しかし取り繕うように言っても余計に拗らせるので、俺は正直に、どこかバツが悪いというような顔をして両手を己の腹の前で組んだ。
「違います! あの、その……どこかでお見かけしたような気がしたもので……」
それは、嘘ではない。本当に、どこかで見た顔のような気がしたのだ。
けれども知り合いだと確信できるほどの記憶は無い。多分、どこかですれ違ったのか、それとも一言二言交わしただけの人のような気もする。
……というか、そもそも知り合い「のような気がする」というだけかも知れない。
そう思うと余計に「変なコトを言っちゃったなあ」と顔を歪めてしまうが――
相手は、何故か驚いたような顔をして絶句してしまった。
「…………」
あ、あれ。俺またなんか失言しちゃいました……?
いやこれシャレにならない方の「やっちゃいました」だからね。これで怒られたら、俺最悪の場合手打ちにされかねないからね!?
うわどうしよう、な、何をやっちゃったんだろうか、ヤバい、初日早々辞職だなんて事になったらリーブ君にも申し訳が立たないんだがあああああ。
「あ、あ、あのっ、あの、す、すみませっ……」
「…………いいからさっさと酒をよこせ」
「はいいっ!」
これはセーフなのか、セーフでいいのか?
相手は相変わらず不機嫌マックスな顔だけど……怒ってる感じはしないな。
実は不機嫌顔がデフォなだけで、結構優しい人なんだろうか。何はともあれ相手が怒ってなくて良かった……。
すぐさまお酒を用意してグラスに注ぐと、粗相をしないように研修での事を思い出しながら丁寧にテーブルの上に置く。手渡しはマナー違反なのだ。
俺のぎこちないだろう作業を相手はじっと見つめていたが、何事も無いかのようにグラスを取って、リンゴジュースのような色をしたお酒を口に含む。
「…………」
薄らと閉じた長い睫毛の縁が、開く。
そうして。
「不味い。なんだこの酒は。ふざけてるのか」
悪びれもせずにそう言った後、相手は立ち上がって――――
俺の頭上で、グラスをひっくり返した。
「ん゛ぇえっ!?」
思わず汚い声で驚いてしまうが、相手は気にせずフンと息を吐く。
アルコールのにおいと共にだぱだぱと髪を伝って酒が流れて来て、俺はその匂いにむせて思わず咳き込んでしまった。
何をするんだと相手を見返すが、この金髪貴族野郎は少しも悪びれない。
それどころか「当然の行為だ」とでも言わんばかりに片眉を上げる。
「床はお前が拭け。今度酒を持って来る時は、あまったるい子供だましの酒なんぞを持って来るな。わかったら次の酒を持ってこい」
なんちゅう物言いなんだこの貴族。
いや待て、怒るんじゃない俺。ここで爆発したら、余計に火に油を灌ぐことになるんだぞ。大人になれ、大人になるんだ俺。びっくりしたけど、たかが酒を掛けられただけじゃないか。これくらいならまあ、着替えれば済むし……。
「大変失礼いたしました。すぐに替えを持ってまいります」
とんでもないことをされたが、こっちの世界じゃ貴族には傅いて当然みたいな所も有るからな。ここは素直に謝っておこう。
……チートものの主人公なら、ここで口八丁手八丁な感じで貴族をうまいこと取り込んでしまえるのだろうが、現実の17歳な俺にはそんなの無理だしな。
ってなわけで素直に頭を下げた俺に、相手は怒りのやり場を失ったのか「ふんっ」などと不満げな声を出していたが、それ以上追及する気はないのかソファに座ってそっぽをむいた。やっぱり暴君ってワケでもなさそうだな。
ちょっと行動が苛烈なだけで……というかワガママなだけで、他人を痛めつけようとか苦しめようって気持ちは無いのかも知れない。
だとしたら、俺は相手の要望に真摯に答えるしかないよな。
そもそも俺は雇われてる身だし、口答えなんてしたら余計に怒られるわけだし。
「少々お待ちください」
まず自分の頭から流れる滴を拭いてから、デカいカートの中に備品として常備してあるタオルを取り出し大理石のようなつるつるの床を拭く。
ソファーの下に敷かれた絨毯にまでは流れていないようで、ホッとして俺は丁寧に滴を拭き取った。……けど、このままだとペタペタするかな。
酒はジュースみたいにならないかも知れないが、念のため水拭きもしておこう。
