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豪華商船サービニア、暁光を望んだ落魄者編
3.船に乗るには船頭が要る
しおりを挟む「ん……」
なんだろう。なんだか、胸の辺りがくすぐったい。
というか、ワキやら背中やらがさわさわしてて、違和感があると言うか……うーむ、まだ眠いのに痒みが鬱陶しいぞ。
勘弁してくれ、と寝返りを打とうとしたのだが、体が動かない。
流石に意識がはっきりしてきて、ゆっくりと目を見開くと――――そこには、朝の光に照らされて顔に陰を落とすブラックがいた。
「…………あぇ……」
「起きた? ツカサ君」
ああ、そうだ。俺、昨日やっとコッチに来て、それから半ば強制的にブラックとベッドで眠ってたんだっけ。抱えられちゃってたから別のベッドで寝るわけにもいかなくて、特に抵抗も無くぐーすかと……。
だったらブラックが俺に覆い被さっているのも分かるけど、どうしてそんな怖い顔をしてるんだろうか。朝からなんかイヤな事でもあったのかな。
まだぼやけている目を擦りながら見上げると、ブラックは不満げに口を尖らせて、俺の顔をじぃっと見返してきた。
「なに……? もう起きる時間……?」
「そう! いや、そうだけどそうじゃなくて! ツカサ君この服なにっ、どう見てもツカサ君の服じゃないよね、どういうこと!?」
「え……?」
……えーと……ああ、そうだ。段々頭がハッキリして来たぞ。
そうだ、俺は昨日ヒロの家に泊めて貰って、そんでお客様用の布団で寝てたはずなんだが、いつの間にか謎の女の人の声に呼ばれてこっちに来てて……キュウマとも連絡がとれない状態だったから、とりあえず着の身着のままで帰って来たんだ。
しかし、それで何故怒ったような顔をしているのか分からない。首を傾げつつも、俺は自分の体を見て……アッと声を上げて全てを理解した。
そうだ、俺いつもの格好じゃないんだ。
ヒロのシャツと短パンを借りたままでこっちに来ちゃったから、ブラックは俺の服装が急に変わったのを訝しんでるんだな。
気付いた俺に、やっと分かったのとでも言いたげにブラックは溜息を吐いた。
「ねえツカサ君、この服なに。誰の? どこで脱いだの。ねえ」
「ちょ……そ、そんな浮気した男を責めるみたいに言うなって……これは、その……服が汚れたから、ダチに貸して貰ってたんだよ」
それが何故そのままここに来たのか、というのも謎だったろうと思うので、俺は素直に「いつもと“跳び方”が違った」ことを丁寧に説明した。
この話に関しては、ブラック……と、いつの間にかベッドの脇に居たクロウも「嘘はついていない」と思ってくれたようだが、しかし俺の服に関する疑惑については中年
二人ともが納得してくれなかったようで。
「ホント? ホントに着替えただけ? ねえツカサ君ウソついても分かるんだよ?」
「ツカサ……この甘いニオイはただごとではないぞ。どこで風呂に入って来た。もしや他にオスが迫って来たのか。どうなんだ」
「だ、だから、汚れてたから風呂に入れて貰っただけなんだってば! それに、こっちでも服の替えがなけりゃ貸してやるモンだろ!?」
だーもーなんでアンタらは毎度毎度変な方向に考えるんだよっ!
そりゃ、まあ、滅多にない事だけど普通こういう状況なら服なんて貸すだろ。洗濯もしてやる方が良いって思うのが人情だろうし、汚れたままじゃ家にも帰りづらいだろうから風呂だって用意できれば入れてやりたいと思うもんだろうし……。
この「思いやり」がどう考えたら「スケベ」に結びつくんだよ。
とにかく本当なんだってばっ。どうして信用してくれないかな……まさか俺が何かをヤらかされて口を噤んでるとでも言いたいのか。
…………いや、まあ……確かに別のいけ好かない野郎どもに殴られはしたが。
でも、こっちの世界に来たって事は俺の怪我も治ってるはずだ。
そもそも、アッチの世界にいた時から顔は酷い怪我でも無かったし、腹の方も青痣がクッキリしてたが、ぐええええ痛てえええってなるほどでもなかったし……。
「……なに。ツカサ君おなかがどうかしたの」
ハッ、し、しまった。
思わず自分の腹を見てしまった。
「なんだ。もしかして腹に何かあるのか。まさか体を弄られたのかっ」
「ち、違うっ、何にもないハラには何にもないってば!」
クロウがベッドに身を乗り出して食い付いて来る。その体重にベッドが大きく傾くが、ブラックは俺に覆い被さった体勢を保って俺の体を押し倒した。
ひいっ、や、ヤバい。
慌てて逃げようとするが、肩を掴まれてはもうどうすることも出来なかった。
「…………ツカサ君、動いたらお仕置きするからね」
「ぅ……」
腹の痣を見られて心配されるのもイヤだが、お仕置きされるのもイヤだ。
もういっそ見せて、アッチでのことを洗いざらい話してしまえばいいのかも知れないが、でもそんな事したってブラック達を心配させるだけだ。
なにより……こっちの世界の住民である二人には、この問題は解決できない。
話したって、ブラック達にも解決しようのない重荷を背負わせるだけだ。
それに、これは俺の問題だ。こっちで散々面倒を見て貰っている二人に、これ以上迷惑をかけたくなかった。だけど、今の俺には何も出来なくて。
ブラックの手が、シャツを捲り上げる。
もう隠しようがない。バレてしまう。そう思って喉をぐっと締めた。……が。
「………………んん?」
「ムゥ……いつもの気持ちよさそうな腹だな」
ブラックとクロウの目の前に曝された俺の腹は……青痣も無く綺麗に治っていた。
うわーっ良かった、寝ている間に治ったんだ! よ、良かった、これで中途半端な嘘を吐かなくて済む。絶対あのままじゃバレてたし……!