俺はコソッと詠唱して【アクア】を発動すると、新しいタオルにその水を含ませて床をもう一度拭いた。そんな念入りな俺の清掃をお貴族サマは観察しているようだったが、俺は気にせず全てを片付けて頭を下げると一度部屋を後にしたのだった。
「…………うぇえ……さ、酒臭い……」
しかも、なんか確かに甘い感じの匂いがする。そして水分を絞った髪の毛が何だかペタペタしてきた。やっぱり水拭きしててよかったな……てかどうしよう。
服の替えは何着かあるらしいが、頭を洗うヒマはあるかな……。
「いや、なんにせよ早く裏通路に戻らなくっちゃ。こんな姿をお貴族様に見られたら、何を言われるか……――――」
「へえ、どんな姿?」
「ひぇえっ!?」
いきなり背後から声を掛けられて、思わず跳びながら振り返る。
と、そこには……綺麗な身なりをした、赤い髪の男がいて。その堂々とした立ち姿に一瞬硬直したが、さっきの声と顔を見て俺はようやく理解した。
……ブラックだ。そ、そうだった。
二人ともこのフロアの部屋に居るんだよな。俺と違ってお客として乗船したんだ。
だから俺は朝から二人と別行動してて、今の今まで「ちゃんと貴族に見える変装」をしているブラックを見た事が無かったんだけど。
「どうしたの、ツカサ君」
「ぅ……」
まじまじと見る、相手。
その姿は、いつもの無精髭だらけのだらしない姿とは異なる――――まるで、本当にどこかの高名な貴族のようで……思わず、息を飲んでしまう。
――――光に当たると濃い臙脂色だとわかる、黒に近いオーバーコート。そこには金の刺繍で大胆な模様が刻まれていて、一目で普通の位の物ではないと解る。
落ち着いた群青のベストにも、細かい白の刺繍がなされておりかなり華美だ。それになんか貴族っぽいスカーフ巻いてるし、シャツも下の方がなんかヒラヒラしてるし、それに、それに、その…………
顎をぐるりと覆う整えられた薄髭と、金縁の眼鏡が、男らしく整っているブラックの顔を、より格好良く際立てていて……。
「あっ、ツカサ君……顔真っ赤ぁ~! もしかして僕に惚れ直しちゃった? 僕の格好いい姿にキュンとかジュンとか来ちゃった!?」
「うううううるしゃいっ、これはさ、さっきお酒をかけられたから……っ」
「…………お酒を、かけられた?」
ニヤついていたブラックの顔が、一瞬で眉をひそめて俺を見る。
アッ。や、やばい。余計な事を言ってしまった。
慌てて背を向けようと踵を返すが、腕を掴まれて引き寄せられてしまう。
「ぶ、ブラックっ」
「うーん、確かに酒の匂いがするね……。このままだと、ツカサ君怒られない?」
「お、怒られるよっ。他の酒を持ってこいって言われたんだから、早くいかないとまた怒られちまうんだってば! だ、だから離して……」
「でも、お酒をかけられたまんまだよ?」
わっ、わああっ、近付いてくるなっ、頼むからその顔を近付けて来ないでええ!
近付かれたら動機息切れが!
酒のせいでどんどん体温が上昇するんだってええ!
「ででででも注文だからっ命令だから! 俺は客室係だから早く運ばないと……」
「……ふーん? そっか。注文したら、ツカサ君が部屋まで持って来てくれるんだったよね。そっかそっか、ツカサ君の仕事はそういうヤツだったよね~」
「う、うぅうう……」
頼むからその、かっ、カッコい……いやいやあの、その、とにかくその顔を俺の方に近付かないでくれ! 駄目、ダメだってば、な、なんか恥ずかしくてもう涙が出てきそうなんだって、頼むから離れてくれよぉお!
酒のせいで余計にドキドキしてるみたいで、マジで勘弁してくれとブラックを見返すと、相手はにんまりと目を笑わせてキスするみたいに口をすぼめて見せた。
「じゃあ……次は僕の部屋にお酒を持って来て貰おうかな~」
「…………へんなこと、しない……よな?」
「しないしない。だって今の僕達は、お客とメイドさんだよ?」
そう言ってブラックは人のよさそうな笑みで笑うが、絶対に信用出来ない。
だけども注文をされてしまえば、俺は行かざるを得なくなるのだ。
今更ながらにその事に気付いて、俺は思わず頭を抱えてしまった。
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