「なっ、な!? なんもないだろ!? ホントに洗濯して貰う間だけ、ダチの服を借りただけなんだって!」
「ほんとかなぁ……」
うう……まだ疑ってる……いやまあ仕方ないんだけど。
そんな訝しむブラックに、クロウがポンと肩を叩いた。
「ブラック、こういう時は交尾だぞ。隠していても反応でだいたいのことはわかる」
「なるほど……獣人もたまには使える習慣持ってるじゃん」
「交尾の後に更に追い交尾すれば大抵は正直に話すものだ。間違いない」
「いや間違いだらけだろ!!」
テメこらクロウ何言ってんだお前ー!!
もう付き合い切れんっ、俺は体を起こさせてもらうっ。
朝からヘロヘロになることなんてされてたまるか、と起き上がろうとするが、両肩を大きな手でがっしりと掴まれていては逃げ出す事も出来ない。
や、やばいぞこれは。
「ツカサ君が何か隠してるってコトは、わかってるんだからね……? それでも正直に話してくれないんなら……体に話して貰うしかない」
「な、なにエロ漫画みたいなこと言って……」
「問答無用っ、尋問セックスするよ!」
「ぎゃーっ! 待って、まっ、ろ、ロクショウが起きちゃうぅうう!!」
ロクも寝てる部屋でえっちなんか出来るはずが無い。
俺の可愛い相棒に爛れた光景なんて見せて堪るか……と言いたい所なのに、もう全然逃げられない。ああヤバい。このままだとマジで朝から大変な事に……!
「ちょいちょいちょーい! だ、旦那方、朝からヤんのは勘弁してくださいよ! ここは連れ込み宿でも娼姫がいる娼館でもないんですからね!? 下で仕事してんのに変な声出させるマネはやめてくださいよ!」
ばーん、とドアが開いたと思ったら、トルベールが必死の形相で駆け寄ってくる。
そ、そういえばここは「商館」だった。お客様用の寝室があるとはいっても、階下では仕事をする為に従業員さん達が働いているのだ。
そんな場所でえっちな事をするのはそりゃヤバいだろう。
と、というかトルベールがツッコミを入れに来てくれた来てくれて良かった……。
「チッ……まあいいか。お仕置きする機会はいくらでもあるし……」
「怖いコト言うなよなおい!」
舌打ちをしながらも、ブラックは渋々俺から離れてくれる。
よ、よかった。このオッサン達も、色々お手伝いしてくれるトルベールには少し遠慮が有るみたいだ。まあ、最初の出会いは中々悪印象だったけど、その後は俺達の事を【世界協定】と一緒に助けてくれたもんな。
とはいえ、今の「お仕置きチャンスはいくらでもある」発言が気になる所ではあるんだが……考えていても仕方ないか。というかもう今日は昨日までの事を忘れたい。
そうでもしなきゃ、また尋問された時にポロッと喋っちゃいそうだしな。忘れた方が、俺にとってもブラックにとっても良いに違いない。
……もう、これ以上誰かに迷惑を掛けたくないしな。
――――そうして、こちらの世界に戻って来た日から、三日後。
研修もつつがなく修め終え、ついに俺達は商戦に足を踏み入れることになった。
と言っても、乗船するのは船で働く人間が先だ。
お客様を気持ち良く迎える為に、まず俺達が先に乗って船を綺麗にしておかねばならない。それに、船の備品なんかも運んだり補充しないといけないらしいからな。
機関部などは俺達の領分ではないけど、客室や食堂などで働く従業員は大体が船に乗る前に内部を掃除したりしながら、乗船客の部屋や注意点などを再度把握するらしい。ソレが普通の事なのかはわからないけど、なんか気合入ってるよなあ。
……俺、客室係なんだけど覚えられるかなあ……。
「お兄さん、どーしたの? 緊張してる?」
「あ、うん……なんかこんなでっかい船乗るの初めてで……」
乗船を待つ従業員達の集団の中で、ぼーっと船を見上げる。
すると、隣にいたリーブ君に問いかけられて俺は素直に頷いた。
だって、こんなデカい船なんてマジで初めて乗るんだもんな……良く考えたら、俺も初めての豪華客船なんじゃないのか。その初めての乗船が働き手としてっていうのは、少々悲しい気もするが、まあ珍しい事に変わりは無い。
なんたって俺は庶民だ。ドア側が道路に丸見えの古いマンション住まいなのだ。
そんな普通のご家庭に育ったヤツじゃあ豪華客船なんて滅多に乗れないだろう。今はお安いとも言うけど、高給取りでも無きゃ普通乗る事もあるまい。
そう考えると、この機会は凄く貴重とも言える。
つーか、そもそも異世界の客船ってだけでもかなりのレアものでは……?
普通、こういう世界だと船は木造帆船とかだし、商船と言っても俺の世界みたいな感じの現代的な豪華客船なんてほぼ見かけないし。
チートものの小説を結構嗜んでいると自負している俺でも、豪華客船に乗る主人公なんて数えるほどしか見た事無いしなあ……。
「お兄さん?」
「あ、な、何でもないっ。いや、でっかいなーって!」
「ふふ、まあそりゃそうだよ。この【サービニア号】は大陸で一番大きな船だからね! 大人達が言ってたけど、獣人の大陸に何度も行って無事に帰って来るから、みんなが【浮沈船】って呼んで縁起が良い船だって歓迎してくれてるんだって」
「ふ……浮沈船……?」
あれ、ちょっとまてよ……俺の世界でも、そんなフレーズが付けられた豪華客船が存在したような……しかも、なんかかなりヤバい沈み方をしたような……。
「はーいみなさーん、今から乗船しますよ~。混乱しないように、接客と機関に関する仕事で左右に分かれてくださーい。機関はこっちですよ~」
そう言うと、ツナギ姿だったり結構粗雑な服装をした人達が集まって行く。あれが、この船を今から動かす人達だろうか。うーむ、なんか凄い職人集団っぽいぞ。
ああいうガチっぽそうな人達が動かしてくれるなら、浮沈船というのも頷ける。
そんな事を思いつつ、俺はリーブ君と接客を行う人達の集まりに加わった。
「では今から【ウィンド】で皆さんを運びますので、今の位置から離れないようにー」
「えっ」
驚く俺達の周囲を、五人ほどのローブを着た人達が囲む。何をするのかと思ったら、彼らは一斉に詠唱して【ウィンド】と口々に発した。
刹那、俺達の体が一塊になって空に浮かび上がる。
突然の浮遊感に思わず硬直したが、それが良かったのか俺は他の従業員達と共に船の側面を軽々と上へ越し、甲板に打ち上げられてしまった。
わずか数秒の出来事だったけど、なんか……す、すごかった……。
「今のが付加術の【ウィンド】か~!! いいなあ、僕もいつか使って見たいっ」
リーブ君が恐れもせずにはしゃいでいる。
あ、そうか、この世界では【曜気】を使う【曜術】と、大地から湧き出てくる【大地の気】を使う【付加術】の二種類の魔法みたいなものが使われているんだっけ。
他にも色々種類があるそうだけど、この二つが一般的なのだ。
そんで、今の【付加術】は、曜術を使えない普通の人でも使える人が多い。
もちろん能力差は有るらしいけど、そのお蔭で曜術が使えなくても普通に冒険者をやっている人がたくさんいるんだよな。
俺は冒険者以外で【付加術】を使う人をあまり見た事が無かったんだけど……こういう使い方もあるんだな……。うーむ、改めて便利な術だ。
「さぁ、移動しますよ~」
案内人の声に、周囲の人達が移動して行く。
おっと、考えてるヒマはないな。とにかく今は仕事を覚えないと。
そう考え直し、俺はリーブ君と一緒に案内人に付いて行ったのだった。
→
※ツイッターで言ってました通り遅れました(;´Д`)ゴメナサイ
修正は、漫画作業が終わるまでお待ちいただければとおもいます…!
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